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79.ローマへ行進

――紀元前216年 イタリア半島 イベリア拠点

 ハンニバルが簡易的な住居にある執務室で軍の物資について差配を行っていると、彼の部屋に相変わらずの不遜な態度でガビアが不意に顔を出し、右手をあげドカっと椅子に腰かけ足を投げ出した。


「ガビア、待っていたぞ!」


 ハンニバルは顔を綻ばせ、両手を広げガビアを歓迎する。

 

「待たせたな、ハンニバルさん。ファビウスと直接話をしてきたぜ」


 ガビアは何でもないという風に言葉を放つが、ハンニバルはまさか敵方の独裁官(ディクタトル)と直接会話をしてくるなど思ってもおらず、驚愕で目を見開く。 

 

「まさかファビウスと直接会ってくるとは驚愕したぞ、ガビア」


「なあに、ファビウスさんに招かれたってのが真実に近い。奴はハンニバルさんに聞いていたとおりの切れ者だったな」


「ほう、お前にそう言わせるとは……やはりファビウスは侮れないのだな」


「まあ、そのおかげで話が早くて助かったぜ。戦後の枠組みも大枠を決めてきた。微調整はハンニバルさんに任せるぜ。だいたい事前に伝えた大枠で決まった」


「ファビウスとお前の枠組みに対する思惑がだいたい合致したということか?」


「そうだな、ガリア・キサルピナ以外はだいたい考えた通りだぜ。ガリア・キサルピナの枠組みに異議ありなら動いてみる。枠組みはこの(パピルス)に書いた通りだ。後で見ておいてくれ」


 ハンニバルはガビアから書欄を受け取ったものの、中を確認するまでも無くガビアとファビウスの決めた通りで良いと考えていた。きっと、イベリアにとって最良で、ローマにとって許容できる範囲の限界が記されているだろうから。

 これから和議を結ぶ相手になるべく禍根は残したくはない。彼ら以上の案を思いつく者などこの地中海にはいないだろうとハンニバルは思う。

 

「ガビア、後で確認をしておく。何処(どこ)へ兵を出せばよいのだ?」


「軍に関してはハンニバルさんに任せる。ファビウスもそれで同意したからな。一丁派手に頼むぜ。ローマ軍は募兵を行う予定はない。剣闘士奴隷もお互いに触れないことで合意した」


「了解だ。ガビア、なるほどな、では遠慮なく行かせてもらおうじゃないか」


 ハンニバルは彼にしては珍しく大きな声で豪快に笑うと、スッと真顔に戻りガビアを見据え、言葉を続ける。

 

「ガビア、お前の働き、相変わらず予想以上だ。感謝する」


「なあに、ハンニバルさんは言ったじゃねえか。得意なところで頑張りましょうってな。俺っちは俺っちのできることをやったに過ぎないぜ」


「ハハハ、ガビアらしい。ガビア、お前も従軍するか?」


「遠慮しておくぜ。何かあれば伝令は送る。俺はバナナでも食べて待っておくぜ」


 ガビアはその言葉を最後によっこらせと立ち上がると、手をヒラヒラと振って部屋を退出して行く。

 

 

◇◇◇◇◇



 ハンニバルはマハルバル、キクリスを伴い、イベリア軍六万五千を真っすぐにローマへ向けて進軍していた。彼らの動きと合わせるようにガリア・キサルピナからトールとオケイオンらのイベリア・ガリア連合軍十五万もローマを目指す。

 彼らを遮る者は誰もおらず、まるで無人の野を行くがごとく、順調にイベリア軍は行軍を続けていた。

 

 あと一日でローマというところで、トールらと歩調を合わせるため彼らは野営を行い、ローマへ進軍する時を今か今かと待っていた。

 マハルバルは敬愛する主君と共に、軍事行動中とは思えぬような和やかな雰囲気の元で食事を行っている。

 

「ハンニバル様、これほど落ち着いた行軍は初めてです」


 マハルバルはワインを口に運び、出来上がったばかりの肉と野菜がふんだんに入ったスープに手をつける。

 

「うむ。マハルバル、此度の進軍は戦いに赴くのではない。これは凱旋なのだ」


「ハンニバル様よりそう聞いておりますが、私にはやはりにわかには信じられません」


「私とてローマを信用しているわけではない。しかし、私はガビアを信じている。それだけなのだ」


 ハンニバルは素直に自身の思いを口にする。これまでの戦いは全てお互いを信頼し信用することで進めてきた。その結果が、今のイベリアだ。

 ガビアに任せた。だから、進む。

 

「なるほど、ガビア殿がおっしゃるのでそうなるのだと言うことなのですね」


 これこそがハンニバル様なのだとマハルバルは思う。思えば私のような者に過去を打ち明けてくださった。そして人材集めという重責を「お前だからこそ」と言って任せてくれた。

 私はハンニバル様の期待に応えることができたのだろうか……マハルバルはそう自問する時もあった。しかし、主人はこうおっしゃった。「お前以外の誰に任せることができようか」と。

 マハルバルは主の信頼に歓喜した。それは今も変わっていないし、これからも変わることがないだろうと彼は確信している。

 

 翌朝、伝令が到着し、時が来たと告げる。

 


◇◇◇◇◇



 ローマの首都ローマの外周はかつてないほどの兵が集まっていた。イベリア軍二十万、ローマ軍八万と合計すると三十万近い兵力が一同に介し、広大な首都ローマと比しても全てを受け入れることが難しいほどの人数であった。

 イベリア軍の悠然とした行軍は、途中で通過したローマの都市も知ることとなっており、彼らは行軍中にもいかにイベリア軍の数がローマ軍を上回るかを喧伝していた。

 

 そして、首都ローマの外周に集まった両軍の差を見れば、どれほどイベリア軍が巨大であるかが明らかだとローマ市民は認識するところだろう。

 

 だが、そのような圧倒的な兵力差のある両軍は戦いを始めず、ローマの独裁官(ディクタトル)ファビウスはイベリア軍へ使者も立てず自ら単独でイベリア軍へと向かう。

 その勇気ある彼の行動にローマ軍全てが固唾を飲んで見守る。

 

 ローマ軍も首都ローマの市民も独裁官(ディクタトル)が交渉に失敗すれば、たちまちイベリア軍二十万が襲い掛かりまずはローマ軍、次に市民が脅かされると理解していた。

 もっとも、そう理解させるようにこの老獪な独裁官(ディクタトル)が巧妙に仕掛けたのだが……それを知る者はローマでも極わずかの者だけに限られた。

 

 途中の都市に対するイベリア軍の喧伝にも、もちろんこの独裁官(ディクタトル)は噛んでいる。

 一人進む独裁官(ディクタトル)ファビウスの姿を見やり、ハンニバルはこれまでの的確な動きから、彼の政治的な手腕はやはり驚嘆(きょうたん)に値するものだと改めて認識していた。

 

「ハンニバル殿、あなたは何を求めてローマに来たのですかな?」


 ハンニバルの目前に来たファビウスは軽く礼を行うとハンニバルにそう問いかける。


「私が求めるものは、ただ一つ。イベリアの市民の正当なる権利を守ることです」


 それを聞いたファビウスは改めて問う。


「ならば、それをローマが認めるなら、あなたは剣を収めてくれますかな?」


「ローマ市民がイベリア市民の正当な権利を認めるなら、私は剣ではなく(パピルス)と筆を持って手を取り合いましょう」


 そのハンニバルの言葉にファビウスは静かに頷くと、宣言する。


「わかりました。私はローマ市民の代表たる独裁官(ディクタトル)として、イベリア市民の正当なる権利を認めましょう」


「ならば、今このときよりイベリア市民はローマ市民の友となりましょう」


 ハンニバルが右手を差し出すと、ファビウスが彼の手を取り二人は固い握手を交わす。

 

 そのまま二人は、首都ローマへ入り二人並んでローマ市民へ両手をあげる。

 単身でイベリアに講和の席へつかせ、英雄的な行動をとったとしてファビウスはローマ市民に歓呼の声で迎えられ、ハンニバルも恐れられているもののローマ軍の殲滅を選ばず講和の意思を示したことで、ローマ市民は彼へも拍手を送った。

 

本日昼にもう一話投稿します。次回にて完結予定です。

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