第一話 初めての相手はモブ集団ですか?part 1
目を覚ますと、固い床の上にうつぶせでいた。
まだ重い身体を起こし、周りを見渡す。
固い床だと思っていたのは、黒いアスファルトの道路だった。
道路の真ん中で寝ていたのか。よく車に轢かれなかったな。
周囲には、ビルが建ち並んでいた。ビルとビルの間は、人がひとり入れそうな
細い隙間がある。
日光が真上から射しているから今は、昼辺りか。
人もぽつぽついて、歩道を歩いている。
「ここは、どこの街なんだ?」
記憶をいくら遡ってもこの街の景色に見覚えがない。
そもそも今日は、学校に行っているはずーーーーー
「そうだっ!マイっ!マイっ!どこだ!」
そこで、朝の記憶が甦る。
段ボールに入った睡眠ガスで眠らされたんだ。
その後、何者かによって、この街に運ばれたんだ。たぶん。
「マイ!返事をしてくれー。」
マイが近くにいない。
まずい。
何者かに運ばれたということは、何か目的があったはず。
目的―――――強姦とか?マイに告白して断れたことで、強硬手段に出たとか。
あり得そうだが、それだと俺もここに連れてこられる意味が分からない。
マイだけが目的なら、家で眠らせた後、マイだけを連れ去ればいい。
だとすると、逆に俺が目的?
俺だけ、連れ去られて、マイが家にいるとか?
なんか俺、恨まれることしたっけ。
いや、そもそも、俺は、誰かに恨まれるほど人間と関わっていない、
関わらせてもらえないボッチだ。
変人だと思われても、こんな誘拐まがいのことまでは、しないだろう。
分からない。
マイがどこにいるか、ここがどこか、何の動機があってーーーーーー
「とにかく、この街を探索しないと、何も分からないな。」
「この街は、初めてなの?」
「うわっ!」
突然、話しかけられ、思わず声を上げてしまう。
目の前には、同い年ぐらいの女の子がいた。
赤髪のロングヘアで、黒ぶちの眼鏡をかけている。
身長は、俺よりも少し小さい。それでも、女子の中では、高身長だ。
胸は、マイほどではないがそこそこある。
赤いワンピーズを着ていて、全体的に優しそうな雰囲気があり、
お人よし感がする。お人よし感ってなんだ。
「さっきからキョロキョロして、道に迷ってるのかなって。」
「え?あ、いえ、ちょっと人を探してまして。」
「あら、そうだったの?だったら、私も一緒に探しますよ。」
見た目通り、お人よしだな。この街の人っぽいし、闇雲に探し回るよりも、この辺りの土地に詳しい人が一緒にいてくれた方が探す効率がいいだろう。
何より、今は、一刻を争う。ここは、この人の優しさに甘えよう。
「ありがとうございます。ぜひお願いします。」
俺は、頭を下げた。
「いえいえ、それで、探している人って、どんな人なんですか?」
「俺の妹で、身長は、俺たちよりも低い。銀髪のロングヘア―だから、見つけやすいと思う。」
銀髪は、炊きたてごはんの色をイメージしているらしい。
というか、あんな派手な髪染めをOKするうちの中学もどうかと思うが。
我が校は、生徒の意見を尊重します、とか朝礼で言ってたっけ。
それで、学校に申請書を提出し、それが認められた生徒は、髪色や服装などを変更できる。
とは、いっても、明確な目的や意図がないとダメで、
生半可なほとんどの申請書が却下されたらしい。
俺の妹は、毎日学校になぜご飯色もとい銀髪にしたいかを書いた大量の紙束を両手で抱えて、
提出しに行っていた。却下されると、次の日には、その倍の量の紙を提出し、
さらに、次の日には、倍の量を持っていくということを二週間続けて、
書類を提出する部屋の前に天井まで積みあがった紙のバリケードが出来る頃、
学校がこれは認めないとやばいと感じて、やっと認めてくれたらしい。
恐らく、この制度は、俺が男子の制服を着ることの言い訳として形だけのつもりで作ったものだったんだと思う。
その証拠に妹以外この制度の恩恵を受けたものは、いないらしい。
我が妹ながら、お米への執着が恐ろしい。
「なるほど、銀髪ですか。うーん」
「見てないですか?」
「そういえば、この先にある交差点のところで銀髪の女の子とあった気がします。」
「本当ですか!!!」
「え、ええ。」
嬉しさのあまり彼女に顔を近づけてしまう。彼女は、ビックリして、目を見開いている。
「とっても大事にされてるんですね、妹さん。」
「妹を守るためなら、この命惜しくありません。」
俺は、ない胸をドンっと叩く。「妹第一」が俺の信念だからな。
「へぇ。命も惜しくない、ですか。」
なんだろう、今、一瞬だけ彼女の目付きが変わったような気がする。
「肝心の妹は、お米しか目がないですけどね。」
「そうなんですか。それは、良いことを聞きました。」
「良いこと?」
「あっ!もうすぐ交差点が見えますよ。行きましょう。」
「あ、ちょっと待ってください。」
彼女は、交差点に向かって走り出し、俺は、慌てて後を追いかける。
交差点は、想像以上に大きく、スクランブル交差点と呼ばれるものだった。
人通りがより一層増えて、人ごみの中を彼女は、走っていく。
スクランブル交差点の真ん中で彼女は、立ち止まり、振り返って、
「そういえば、まだあなたの名前を聞いてませんでしたね。」
「え?ああ、高梨朱雀だ。」
「・・・朱雀さんですか。」
「あの、それより早く交差点渡らないと信号が赤になりますよ。」
「朱雀さん。」
「はい。」
また、彼女の目つきが変わる。今度は、一瞬でなく、ずっと鋭い目つきをしている。
まるで、今までの目つきが演技だったかように、不思議とこっちの方か素なのだと感じてしまった。
「信号変わりませんよ。」
「何言ってるんですか?確かに今は、青ですけど、しばらくすれば赤に変わって、入れ替わりに車がここを通りますよ。」
「ここに来るまで、車が動いているのを見ましたか?」
「そういえば、見てないな。」
道路の端に停車してあるのは、見たが動いているのは、見てない。
「信号が青になっているのを見ましたか?」
「あの、突然なんですか。早く交差点渡り切りましょうよ。危ないですって。」
ここまで走ってきたせいか、ドクンドクンと心臓の音が耳によく響く。
「朱雀さん」
「・・・・・・」
鋭い目で俺の目を射抜かれ、全身から汗がどっと出る。蛇睨みというものを初めて経験した。
見ては、いけない。
見たらいけないと脳が警告している。
手が震えている。
「朱雀さん」
「・・・・・・・・・・」
俺は、恐る恐る彼女の後ろにある信号を見る。
「―――――――――嘘だろ。」
信号は、青信号でも赤信号でもなかった。
「・・・・信号が点いていない。」
真っ黒だった。
赤でも青でもなく、信号自体が機能していなかった。
信号が機能してないーーーーーそんなのおかしいだろ。
信号が機能してなかったら、通行人が誰か騒ぐだろ。
それなのに、皆、自然にこの交差点を利用している。
信号が機能してなければ、誰も通ろうとしないだろ。
車が通らないから、信号が意味無いとか?
田舎ならともかく、ここは、見た感じ都会で、多くの人がいる。
そんな多くの目がある中で、堂々と信号無視をするとは、思えない。
ましてや、集団でなんて。
ということはーーーーーー
「今日は、自由に歩行者が道路を歩ける特別な日なのか。」
車の通りを規制して、歩行者が信号関係なく歩ける日だとしたら、問題ない。
実際、お祭りの日などは、そういうことをする地域もあるだろう。
今日がその日だと考えれば、信号が機能していないのも納得できる。
「三十点ですね。」
三十点?三割しか合っていないのか。
「今日は、確かに特別な日です。
でも、この街の信号が止まっているのは、いつものことです。車が走っていないのも、いつものことです。」
車が通っていないのがいつものこと?こんなに人がいるというのにか。
道に車があったから、車は、存在するはずだ。この子は、嘘をついているのか。
でも、こんな嘘をつく理由が思い付かない。
「朱雀さんーーーーーーーここに来るまでに何人の人と会いましたか?」
「何人って。数えられるわけないだろ。」
数えるにしても、人が多すぎる。
「数えられますよ。よく見て、周りを。」
俺は、言われた通り、周りを見る。そして、その光景に目を見開く。
―――――――――歩行者が誰もいなかった。
交差点だけじゃない。後ろを振り返ってさっき通ってきた道を見ても、人がいない。
頭が真っ白になる。脳が現実を受け入れるのを拒否している。
分からない。分からない。分からない。
何が、ここで起こっている?
身体が震えて、止められない。
だって、―――――――さっきまで人が歩いていただろ。
「正解は、二人。朱雀君と私。」
どうなっている?ありえない。ありえない。こんなことありえない。
これは、まるでーーーーーーー
「―――――幻覚を見せられているみたいだ。」
自分で口にした言葉に笑ってしまう。
幻覚?あるわけないだろ。どうやったら、こんな人数が歩いている幻覚を見られるんだ。
「朱雀君!百点だよ。」
誰もいなくなった交差点で唯一存在する彼女を見る。
「正確には、幻覚じゃなくて、モブだけど。
実際に存在しない点は、同じだから、おまけの百点。」
彼女は、手を合掌させる。
モブ?アニメや漫画で出てくる存在感がない人たちのことか。
「私の能力は、モブ操作。空気を圧縮させ、光の屈折を利用させて、あたかもそこに人がいるように見せることができるの。――――こんな風に。」
俺が瞬きすると、誰もいなかった交差点に人が溢れる。少し前まで見ていた風景だ。
信じられない。あるというのか、異能力が。ここには。
「驚いた?頭が追いつてないって顔してるね。」
彼女は、楽しそうに笑う。
「この街に住んでいる人は、誰もいない。ここにいるのは、この街の外から連れてこられた人、もしくは、自ら来た人だけ。ある目的のために。」
「・・・・・目的?」
こんな誰もいない街にわざわざ俺たちを誘拐までしてきてまで、達成したい目的って何だ?犯罪臭しかしない。人体実験とかか?やばい。やばいぞ。
彼女は、息を大きく吸い込み、はっきりと言う。
「最も食を愛する者は、誰か。それを決定することよ!」
「・・・・・・・・・・・・・え?」
「世界には、数えきれないほどの食べ物がある。
同時に、食を愛する者もいる。
食に人生を捧げる人がいる。
そこで、誰かが言ったの。
最も食に対する愛を持っているのは、誰か。
愛の強さを確かめたい、見てみたい、と。」
「・・・・・・・・・」
「その意見に賛同した人とその仲間たちがこの街に来るの。」
「ちょっと待て、俺たちは、そんな話、聞いたこともないし、賛同した覚えもないぞ。」
「・・・・その件に関しては、申し訳ない。こうせざるを得ない理由があったのだ。」
彼女は、本当に申し訳なさそうに、頭を下げる。少し口調が変わっていた。
「そもそも、食に対する愛の強さを確かめるなら、料理人とかがいいだろう。
俺の妹は、オリジナル料理しかできないぞ。」
「この戦いは、食材に対する愛の強さを争うもので、
それに料理の上手さは、関係ない。
料理の上手さと、食への愛情の深さは、別物だからね。」
確かに、料理が下手でもお米に対する愛情は、人一倍以上ある妹がいるな。
「調理は、人それぞれ好みがある。
その人の最も好む調理方法が万人に理解されるものとは、限らない。」
ごはんかけライスのことか。
あれも妹に言わせれば、調理になるんだろうな。
ごはんの上にごはんを載せる。
それを百パーセント純粋に楽しめるのは、妹ぐらいだろう。
俺には、どうしても大盛りごはんとしか思えない調理だ。
「そもそも食材に対する思いは、味に限らないしね。」
味に限らない?
それ以外にあるのか。
「この戦いのルールは、シンプルよ。
自分のチーム以外の色の鉢巻きを持った人を倒す。
持てる力を相手にぶつけて、食材への愛の強さを証明するの。
最も愛が強いチームが勝利。勝利すればーーーーー」
「ちょっと待て、倒すって何だよ。」
思わず、聞き返してしまった。
「愛は、力になる。
つまり。最も強い愛を持つ者は、最も強い力を持つ。
ラブ イズ パワーってやつね。
だから、この戦いの参加者には、異能の力を使えるようにしているの。
強い愛情を持った分強くなる異能の力を使って戦い合えば、
誰が最も強い愛を持つか分かるでしょ。」
「違う。俺が聞きたいのは、
倒すってーーーーーーー殺すってことじゃないよな。」
彼女は、ビックリした顔をして、その後、ハハハと笑い出す。
「安心して。人が死ぬことは、ないわ。
死ぬくらい命が危険な時は、安全な場所に転送されるわ。
もちろん、転送されれば、もう戦線に復帰できないけど。
そこで、集中治療して、腕がなくなっても、関節があらぬ方向に曲がっても、
あっという間に傷も残さず治すことが保証されているわ。」
腕がなくなっても?そんな戦いをこれからやろうというのか。
マイを早く探さないと。やはり、マイが危ない。
「すまない、俺、行かないと。妹が危ない。」
他の色の奴に妹が襲われる前に、見つけ出さないと。
「そうですね。チームの中で食材を愛する者、
王が倒されれば、そのチームは、負けとなります。
早くいかないと、チームが負けになりますね。」
そうだとすれば、妹が一番狙われるということか。心臓の鼓動が速くなる。
「なので、王は、身を隠したり、
誰か特定されないようにするものなんですけどね。」
交差点のモブの数が一気に増える。
しかし、モブに触れても、彼女の言う通り、ふわっとした何かがあるだけで、進行を妨げるものでは、ない。
「俺、このあたりに妹がいないか探してくる。」
「朱雀さん、大切なことを見落としていますよ。」
見落としている?妹を探す手がかりとかか。
彼女は、俺の目をまっすぐに見て、楽しげに笑いながら言う。
「あなたは、もう敵の前にいるんですよ。
もっというなら、私の絶対領域、モブテリトリーの中にいるんですよ。
ここで、朱雀さんの戦いは、始まりと同時に終わりです。」
彼女の姿がモブの中に埋もれて、見えなくなる。
見落としていた。
少し考えれば、分かることなのに。
頭が妹でいっぱいになっていた。
それなのに、俺は、敵に情報を与えてしまっていた。
妹がお米を愛していること、つまり、
王であること。
銀髪であることなどの見た目の特徴。
そして、俺が妹と親しい仲で、チームであること。
「朱雀さん、腕を見てください。」
俺は、人ごみの中から聞こえてくる声に従い、自分の腕を見る。
学校指定の男子の長袖の紺の学ランに灰色の鉢巻きが巻いてあった。
色んなことがありすぎて、気づかなかった。
「朱雀さんは、お米の色、灰色の鉢巻きのチームです。
私とは、異なる色です。」
お米の色が灰色って、マイが怒りそうだな。
まぁ、灰色でも正しいだろう。
「異なる色の人が会えば、戦いです。さぁ、戦いを始めましょう。」