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08話ニザヴェリルの百穴4 離脱と不条理

 リルハからの「治療をします」という申し出を断り、俺は所持制限三個の回復薬を二個と、同じく所持制限三個の状態異常回復薬を一個、それぞれ使用してソウルと毒状態の回復を図った。


 ソウル:308(+70)


 回復薬はソウルを最大値の一割回復させる貴重なアイテムだ。これをリルハの魔術に頼ったならば、それはあくまでソウルの「移転」でしかなく、俺が回復する代わりに彼女は疲弊する。

今の状況でその手段は不適切であると考えられた。


 共に戦った剣闘士たちとはパーティーを組んだわけではなかったので、引き続きの探索はやはりリルハと連れ添った。

 依頼の最中に一体でも吸血鬼を倒せたことは、査定の上で悪くない勘定である。報酬の程度を期待しつつあわよくばもう一体狩ってやろうと、戦闘前の不安もどこへやら俺は少しばかり気を大きくしていた。


「サラシナさん、そこの壁面。白金の鉱石が採掘できそうです」

「ほう。よく分かったな。採集のタレントも装備しないで」

「昔から、目と勘だけは良いんです」

「ん?なら、何が悪いんだ?」

「争い事が苦手で……。あと、男性運も最悪と占い師に指摘されてしまいました」

「男性運ねえ。まあ、俺も女性にもてたためしがないから、似たり寄ったりかもな」

「でも、サラシナさんはお強いですし。それに、男らしくてとても御立派です」

「はは……ありがとう。ゲーム内弁慶なもんでね」


 最後の言葉の意味は伝わらなかったようだが、リルハとの他愛ない会話は俺に落ち着きを取り戻させた。売れば金になる鉱石を少々貯め込んで、俺たちは一つ目の洞穴を走破した。

 通り抜けた先もまだ岩場が続いたものだが、天には空が広がっていた。閉塞的な状況から解放されたことは精神的に大きかった。


「次はどの穴にしましょうか……」


 新たな入口が四つ開けており、俺はどのルートを辿ったものかと思案した。願わくは、先ほどのように少しでも空間の広い洞穴を進みたかった。

 その旨をリルハに伝えると、彼女は即座に風の精霊を召喚した。そしてそれらを四つの穴へと放ち、偵察を実行させた。


「ソウルがもったいないんじゃないか?」

「……私もサラシナさんの役に立ちたいのです。戦闘では足を引っ張るばかりですから」

「ここには俺が無理やり連れて来たんだ。言いっこなしだろう?」

「でもそれは、サラシナさんが私の生活状況を考えてくれてのことです。誘ってくれて、私はすごく感謝しています」


 いい子すぎて調子が狂う。「オーディングラディエイター」のプレイヤーには当然女性もいるのだが、総じて競争意識が高く協調性に恵まれない。或いは群がる男性プレイヤーを侍らすことに躍起であって、こういう純情さ加減の伝わってくる例は見当たらなかった。


 リルハが精霊を通じて何事かを感知したようで、それは当然吸血鬼に関係するものと思われた。

 四穴の内いずれかで、またも戦闘が発生しているのだろうか。


「どうした?吸血鬼か?」

「はい……ですが……」

「ですが?」

「全ての道で、吸血鬼と戦闘が行われているようです」

「全て?この狭い範囲に、四体もの吸血鬼がいるっていうのか!敵はいったいどれだけの戦力を擁していやがる……」


 驚いてばかりもいられず、俺は選択を迫られる。集団戦タイプのイベントであるからして、味方が一人でも減るリスクは避けねばならなかった。


「リルハ。各洞穴の戦力比まで分かるか?」

「右端と左端は大勢の剣闘士が参戦しているようです。真ん中の二つに関しては、もう……」


 リルハが言い終わらない内に、右から二番目の洞穴より剣闘士が二人、猛スピードで駆け出してきた。一人の女に見覚えがあり、それはあのシャーリー・テンプルであった。

 声を掛ける間もなく、二人を追ってきたと思しき吸血鬼も洞穴より姿を現した。


 俺は出現したばかりの吸血鬼を強襲した。一太刀目はあっさりかわされたが、そこから繋げた水平斬りは吸血鬼の燕尾服を深く切り裂いた。

 吸血鬼の怒りに任せた反撃を剣で華麗にさばき、次はフェイントを交え、振り下ろしざまに左腿を抉ってやった。


 足をやられた吸血鬼は体勢を崩し、信じられないといった風に目を丸くして俺を睨み付けた。


 当然だ。

 俺の剣レベルは16で、そこだけを切り取ってみれば序列上位の剣闘士とも互角以上に渡り合える。多くの所持金と名声値を費やしてタレントと武器強度を高めた成果がここに現れた形だ。


 俺に出鼻を挫かれたことで、吸血鬼は防戦主体へと戦術を切り替えた。シャーリーともう一人の剣闘士が俺に続けて前に出るも、敵は勇んで迎撃に出てくることをしなかった。

 吸血鬼は後退しながらに俺たちの動きを観察しているようで、茶色がかった黒瞳が映す先は俺の不安を掻き立てた。


 シャーリーの大振りの一閃を起点として、俺たちの攻撃は次々と吸血鬼にヒットした。追い打ちとばかりに、リルハの放った矢が吸血鬼の眉間に突き刺さる。


 気付いた時には遅かった。

 強度+1のリルハの弓矢が吸血鬼の肌を貫通することはなく、反って敵の注意を引いただけに終わった。吸血鬼は俺たち三人の隙間をすり抜け、真っすぐにリルハへと接近した。


「リルハ!よけろ!」


 弓矢を放った姿勢で固まっていたリルハを、吸血鬼はまるで雑草でも刈るかのように無造作に薙ぎ倒した。きれいな放物線を描いて宙を舞うリルハの姿を、俺はスローモーション映像でも見せられているかのようにじっくりと目で追った。


 ソウル:0(-200)


 絶望的な数字が俺の網膜に焼き付いた。

 俺は無心に吸血鬼の背を目指したが、それと気づいた敵は大きく跳躍して距離をとると、俺たち三人に構わず別の洞穴へと侵入した。左から二番目の、剣闘士側に分が悪いと思しきルートである。


「待って!深追いは駄目よ!」


 シャーリーの鋭い制止の声が無ければ、俺は吸血鬼に誘われるがまま洞穴へ飛び込んでいたに違いない。結果的に命を救われたようなものだが、彼女に感謝の意を捧げる気にはならなかった。


 岩地に倒れ込んだリルハに生気は感じられず、それもそのはずソウルの値は0を示していた。そばに座り込んだ俺に、シャーリーの冷静な声音がざくざくと突き刺さった。


「ソウルはゼロね。サラシナ、残念だけれど諦めて。それより吸血鬼の反撃を警戒しないと」

「……復活するからって、そう簡単に割り切れるものかよ」

「復活ですって?なにそれ」

「何って……リルハは離脱扱いになるだろう?依頼に失敗することなんて、よくある話だ。メディエイターに小言を貰って、少しばかりのペナルティを支払えばそれで元通りだ。彼女にはまた、俺が実入りの良い依頼を紹介してやる」

「サラシナ。どうしたって言うの?エルフの彼女、リルハっていうのかしら。ソウルがゼロになったのだから、死んじゃったのよ。名誉の戦死。確かによくある話だけど、復活なんてしない」


 なんとなく、そんな気がしていた。先に剣闘士が戦死したシーンを見て、ただ事でない空気は察していたつもりだ。

 この世界には、「離脱」という概念が存在しないのだと。


 だがそれでは、リルハと今生の別れになってしまう。

 俺は喉から出そうになった嗚咽を我慢し、代わりに不条理を嘆いた。


「ふざけるんじゃないよ!ここはゲームの中なんだよ!なら同じルールに従うのが筋ってものだろうが!一々おっ死んでたら、おいそれとモニターから目も離せないじゃないか!そんな理不尽……あってたまるかよ!どんな糞運営なんだよ、これは!」

「彼女は死んだ。それを受け入れる他にないわ」

「だからっ!それが……ふざけるんじゃないよ!俺は認めないぞ!こんな馬鹿げたストーリー、漫画じゃあるまいし……。彼女は、リルハは俺がもう一度ログインさせてやる!たかがゲームの世界に翻弄されてたまるかよ!やってやるよ!誰の仕業かは知らないが、俺を巻き込んだことを後悔させてやる」


 俺は全くの八つ当たりでシャーリーを怒鳴りつけたが、彼女は面と向かっては何も言わずに黙っていた。その内にもう一人の剣闘士が洞穴の中を調べていたようで、小走りで戻ってくるとシャーリーに耳打ちした。

 俺は倒れ伏したままのリルハから離れることが出来ず、まだ頭の中を整理しきれないでいた。


 シャーリーは澄ました顔の中に少しの凄みを浮かべて、俺に忠告を寄越した。


「どうやら、今回の依頼は失敗に終わりそうな情勢だわ。私たちはここで撤退を選択するけど、サラシナはどうする?ここに留まって趨勢を見定めるもよし。その場合、先を行った同志たちが敗れたならここが貴方の墓場になる。彼女だけのじゃなく……ね」


 依頼の失敗。

 集団戦のイベントで失敗という事例はそう多くはなく、それというのも序列上位の剣闘士たちはほとんどが顔馴染みで、皆が声を掛け合って参戦する。強プレイヤーが多く集まるのだから、必然的に成功率も高くなる理屈だ。


 仮に、この世界ではソウルの枯渇イコール死を意味するのだとして、それでは依頼自体の失敗は果たして何をもたらすのか。集団戦で多数の剣闘士が犠牲になれば、必然的に運営そのものが立ち行かなくなるとも思われた。


 そもそも、俺が死んだらこの世界はどうなるのか。

 今は試す気こそなかったが、そのまま現実世界に帰れるほど甘くはないとも思える。


「気が動転するのも分かる。近親者の戦死はなかなか受け入れ難いものよ。でも彼女のソウルと装備は、この依頼を受けるに明らかに貧弱に思えた。厳しい言い方をすれば、因果応報と言えないこともないわ」

「……俺が、無理に連れ込んだんだ。レベルが足りてないのは知っている」

「……呆れた。でも貴方ほどの剣の腕前、ここで失くすには惜しい。生きる希望が欲しいなら、一つだけヒントをあげる。ヘルヘイムには生者の魂を喰らい、死者の魂を蘇らせる宝具があると聞くわ」

「……死者の魂を蘇らせる?」

「ただの言い伝えだけれど。騎士団に所属する私が直接王から聞いた話なのだから、信憑性がないわけでもないわ。どう?」


 シャーリーの言葉に安っぽく頷けるような単細胞ではなかったが、俺は自分の犯した過ちを正すに一つの手段としてそれを頭に入れた。


「わわっ?……シャーリー、来たぞ!さっきの奴だ!」

「あなたは先に帰還していて。すぐに追いかけるから」


 短髪の男性剣闘士を後ろに逃がしたシャーリーは、洞穴から出てきた手負いの吸血鬼に向き合うや、怒りに我を忘れて飛び掛かりそうな俺への牽制を忘れなかった。俺は思わず足を止め、彼女の言葉に耳を傾けた。


「隙は私が作る。いい?冷静さを欠いたら駄目。彼女の仇を討ちたいなら、私の言うことを聞いて」


 そう言うシャーリーの手甲から、見たことのない黒く鈍い光の粒が零れ始めた。


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