C-000-Section-002:Awakening
運命のその日は激しい雷雨が轟く嵐の夜であった。
荒れ狂う雷雨の中、草木を掻き分けて進む複数の足の音。
その足音が止むと、男たちの声がし始めた。
「いたぞ。生存者だ!」
「子供の生存は確認した。そっちはどうだ?」
「こっちはダメだな。首斬られて死んでる」
「きっと魔族の仕業だろう。惨い事しやがる。それにしてもこの子の父親、か? 子供を守ったんだろうな」
「おい、坊主。大丈夫か?」
男達が現場の凄惨さを語る中、一人茫然と座り込んでいる男の子。声を掛けられても反応する事はない。目を大きく見開き、血に染まった視界にも目を閉ざす事無く、絶望に包まれた表情で男の子は目の前に横たわる父の無残な亡骸を見つめていた。
湧き上がる心の痛み。逃れられない運命のように、その痛みは憎しみを助長し、委ねよと誘う。
「…ッド! ブラッド!」
何処からともなく聞こえてくる少女の声。心痛に一筋の癒しになる声に導かれるように少年は目を覚ました。
目を覚ました少年がまず確認できた事は少女の膝の上で頭を乗せて眠っていた自分と、その自分の顔を心配そうに見つめる少女の顔であった。大きな胸の谷間から見える少女の顔と目が合った状態で二人は沈黙する。
そして、少女とに近すぎる距離に少年は驚き、静寂を打ち破る。瞬時に立ち上がり、事の顛末を自分に問う。
「リル!? 何で、オレはリルの膝の上で寝てたんだ!?」
身に覚えのない状況で起こされた少年は動揺を隠せなかった。少年の自問の言葉を聞いて、真相を知る少女が恥ずかしそうに語り始めた。
「ブラッドが寝惚けて、私の膝の上で寝始めたんだよ」
語られた理由を聞いて更に赤面するしかなかった少年。自分の子供っぽい行動もそうだが、初心な自分には刺激が強かった。
ふと、手を顔に当てると、少年は目から涙が流れているのに気づく。別の意味での恥ずかしさが、彼の心に悲壮な感情が芽生える。少女もその涙に気づいたが、最初はあえて言葉にはしなかった。
夢から覚めた少年は自分の瞼を両手で擦りながら、細い品やかな赤い髪の寝癖を軽く手で整える。そして、両手を伸ばし、幼いほどに低身長の体の背筋を伸ばしながら、日差しを浴びて眠気を払った。
少年の名は、ブラッド・トリニティ。背は低いが、こう見えて18歳の少年である。
碧く透き通った瞳から流した涙の哀しみを頬を両手で叩き、夢の記憶と共に心に押し込めた。
「ブラッド。大丈夫? 大分うなされてたよ」
ブラッドを心配し気遣う少女。彼女の名前はリル・クレスケンス。先程、ブラッドを夢から引き戻した声の主である。ブラッドの交際相手で、付き合って3年経つ。ツインテールの赤い髪と赤い瞳。控えめで大人しめな印象を受ける。
今いる場所は二人が通う学校の屋上であった。
夢での出来事から極まりが悪そうなブラッド。その表情を見てリルはブラッドに問いかける。
「また哀しい夢、だったの?」
理解したかのように口から出たリルの素直な気持ちの問いに、動揺を抑えつつ、「まあな」と、素っ気なくも誤魔化さずに返されたブラッド。その返事に、彼の後姿を見つめながらリルはこう続ける。
「私はブラッドが自分の哀しみに対してどうしたっていいと思うし、何も言わない。私はブラッドについていくだけだから」
リルはそう言うと立ち上がり、尻の埃を払う。そして、ブラッドの横を通り過ぎ、屋上のフェンス前へと移動した。そして、右手を前にかざし、辺り一面の景色を見ながら語り始める。
「世界って残酷だね。好きである事に不要な生き方でいっぱいだ。皆幸せってわけにはいかないんだよね」
どこか哀しそうに聞こえる声に、ブラッドは「そうだな」って返事した。
「それでも、私にはブラッドが必要。今はそれが自分の答え」
真剣に言ってるとブラッドは分かった。中々決断できない優柔不断な性格も知っていたが、大切な場面では誰よりも負けない覚悟で望む。リル・クレスケンスはそういう少女であった事を、ブラッドは再確認した。
「私はいつもブラッドのそばにいるよ。大丈夫だから」
そして、リルは振り向き、優しい笑顔でブラッドの顔を覗き込むように、気持ちを打ち明ける。その表情を見て、ブラッドの頬はほんのり赤く染まった。その顔を見せまいと、全力でリルの視線から顔を背ける。それを見てリルは頭上の吹き出しに?マークを浮かべ、「どうしたの?」と、ブラッドの顔に視線を近づける。すると、再びブラッドは顔を背けた。この繰り返しが暫く続いた後、ようやく平静を取り戻したブラッドがリルに話しかける。
「次の授業始まるだろ? 教室に戻ろうぜ」
「うん。そうだね。行こう」
ブラッドの言う事に、リルも頷きながら返事をし、二人は屋上を後にする。校舎へと繋がる扉に向かう途中でブラッドが立ち止まる。
(こいつ、可愛い顔するよな)
決して口にする事はないであろう思いを、リルに心で告げる。立ち止まった事に気づいたリルが振り向き、再び「どうしたの?」と問う。ブラッドは咄嗟に「な、何でもない」とちょっと動揺しながら、リルと共に屋上を後にするのであった。