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07話ニザヴェリルの百穴3 吸血鬼の猛威

 ニザヴェリル王国の南部山岳地帯に百穴と呼ばれる一大洞窟群が存在した。

 「闇」を象徴する王国だけのことはあり、フィールドは空も大地も暗く澱んで気味悪いことこの上なかった。足下はごつごつした岩石に覆われており、見渡す限り岩肌という悪条件の下、公募に応じた三百以上の剣闘士が重武装で臨んでいた。


 ごく少数参加している浮遊の可能なフェアリー以外は己が足で点在する洞穴を踏破せねばならず、俺はリルハに軽口を叩くことで陰鬱な気分を紛らした。


 道行く剣闘士に知ったキャラクターはいないかとパラメータを読み進めていたが、あまりにも膨大な情報に酔ってしまい、その作業は断念へと追い込まれた。


「サラシナさん……吸血鬼というのは、どう対処するものですか?」

「そうだな……外見は人間やエルフとさほど変わらないんだけど、身体能力がざっと三倍あるところがポイントだ。だからまず、見た目の普通っぽさに惑わされないようにすること。三倍のスピードで動いて、三倍の怪力で攻撃してくる。それでいて上級魔術も使いこなすものだからたちが悪い」

「三倍……!」

「リルハは自分の身を守ることを第一とすればいい。魔術で物理防御を高めて、回避行動に専念する。そうしている間に俺や他の剣闘士が集団戦を仕掛けるから」

「了解しました」


 どうせ離脱する羽目になっても、元々序列の低いリルハに名声値のペナルティは適用されない。むしろ俺ですら、今回の依頼に課された序列基準では下位に相当するのだから、それほどの気負いはなかった。


 とはいえ、俺もこちらの世界でモンスター討伐のイベントに挑戦するのは初めてなわけで、勝手がわからないのはリルハと同様である。集団戦の場合、個別にパーティーを組むのではなく、標的に接触した剣闘士が次々に戦闘フェイズへと移行するものだが、この世界ではそもそも自動戦闘が採用されていない。

 要するに、一剣闘士に数倍する戦闘力を誇るボスモンスターを相手に、同じ目線、同じ土俵で戦わなければならないということだ。


 俺に吸血鬼の動きを見切れるのだろうか。あるいは、戦況をコントロールできるのか。


 従来の戦法は、三倍の速度とパワーを計算して敵の攻撃パターンを読み、防御を主体とした行動を入力しつつ、当然味方の援護も視野に入れていた。

 それはフィールドマップをモンスターや味方ごと俯瞰して閲覧できるゲームならではの思考を根本としており、こうして二本の足を地につけて敵と相対するのとでは臨場感も含め全くの別物に思える。


 スケルトンやガーゴイルを相手にするほど簡単ではないのかもしれない。

 ここで恐怖心がのそりとせり出してくるのを感じたが、所詮はゲームなんだと自分の心を無理やり納得させる。隣を歩く華奢なエルフを盗み見て、この儚い女の身を守ってやらねばと自身に動機付けをしなければ、ともすると足腰から震えが発生しそうな心境であった。


 リルハの天性の索敵能力はここでも役に立った。


「サラシナさん、敵です。四足歩行のモンスターのようです」

「だとすると、ダークウルフだな。こいつは大した相手じゃない。後ろに下がってろ。あと、ソウルはくれぐれも節約するように」


 岩場の陰から姿を見せたのは、黒々した毛並みと四肢に鋭い爪を持つ獰猛な狼で、ざっと十頭が確認された。先を行く剣闘士たちがこの手の雑魚モンスターを相手に戻ってくるはずもなく、辺りを行進していた五人が俺たちと一緒に戦闘へ突入した。


 パラメータを一通り眺めて、後衛役としてリルハの他にもう一人魔術師を確認する。都合五人が前衛に出られるのだから、一人頭のノルマは二頭となる。


 飛び掛かってきたダークウルフの顔面に咄嗟に剣を振り下ろすと、確かな手ごたえが感じられた。敵を一刀両断することに成功したが、もしかするとクリティカルヒットが決まったのかもしれない。

 さらに二頭がこちらへ走り込んできたが、一頭はリルハの放った矢を受けて方向を転換し、もう一頭は俺の横薙ぎの剣で前足を二本切断され、そのまま固い地面の上を滑った。


 目の前に転がる瀕死のダークウルフに止めを刺すと、ちょうど周囲の剣闘士たちも残りを始末したところであった。

 流石に中級レベル以上の剣闘士が集まっているだけのことはある。負傷者ゼロであっという間にダークウルフが片付いてしまった。


 リルハが軽快な足取りで近付いてくる。


「ご苦労様でした。私、ほとんど役に立たなかったですね……」

「そんなことはない。よく一頭の進路を変えてくれた。あれで目の前の敵に集中できた。二頭同時に相手をするとなれば、こちらもダメージを負う覚悟が必要になる」

「……そう言って貰えると、嬉しいです」


 はにかむリルハを見て、俺の胸中にときめきが沸いた。目の前のエルフは俺の定規で測るところの美女に違いなく、やはりこうして頼られたり喜ばれたりすると、男冥利に尽きるのである。


 彼女の背後にプレイヤーがいないのだとすれば、仲良くやっていけるかもしれない。


 この世界にきて初めて前向きな思考が生まれ、俺は少しの間リルハを見詰めた。疑問符を浮かべてこちらの瞳を覗き返してくる動作にプレイヤーの意思など微塵も感じられず、俺は勝手に頷いて見せた。


 洞穴は岩山の至る所で咢を広げていた。百穴と謳われるだけのことはあり、視界の中だけでざっと十数の入り口が俺たちを待ち受けている。剣闘士が次々と入口に散って行き、俺とリルハも適当な洞穴へと足を踏み入れた。

 視界が自分の周囲数メートルしかないため、背負う荷物袋から蛍火を取り出して中空に放った。強く発光したままキャラクターに付き従う虫のような性質で、ライトの役割を果たす消耗品である。前方を行く剣闘士の姿こそ見えなかったが、洞穴の岩肌はかなり先までくっきりと浮かび上がった。


 俺たちの侵入した洞穴は、大人が二十人は並べられそうな横幅と見上げるだに高い天井を持った広い横穴で、ここであれば爆発系の魔術さえ控えれば戦闘行為も差し支えないように思われた。


「……前方、すこし離れた位置から激しい金属音が聞こえてきます」

「ビンゴか。単独で当たるとまずい。前と合流するぞ!」


 俺はリルハを背に庇い走り出した。足下は依然岩石が密集しており大した速度は出せなかったが、しばらくしてようやく先達の戦闘状況に突入した。

 パッと見、剣闘士六人で吸血鬼一体と相対していた。俺たちが加わって戦力は八人だが、パラメータを見るまでもなく皆が手傷を負っていた。


「援護は考えなくていい!自分を最優先で守っていろ!」


 リルハにそう言い残し、俺は他の剣闘士たちと吸血鬼の動きを五秒にも満たない短い時間だけ観察した。黒髪をオールバックにして、黒の燕尾服に袖無しの外套を羽織った典型的な格好の吸血鬼は、地面を蹴るや一瞬でとある剣闘士との距離を詰めて素手で殴りかかった。胸甲が陥没するほどの威力で殴られた剣闘士は、なす術なく吹き飛ばされて横壁に激突する。

そのタイミングで、俺ともう一人の剣闘士が仕掛けた。攻撃を終えた瞬間という隙のある時点を狙っての、前後からの挟み撃ち。


 俺の渾身の剣は吸血鬼を右肩から袈裟斬りにし、反対側から大柄な中年戦士が繰り出した突きも腹部を串刺しにした。だが、それらは吸血鬼にとり深手とはならず、両腕を伸ばして体を回転させ、俺と戦士の武器を払ってきた。


 向けられた次なる手刀を認識した時には、それはもう俺の左肩を破壊していた。


「ぐおっ!」


 あまりに鋭い手刀は装甲の肩当てごと俺の左肩を砕き、血と肉が盛大に飛散した。


 ソウル:280(-75)


 地獄のような痛みに襲われた俺は、情けなくも地面を転げ回った。それでも闘志を失ったわけではなく、右手一本で剣を握り締めて立ち上がる。

 ふざけるんじゃないよ。やられたら、やり返す。


 しかし、減少したソウルは腕力や脚力、物理耐性などの能力にそのまま影響する。本来であれば数少ないソウルの回復手段たる回復薬の使用へと移行したかったが、強力なモンスターとの戦闘中に隙を見せることは即ち、死を意味した。


 俺が離れた間も他の剣闘士が必死に抗戦を続けていて、お蔭で余計な追撃はなかった。先に挟撃を仕掛けた中年戦士が吸血鬼に首を絞められていたので、俺は援護をするべく背後から強襲した。

 吸血鬼はそれに反応し、中年戦士を放り捨てて俺の剣を受け止めにかかった。右手一本の剣はあっさり拳に払われ、俺は用心のためにステップで間合いを広くとる。


 準備万端とばかりに、二人の剣闘士が同時に氷撃の魔術を放った。狙いは逸れず、吸血鬼の両足が凍結して地面に釘付けとなった。


 この手のボスモンスターは状態異常攻撃への耐性値が高く、凍結状態は長くもたない。

 熟練の剣闘士たちはそれと分かっていたので、俺を含めここが好機と総攻撃に臨んだ。


「ふざけるんじゃないよ!」


 俺も力の限り叫び、闇雲に剣を叩きつけた。やがて氷漬けから脱した吸血鬼が広範囲に毒霧を噴霧したので、俺たちは皆状態異常を患った。


 ソウル:255(-25)毒


 毒の効果は、時間経過でソウルを減少させ、物理攻撃の威力や耐性を低下させるというもの。これも早期に状態異常回復薬や魔術で治療を施すべき状態であるが、吸血鬼に弱り目が見えてきたので誰一人として毒には見向きせず、戦闘はいよいよ終盤に差し掛かった。


 俺の前蹴りは吸血鬼の鋼の如き肉体にダメージを与えられなかったが、注意をこちらに向けることが出来た。そこを左右から剣闘士たちが獲物で襲い、吸血鬼の両の手を斬り飛ばすことに成功する。

 そこからは難しい話でなく、前後左右、包囲を維持して慎重に攻撃を続けると、遂に吸血鬼のソウルを奪い尽くすことに成功した。


「やった!」


 誰とも知れぬ剣闘士が雄叫びを上げた。地面に沈んだ吸血鬼の遺骸は、ぼろぼろと崩れて細かい塵と化し、やがて世界と同化するようにして消えた。

 犠牲もあった。毒状態がソウルを奪い続けたことから、戦闘初期より参戦していたと思しき魔術師が一人、いきなり膝から崩れ落ちたかと思うと、そのまま俯せに倒れ込んだ。


「サラシナさん……」

「ああ。ソウルはゼロだ。離脱だな」


 依頼に参加をし続けていれば、何れ失敗して死ぬこともある。ソウルがゼロになればマップから強制離脱の憂き目に遭い、序列と依頼の難易度から導き出されたペナルティを受けることとなる。


 遺体となった剣闘士を他の剣闘士たちが取り囲み、黙祷なり歯噛みするなりと沈痛な態度を露わにしていた。意外にもリルハがそれに加わったので、俺は大いに違和感を覚えた。

 こいつらは皆知り合いだったのだろうか。少なくともリルハにそのような節はなかったし、戦闘時の連係にもそれほど洗練のされた技は見受けられなかった。


 釈然とはしなかったが、俺も軽く手を合わせてリタイアした剣闘士に敬意を払った。


 ソウル:238(-17)毒


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