18.管理センターの見学
「地下一階は送られて来たモンスターを治療、登録する場所だよ。俺達も先に登録しちゃおうか」
「はい」
真っ白な建物内は研究所のように見える。白衣を着た人やツナギを着た人が忙しそうに廊下を行き交い、ナダさんと親し気に挨拶をする。
「ここが登録する部屋だよ」
生体認証が必要なのか、扉の前に立つと緑色の光に全身が包まれる。それが完全に薄れて消えると、扉上の赤いランプが青に変わった。
中は録音スタジオの様にガラスで部屋の中場までが区切られ、接するように配置された操作卓が下方を埋め尽くしている。今は白衣を着た五人程が、キーボードをカチャカチャと叩いている。うわぁ、人間の指ってあんなに速く動くんだ。私なんか、ポチ、ポチ、ええと……菊枝の『K』はどこ? みたいな感じだよ。
ナダさんに促されて歩いて行くと、真ん中の席で作業をしていた人が振り向く。
「――いらっしゃい、ナダさん。あら、可愛い子を連れているのね。もしかして新人さん?」
「ええ。Aチームもやっとむさ苦しさから解放されましたよ。お菊ちゃん、この女性が管理センター長のセイラさんだよ」
眼鏡を掛けた知的美人さんだ。肩の上で切り揃えたアイスグリーン――青みがかった緑色の髪が白衣と良く合っている。
挨拶しなきゃね。あ~、緊張する。入社した時を思い出すなぁ。
「Aチームに新しく入りました、お菊です。よろしくお願いします」
「よろしく、お菊ちゃん。分からない事があったら遠慮なく聞いてね。あ~、こんな良い子が入るなんて羨ましいわ。うちももっと人手が欲しいわね。旅人さんが増えたからてんてこ舞いよ」
「でも、テイマーは人気がありませんから、徐々に落ち着いて来るんじゃないですか?」
「えっ、人気ないんですか⁉ だって、モフモフですよ! 可愛いですよ⁉」
思わず口を挟んでしまった私を室内の人達が微笑まし気に見て来る。
「あら~、分かっているじゃない。私達もあなたの言う事に賛成よ。でもね、テイマーってパーティーを組むのに向かないのよね」
「そうなんですか? 人数が増えるから戦闘が楽になると思っていたんですけど……」
「一パーティーは最大四人なんだけど、テイマーとモンスター一体で半分埋まってしまう。攻撃、魔法、防御役は絶対に入れたいという人たちが多いから、その時点で候補から外されちゃうんだよね」
「そうそう。テイマーってバランスよく伸びるけど、逆に言えば何も突出したものを持っていないのよね。SAを色々取ってレベルも上がる頃には、みんな決まった仲間が居て相手にされないっていう悲しき職業なのよ」
し、知らなかった……。テイマーとテイムしたモンスター全部で一枠じゃないんだ。弱いテイマーと弱いモンスター一体よりも、何かしら突出した人をパーティーに入れたいと思うのは当然だよね。
「モンスターにも経験値が分配されるから、レベルも上がりにくいしね」
「強いモンスターを捕まえたいのに、自分が中々強くならないっていうジレンマがあるわよね」
ナダさんと女性の会話にウンウンと頷く皆さん。HP2以外にも色々と前途多難だったとは。モフモフと触れ合える最高の職業だとばかり思っていた……。
「でも、そればかりじゃないよ? モンスターとの絆も生まれるし、パーティーの人達に振り回されずに好きな場所へ行ける」
「そうね。それに無理に強くならなくても、ここへ来てモンスター達と遊んでいくのを楽しみにしたっていいじゃない。モフモフを撫で放題よ」
「……そっか。戦うばかりが全てじゃないですよね」
目から鱗だ。周りがレベル上げに勤しんでいたり、私は弱いから頑張らなきゃと思っていたら、いつの間にか強くならなくちゃの一択になっていた。
現実では、『こうでなくちゃ』、『こうあるべき』、『常識だから』というのに囚われている。昔の常識が今の非常識だったりするように、絶対だと思っていた事だって崩れるのだ。異世界のような所に来てまで、それらに押されて自分の思考を縮こまらせるのは止めよう。もっと軽やかに囚われずこの世界を楽しんで、ロイヤルハニーベアーちゃんに会いに行きたい。
「お菊ちゃん、何だかすっきりしたって顔しているね。俺達の話が役に立ったのなら良かったよ」
「はい、ありがとうございます。今は頂けたお仕事を楽しもうと思います。ナダさん、色々と教えて下さい」
「うん、任せて。じゃあ、登録を詳しく説明していくよ。連れ歩ける数を超えてテイムされたモンスターは、地点情報やテイマーの情報などと共に、自動的に管理センターに送られて来る。――あ、ちょうど来たみたいだ。おいで」
手招きされ、分厚いガラスで隔てられた部屋を見ると、黒いリスが傷だらけで倒れていた。
「あっ、あ……」
痛々しくて言葉にならず、リスとナダさんの顔を交互に見るばかりだ。
「うん、その気持ち分かるよ。俺も最初は憤ったり悲しんだりしていた。でもね、テイムするってこういう事なんだよ。だから俺はね、覚悟を決めたんだ。モンスターの命と人生を丸ごと引き受けるって。お菊ちゃんもそうしろって言っている訳じゃないよ? この気持ちをどう処理するかはその人次第だからさ」
ナダさんが普通の弾丸をあまり使いたがらない理由は、きっとこの光景を数え切れない程に見てきたからなのだろう。じゃあ、私は?
「すぐに答えを出さなくても良いんだよ。ここに身を置いていれば自然と見つかる。――ほら、治療が始まるよ。暴れたり攻撃してこないように、まずはエフェクトガンなどを使って眠らせる。睡眠の耐性を持つモンスターも居るけれど、マハロさんが用意してくれた薬を使えば必ず寝るんだ。預モン内だけでしか使えないように魔術が施されているんだけど、この事は絶対に秘密だよ」
勿論だと大きく頷く。そんな凄い薬が世に出たら、モンスターが絶滅してしまいそうだ。それに、モンスターに効くなら他の種族にだって効くのではないだろうか?
モンスターが眠ったのが確認されると、ツナギ姿の男性が駆け寄り、瓶に入った青い液体を振りかける。
「あれは回復薬だよ。あのリスはレベルが低いからHPも少ない。小回復薬でも十分に効果を発揮するよ」
その言葉通りに、みるみる傷口が塞がる。良かった、お薬が効いて……。
「ね? ちゃんと治ったでしょう。治療が終わったら、ブラックライトで照らすと浮かび上がるバーコードを照射する。あー、そんな顔しないで。痛みは全くないからね」
地点情報や名前、種族などを端末に入力する事で得られるユニークコードを、バーコードにしているらしい。……うん、途中から理解を放棄しそうになりました。でも、ここで頑張ると決めたからには覚えないと。
「別に覚えなくてもいいわよ? ここに連れて来てくれれば、勝手知ったる私達が全てやるから」
「えっ、何で分かったんですか⁉」
「だって、顔に覚えられるか不安だ~! ってデカデカと書いてあったから。ふふふ、お菊ちゃんって正直者よね~」
そんな顔していたの⁉ もうっ、やっぱり仮面が欲しい!
「まぁまぁ、落ち着いてよ、お菊ちゃん。テイムした人に使役されるだけならここで終わりなんだけど、俺達が登録する子みたいに、別の誰かに使役される場合は調教が待っている。Aチームではトッドさんが行っているよ」
「そう言えば、調教や育成をしているって仰っていました」
「そうよ。彼に掛かれば凶暴なのも高慢ちきなのも良い子に早変わりよ」
凄いなぁと感心しつつ、セイラさんとナダさんを見る。
「お二人も調教は出来るんですか?」
「いや、俺には向かないから」
「私はやりたいんだけど、皆に止められるのよね。何でかしら?」
他の職員さんが目を逸らしている。物凄く気になるよ~。
「何でかしらじゃないですよ。毎回モンスターを委縮させるわ、怯えさせるわで使い物にならなくして。その度にトッドさんが凄い苦労しているんですからね。本当、二度とやらないで下さいよ」
「ちぇっ、心が狭い男ね。いいじゃない、やりたい事させなさいよ」
「迷惑行為なので却下です。マハロさんにも止めてくれって言われているじゃないですか。クビになりたいなら止めませんけどね」
「分かっていますよーだ。大人しく自分の職務を全うしますぅ」
「うわぁ、イラッとする口調。お菊ちゃん、『ボール1球』をさっさと登録して、ここを出ようね」
「ぶふぅっ⁉」
全員が噴き出した。そんなに駄目なの? 私のネーミングセンス。
「だ、誰が付けたのよ、それ!」
「お菊ちゃんですけど。いいでしょう、『ボール1球』。俺、珍しく愛着湧きましたよ」
そうですか。だけど、ナダさんも噴き出したのを忘れてはいませんからね。
「次の人が名前変更出来ないようにしようかしら。永遠に『ボール1球』であって欲しいわ! そして、2球、3球と増やしていきたいわね。協力するわよ、お菊ちゃん!」
手をガシッと握られて協力宣言されたけど、冗談なのか本気なのかが分からないので曖昧に微笑んでおく。
セイラさんは知的美人という第一印象だったけど、面白い事の為になら、色々とやらかすお姉さんに変わりつつある。NPCの人達って、思っていた以上に個性的なキャラが多い気がする。
セイラさんは残念美人でした。お菊ちゃん、きっとまともな人も居るよ。たぶん……。
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