第二話 初めての相手はモブ集団ですか?part 2
彼女の能力は、「モブ使い」。
空気の屈折を利用して、モブキャラを作り出し、操る。
要は、目眩ましの能力だ。現に彼女の姿は、全く見えない。
能力自体に攻撃能力がない。
なら、俺のやるべきことは、一つ!
「全力で逃げる!」
俺の持っているであろう異能力が何か分からない今、敵に突っ込むのは得策ではない。
そんなの自殺行為だ。
ただでさえ、いきなり超能力とか異能力とか言われても、頭が追いついていけず、頭が混乱している。
どう考えても戦闘を行える状況じゃない。
圧倒的にこちらが不利だ。
後ろを振り向き、来た道を全力で走る。
「逃げるの?」
「あぁ、お前の相手は、また今度だ。」
「敵前逃亡なんて、男らしくないわね。」
「男らしくなくて結構だ。」
思わず立ち止まりそうになるのを抑える。
「逃げられると、困るのよねー。少し、痛くするけど我慢してね。」
言い終わると同時に、お腹に鉄球がぶつけられたような衝撃が走り、後ろに勢い良く吹き飛ばされる。
何回か地面をバウンドして、やっと止まる。
手が、足が生まれたての小鹿のようにプルプル震えている。
一瞬のことだった。
一瞬で相手が絶対に戦ってはいけない相手だと分かった。
次元が違う。
違いすぎる。
そして、逃げられないと直感した。
相手の近づく気配を感じることが出来ず、気がついたら吹き飛ばされていた。
「モブ使い」とかいかにも弱そうな名前だが、想像以上に強いぞ。
このままだと、確実にやられる。
震える腕を使って、なんとか立ち上がり、考える。
この状況を打開する方法をーーーーーーーー
「・・・うん。これしかないな。」
「実力差を分かってくれたかしら。」
「ああ、分かったよ。モブ使いがどれだけ厄介なものかが。
俺が勝てる確率は、限りなくゼロパーセントに近いだろう。」
「分かってくれて嬉しいわ。それじゃあ、大人しく降服してくれるかしら。」
「断る!」
「・・・・・勝率ゼロで降服しないなんて、おバカなの?ドМなの?変態なの?」
「限りなくゼロに近いが、その僅かな勝率に懸けたいんだ。ここで勝って妹を助けに行く確率に。言っただろう。俺は、妹を守るためなら、この命も惜しくないと。」
「面白いわね。あなたみたいに諦めの悪い人は、嫌いじゃないわ。」
俺がやることは、一つしかなかったんだ。
モブ使いが言っていたことを思い出せば、簡単なことだ。
「俺はーーーーー全力で逃げる!」
「またなのっ!?」
別に怖いから逃げるわけじゃない。
ここにいれば、一方的に見えないモブ使いに攻撃を受け続け、体力を削られる。
あのパンチかキックをもう何発か食らえば確実に俺は、ダウンしてしまうだろう。
敵の位置が分からなければ、対策のしようがない。
でも、見えなくても、気配が感じられなくても、相手の位置を特定することが出来る。
モブ使いは、言っていた。ここには、俺とモブ使いしかいないと。
つまり、相手は、一人。
場所を変えて、狭い場所に行けば、それこそ、一人しか通れない隙間に入り込めば、敵の行動範囲は狭まり、こちらの攻撃が確実に当てられる!
ここに来る途中に人一人通れそうな道といえば、ビルとビルの間の隙間だ。
身を隠す能力と俺に降服を求めて、攻撃を積極的にしてこないあたり、恐らく偵察兵とかだろう。
過度な接触をして、素性がばれるリスクを負ってまでは。戦闘をしないだろう。
倒れずとも、不利になって、一旦逃げてくれるはず!
勝ち目は、そこだ!
交差点から逃げるため、走り出す。
「同じことの繰り返しよ。あなたは、逃げられない。」
「逃げてやるさ、逃げるが勝ちって言葉があるだろ。妹の元へ行くさ。」
「―――そう。でも、その判断は、愚かで、遅すぎるわね。」
「遅い?」
「あなた、もう私のモブテリトリーの中にいるの忘れてるの?」
「モブテリトリー?」
そういえば、さっき聞いたような聞いてないような。
「私のテリトリーがモブテリトリーよ!
ここに来たのが運の尽きだと思って諦めて降服しなさい!」
突然、足元が何かに引っ掛けられて、
体が浮いたと思うとそのまま重力に引っ張られ、地面に打ち付けられる。
「ぐはぁ!」
「あなたに自由は、ないわ!
私の攻撃し放題、あなたは、何も出来ない!モブテリトリーの中では、全てが無力になるの!」
「モブ使い、お前のその自信がこの攻撃なら、俺の勝ちだね!こんな攻撃で心が折られるほど柔な精神は、持っていなーーーーーー」
立ち上がり、顔を上げると、周りの景色が、灰色一色だった。
「灰色?」
「違うわ!この色は、モブ色よ!あなたは、今モブの中にいるのよ!
超巨大モブ集団の中にね!
モブの中でこれからあなたは降服するのよ、あなた、今モブの中に埋もれてどんな気持ち?」
「ふざけやがって!なんだよ!超巨大モブって!そんなモブ存在感ありすぎて、モブがモブしてないじゃないか!」
「あら、いつ巨人族のモブが必要になるのか分からないわよ。」
「少なくともこの世界にはいらないよ!」
「そうかしらね、さて、あなた、逃げる方向分かるかしら?」
「当然だ!今、走った方向をそのまま直進すればいいだけのこと!」
「あら、倒れたときに体がどっち向きに倒れたかわかるのかしら?」
「え?」
「走って壁に激突するのがオチよ。
この状況下でも細い路地に入るなんて言えるかしら。」
細い路地に入るこちらの作戦が読まれていたのか。
「ふん、なめてもらっては、困るぞ。
たかが五感の一つを失っただけだ。」
強がってみたもののモブ使いの言う通りだ。
さっきまでは、周囲に大量のモブがいたが、上を見ればビルが見えて走る方向を知ることができた。
しかし、今は、上を見ても全方位灰色、いやモブ色一色だった。
それでも、どこかに向かって走ればいずれ交差点から抜け出せるだろう。
最初っから賭けのような勝負なんだ。
走らないと逃げ出せない。妹を探しに行けない。
立ち止まることなんて選択肢は、ない。
「目を閉じて、集中すれば、お前の動きなんて読めるさ!」
「へぇ、やってみなさい。出来るならね!
集中するんだ。周りには、あいつ一人だけ。
足音を聞き取れば、どこから来るか、どれだけ離れているのか分かる!
―ー―――ここだ!
後ろに回し蹴りをする。
瞬間、脚に強い感触――――衝撃が走る。
―――――――スネの部分に金属の衝撃が当たった感触が。
「ィイタタタァァアアアアアアアア!!!」
痛みのあまり脚を抱えようと腰を曲げると、
「残念、下よ。」
「なんグッポラペッパー!!」
さらに下から顎に凄い衝撃がくる。
「馬鹿な!こんな展開あっていいはずがない!」
「あら、諦めかしら?」
モブ使いの顔は、見えないがニヤリと笑っている顔が頭に浮かぶ。
「ここは、見えない敵の動きが手に取るようにわかって、一発逆転のはずだ!!!
フラグクラッシュもいい加減にしてくれよ!」
「あなた・・・何に向かって言っているの?」
「この不条理な現実にだよ!テンプレのフラグ回収がされないって、おかしいよ!」
「頭の打ち所が悪かったのかしら?
壊れてしまったわ。」
どこからか相手の呆れ声が聞こえてくる。
「でも、嘆くのは自由だけど、あなたが不利な状況は、変わらないわ。
降参して、あなたが私たちに降服して、赤色の王に絶対の忠誠を誓えば、少しあなたの妹への対応を考えていいわよ。」
「対応?」
「ええ、もし忠誠を誓うなら、理性が保てなくなるまで、一方的にあなたの妹を殴り続けるわ。」
「もし、誓ったら?」
「それは、それは、もう優しく、優しく、あの世への手向けをしてあげるわよ。
嬉しいでしょ。」
「嬉しくねえわ!どっちも結果は、同じじゃんさ!
まだ、逃げるの諦めてないし!」
「もう散々手は、尽くしたでしょ。
人生諦めも大事よ。」
「諦めたら、妹の人生にトラウマが残ることをされるような状況じゃなければ、たぶん賛成してたよ。」
でも、モブ使いの言う通り、この状況はとてもまずい。
敵のいる方向だけが分かっても、相手にしゃがまれたりして、攻撃が避けられて、
反撃を食らってしまう。モブ使いにこちらの身体の動きが全部把握されているとしたら、避けることが朝飯前だろう。
でもーーーー何もしなければ状況が悪化するだけだ!
当てずっぽうでも、相手のいる方向に攻撃し続けるしかない!
相手の音を聞くんだ!
こい!
「あらら、せっかく選択肢をあげたのに、無下にしてしまうのですね。
いいでしょう、なら、私はあなたをいたぶるだけです!」