第十七話 朝食は、にしょくですか?
「うぅうぅぅうぐおおおおおおおおおお、よく寝たああ」
身体が鉛のように重く、昨日の疲れが、まだ残ってーーー
「ないだとっ!」
「朝から騒々しいですね」
横から冷めた声が聞こえる。
「えっと、誰だっけ?」
白い祈祷師で、腰には緑色の鉢巻きを巻いた若い少年が蔑んだ目をして、
上からこちらを見ている。
「ロロ=マキシュ=アルカード、スーお嬢様の執事でございます」
素人目に見ても、綺麗なお辞儀をする。お辞儀に素人目とかあるか分からないが、
洗礼されたお辞儀で、執事という言葉にピッタリだった。
「ああっ!思い出したロロじぃか」
「私の手でこのまま眠りなおすのがお望みですか?謹んでお受けしましょう」
執事は、背中を向け、離れていく。
執事がいるということは、ここは、スーちゃんの拠点なんだろう。
でも、違和感がある。
部屋の隅っこに部屋の全体を眺めているトーテムポールは、変わらない。
だが、部屋自体が広くなっており、四つある壁の一つが黒くなっている。
部屋の真ん中には、テーブルが置いてある。
俺のいる場所は、朝日が差し込んでいる窓の近くのソファの上だ。
ソファとは、反対側に黒い玄関がある。
ロロじぃは、黒い壁に向かって歩いている。
「ロロじぃ、何してんだ?」
「・・・・・」
返事がない。目に光がない。分かる。この流れは、やばい。
ロロじぃは、黒い壁に指を立て、ハッと一気に腕を引くと、壁から黒い箱が出てくる。
瞬間、壁の向こうからわあっ、という子供のビックリした声が聞こえた、、、気がする。
壁の取り出された部分は、ガンッという音ともにすぐに黒に戻る。
執事が黒い箱を持ってこちらに戻ってくる。
「言ったでしょう。あなたを眠らせるのですよ」
「ロロじぃ!止めて、考え直して、ロロじぃ!昨日助けてくれた俺たちはもう戦友だろ」
「・・・・・・・」
無言の圧力が怖い。あの目は、、、、、人を殺せる目だ、、、
逃げようにも後ろは、壁。逃げ場がない。
「落ち着いて、いえ、落ち着いてくださいロロじぃ様!この通り!」
ソファから降り、床で全力で土下座する。
コンクリの床がヒンヤリと冷たくて、気持ちいい。
「わざと煽ってきていると思いたいですが。あなた方の場合は、天然で煽っているんですよね」
執事が止まる。
執事の祈祷師の白いマントの端が見える。
ついでに、黒い箱を振りかざしている雰囲気を感じる。
「土下座とは、自分の首を切っても構いませんということを表現しているのですよ。
潔いですね。評価しましょう。」
ブンと箱が振り落とされる音が聞こえる。
終わった、、、、
「ちょっとー!ロロー!勝手に壁のバリケードを壊さないでよー!」
「男女を分ける壁が欲しいっていったの執事さんじゃないですか」
今度は、壁の向こうからはっきりと二人の少女の声が聞こえる。
その声の主は、すぐ分かった。
「スーちゃん?マイ?」
思わず壁に呼びかける。
執事は、声と同時に頭に黒い箱が落とされる直前に動きが止まる。
髪に触れているから、あとコンマ何秒の差で助かった。
「おおーー!生の朱雀おにいさんの声だーーー!」
「朝ご飯出来るまで、テーブルで待ってて下さいね」
ずっと聞きたかった元気な声。
少し涙が出そう。
「俺、、、、、俺、、、、ナチュラルに男女を分ける壁で男の方に入れられたんだ、、、、」
「ははは、朱雀おにいさん、それ冗談だからー」
「でも、シューちゃんって男の中にいても違和感ないよね」
「確かにおにいさんと言いたくなるほど男っぽいよねー、ははは」
止まりかけた涙が溢れてくる。
「あーー、あとロロ―、バリケードのブラウン管テレビ戻しといてねー」
「かしこまりました、スーお嬢様」
「テレビ?」
ロロじぃの持つ黒い箱をよく見ると、確かに、、
「あれ?視界が歪んでよく見えないよ」
「これで涙を拭いてください」
執事が祈祷師の服のポケットからハンカチを取り出す。
初めてロロじぃに情けを掛けられた気がする。
涙を拭き、テーブルでロロじぃと無言で向かい合って、数分。
いや、だってさ、執事と話せって言われても、何の話題も思いつかないんだもん。
しょうがないよね。
壁の向こうからは、楽しそうな二人のはしゃぐ声が聞こえる。
マイは、誰とでも仲良くできるからなー。
スーちゃんもマイと仲良くなって、良かった。
・・・・やっぱり、スーちゃんと友達でいるからには、この執事とも仲良くしないといけない、よな。
「あ、あの何かお話をしませんか?」
執事が黒い瞳だけ動かして俺を見る。
そして、俺の意図をすぐに理解したのか納得した顔をして、間髪入れず返事する。
「お前と話すことはない。害虫。
お前は、飛んでいるハエに話しかけるか?
残念ながら、私には、そんな趣味はない。
よって、お前と雑談をするつもりもない。
分かったか?虫」
あの、スーちゃんが聞いてないからって、口調変わり過ぎじゃありませんかね?
虫の居所が悪いから虫を殺そうってことか。
「、、、、すいません」
小さな声で呟くと、テーブルの周りにまた長い沈黙が訪れた。
「お待たせ―、できたよー」
一体何年待ったのだろうか。緊張のあまり、意識を飛ばして、自分の中の感情を全てゼロにして、恐らく目からも感情が失われていた状態から、マイの一声で復活する。
「やけに静かだと思ったら、お通夜みたいだね、はは」
思い返せば、昨日初めてあった時よりも、スーちゃんは、口調が柔らかくなって、子供らしくはしゃぐようになったなぁ。
「なんか、朱雀お兄さんから孫の成長を見守るおばさんのような温かい眼差しを感じるっ!?」
「かわいいなぁ」
「そ、そうですか?朱雀お兄さんに言ってもらえると凄く気恥ずかしいけど、す、すごい嬉しい」
顔を真っ赤にして、もじもじし始める。
その愛らしい姿に顔が緩んでしまう。
「・・・・シューちゃんがついに変態にぃいい」
「・・・・変態でしたか、やはり」
マイは、何かに戸惑って持っているトレイを危うく落としそうになっている。
執事の方は、小さい呟きと身震いするほどの大きな殺意を向けてきている。
いつか執事に殺される気がしてしょうがない。
ていうか、「やはり」ってなんだよっ!
「二人とも昨日の朝食から何も食べてないでしょ。
だからね、シューちゃんが旧拠点を出た後、近くのビルを探し回って、食材を探し回ったんだよ。」
「本当は、お二方が帰ってきてから、出発つもりだったらしいのですが、見事に敵と遭遇して下さりまして、しばらくは、モニターで見ていたのですが、時間が掛かりそうでしたので、スーお嬢様と二人で探す羽目になりました」
「ええっと、旧拠点は、床がヒビだらけで、危なかったから、新しい拠点を探すのも兼ねてたんだよね」
「よく分からないけど、そもそもなんで、床がヒビだらけのところを拠点にしてたの?」
マイとスーちゃんは、トレーからお皿をテーブルに移しながら話す。
マイのトレーには、当然ながら、ゴハンかけごはん、こと大盛の銀シャリゴハンが大量に入ったお皿のみで、
スーちゃんの方に至っては、お皿にただ昆布を超山盛り乗せた大皿一枚だけだった。
一体、こんなに昆布をこのビル街のどこから見つけてきたんだ。
スーちゃんは、マイに聞かれて、少し困った顔をする。
「私も気になります。
スーお嬢様に聞いてもはぐらかされてしまうので。
敵が乗り込んできたなら、対策をしないと、、、、もしや!屋敷にいつも侵入してくるあの不審な女がお嬢様を連れ去ろうとしたんですか?」
不審な女ってガーディのことか。
さっきもさらっと敵として扱ってたし、二人の仲は、最悪なんだな。
「うぅ、だっから!あそこであったことは、恥ずかしくて言えないの!
黒歴史なんだから」
「そんな、、、黒歴史なのか?」
あそこであったことと言えば、スーちゃんと友達になる契約をした。
契約と言っても、お互いに友達だと思っていたのだが、それを黒歴史というということは、
スーちゃんにとっては、友達になったことを黒歴史って思ってうううう
「あっ!違う!黒歴史だけど、それは、私の誤解が生んだ行動がってことで、結果的には、人生で一番うれしい白歴史だから!勘違いしないで!朱雀お兄さん泣かないでええええっ!」
スーちゃんが車いすから降りて、しょんぼりと半分ぐらいに小さくなった俺の肩を激しく揺らす。
「おいっ!害虫のくせにスーお嬢様に気安く触れるな!」
「いや、俺から触れた訳じゃーーー」
「黙れっ!うるさいっ!」
「ロロがうるさいっ!」
「みなさん、落ち着いて下さい。せっかくのご飯が冷めますよ」
「そうだっ!ごはんは、炊き立てがうまいんだからな!いったん席に着こう!」
スーちゃんは、マイと俺の声を聴き、肩を揺するのを止める。
俺の隣に座って、姿勢を正す。
「ごめんなさい、朱雀お兄さん。つい熱くなっちゃって」
反省したように落ち込んだ声で言う。
「いや、俺の方こそ誤解して悪かった」
頬を人指差しでこすり、小さな声で返事する。
言った後。何だか気恥ずかしくて、顔を明後日の方向を向ける。
「・・・次、朱雀お兄さんを害虫って言ったら、給料100%カットするから」
隣から冷たい怒りが言葉のナイフとして、執事に向けられる。
・・・冗談だよな。
執事の顔が真っ青になる。
いや、冗談じゃなさそうだ。
「さて、いただきますをしましょうか」
マイが手を合わせる。
それを見て、他の三人も手を合わせる。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
俺は、目の前の山盛りご飯を一気に食べる。
お米の甘い香りと優しい甘さが噛めば噛むほど、口の中にどんどん広がっていく。
「おいしい」
「ああ、おいしいな」
執事も返事する。
「親しんだ味だよね」
スーちゃんも隣で嬉しそうな声で言う。
「あの、執事さん、スーちゃん、ごはんを食べてください」
「ご飯食べてるよーー」
「いえ、そういう意味じゃなくて、さっきからお二人が食べてるの、昆布だけじゃないですか」
「え?ああ、ごめん!もう癖で」
「ごはんも食べてください」
「わ、分かった。これも友情の証だもんね。昆布以外のものも食べないとよね」
スーちゃんが執事の方をちらりと見る。
「お嬢様、いけません」
「どうしても?」
「ええ、どうしても」
ごはんにアレルギーでもあるのかな。
スーちゃんは、落ち込んで、顔を下に向ける
「うぅ」
俺は、橋を止めて、スーちゃんの方を見る。
もしかして、昆布以外を食べれない深刻な病気を持ってるのかな。
あとは、宗教的なものとかか。
金色の艶のある髪とか、名前からして、日本人じゃなさそうだし、
お肉を食べてはいけない、として考えれば自然―――
「隙ありっ」
突如、スーちゃんは、顔を上げたかと思うと、俺の口に持ってくる途中でストップした
箸に乗っているゴハンをパクッと食べる。
「お嬢様っ!何をしているのです!」
ロロじぃが机をバンッと叩いて、声を張り上げる。
「んー、おいしいー。幸せー。マイお姉ちゃん、いい腕してるね、」
「私もシューちゃん以外に私のゴハンを褒められたの久しぶりだから、その顔を見れて、嬉しいわ」
「お嬢さーーー」
「うるさいなー、別に何かあるって訳じゃないんだから。このごはんは、友情の証よ」
「私は、お嬢様のことを思って!」
「それは、重々分かってるって。」
執事が口を開きかけた時、幸せそうな顔をしたまま、スーちゃんが少し低い声で、
「給料120%カットにして欲しい?オーバーした20%分は、ロロのどこをカットして、捻出されるのかしらね」
「・・・・ぅ」
執事は、それでも姿勢を崩さず、何かを口にしようとしたが、
スーちゃんが自分の左胸を叩いたら、再び顔を青くして、席に戻る。
え?いきなり心臓カットなんてないよね。しないよね。
俺の常識がおかしいのか。でも、二人を見てると、本気でやりかねない雰囲気だったし。
スーちゃんってなにもの?
その後、マイが、手が滑ったとわざとらしく呟いて、ゴハンの乗った箸をスーちゃんの口の近くまで運んでいく。
「はい、スーちゃん、あーん」
「あーん、おいしいー。でもこれは、わざとじゃないからしょうがないよね」
執事をちらちらと見ながら、何度か繰り返す。
時には、スーちゃんが昆布をマイに食べさせたりしていた。
その度に、執事は、怒りと恐怖が混ざった複雑な顔をする。
執事って、大変そうだなぁ。
そんなこんなで、ゴハンと昆布を食べ終わり、テーブルの上には、空になった大皿とお茶碗が並ぶ。
よしっと、マイが手を合わせる。
「ご馳走様でした」
「「「ごちそうさまでした」」」
四人全員が手を合わせて、朝食が終わる。
お皿をテレビの壁の向こう側にある台所に運ぶのを手伝い、
マイと二人で、お皿を洗っていると、嬉しそうな声でマイが話しかけてくる。
「久しぶりの四人の朝食だね」
「ああ、母さんと父さんが逝ってしまってから、初めてだな」
「なんかね、いつもよりごはんがおいしく感じた。ごはんがおいしいのは、当然だけど、それ以上の味を感じたんだよね」
「俺もだ」
最後の皿を洗い終わり、洗い終わったものを入れる箱の中に並べる。
テレビの壁の向こう側から聞こえるのは、ロロじぃとスーちゃんの話声というか、スーちゃんの説教かな。
「ふふ」
「マイ。どうした?」
「いや、色々大変なことがあったけど、この瞬間が味わえたから、不思議とここに連れてこられて良かったなって、思って」
「たぶん、いや絶対。この朝食で食べたゴハンの味は、きっと忘れられない味になるな」
「本当にね」
温かい気分に包まれて、二人の待つ、壁の向こう側に向かう。
俺たちが戻ってくるのを見て、スーちゃんは、説教を止め、唐突に指をビシッと俺に指さして言う。
「朝食が終わったから、食後の特訓を始めるよっ!」
そこには、金色の髪を緑色の鉢巻きでまとめた、ポニーテール姿の熱血スーちゃんがいた。




