第六話 縛りプレイはお好きですか? part 2
ビルとビルの間の路地に赤いフードの糸使いと踵から腰まで灰色の角のようなものが生えている足武装をしている高寺 朱雀が向かい合っている。
その足武装をしている方は、腕を縄で縛られ、肩を上下させ、足が震えている。
そして今、ビルの間に糸使いの高笑いが反響している。
「痛くするといっても、別にこちらから攻撃するわけじゃありません。
あなたが足掻くのを止めて、大人しく私に捕まってくれれば、
怪我をしなくて済みますよ。」
「すでに疲労困憊でぶっ倒れそうな人間に、怪我をするから大人しろって、
言葉は、無意味だと思うぜ。」
「ははは、一応言っておいただけですよ。」
糸使いは、そう言うと指をパチンと鳴らす。
刹那、周囲が眩しい光に包まれる。
俺は、目を覆おうとするも、腕が縛られているため、光を直視してしまう。
周囲には、無数の細い光の線がビルとビルを結ぶように光っている。
恐らくあれが見えない壁の糸だろう。
しばらくして光が収まるが、光を直視したためまだ目の前が真っ白で
何も見えない。
「瞬きせず光を見たんですか。
目の焦点が合ってませんよ。またしても滑稽な姿ですね、ははは。」
糸使いの声と笑い声が耳に届く。
「今、ここに仕掛けたトラップを強化しました。
私の能力は、糸を出すこと、そして、出した糸の性質を変化させる能力です。」
糸使いが話している間に、少しずつ視力が戻ってきて、糸使いの姿が見えるようになってきた。
「糸の性質を変化させる?」
「そうです。試しにこの糸の壁にぶつかってみては、いかかです?」
糸使いは、俺を挑発するように薄笑いしながら言う。
「その挑発乗った。言っただろう。俺は、今脳筋なんだ。」
今は考える時間も惜しい。だから考える前に行動する。
朱雀は、腰を屈めて震える足に灰色の力を集中させ、力を解き放つ爆発音とともに見えない壁に突っ込む。
しかし、疲労のため速度が明らかに落ちていた。
糸の壁にぶつかると、すぐに朱雀の体に変化が起きた。
全身が急に熱くなったと思うと、糸と触れている肌から
血が出てきており、見えない糸を伝って滴り落ちていく。
突進するスピードがあまりなかったため、すぐに後ろに
跳ね返されて尻もちをつく。
尻もちをついた拍子に俺の腕を縛っていた縄がぷつりと
切れて地面に落ちる。
「・・・・切断。」
「ははは、大正解です。」
無数の赤い線の先にいる糸使いが手を叩いて笑っている。
「今までは触れても安全な糸が、この瞬間から切れる糸に
大変身したのです。」
「これが性質変化か。」
「といっても、脱走者くんの体がばらばらになると、
さすがにここからリタイアした時に生き返られないでしょうから
ある程度切れ味を下げては、いるんですよ。」
「あくまで、俺を捕獲することが目当てなのか。」
「言うまでもなく。生け捕り希望です。」
「・・・・・」
どうしよう、突進脳筋作戦を封じられてしまった。
作戦名は、今付けた。
ここからは、頭を使わないといけなさそうだ。
こういう困ったときは、状況の整理をするのが鉄則だ。
まず相手は、糸使い。
糸を操り、性質を変化させられる。
今のところ直接攻撃がなく、トラップのみ。というか俺が
自滅しているだけの気もする。
とにかく糸使いのこのトラップを何とか突破すれば、
大通りに出られる。
大通りは、道幅が広いからトラップを仕掛けようにも、
糸の端をくっつけるビルとビルの間の間隔が広すぎるから、
トラップを設置しにくいはず。
糸使いも忙しいって言っていたから、まだ手をつけてない・・・・といいなぁ。
この路地も道幅がもっと広ければ、糸の両端をくっつけようとか思わないだろうな。
空をぼんやりと見上げる。
空は、まだ明るく白い雲がふわふわと浮いている。
「やっぱりこの世界から壁をなくしてもいいんじゃないか。」
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
壁なんかあって困るものだと監禁室でよく分かった。
壁が憎い。憎い。憎い。
頭の中で再び、どす黒い憎悪があふれ出し、脳内を一気に染める。
首を下げ、青空からねずみ色をしたコンクリートの壁に視線を移す。
ちょうどその時、空の太陽に掛かっていた雲が取れ、路地に太陽の光が差し込む。
一気に明るくなり、頑張ってよく見れば、女の子っぽく見えなくもない整った顔の眉の間の八の字のシワがなくなる。
それと入れ替えに、顔が日光に照らされると同時に、ぱぁぁと子供のような無邪気な笑顔を浮かべて、
「・・・・そうだ、壁を全部壊しちゃえばいいんだ。」。
と、小さく呟く。
「は?」
糸使いが目を細めて朱雀を見る。
「急に黙って上を見始めたと思ったら、突然何を言うんです?」
しかし、朱雀は糸使いの声が届いてないのか、壁を穴の開くほど見て、
「壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す。そうだ!俺には今、この憎い壁を壊す力があるんだ!
俺は、壊せるんだ。ひゃはは。」
目を充血させるほど見開いて、ビルの壁を親の仇のように睨んで、
口からは、「壊す」、と怨念のように同じ言葉を呟いている。
しかも、唇をニヤリと限界まで吊り上げて、歯が見えるほど笑っているため、
気が狂ったようにしか見えない。
いや、あれは、完全に狂っている。
いい獲物を見つけた獣の目をしているやつがまともな訳がない。
「ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ」
ダメだ。もうあいつ完全に理性を失った別の何かだ。
ゆらりと壁に近づき、灰色のオーラを全身から出す。
それもとてつもない量のオーラを。
「ぶっ壊す。ぶっ壊すぶっ壊すぶっ壊す!」
刹那、灰色のオーラが巨大な渦を作り、足の武装に吸収されていく。
「ひゃーーーはーーーーーー」
人格が本当に入れ替わったとしか思えない掛け声と同時に壁を蹴飛ばし、
壊していく。
壁を蹴飛ばすたびに爆風が起こり粉塵が舞い、一瞬で中の様子が
見えなくなった。
ただ・・・・・・・・
「ひゃははっははは、かべっ!かべっ!!カベっ!!!ひゃははははっはは。」
という声だけがねずみ色の粉塵の中から聞こえてくる。
壁に何の恨みがあるのか。
糸使いは、相手の豹変ぶりに頬に一筋の冷汗が伝う。
「ははは、でも心配ありません。この小道には四方八方にトラップが仕掛けてあります。
いくら壁を壊そうとも抜け出すことは、不可能です!」
「はははははは」
「ひゃはははっはははは」
二人の狂った笑い声が小道で共鳴する。
「ひゃははっはっははは」
「ははははははははーーーーーーは?」
先に笑い声が止まったのは、糸使い。
爆発音が止まったと思った刹那、理性を失った笑い声が、壊れたカセットテープのような笑い声が、後ろから聞こえたからだ。
「壁の破壊カンリョー、ひゃははは。」
「・・・・まさか、そんなはずなぐらっぱぁぁぁぁ。」
後ろから感じた背筋が凍るような凶悪な気配に振り返った瞬間、
糸使いの腹に足武装がめり込み、肺の空気が一気に外に押し出される。
カハッという情けない声が喉から出て、コンマ寸秒後に腹で灰色の爆発が起きる。
糸使いは、弾丸のように風切り音を立てながら、ねずみ色の粉塵を通り抜け、
反対側の大通りにあるビルの壁に激突する。
「なに・・・・が」
混乱して揺れている瞳に、粉塵の中を歩いてこちらにゆっくりと歩いてくる
灰色のオーラのシルエットが映る。
おかしい。トラップは、完璧な配置だったはず。
内側から壊すことなど不可能です!
そこで、ピューー、とビル風が吹く。
風は、糸使いの赤色のパーカーのフードを脱ぎ去り、粉塵と一緒に吹き抜けていった。
「馬鹿な」
粉塵がなくなった後のビルの小道に面していた壁が上から下まで全てなくなっていた。
それだけでなく、両側のビルも小道に面していた面から半分がなくなっていた。
「化け物か、ははは。」
糸使いは、そう呟くとごほごほと咳をして、青白くなった口を押える。
抑えた手のひらには、少し赤いものがついていた。
「ははは、はは、はははは。面白い。面白いじゃないか、脱走者くん。」
細い手足が震えている。
体がこいつには、敵わないと警告している。
完璧だと思っていたトラップが破られ、高見の見物をしていたつもりが一瞬で
状況がひっくり返された。
敵わない敵に立ち向かうなんて、野蛮な方法だ。
しかし、ここで逃げても、あいつに追いつかれるのが目に見えている。
なら・・・・・・
糸使いは、貧血と恐怖でうまく言うことを聞かない震えている手足に
力を入れ、色の抜けた唇の端を思いっきり上げて、ゆっくりと立ち上がる。
そして、両手を広げて、自分の今やろうとしていることを嘲笑いながら言う。
「一か八か!野蛮になってみましょうか。はははは。」