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04話プロローグ4 それ以上は、ダメです……

「なんだと?たったの400シリルだ?ふざけるんじゃないよ!」

「そんなことを言われても……。だって、見てださいよ。薔薇の端が溶けかかっているでしょう?これじゃあこちらも商売上がったりだ」

「そんなことは知るか!頼まれたブツを持ってきた。それが全てだろうが!劣化するなんて聞いたこともない。このゲームにそんな仕様はない!」

「……勘弁してください。こっちにだって生活があるんです。頑張っても450が限界です。それで駄目なら、他所に行ってください」

「なんだと?貴様……」


 俺は聞き分けのない商人を相手に苛立ちが抑えられず、握り拳を前に突き出した。両手で頭を抱え怯えた髭の中年を見てほくそ笑むも、溜飲は下がっていない。

 だが、商人は逃げ腰ながらも敵意のある眼差しを俺に向けてきた。剣闘士を相手に何と生意気なやつだ。


「け、剣闘士が市民に暴力を振るったらどうなるか、わ、わかっているんでしょうな?」

「なに……?」


 その言葉の意味は分からなかったが、直後にリルハが背後から俺を羽交い絞めにしたので、相当の事態であろうと推測した。剣闘士は一般市民に暴力を振るってはいけない。

この世界にはそういったルールがあるらしい。夢だというのに、おかしな話だ。


「それ以上は、ダメです……」


リルハの哀願の表情に客気を諫められ、俺は黙って彼女に従った。そしてミナミの同意も取り付けた上で「氷結の薔薇」を依頼主の商人へと納めた。


商人は無言で立方体の箱を取り出すと、俺の手渡した薔薇を大事そうにその中に格納した。白く煙った様子から、ドライアイスの入った冷蔵ケースのように思われた。

作業工程がやけにリアルで、これを俺の想像力が作り出しているとはいささか信じ難い。


 商人から革袋に入った銀貨450枚(450シリル)を報酬として受け取ると、俺はそれをそのままリルハへ手渡した。きょとんとする彼女を残して、肩にミナミを乗せたまま俺はテントの外へと出た。


 そこはヴァルハラの市場の一角で、円形に広く石畳が敷き詰められていた。簡易テントで建てられた露店は石畳の外縁に沿ってぐるりと囲むように並んでいる。

円の中央には噴水が設置されていて、高台に主神オーディンの従神にあたるヴァルキリーの石像が厳かに祀られていた。


「あの、サラシナさん。銀貨は等分にしますか?働きぶりからいえば、あなたの取り分が多くて良いかと思うのですが……」

「そんなはした金、俺はいらない。二人で分けてくれ。450だって?相場の半分以下じゃないか。あの商人、足下を見やがって」

「いいのか?サラシナ、気前いいな」


 ミナミが耳元で声を上げるので五月蠅いことこの上ない。


 難易度がさほど高くない初級者向けの依頼は、それでも平均して1ゴルド、つまり金貨1枚程度の報酬が見込まれた。1ゴルドの交換レートは1,000シリルなので、銀貨にして1,000枚になる。

それでも三人で分ければ雀の涙となるわけで、今回の450シリルという報酬額は破格に少ないと言えた。


 パラメータを確認するに、名声値は1,200ptほど得られており、そちらは順当に思われた。雑魚モンスターとの戦闘で得た分も合わせて、所持金と名声の値が更新された。


所持金:金貨1枚

    銀貨1,862枚(+91)

名声:177,870pt(+1,630)


 この程度の名声値の変動では序列に反映のされようもなく、結果的に初級プレイヤーの引率をこなしただけに終わった。

 まあそんなこともある。


 俺は気を取り直して、ゲーム中と同じ礼儀を最後まで貫き通すことにした。


「お疲れ様。良かったらプレイコードを教えてくれ。また機会があったらパーティーを組もう」


 そう言って、実際に肉体があるものだから握手などと思い手を差し出してみる。リルハは俺の手を不思議そうに見ているだけで、プレイコードを明かす様子はなかった。

すっかり俺の肩の上でくつろいでいるミナミも、「プレイコードってなんだ?」と定番の台詞を投げかけてきた。


 やはり夢の中ではコードも何もなかった。

 実際はプレイコードを登録しておけば、オンライン上で相手のログイン状態を見ることができる。そしてメッセンジャーでコメントも送れるため、気に入った相手と複数回依頼をこなす仲に発展することがままあった。


 もちろんその逆も然り、聖騎士ヴェルトマーように他人のコードを片端からブロック設定して、やり取りそのものを拒絶する輩もいる。


 リルハがもじもじとし始め、何事かとその顔を覗き込むと、懐から紙片を取り出して寄越してきた。そこには手書きでアルファベットと数字の羅列が記載されており、その配列に見覚えはなかった。


「私のアドレスです。もしお邪魔でなかったら、また依頼をご一緒させてください」

「アドレス?プレイコードとは違うようだけど……」

「おい、サラシナ。これ」


 ミナミはリルハのものより二回り以上小さい紙片を俺の肩に置いた。どうやらこちらの剣闘士に共通した習慣であるらしく、空気を読むに二人は俺からの返信を待っているようだった。

 だが、俺にはアドレスなどというデータの心当たりがなく、その旨をそのまま伝えると、二人は寂しそうな笑顔を見せて別れの挨拶を述べた。


 きっと、俺から戦力外に見做されたと勘違いしたのだろう。


 確かにリルハもミナミもソウル量からして俺と同格とは言えないレベルであったが、魔術しかり弓しかり、しっかりとタレント育成に励んでいることは道中で知れた。後味の悪い別れとなったが、そこはそれ、夢の世界ということで勘弁してもらう他になかった。


 改めて市場を行き交う人々に目を向けると、白を基調としたゆったりめの短衣を着込み、めいめいが知人と語らいながらに笑顔を溢している。天上で三つの太陽が燦々と輝いているので、露店の商人は皆庇に隠れて直射日光を避けていた。


 市場は東西南北の四か所に存在しており、俺のいま立っているここが初級プレイヤー憩いの場である西の露店市場であると特定できた。各市場の間は住宅地となっている筈で、テントの奥に覗く石造りで特徴のない建造物が住宅に当たるものと思われた。


 市場のさらに向こう、遠くにそびえ立つ尖塔がおそらくオーディンの居城の上辺で、その周辺にはパルテノン神殿もかくやという白亜の巨大な殿堂が林立していた。城内に築かれた円形闘技場の屋根は見えないだろうかと、背伸びをして眺めて見たが成果はなかった。


 これがヴァルハラの街並みか。

俺はこの立体的な風景を古代ローマかギリシャをイメージして作り上げたのだろうか。大学入試で世界史を勉強して以来の錆び付いた知識では、目に見える景色の整合性まではとても頭が回らなかった。


 ふと、この夢はどこで覚めるものかという疑念が頭をよぎった。


 俺は外勤の途中に漫画喫茶に逃げ込んで、企画書と権藤課長を放って「オーディン・グラディエイター」に興じようとしていた。そうして意識が混濁し、今に至る。

 夢の中でここまで自己を客観視できるというのも経験がない。


 ゲームを模した夢だとして、きりの良いところまで再現を終えたのだからこれで御破算、というのはもしかしたら虫の良い考えなのか。折角だから、目覚めるまではこの世界を満喫するのが利口なのかもしれない。


 ふつうであれば、依頼をこなして報酬の精算がなされた後は、減少したソウルの回復のために旅亭を探す。アイテムにある回復薬はフィールドマップ用の虎の子であり、短時間で10%のソウルを回復する代わりに、一個の売価が500シリルにも上る。

これは旅亭五泊分の相場で、よほど急ぎのイベントが控えていない限りは、時間経過によっていくらでもソウルの回復が見込める旅亭入りは既定路線だ。


 俺の定宿は東の市場にあり、そこは西の露店市場に対して組織化された商店の立ち並ぶ商会市場という呼ばれ方をしていた。


市場の相場は西に対して東が著しく高い。

例えば、西の露店市場で他のプレイヤーキャラクターやイベントキャラクターと出会う為に酒場を利用すると、一回あたりの料金が30シリルかかる。商会市場で同様の行為に及ぶとなれば、100シリルを費やすBARに化けるという具合だ。


 こと旅亭において相場の違いは回復効率と比例しており、一泊100シリルの旅亭と300シリルのホテルとでは、時間あたりの最低回復量に大きな差異が認められた。中級以上のプレイヤーはプレイ時間と得られる報酬の効率をいかに高めるか、常に他者と競っているような状況であり、コスト効率は死活問題とも言えた。

 それゆえ俺は商会市場の中級ホテルを利用しており、回数がかさめばボーナスの割引も適用されるので、休息時間の長短に関わらず宿を代えることはしないでいた。


 テントと違い、硬質な建物が集合する東の市場に足を踏み入れると、途端に通行人の服装からして劇的な変化を遂げた。解放的で涼しそうな恰好の男女は姿をくらまし、燕尾服や長衣をしっかりと着こなした紳士淑女の割合が大半を占めた。


 一人の剣闘士が目の前を通り過ぎた。目視で判断するに銀製の防具をフル装備した重戦士だ。

ゲーム中年齢は三十前後であろうか。筋肉質のがっしりした身体つきは本格派の剣闘士を思わせた。


 この市場をうろついているのだから、そういうことだ。彼が初めて出会った同レベルのキャラクターということになる。


 俺も歴とした上位プレイヤーであり、やはり強者を前にすると緊張と高揚感に包まれる。夢の世界に留めておくには惜しい気分の高ぶりに見舞われたが、そこは冷静に考えて声を掛けるのは止めておいた。

何せ、プレイヤーコードもない世界なのだから、謎のアドレスを渡されても利用の仕方すらわからない。


 ホテルはすぐに見つかり、平面マップでも高層とわかるなりであったが、この視界では外観の荘厳たる様が想像の域を超えていた。入口に巨大なアーチが掛けられていて、建材には格子の模様が濃淡も鮮やかに再現されて刻まれている。

 推定十階建ての全長はそこらで見掛けぬ威圧感を発していて、足を踏み入れるなり黒服の従業員にかしずかれるのがこそばゆい。というか、これは日常であれば下っ端営業マンの俺の仕事だ。


 前金で300シリルを支払うと、俺は毛足の長い絨毯が敷かれた豪奢な個室に通された。現実世界で触ったことのないような金銀細工の調度品に囲まれ、薄い硝子製で流麗な線形に仕立てられた水差しで真水を注ぎ、天蓋の付いたふかふかのベッドに腰掛けると、これ以上ないくらい気分が落ち着かなかった。


所持金:金貨1枚

    銀貨1,562枚(-300)


 無理矢理にでも眠りにつけば、夢から覚める。

 そう思い込むことにして、俺はたいして疲労していない体をベッドに横たえた。


 目が覚めた時にただソウルが回復しているのか、それとも漫画喫茶の見慣れたモニターが視界に映るのか。何れにせよなるようにしかならないと、俺は割り切って目を閉じた。


 願わくは、美樹さんと約束した飲み会が夢や幻聴の類でありませんように。


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