第二十四話 ふとした日常ですか?
「、、、、それにしてもギリギリでしたね」
執事が俺の横を歩く。その顔は夕日に照らされ、オレンジ色に染まる。しかし、それでも分かるぐらい、真っ青に血の気が引いていた。
「ん?なにが?」
ロロジイの体調も気になる。が、聞いても『大丈夫でございます』と言うのが目に見えていたので、ロロジイの話を続けることにした。
「、、、、、後ろから巨大なモブが追いかけてきてたのでございますよ。気付きませんでしたか?」
一瞬の沈黙。そして、まさか,,,という疑いの目で言う。
「え、、、、、、、、何それ超怖い」
そうだろう。空中は安全区域という考えが崩壊したのだ。
空中だろうが巨人のモブの中に入れば、そこは視界零の灰色の世界。当然、モブ使いが襲ってくる条件を満たしている。
、、、、もし気付いてたら叫んでたかも。それ以前に緊張で心臓持たない。
「まあ、途中で追い付けないことに気付いて、消滅しましたけどーーーー」
呆れたようなため息を吐きながら呟かれる。
「油断しないでくださいよ」
「はい、気を付けます」
その後は、特に会話せず歩いた。
無心で歩いていると、道の先に奇妙な人影を見つける。
その人影は息切れしながらゆっくり歩いていた。
背中に金髪の少女を背負い、その少女に『がんばって!もうすぐだよ!』と応援されている。
腰にはロープが巻かれており、それと繋がった巨大な段ボールを重そうに、、本当に重そうにズルズルと引きずっている銀髪の少女を見つける。
スポ根漫画の地獄の特訓シーンにありそうな光景がそこにあった。
加えて、夕陽に向かって走っているため、
より一層そう見える。
まぁ、冷静に考えると、そうなるよなー、、、
なんというか、すごいシュールな光景である。
「おーい、マーイ!」
遠くから声をかける。が、反応ない。
近付くと段々マイの声が鮮明に聞こえてきた。
「ヒィ、ヒィ、フー。ヒィ、ヒィ、フー」
「マイ、手伝うぞーーーーー」
「フンヌラバァァアアア!」
ヤバい!アメフトが始まる!
まさか、妹から漢の魂の叫びを聞くとは、、、
自分でも驚く瞬発力で、すぐに駆け寄ってマイの正面に立つ。
肩を持って、俺も叫ぶ。
「ここから先は、俺が荷物全部持つかーーーー」
しかし、その叫びも途中で中断してしまった。
原因は、マイ。正確には、マイの顔だった。
目が飛び出るんじゃないかというぐらい限界まで見開き、歯をむき出しにギリギリと噛みしめている。
鼻の穴も大きく膨れ、フンっフンっと息が見えそうなほど荒い呼吸をしていた。
、、、、、、、、、 うん、えと、うん、、そうだね。姉の立場といして、いや、この原因を作った張本人として、マイにここまでやらせた身として、あれやらないと罪悪感が半端じゃない、、、、そう、あれ、、、
「無理をさせて、申し訳ありませんでしたあああああああああああああああああああああああああ」
そりゃあ、、、もう、地面に思いっきり頭突きしました。頭が割れる覚悟でコンクリに。
ーーーーージャパニーズ土下座で。
もう漢の域すら越えて、乙女が達してはいけない
暴牛の域まで達するって誰が予想しますか。見てはいけない一面を見た感覚ですよ!
土下座すると視界がコンクリだけになり、地面に頭を着けたまま前を見ても見えるのは、マイの靴だけ、、
その靴が目の前に迫り、あと一歩のところで頭を踏まれそうなところで歩みが止まる。
そして、マイはーーーーーーー
ーーーー俺の頭を踏んだ。
容赦なく、しっかりと重心移動させ二歩目、三歩目、と俺の背中を進んでいく。
いや、いいんだ。それが俺の報いだ。この重さ、受け入れよう!さぁ!思う存分踏んでくれ!俺の土下座を越えていけ!!
「わわわ、マイお姉ちゃん踏んでる!踏んでるよ!朱雀お兄さんを踏んでるよ!」
上でスーちゃんがマイの体を慌ててバンバンと叩く音が聞こえる。
それに答えるように、マイがブハァと息を一気に吐く。
刹那、マイが膝から崩れ落ち、四つん這い状態になる。
その膝は、ちょうど腰の辺りにクリティカルヒットした。二人分の体重が集まった膝が。
「ゼーハー、ゼーハー、、何か邪魔な出っ張りがあると思ったら、、、、シューちゃん、、、だったんだ、、、ね、、」
息切れしながら言うマイ。
正気に戻ったそうで何よりだ。
「桜鈴は俺が運ぶから」
「はぁーはぁあー、ごめんね。お願いします」
「任せろ」
「では、私はスーお嬢様をお運び致します」
「ロロー!無事だったんだね!お帰りいい!」
「ただいま戻りました。お嬢様も無事で何よりでございます」
「お帰りいい!」
スーちゃんが体を揺らしている振動が背中越しから伝わってくる。
手を降っているのかな。
でも、こうしていると日常が戻ってきた気がする。
「しかし、それでこそお嬢様ですね」
「ん?」
「二人を膝まつかせて、そに上に座る姿、まさに支配者の鏡でございます」
「え?ーーーーーわあああ、ごめん!そんなつもりはなかったの!」
「ご、ごめん、シューちゃん!すぐ降りるね!」
マイが慌てておりようとする。
「「わっ!」」
ーーーが、バランスを崩して地面に落ちる音が二つ分、
真横で聞こえる。
「二人、大丈夫か?」
「うん、、、って、なんでシューちゃんが土下座してるの?」
俺の叫び声、聞こえて無かったのか、、、、
「、、、罪悪感があるから土下座してます」
「、、、、??」
「マイお姉ちゃんに私たちを運ばせたことを謝ってるんだよ」
「ええ!?そんなのいいのに。確かにちょっと大変だったけど、、」
ーーーーあれがちょっと?
「それに謝るとしたら私の方だよ。シューちゃんが謝ることなんて一つもないよ」
「違う!私の1000%の我が儘だったんだから、謝るとしたら私だよ!」
「いやいや、二人が強引に俺を動かさなかったらロロジイはここにいなかった。それに、こんな重い荷物をマイに運ばせてしまったんだ。感謝と謝罪をさせてくれ!」
「そもそも私シューちゃんの頭を思いっきり踏んじゃって罪悪感あるから。謝られると私も複雑なのっ」
「じゃ、じゃあ帰ったら、元いた俺たちの家に帰ったらさ、、、何か奢らせてくれ!」
「じゃあゴハン」
「え?」
「ゴハンを買って欲しいなあ、、、そしたら私が料理して、おいしいゴハンをシューちゃんと一緒に食べるの」
「それでいいのか?」
「うん、、、それが私の何より一番の幸せだから」
恥ずかしながら声を出している。
嬉しい。すごい嬉しい。
両親を失って、ずいぶん経つがマイが口に出さないだけで、今でも引きずっているのではないかと心配だった。
だが、マイは幸せを感じていた。
それも家庭の中に、、、
「嬉しいよ、俺もマイとゴハンを食べているときが一番幸せだから、楽しみだ」
「シュー、、ちゃん」
俺はコンクリから額を離して、マイの顔をみる。
風が吹き、銀色の長髪がふわりと舞い、
夕陽に照らされた顔がいつもよりも赤く見えた。
マイは女の子座りですぐ隣にいた。
マイと目が合うとすぐに抱きついてきた。
「シューちゃん、改めてお帰り」
「ただいま、マイ」
「、、、あの」
マイの背中越しに小さな声が聞こえる。
「あっ!ごめんスーちゃん!」
マイが慌てて後ろを向いて、お尻を擦っているスーちゃんを見る。
「だいじょうぶ、それよりも今の、、」
「ごめんね、勝手に私だけ話し込んじゃって。
スーちゃんも話したいよね」
「うん、、、」
マイが後ろのスーちゃんを持ち上げ、自分の太ももの上に座らせる。
「あの、、あのね、、、、、」
スーちゃんは、顔を伏せてボソボソと話し始めた。
人差し指の先を合わせて、落ち着きがない。
これは、、、
「ハッ!スーお嬢様、お花を摘みに行かれるのでしたら私と一緒に」
「ロロは黙ってて!!」
「、、、、」
「スーちゃん、、、無理は良くないよ」
「ずっと私の背中にいて、言い出せなかったのね。ごめん。すぐに連れていくから二十秒、いえ、十秒だけ我慢してね!」
すぐにスーちゃんの脇を掴んで、立ち上がろうとするマイ。
「いや待て。ここは俺の方が早い!俺なら加速で五秒で行ける!」
「そうね、任せたわ、シューちゃん!」
「待て。誰が男なんかにお嬢様の下の世話をさせるか!
ここは、幼い頃から世話を見てきた私が適任だ!」
「うるさい!」
「そうだ!ここにいる男はお前だけだ!ロロジイ」
「そうよ!これでも女なんだからね、シューちゃんは!」
「うるさあああああああああい!」
「「「、、、、」」」
「と、トイレなんか行く気分じゃないもん!」
「私はただ、、、」
「「「、、ただ?」」」
「ぅう、、、ゴハンを、、」
「ゴハンを?」
「、、、わ、わわ私もこの戦いが終わったあと、二人と一緒にゴハン、、、、、、一緒に食べてに行っていい?」
思いがけない提案にマイと目を合わせる。
答えは、マイと同じようだ。
「ああ、勿論だよ。」
「大歓迎よ」
「「ーーーもう友達でしょ、私(俺)たち」」」
「ぅうううう、ありがとう!本当にありがとぅ、、、」
「みんなでたべたほうがおいしいもんな」
「スーちゃんの家族も呼んでいいぞ」
「スーお嬢様!いけません!毒を盛られるかも知れませんよ!」
それはあまりに信用なさすぎだろ、俺たち。
「やー、無理にでも行くもん!」
「わ、分かりました。もし無理にでも行くとなった場合は、いいでしょう。私も同行することを前提に許可いたします」
「えー、ロロはいらない」
「またまたー、ご冗談をお嬢様ー」
「冗談じゃないよ」
「お嬢様!?」
二日間、俺たちは非日常の生活をしてきた。
ツラい日々だったけど、その日々のおかげでスーちゃんと絆を深めることができたんだよな。
「よしっ、基地に帰るかあ」
「そうね。帰ったら夕食にしましょう」
俺は腰にロープを巻き付け、段ボールを引きずり、スーちゃんは、マイの腕の中からロロジイの背中に移動した。
グッと俺は背伸びをして、オレンジ色の夕陽に向かって歩を進めた。




