シンデレラの無駄な心配
昔々あるところにレイラという女の子がおりました。
幼くして母親を亡くしたこの女の子は長いこと父親と二人暮らしをしていました。
しかし、ある日父親のもとにウルトラ世話好き…悪くいえばおせっかいなおばさんがやってきて、縁談が組まれることになったのです。
あれよあれよという間に話は進み、レイラに新しい母親ができることになりました。
聞けば、レイラより少し年上の娘さんもいるそうです。新しいお姉さんもできました。
しかし。この新しい母親(以下継母)と新しいお姉さん(以下義姉ズ)ていうのが超イジワルだったのです。
うっすらとした記憶に残るお母さんは優しかったのですが、この人達はそうではありませんでした。
来ていきなり靴を磨くよう指示したり、部屋の片隅にうっすら残った汚れについていってきたり、
ついには今までいた部屋を家具やクローゼットの中の服ごとまるまる義姉ズに奪われ屋根裏部屋へと追い払われたのです。
この日以降、レイラは上流階級の娘からとあるお金持ち家庭の小間使い…つまるとこメイドに身を落とすことになりました。
365日24時間年中無休。ていうか無給。掃除に洗濯皿洗い、靴磨きにおつかいに…。とにかく休む間もなく働きました。
父親はといえば、そんな継母&義姉ズに逆らうことができずチワワよろしくふるふる震えるばかりです。
そんなある日、家じゅうの暖炉やら窯やらの掃除をしていたところすっかり灰まみれになってしまいました。
その様を見ていた義姉ズと継母は大笑いし『灰かぶり(シンダー)のレイラ』と呼ぶようになったのです。
それがだんだんなまって、「シンデレラ」と呼ばれるようになって今に至ります。
さて、レイラ改めシンデレラはこんな状況下でも決して卑屈にならず気立てのいい立派な女性として成長していきました。
しかし、人間短所がひとつもないなんてありえません。…え、義姉ズ?あれは論外ですよ、ええ。
閑話休題。シンデレラの短所、それは…。
「ええと、塩いれたっけ…?」
ぶくぶくぶく。鍋のお湯の音です。
「ていうか、さっきのお皿洗い残しあった気がするんだけど…!」
ぶくぶくぶく。
「ちょっと待って。昨日は魚だったわよね…?いや肉だっけ?
どうしよう。今ローストビーフ焼いているのにもし昨日も肉だったら…」
ぶくぶく、ごぼぼぼぼぼぼぼ。
「きゃー!お湯が、噴きこぼれちゃったわ!ていうか、肉が焦げてるー?!」
もうわかりましたね?シンデレラの短所。それは『心配性でドジ』です。
父親と母親。いったいどっちに似たのかは知りませんがそのとんでもない短所のせいで、
毎日何かしらのヘマを犯すことになるシンデレラ。おかげでシンデレラへのいびりはより一層苛烈になっていくのでした。
ある日のことです。
「…全部買ったわよね。メモの見落としとか、ないよね…?」
相変わらずシンデレラは心配性です。
「あ、あれは?」
街の広場に人だかりができています。人だかりの先をよく見ると立派な馬車がありました。
扉に着いた紋章。間違いありません。この国を取り仕切る王室のそれです。
そこから降りてきたのは…大臣です。何か紙を持っていますよ。あ、広げました。
縦に長い紙。どうやら、おふれのようです。
「国民に次ぐ!次の王となる王子の妃を決める舞踏会を開くこととなった!
対象はこの国に住まう、すべての女性。身分は問わない……」
ざわめきは大きくなりました。妃を決める舞踏会!しかも、身分は問わない!
農家の生まれでも商人一家育ちでも誰でもロイヤルの道を行ける。
そんなチャンス、めったにありません。女性達はいてもたってもいられず一斉に美容室やら仕立て屋やらへと駆け出しました。
その状況をポカーンとみつめていたシンデレラ。
「…ああ、こうしちゃいられないわ。買い物の確認をしないと…」
どこまでも、のんきです。
買い物チェックを終え、家に入ると継母と義姉ズがどかどかとシンデレラに近づいてきました。
「あ、その…遅れちゃいました。すみま「言ってる場合じゃないわよ!シンデレラ!」
シンデレラの謝罪は義姉Aの叫びで遮られました。
「あなた、何も聞いてないの?舞踏会のことよ!着ていくドレスを選びなさい!
王子の前で恥はかきたくないもの、ちゃんとしたのにしなさいよ!」
義姉Bもまくしたてます。続けて継母です。
「靴もピカピカに磨き上げておきなさい。化粧品も切らしていたし、すぐ買いに行きなさい…」
いま買い物から帰ってきたところなのに、なんという人使いの荒い人たちでしょう。
まあでも、逆らったら大変なことになるので買い物をひと先ず玄関先に置いて化粧品を買いに走りました。
それが終わったら次はドレスの見立てです。腐っても上流階級の娘。ドレスのセンスは決して悪い物ではありません。
ひとまず、義姉ズを満足させることはできました。ただ…。
「あのドレス、ほつれとかなかったかしら…お義姉様たちが寝たら確認しよう」
やれやれ…。
こうして、この国のすべての女性が待ちに待った舞踏会の日が訪れました。
朝から継母達のお風呂の世話、メイク、ドレスの着付けなどでシンデレラは大わらわ。
その合間にシンデレラは恐る恐る問いました。
「ええと、お義母様にお義姉様…私は…」
「当然だめよ」
きっぱりと言われました。
まあ、しょうがありません。家での仕事ががっつりあるし何より前述通りドレスは今全部義姉ズのものです。
あまりにも心根が優しすぎるため、取り返すという案は思いつきませんでした。
シンデレラはただ、美しく?なった継母と義姉ズをみつめるだけです。
こうして、迎えの馬車へと継母達はしゃなりしゃなりと歩いていきました。
「…ふう」
家じゅうの床を磨き終えたシンデレラ。
うかうかしていられません。この後は洗濯、薪割り、窓ふき、ベッドメイキング、継母達への夜食作り等が待っています。
「…ここまでやり忘れたのないよね…?ていうか、床磨き残しは…」
階段に座りながら、シンデレラは考え込みます。
「それにしても、今頃お義母様達は舞踏会か…しょうがないとはいえ、矢張り留守番は辛いわ…。でも、着ていくドレスもないし…」
3秒ほどたって、シンデレラは立ち上がりました。
「しょうがないから、仕事を済ませよう…」
そのときです。光の粒子がシンデレラの真横にあらわれました。
それはそのまま、人の形を作り…いかにもな魔法使いが現れたのです。
「あ、あなたは…」
目を白黒させるシンデレラにいかにもな魔法使いは言いました。
「魔法使いです」
…見て分かる通りの回答です。
「あなた、せっかくすべての女性が舞踏会に招待されたというのに何をしているのかしら?」
「私なんかが舞踏会に行っても…」
「何言ってるの、早くいきましょう!」
いけいけどんどんという感じの魔法使いを横に見ながら、シンデレラは言いました。
「…でも、私は家でやらないといけないことがたくさんあります…」
「その辺なら問題ないわ。私は魔法使いですもの。そーれ☆」
杖を一振り。すると、雑巾が窓を磨き始め、洗濯物が次々と桶に飛び込み洗濯板でこすられていきます。
斧は丸太を次々と薪に変え、台所では調理道具がこれまたおいしそうなスープの支度をはじめました。
「わあ、すごい!ありがとうございます!」
「それじゃあ、あとは舞踏会に行くだけね…ここからお城まで結構距離あるし馬車を作らないと」
きょろきょろとあたりを見渡す魔法使い。畑に成長しすぎたカボチャがあるのを見つけました。
「これを馬車にしましょう。茎から外さないといけないわね」
魔法使いは杖を一瞬で鉈に変えると、大きなカボチャを茎から切り離しました。
「あ、あの。待ってください」
カボチャを馬車に変えようとする魔法使いを制するシンデレラ。
「馬車がかぼちゃとのことですけど…大丈夫なんですか?なんかネチャってなりそうで…
あと、何より耐久性が心配です。こういうのって割れやすいんですよね…。
一歩間違えたらカボチャの馬車どころか私まで大変なことになりそうで…」
「物質変換魔法は物を100%違うものに変えるそれよ…だから問題なし!」
魔法使いは思いっきり杖を振るいます。すると、カボチャは煙とともに立派な馬車へと変わりました。
「わあ…」
「でもこれで完成じゃないわ。馬車には馬が必要よ。…ネズミでいいわね」
シンデレラはまたまた不安になりました。
「いや、ネズミって…いいんですか、それで」
「大丈夫よ。ネズミがいたら連れてきてくれるかしら…6匹ほど」
シンデレラは屋根裏部屋にいるネズミをつれてきました。
ネズミの上で杖を振ると、立派な鬣を持った馬になりました。
ヒヒーン、ヒヒーン。元ネズミな馬は高くいななきます。
と、そんな騒ぎを聞きつけた野ネズミが飛び入りで入り込んできました。
「ナイスタイミング!あなたには御者になってもらうわ」
シャランラン。野ネズミは魔法で御者になりました。
「こんなテンションでいいんですか、魔法使いさん…まあ、もう変えちゃいましたけど」
不安げにシンデレラは尋ねます。
「いいのよ、いいのよ。あら、トカゲさんもきたようね」
「うぅ、このトカゲも何かにするんですか?」
「ええ、従者あたりに」
「私、爬虫類って苦手なんですよ…。目がぎょろっとしてるし、舌がなんか厭だし…」
「大丈夫。トカゲらしさがないようにに変化させるから!」
心配をよそに、魔法使いはトカゲ達を従者に変えました。
「わあ…」
魔法の力にただただ圧倒されっぱなしのシンデレラです。
「と、最後の仕上げはドレスね…」
シンデレラはまだまだ心配そうです。
「ドレスなんて着るの久しぶりなんで…転びそうな予感がします。それで大怪我をしたら…」
「心配するのは後、行くわよ!」
シャンラララン。杖を振るうと、つぎやほこりだらけのシンデレラのボロ服はあっという間にドレスに変わりました。
上等のシルクを使ったドレスにはこれまた上等の糸で刺繍が施されています。
手袋も、靴も、アクセサリーも。とにかくまあ『上等』づくしです。
「まあ、素敵…」
しかし、シンデレラはまたすぐに心配顔になりました。
「お義母様にばれやしないかしら…」
「肝心なことを忘れていたわ…えい!」
シンデレラの前で光が舞います。
「これであなたがシンデレラだってわからないわ…さあ、早く馬車に乗って!」
せかす魔法使い。まだまだシンデレラは言います。
「ていうか!御者さんはお城までの道解るんですか!?
もし道に迷って舞踏会に行けなかったり、ごろつきにおそわれたり、それから…!」
この後もシンデレラは心配事を次々と列挙していきました。
省略したのは決して、作者がネタ切れを起こしたわけではありません。ご理解ください。
「ええい!12時の鐘が鳴り終わったら魔法が解けちゃうから!心配とかしないで早く乗り込みなさい!」
「は、はい!魔法使いさん、ありがとうございます!」
ぺこりとお辞儀をし、馬車に乗り込みます。
「さあ、お城へと全速前進!」
御者が鞭を振るうと、馬は走り出しました。
パカラ、パカラと蹄の音を立てながら馬車はお城へ向かいます。
いろいろ心配しましたが、シンデレラはこれで舞踏会に晴れて参加できるのです。
やがてお城が見えてきました。シンデレラのテンションは最高潮です。
馬車はお城の大階段前で止まりました。従者に扉を開けてもらいシンデレラは馬車から降りました。
と、なにかがおかしいのです。なんていうか…静かなのです。
舞踏会ならもう少しにぎやかでもおかしくないのですが…?
少し心配になりながら階段を上がり、会場へと向かいます。
誰もいません。ていうか、パーティの気配がまるでありません。
一体何がどうなっているんでしょうか?もしかして、まだ始まる前だった?
考え込んでいると、水色の制服を着た中年女性が通りかかりました。掃除のパートさんのようです。
「あらあなた、こんなところで何をしてるの?」
「ええと、舞踏会…にきたんですが…」
恐る恐るです。
「…え?舞踏会?お妃さまを決めるってあの?…それならとっくに終わったわよ」
ケロッとした顔でパートさんは言いました。
そうです。シンデレラがああだこうだとくだらない心配をしているうちに舞踏会は終わっていました。
ガーン。シンデレラはショックでたちつくすしかありません…。
と、いうわけで。無駄な心配のせいで大事な1日を棒に振ってしまったドジなシンデレラ。
『国民でただひとり、舞踏会に参加しそびれた女性』というレッテルを貼られ、国中の笑い者になった上に
その後もこれと言った出会いに恵まれず、同じように行き遅れてしまった義姉ズに生涯いびられる羽目になりましたとサ。
教訓:心配しすぎるとろくな目に合わない
終