第十二話 前門にゴリラ、後門にゴリラですか? part1
「マイっ!」
ガーディから投げられたモノを制服のズボンのポケットに入れ、
後ろで倒れている自分の妹に急いで駆け寄り、声を掛ける。
スヤスヤと眠っていて、起きそうにない。
「ここにいたら、敵に見つかってしまう」
スーちゃんは、あの監視室のような部屋で敵は近くに二人いると言った。
一人目は、今戦ったスーちゃんのヘビーストーカーのガーディ。
しかし、まだもう一人の姿を見ていない。
こんだけ、暴風、爆音で、ドンパチやっていたんだ。
時間にして、体感だと三十分ほどやっていただろう。
近くにいるなら気付かないはずがない。
急いで、ここからマイを連れて、スーちゃんのいる監視室に戻らないと。
何よりーーーーー
「こんなところで寝てたら、風邪ひいてしまうもんな」
よく分からない場所に来て、異能力とか使えたり、
非日常的なことが多く起きたが、とは言っても、
まだ日常を送っていたころの感覚は、強く残っている。
でも、昨日の日常の思い出がすごい昔のことのように感じるな。
「う~~~~、身体じゅうが痛い。」
マイを背中に背負うと蓄積したダメージが、一・五倍ぐらいになって
身体を痛めつけてくる。
足の武装は、銀の粒子が光っているため、敵に見つかるリスクを
少しでも低くしたいため、武装解除し、今は何の能力も使っていない。
素の状態だ。
ここに来るときに倒したビル道をトボトボと歩いて戻っていく。
目的のビルに着いたら、休めるんだ。頑張れ、俺。
下げていた顔を前に向けると、視界の上側に、きれいな星空が見えた。
「この景色、本当なら、二人で見たかったなぁ」
残念ながら、そのマイさんは、背中でスース―と小さな音をたて、
気持ちよさそうに寝ている。
これ、睡眠針じゃなくて、普通に寝てるじゃないかと思うぐらいだ。
―――――にしても、
背中に当たるこの二つの柔らかい感触、我が妹ながら、嫉妬ものだろう。
人間生まれるときは、親の遺伝子をランダムに引き継ぐ、というが
そのランダムでここまで差が出るものなのか。
・・・なんてムゴいんだ、人間の神秘。
手で掴んでいるマイの足だって、ぷにぷにと柔らかい。
肌もシルクのようにスベスベしている。
女性の中では、割と筋肉質な足をしている俺と、正反対だぜ、チクショ―!
目がちょっと潤んできた。
あぁ、星が眩しい。
まぁ、その筋肉のおかげで、
こうしてマイを運ぶことができてたりするんだから、一長一短か。
いや、一長千短かな。
都会なのに空気が澄んでいて、涼しい風が吹き、
ここが、戦いの場じゃなかったら、結構いい場所だよな。
普段が普段だから、こういう誰もいない場所にいると、自然と
心が落ち着いて、リラックスしてくるな。
心が空気と一体になって、溶けていく感覚だ。
耳を澄ませば、ヒューという心地よい風の音。
落ち着くなぁ。こういう静かなところで、まったりと、音楽が聴けたら、
もっと最高だろうな。
その時、風の音に交じって、綺麗な音が微かに聞こえてくる。
――そう、こんな感じで、いい音楽があれば。
その綺麗な音は、今でも耳に届いてくる。
アァ、元気になるなぁ。
この音は、弦楽器の音かな。
「弦楽器の何の楽器だろう。」
「これは、、、、バイオリンだよ」
「うおっ!」
いきなり耳元で声を囁かれて、ビックリする。
「マ、マイ、起きたのか」
「うん。自分でも驚くくらいスッキリした気分だよ」
「良い目覚めでよかった」
「後遺症とかあったら、って心配していたんだけど良かった。良かった。」
「・・・・うん、だからね、シューちゃん」
「どうした?」
「もう私を降ろして大丈夫だよ」
「おぉ、悪い」
腰を落としてマイを降ろす。
「そんな、ボロボロになって、、、、無理しすぎ」
「これは、、その、、、、あのな、、」
「ありがとうね、シューちゃん」
「いやいや、無事でいてくれて良かったよ。本当に」
妹に感謝の言葉をもらって、なんだか照れくさくて話題を逸らす。
「そういえば、なんで、この音がバイオリンって分かったんだ?」
最初、幻聴だと思うほど、音も澄んでいたとはいえ、小さかったのに。
「私の友達にバイオリンをやっている子がいて、その子の曲を
よく聴いていたから、バイオリンの音だけは、よく分かるんだ」
「なるほどな」」
「その子、小さい時からバイオリン一筋だったんだよ。もう本当にすごいの!」
マイの声が少し高くなる。本当に仲が良いんだな。
少し妬いてしまう。少しだけだぞ。本当に少しだけ。
バイオリンの音が止む。
もっと聴いてたかったなぁ。
また聴こえてこないか、無意識に耳を澄ませてしまう。
すると、上から何か音が聞こえ、上を向くと
巨大な何かが真上に振ってきた。
「マイ、危ない!」
マイを抱きかかえて、急いで横跳びする。
直後、二人のいた場所に巨大な何かが落ちてくる。
砂煙が立つ中、その黒い正体が見える。
「嘘だろ、、、、」
朱雀とマイは、立ち上がりながらその姿に驚く。
肌は、日焼けなのか黒く、上半身裸で、下は真っ赤な半ズボン。
半ズボンの腰の部分に赤いリボンの片方の端が挟まれており、
風にゆらゆらと揺れている。
髪はボサボサで、鼻の穴が大きく、四角い顔で、何より全身が毛深い。
「なんて、デカいーーー」
「ゴリラなの」
大きさは、恐らく五メートルは、あり、思わず声が出る。
赤いリボンということは、こいつは、敵だ。
あまり、刺激しないようにしないと。
「マイ、これは、人だよ。この場所には、人しかいないんだよ」
「えー、何言ってるの、シューちゃん。
これがゴリラじゃなければ、何なの?」
「だから、人だって」
「人があんな姿と顔しているわけないよ」
なんて純粋な瞳なんだ。
早く訂正しないと。
むちゃくちゃ敵に睨まれてる気がする。怖っ!
「テ、TVで見たことあるだろ。
この人は、ゴリラ系の人間だよ!」
あぁ、目つきがさらにきつくなる。
誤解を解いてるだけなのに。
マイもキョトンって小さく首かしげてるし。
「つまり、、んーと、そう!
つまり、ゴリラだけど人間なんだよっ!」
「おい、テメーら。さっきから黙って聞いてれば、
俺様をゴリラ、ゴリラと。」
「いや、俺は、フォローを。」
「フォローになってねぇよ!
最終的にゴリラだけどって、
俺をゴリラ扱いしてんじゃねぇかっ!」
「はっ!!」
「はっ、じゃねえよ!
兄妹そろって、天然なのか!
お前らの脳みそなにで出来てるんだよ!」
「「何って・・・・・・・お米?」」
「よぉーーーーーーーーーーく、分かった。
ボスには、連れて、仲間にするように言われていたが、
俺は、お前たちを仲間にしたくねぇ。
お前たちは、ここで消えてリタイヤしてもらう」
そんなっ!何がいけなかったんだ。
敵さんスゴイ怒ってるよ。
迫力が今までの人たちとは格が違う。
全身から冷たい汗がブワッと出てくる。
戦ってはいけない。勝ち目がない。
再度、敵の身体を見る。
丸太のように太いムキムキの腕と足。
「もう人間辞めてるレベルだな、こいつ。」
「だから、ゴリラだって言ってるじゃん。」
「スゲーな、てめぇら。
この俺様を前に、さらに煽ってくるとは。
その度胸は、褒めてやるぜ」
ボキボキと拳を鳴らす。
ま
すます状況が悪化していってる!
とにかくガーディとの戦いで、まともに戦えない今、
逃げるしかない!
「いくぞっ!マイッ!」
マイの腕を引っ張り、ビルの間の細い路地に逃げ込む。
あのデカさだ、この細い道には来れないだろう。
後ろを振り向くと、ゴリ、、、いや敵が路地の前で立ち止まって、
こちらを見ていた。
よしっ!このまま逃げ切れーーーーー
「この俺様から逃げ切れると思うなよ!」
強い殺気を感じ、本能的にその場にしゃがむと、頭上を何かがピュンッと
通り過ぎ、目の前のビルに当たる。
爆発のした後、壁に太い鉄骨が刺さっていた。
「逃げるスキルだけは、一丁前だな。草食動物さんよぉ。」
規格外だぞ、こんな馬鹿力。
「オラ、どんどん行くぞ。逃げるしか取り柄のないチビどもっ!」
ゴリ、、人間は、足元にある倒れたビルの瓦礫の中からm鉄骨を取り出し、
丸で木の棒を割るかのように、鉄骨を投げやすい大きさに
ボキボキと折り、投げつけてくる。
「こんな奴とどうやって戦えっつうんだよ!」
後ろから来る鉄骨を間一髪で躱しながら、路地を走り、
出口に向かう。
「よしっ!もうすぐだ!」
と、その安心した一瞬で、真後ろに鉄骨が来るのに気づくのに遅れてしまう。
とっさに足武装を装着して、鉄骨の下側を蹴り、上に軌道を逸らした。
そのまま通りに出て、
「えっ!シューちゃん!?」
マイをお嬢様抱っこして、武装の力を使い、超速で、
監視室のある方向に駆ける。
景色がスゴイ勢いで前から後ろに流れていく。
「このスピードなら、逃げ切れる。いや、逃げ切らせてくれ、、、、!」
時折、細い路地に入り、大通りを変えながら走る。
ハァハァと呼吸が荒くなる。
恐怖心と疲労で、心臓が止まりそうだ。
マイを抱く腕にも力が入る。
「シューちゃん、、、」
マイが俺の名前を震える声で言う。
そうだ、俺がしっかりしないと、マイを怖がらせてしまう。
「シューちゃん、上に!」
突然、上からゴリラが降ってきて、俺たちの前に立ち塞がる。
「このまま突っ込むぞっ!」
この武装には、ブレーキ機能がない。
なら、このままスピードを上げて、ゴリラごと吹き飛ばしてやる!
「マイッ!俺によく捕まってろ!」
「うん!」
ゴリラの腹に、突進の勢いを乗せた回し蹴りを叩き込む。
しかしーーーーーーー
「能力使ってその程度かよ、笑わせる」
ゴリラは、何事もなかったかのように立っている。
「のけ反りも、、、、しないのかよ」
頭に絶望の二文字が浮かぶ。
圧倒的攻撃力、俺のスピードにもついてくる移動力、
そして、このフザけた防御力。
もし、これがゲームなら、バランスブレイカーだろ。
異常だ、、、こいつは。
耳にバイオリンの曲が響く。
さっきとは、違い、はっきりとした音で。
激しい曲調だ。このバイオリン、好きだな、俺。
こんな状況でも、このバイオリンは、心に直接元気をくれる不思議な
魅力がある。
そうだよ、ここで絶望したって、状況は悪くなるだけだ。
勝つことだけを考えるんだ。
俺にとって勝つとは、何だ。
この状況で勝つとは、、、、
腕の中のマイを見る。
俺が囮になって、マイだけでも痛い思いをさせないこと。
唯一の心の支えとなる家族。
いや、心の支えとなっているのは、もう一人いる。
金髪のツインテールの小さな子供が笑っている顔が脳裏に浮かぶ。
『約束だよ!』
俺には、もうリタイヤという選択肢は、ないんだな。
「シューちゃん、何だか嬉しそうな顔してるね。
こんな追い込まれてる状況なのに笑うなんて、Mなの?ドМなの?」
マイが悪戯っぽく笑いながら言ってくる。
「俺は、МでもドМでもない。変態では、あるかもしれないが。」
マイを降ろして、ゴリラと向き合う。
「おい、ゴリラ!俺は、お前を倒す!
そして、俺たち二人とも生き残らせてもらう!」
ゴリラは、一瞬驚き目を大きくしたが、再び怒った声を荒げる。
「良い顔になったな。それと、テメェー、俺様をついにゴリラと言い切ったな」