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3.バルカ家

 海洋帝国カルタゴは依然として弱小国家ではないが、自慢の海軍力はかつての面影が感じられなくなっていた。カルタゴは東地中海東岸発祥の海洋貿易で栄えたフェニキア人によってアフリカに建設された都市カルタゴからその歴史が始まる。

 カルタゴの歴史は古く、紀元前九世紀頃成立した都市国家カルタゴはフェニキア人が得意としていた海洋貿易で栄え、紀元前六世紀頃に西地中海の覇者となる。

 カルタゴが誇る海軍は西地中海で大いに覇を唱え、紀元前六世紀頃にはサルディニア島、コルシカ島、マルタ島、バレアレス諸島などの西地中海に浮かぶ島を支配する。その後、紀元前264年に海洋帝国カルタゴはシチリア島を巡ってローマの挑戦を受け、その結果カルタゴ海軍は敗れ去りシチリア島をローマに譲ることになる。

 

 破れたカルタゴは西地中海の絶対覇者の地位から陥落し、ローマの目を伺いながら貿易を行う国になり下がってしまう。

 瞬く間に戦争の痛手から国力を回復したカルタゴに対する脅威論がローマにはあり、カルタゴにもローマが覇権を求めカルタゴに襲い掛かるのではないかという脅威論があった。お互いがお互いを警戒し、いずれ激突するだろうことは何となく両国の首脳はこのころから感じていたのかもしれない。


――紀元前227年 ヒスパニア カルタゴノヴァ 

 ハンニバルやマハルバルらが住むヒスパニアは、バルカ家による支配が順調に進んでいて新たな都カルタゴノヴァも来年には完成する見込みである。ハンニバルの荒唐無稽(こうとうむけい)な話から始まったマハルバルとの会談も佳境を迎えていた。

 

「我が叔父ハストルバルが暗殺されるのは、今から六年後になるのだ。その四年後にローマと戦争になった」


「……六年ですか」


「なに、六年もあるのだ。マハルバル。その間にやらねばならぬことはいくつもあるぞ」


「お聞かせ願いますか?」


「一つ、イベリア半島の支配地を広げケルト人を取り込むか寄せ付けぬようにすること。支配地の拡大は戦費がかかるが、いずれ収益として我々に帰って来る」


「戦争ですか、お任せください!」


 自身ができる唯一のこと……戦争のこととなりマハルバルは決意の籠った瞳で敬愛する主君ハンニバルを見つめる。

 

「叔父が生きていたとしてもローマとの戦争は今から十年後に勃発するかもしれぬ。イベリア半島との兼ね合いもあるがカルタゴ元老院の掌握にも乗り出す必要がある」


「バルカ家とカルタゴ元老院は不干渉と聞きます。ローマと戦うには国内の不和は取り除かねばならないというわけですね」


 先のポエニ戦争ではハミルカルとカルタゴ元老院の意思疎通が取れておらず、また彼らは意見がぶつかり合い、未だ交戦可能であったハミルカルを無視してローマと講和してしまった。

 敵と戦うのに味方に後ろから刺されてはたまらないということは、マハルバルにも容易に想像がつく。

 

「三つ、世界各地の人材をヒスパニアに誘いたい」


「人材ですか?」


「うむ。我々だけではどうしても優秀な人材が不足しているのだよ。ローマほどとまではいかぬとも、それなりの人員を揃えたい。具体的な人物名も私がまとめよう」


「了解いたしました!」


「それでだな、マハルバル。お前に諸国を回り私の指定する人物と接触してもらいたいのだ」


「わ、私でよろしいのですか? 私には学も弁論術もありませんが……」


「問題ない。むしろお前のように武技が優れている者の方が諸国を旅するのに向いているだろう」


 マハルバルはハンニバルより重大な仕事を任されたことで決意を新たにする。

 

「身命を尽くし、任務を全ういたします!」


 マハルバルの気合の籠った声にハンニバルも顔が引き締まり、立ち上がり彼の肩を軽く叩く。

 

「頼んだぞ、マハルバル。何か質問はあるか?」


「ございません。ただ……いえ……何でもないです」


「どうしたマハルバル。何でも言ってみろ」


「…………ハンニバル様、あなた様の記憶の中の私はどのような最期を迎えたのでしょうか?」


「すまぬ、マハルバル。お前は私を守り剣に倒れたのだ……此度はそのようなことをさせはせぬ」


 ハンニバルの謝罪の言葉はマハルバルの耳に入ってこなかった。彼は口元に笑みを浮かべハンニバルの記憶の中の自身に思いを馳せた。

 

「いえ、きっとハンニバル様の記憶の中の私は幸せだったのだと思います」


 ハンニバル様を守って死ねるなぞ、本望に違いないだろうから……マハルバルは心の中でそう呟いた。



◇◇◇◇◇



 その日の晩、バルカ家ではハンニバルの叔父ハストルバルを除き、家族そろって夕食の席に集合していた。バルカ家はハミルカル・バルカの子供たちである長男のハンニバル、二つ年下のトール、さらに二つ下のマーゴの三兄弟に加え、長女であり末子のアナトの四人とハンニバルの叔父ハストルバルを合わせて総勢五人と少数で構成される。

 カルタゴの主神バールに祈りを捧げた後、夕食を食べ始める。

 

「兄上、何かよいことでもあったのですか?」


 ライオンのようなたてがみにも見える赤毛を持つ長身の次男……トールは長兄ハンニバルの様子を敏感に感じ取り、彼に質問を投げかける。

 

「うむ。マハルバルのお陰で、今後の方針が見えたのだ」


「最近、悩んでいましたがついに良き案が浮かんだのですね!」


 トールは兄の言葉に顔がほころぶ。

 トールだけではなくハンニバルの兄弟たちは皆、兄がここ最近悩みぬいていたことを知っている。兄の悩みが解消されたとあればめでたいことなのだ。

 

「トール。お前には私の代わりに叔父上についてもらおうと思っている」


「兄上はいかがなされるのですか?」


「私はイベリア半島の南部の制圧に向かおうと思う。マーゴ、お前も来るか?」


 トールとハンニバルの会話の中、突然話を振られた三男のマーゴはどきまぎした様子で口ごもる。三男のマーゴは長身の二人の兄と異なり小柄で髪の色こそ赤毛であるが、柔和な顔貌で筋肉もあまりついていない。

 

「兄上、マーゴを連れて行くのですか? 彼はまだ十五になったばかりですが……」


 口ごもるトールへ助け船を出したのは次男のトールだった。ハンニバルがトールの言葉に応じようと口を開いた時、それを遮るようにマーゴが言葉を返す。

 

「兄上、僕でよければぜひお願いします。僕も十五歳になりました。初陣には遅すぎる年齢です」


「うむ。よくぞ言った我が弟よ。安心しろ。熟練の者を常にお前につけよう。何か希望があれば出陣までに私に言ってくるように」


「分かりました。兄上!」


 マーゴはひまわりのような微笑みを口元にたたえ、ハンニバルに頷きを返す。

 

「アナト、私がいない間はトールの言うことを聞くように」


 ハンニバルは末子で未だ十三歳の赤毛の少女へ声をかけると、少女は無言で頷く。

 この後四人は穏やかに談笑しながら食事を食べる。ハンニバルとトールはワインを飲みながら、ゆったりとした時間を過ごす。

 長兄のハンニバルでも十九歳とこの若き一家は後に地中海全てに名を轟かすことになることは、この時まだ誰も知らない。

・当時の地図になります。

挿絵(By みてみん)

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