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03話プロローグ3 不覚と氷結の薔薇

 高校時代、脚力はクラスで五、六番前後だったと記憶している。腕力や柔軟性はよく分からないが、体力測定で平均を少し上回る程度の実績でしかなかったはずだ。

 その俺が、見るからに凶悪なモンスターをタコ殴りにしていた。魔力を付与された剣は面白いようにスケルトンの骨を砕いたし、俺に向かって繰り出される曲刀は剣筋がくっきり見えて、ステップで軽々かわすことが出来た。


 間違いなく、俺はオーディンの剣闘士としてのサラシナであり、この夢の世界ではパラメータが肉体へとフィードバックされているように思われた。

 破壊し尽くしたスケルトンどもを足下に見下ろし、俺は満足の笑みを浮かべて剣を納める。


「サラシナ、強いんだな~」


 降りてきたミナミがそう言って俺の肩に止まる。ゆっくりと近付いて来たリルハはしかし、また別の方向を示して「スケルトン、今度も二体です!」と警句を発した。どうやら彼女の索敵能力は頼りになりそうだ。


「俺が正面から斬りかかる。二人は援護だ。いいな?」


 返答を待たずに俺は駆け出した。我ながら先程の勝利に酔っていたのだろう。特に警戒もせず歩み寄ってくる二体のスケルトンを目指した。そこに、予期せぬ邪魔が入った。


「なにっ?」


 左肩に衝撃が走り、俺は痛みよりも驚きのあまり足を止めた。ぶつかったのは石斧で、地面に転がったそれを眺めていると、スケルトンらが小走りに殺到してきた。


 スケルトンは武器を投射する。そうリルハとミナミに警告したのは俺だというのに、なんという情けない話だ。

たかがスケルトンの二体を倒したくらいでいい気になって、ふざけるんじゃないよ。


ソウル:340(-11)


 リルハの放った矢は一体を牽制し、ミナミの雷撃がもう一体を刺し貫いた。


 それを目の当たりにし、俺は剣を強く握ると再び前に出た。感電しているらしきスケルトンに上段・中段・下段と三連の剣を叩き込み、とどめとばかりに前蹴りを食らわせる。

格闘技のタレント育成にも力を入れていたので、これで一体目のスケルトンを粉砕した。


「風の精霊、契約に従い我が障害を除き給え!」


 リルハが透き通った声で詠唱すると勢いのある小型の竜巻が発生し、スケルトンの全身を包み込んだ。風の精霊魔術だと思われる。


エルフは精霊魔術のタレントを伸ばすのに必要な通貨や名声が他の種族と比べて低い。フェアリーが上級魔術の取得に長けていたり、山の種族であるドワーフが頑健さに優れていたり等、種族によって優遇措置はまちまちだ。

俺の選択する人間種族は全てが平均的で、得意不得意の少ないことで知られている。


 リルハに続いてさらにミナミももう一発の雷撃を放ち、二体目のスケルトンが消し炭と化した。俺は石斧を投げつけてきた相手を探し、石柱の裏、死角になっている場所を窺った。

案の定一体のスケルトンがそこに待ち構えていた。


「やってくれたな!」


 俺は飛び掛かり、大振りの斬撃を見舞った。

 円形盾を弾き飛ばすことに成功し、次の一振りで頭蓋を叩き割った。


都合五体のスケルトンを平らげたことで、所持金と名声が微量に増えている点を確認する。依頼の達成やアイテムの売買と異なり、雑魚モンスターを倒して得られる通貨と名声の値は極僅かとされていた。

これは依頼の達成を無視してフィールドに長く滞留しないよう敢えて組まれた仕様である。


 石斧のダメージが過小であったため、そのまま「氷結の薔薇」捜索を続行した。

 フィールドマップの全貌は平面図としては把握しており、めぼしい地形や廃墟を認める度にルートを修正する。古戦場におけるキーアイテムの出現位置は北か東の奥地がほとんどで、小さい沼地に沈んでいるのが相場と決まっていた。


 鳥頭に人間のような胴体と四肢、背からは翼を生やした風貌の石膏像。古戦場に散らばる瓦礫の内に、その像は無数に認められた。

キャラクターが近付くと目を覚ますトラップ型の代表モンスターで、ガーゴイルと呼ばれていた。


「右のガーゴイルはこっちで引き受ける。二人は左のやつを集中砲火で倒してくれ。接近攻撃にだけはくれぐれも注意するように」

「サラシナさん、わかりました!」

「あいー」


 空を飛ぶことと回避能力が高いことを除けば、ガーゴイルは多少硬いだけの単調なモンスターである。俺は受け持ちの一体を挑発するように剣を突き付け、空いた左手で手招きをした。

 果たして急降下してきたガーゴイルをすれ違いざまに斬りつけ、足を止めるために敏捷性の低下効果がある魔術をぶつけた。これも思っただけで魔術の起動に成功した。


 ソウル:337(-3)


 淡い緑色の光がガーゴイルを包み込むと、目に見えて機動力を奪った。それから三度剣を叩きつけてやると、ガーゴイルは動きを止め、石膏像に戻って砕け散った。

 リルハとミナミが手こずっていたので、俺は残るガーゴイルに狙いを定めて手持ちの剣を投げつけた。魔術付与のなされた剣はガーゴイルの片翼を裂いた。

バランスを失って落下したガーゴイルへと、リルハの矢が連続して命中した。そうして二体目のガーゴイルも果てた。


「よくやった。中々の連係プレーだったな」

「サラシナ。あたしのソウルが減ってきたぞ」


 ミナミが偉そうな物言いで主張してきた。戦闘において魔術の行使でしか参加できないフェアリーはソウルの残量管理が難しく、プレイヤーに冷静さと計算を要求する。同好の士で集まるオフ会に顔を出したことはあるが、現実でフェアリー使いに会った試しはなかった。

 夢の中とはいえ、ふと気になったので質問してみた。


「なんでフェアリーを選んだ?魔法防御を入念に準備されたら途端にきついだろう?剣闘大会で上位にランクインするまでに時間も相当かかる」


 ミナミは話が分からないといった体で首を傾げた。そうして蜻蛉のように浮遊して俺の肩に止まった。


「この体で生まれたんだから、当たり前だぞ」

「いや、そうじゃなくて。同じ魔術師でも、エルフや人間の方が汎用性は高いと思うんだが」

「ミナミは、生まれた時からこの体だぞ?」

「お前だって、リアルは人間だろう?フェアリーというキャラクターを選択しているに過ぎない」

「ミナミはミナミだ」


 話が全く噛み合わない。考えてみればここはあくまで俺の夢の中なのだから、他のプレイヤーを再現できなかったとしても不思議はない。

何せ、自分以外のプレイヤーの個人情報など知人以外はからっきし分からないのだから。


 不毛な会話を打ち切って、依頼に没頭することとした。俺の経験値とリルハの索敵能力をフル活用してフィールドを歩き回ると、少なくない成果が得られた。


 まずはソウルを少量回復する回復薬。そして状態異常を治癒する状態異常回復薬などが相次いで取得された。

これらは所持数に制限があるため、すでに目一杯所持している俺は権利を破棄して二人に譲った。


回復薬は一般的には高価な代物で、それというのもフィールドマップでソウルを回復する手段はごく限られていた。回復薬を用いる他に、他社へソウルを移転する魔術と、ソウル補給の効果がある回復の泉といった特殊地形だけがそれに該当した。

 フェアリーだけの例に止まらず、ソウルのコントロールは依頼達成に欠かせない重要事項である。便利だからといって魔術や特殊なタレントを使い続ければ、道中すぐに息切れを起こすことは必定だ。


 さらに二度の会敵を経て、古戦場を東西に横断したところでようやくお目当てのアイテムを拝めた。古戦場の東端は湖沼地帯に光る地点が見つかり、そこを詳しく調べると案の定「氷結の薔薇」が手に入った。

 すっぽり手の中に納まる氷細工の精巧な薔薇は、ひんやりとしているだけでなく陽光を複雑に反射して、見たことのない美しさを醸し出していた。


「きれい……ですね」


 リルハは初めて見たとのことで、俺の隣にくっついて手の中を覗き込んでいた。顔のすぐ隣に金色の髪が接近したことで、不覚にも俺の胸は鼓動を強くした。

錯覚であろうが、リルハの髪から匂う香りはミントのように清涼感に溢れていて、会社ですれ違う女子社員の香水のそれと比べて著しく性欲を刺激した。


 エルフに欲情しては、もはや俺も立派な二次元フリークだ。そういえばオフ会でも「佐藤さん、ニブルヘイムの女王に恋してませんか?ちょっと言動がきもいですよ」などと詰られたことがあった。

何もかも、仁美が悪い。


 ゲーム上では通常、目当てのアイテムを取得した時点で依頼の完了となる。この夢の世界では何が起こるのだろうかと待ち構えていたが、フィールドチェンジは一向になされなかったし、ファンファーレも鳴らなかった。

それどころか、リルハとミナミが指示を仰ぐかのように俺の顔を見詰めていた。


 恐る恐る、俺はリルハへと尋ねてみた。


「王都に帰る……んだよな?」

「ええ。依頼主へ会いに行きましょう」

「帰るぞ、サラシナ」

「それって、当たり前だけど、徒歩……だよな?」

「え?サラシナさん、ここはニブルヘイムですよ?来る時に使った漁船が岸で待ってくれているじゃないですか。忘れてしまったのですか?」

「そうだそうだ。忘れたのかー」

「それは……そうだった、な」


 どうやら復路は自力で走破しなければならないようで、パラメータをチェックしても報酬としての通貨や名声を取得した様子はなかった。毒食わば皿までと、俺は依頼の達成までは付き合ってやろうと首肯した。


 ゲーム上、フィールドマップ間の移動は世界地図を介してのページ処理となり、当然船に乗って波に揺られることなど未体験であった。リルハが漁船と言ったのは謙遜の類ではなく、俺たちの足は本当に小さな漁船で、船頭一人ともう一人が収まれば船室はぎゅうぎゅうという有り様。

 ゲームのキャラクターだというのに船酔いに悩まされた俺は、雨に打たれようとも甲板から動くことはせず、ひたすら海面に向かって反吐を垂れ流し続けた。


 止むことのない嗚咽に苦しめられている間、何度も夢からの覚醒を懇願した。当たり前だ。

「氷結の薔薇」を手に入れるところまでは、多少の不快を感じこそすれ斬新な体験であると言えた。ところがこの航海は拷問以外の何物でもなく、ましてやゲーム中ではショートカットされるべき行程である。


何が悲しくて、夢の中でまでゲロを吐いてのたうち回らなければならない。

これではまるで、接待三次会明けの俺だ。


途方もない後悔と怒りに苛まれながらも、半日ほどで渡海は終わりを見た。出発した粗末な河岸と比べ、到着した地点は立派な港であり、ヴァルハラの港湾地区の景色といわれればそんな気もした。


こうして、俺は初めて自分の足でヴァルハラの大地を踏んだ。


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