第五話 縛りプレイはお好きですか? part 1
外に出て、外の空気を肺いっぱいに吸い、
染み渡らせて、じっくりと感じて、
「出れたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
思いっきり叫ぶ。
「ははははははははは」
喜びのあまり、笑いが止まらない。
笑いすぎて、表情筋が引きつっている。
それも、腕を縄で縛られている状態なので、
こんなところを他の人に見られたら、
確実に変人だと思われるだろう。
外は、ビルとビルの間で、三メートルぐらいの幅がある
割と広い路地だ。
人二人がすれ違えるぐらいの広さがある。
空を見上げると、まだ日が明るいが、雲がまばらにある。
太陽がちょうど路地の延長戦上にあり、暖かい日光が路地に
入り込んでいるから明るいんだ。
「とにかく大通りに出よう。」
独り言をつぶやき、右を向いて大通りに出るため歩きだす。
しかしすぐに、マイが今敵に狙われていると思うと、
次第に足の進みが速くなり、しまいに走り出す。
急げ!早く行くんだ!マイのところに!
太陽と雲が重なり、辺りが少し暗くなる。
全力疾走で大通りに向かって走る。
「待ってろ、マイ。
すぐ行くぞっっっ!」
しかし、あと一歩で大通りに出られるとなった刹那、
突然体が後ろに引っ張られ、走っている方向と反対方向に
体が宙を飛ぶ。
「うぉぉおおおお、あがっ!」
突然のことで受け身がうまく取れず、腰を強く打ち、強烈な
痛みがくる。
地面に着地後、勢いがあまり地面をゴロゴロと転がり、寸分前に
出てきたコンクリの穴の前で止まる。
「なんだ?これ?」
思わず声に出してしまう。
心の中でもう一度言おう、なんだこれ。
ペットボトルを破裂させる排気口に続き、二つ目の罠か。
部屋の中だけじゃなく、この部屋から離れられないように
仕掛けを仕掛けているのか。
まぁ、監禁部屋っぽいから二重トラップは、あり得るだろう。
・・・・・・・・でも、困ったな。突破する方法が分からない。
この部屋のトラップを仕掛けた人には、部屋の中のトラップで
満足して欲しかった。
これじゃあ、出られないじゃないか。
二重罠仕掛けた人は、天才なんじゃないか。
――――別に天才では、ないか。
冷静になって考えよう。
こういう時は、点と点をつなげて線にするんだ。
まず、このトラップは、見えない。
でも、俺を跳ね返すほどの強度と弾力がある。
普通に考えれば、糸か。ピアノ線とか?
しかし、ピアノ線だったら弾力がなくて、
全力で突っ込んだ時に体が無事じゃないな。
―――弾力があって、見えない糸なんて存在しないだろ。
いや、待て。モブ使いの能力を思い出せ。
ここだと、異能力を使えるんだ。
もし、能力で糸を操る糸使いがいれば、この見えない壁も
入ったものを破裂させる排気口も違う弾力の糸を使ったと考えれば、
解決する。
つまり、この監禁部屋のトラップは、糸でできているのか。
排気口はレーザー使ってるとかちょっと期待してたんだけどな。
レーザー使いなんていたら強すぎるか。
まぁ、何はともあれ、この見えない壁を突破しない限り、大通りに出れない。
手っ取り早く突破するためには、もっと勢いよく壁にぶつかって、糸の弾力に打ち勝って、
力ずくで外に出るしかないな。
思い付いたら即実行だ。
全身に力を入れると、体中からオーラが溢れてくる。
しかし今度は、銀色のオーラではなく、
輝きのない灰色のオーラが出てくる。
灰色のオーラが体の周囲を覆うように渦を作り、
ややあって、脚にオーラが収束していき、脚に灰色の武装が
装備される。
武装の踵からは、角が生え、腰の高さまで伸びる。
「おっしゃぁあああああああああああ、いくぜぇええええええ!」
体を屈め、腰を落として、
目の前にあるだろう糸の壁を見て、脚に蓄えていた力を開放する。
「ロケットスタート!」
バンッという地面を蹴る爆発音と同時に身体が風を切り、
大通りに向かって、音速を超えるスピードで走り出す。
刹那、見えない壁に当たり、走っている方向と反対に
強烈な反発力がかかり、前に進むスピードが遅くなる。
「うぉおおおおおおおお」
歯を食いしばり、
地面に踏み込む脚にさらに力を入れ、灰色のオーラを
噴出させる。
「ぐわっ」
しかし、反発力がさらに強くなり、やがて踏み込みが耐え切れなくなり、
後ろにさっきよりも勢いよく、
音速を超えるスピードで
弾き返される。
今度は、地面につかず、反対側の大通りへの出口まで飛び、
見えない糸の壁にぶつかり、跳ね返され、
また反対側の出口の糸の壁にぶつかり、跳ね返され、
ということを繰り返し、上下の感覚が分からなくなり、
意識が飛びかけていた頃に、やっと地面にぶつかり、
ズズズと擦られながら、
またしてもコンクリの穴の前で止まる。
「はぁ、はぁ、うっ、きもちわりぃ。」
口を押えたいが、腕を縛られているため、できず、
そのままふらふらと立ち上がる。
と、そこで大通りの出口に人影があるのに気づく。
赤いパーカーに病的に白い肌、目の下には、クマがあり、
見るからに不健康そうな長身で細身の男が立っていた。
「ひゃはははは、無様だねぇ。
脱走者くん。」
口元ににんまりと笑みを浮かべ、
見下すような目でこちらを見ている。
「糸を伝って、脱走したのが分かって、駆けつけてみれば、
一人でもう弱っているじゃないか。
ばかなのか、きみは。ひゃっはっはっ。」
なんだ、このむかつく男は。
って、糸って言っていたから、ここにトラップを
仕掛けた張本人に決まってるか。
初対面なのに見下されるのは、好かない。
「脱走者くん、きみは、ここから逃げられないよ。
だって、きみは、もう私のテリトリーの中にいるんだから。」
どっかで聞いたセリフだ。
モブ使いの顔が脳裏に浮かぶ。
ふと糸使いの右の太腿を見ると、
赤いリボンが巻き付けられている。
「あんた、赤のチームか。」
「そうさ、君が脱走しないように監視、高速するのが私の役割さ。
まぁ、駆けつけてみれば、私が何もしなくても君が弱ってたんだけどね。
実に滑稽だよ。脱走者くん。ははは。」
「へぇ、その監視役の割には、俺が脱走してから、
あんたが来るまで時間があったんだが、
監視サボって昼寝してたんじゃねえか。」
「はは、私はそんなことしませんよ。
用意周到、石橋を叩いて渡る。
叩きすぎて、石橋を壊しても、それを自分で修理する。
修理した橋も叩いて、安全か確認する。
私は、赤チームの中でも慎重派なのですよ。」
糸使いは、両手を広げて自慢げに言う。
・・・ん?それだとずっと橋叩いてるだけで進まないんじゃないか。
慎重だけど、抜けてるのか。
「まぁ、糸使いがどんな性格でも、どんなトラップを仕掛けてきても俺は、
それを全部突破するだけだ。
なぜなら、俺は、脳筋だからな。」
「はは、面白いですね。あなた。
できるものならやってみなさい、死なない程度にね。」
「俺は、ここで立ち止まるわけには、いかないんだ。
ここから逃げてやるよ。」
足に再び灰色のオーラを溜めて、姿勢を低くして、クラウチングポーズを
とり、力を解き放つ。
音速を超える速さで、糸使いのいる方向に突撃して、見えない糸の壁に体が絡まる。
「こっからー!」
足にさらに力を入れ、歯を食いしばり、大通りに出ようとする。
「はは、無駄なあがきとは、このことをいうんです、よっ。」
糸使いは、朱雀に近づき、額にデコピンをする。
それだけで。朱雀と糸の壁の力の均衡が破れ、後ろに飛ばされていく。
「うわあああああ。」
叫び声をあげながら、反対側の糸の壁にぶつかり、
糸の壁と糸の壁の間をゴムまりのように、往復する。
「まだまだぁぁぁああああ!」
起き上がって、すぐにもう一度壁にぶつかり、跳ね返され、
を繰り返し、やがて、体力が尽き、地面に大の字になり、
はぁはぁと呼吸が荒くなっていた。
「残念、無理でしたね。」
「あんたの糸いくらなんでも頑丈すぎるだろ。」
「はは、ありがとうございます。
私の自慢の糸ですから。」
糸使いは、にやりと自慢げに笑う。
「大人しく部屋で生活していて下さい。脱走者さん。
ただご飯食べて、寝て、起きるだけでいいんですよ。
最高じゃないですか。」
「すまないな、そのご飯の入っていた冷蔵庫も寝床も
ついさっき全部壊してしまったんだ。」
「壊した?」
糸使いは、コンクリの穴から部屋の中を見て、目を見開き、
「ははは、あなたは、とことん私を困らせたいんですねぇ。」
糸使いの目が鋭くなり、頭のこめかみを人差し指でこんこんと叩く。
「いい加減、頭使ってくださいよ。
そして、認識してください。
あなたがここから脱出できないってことを、ね。ははは。」
つくづく人を見下してくるな、こいつは。
「でも、そうだな。頭使わないといけないな。」
「そうです。そして、あなたがやっていることが
無駄な足掻きと認識してください。」
「確かに結果的に無駄な足掻きだった。
でも、ここから出てマイに会うまで、足掻くことを
止める気はねえよ。」
マイが危険なんだ。止まれる訳がない。
「ははっ、ははははは、ははははは。
面白い、やっぱり面白いですね。脱走者くん。」
糸使いは、両腕を広げて高笑いを再び始める。
「はははは、でも、でもねぇ。
私も忙しいから、早く脱出を諦めてもらいたいんだ。」
クマのある目が俺の瞳を捉えて、笑いながら言う。
「だから、だからねぇ、ははは、少し痛くするけど、いいよねぇ。」