15話閉じた世界1 ミナミの鬼退治
入手した盾の使い道に関しては、メディエイターに相談した。氷獄の盾は王具である以上、防御力に特殊効果にとその恩恵は大きいはずで、タレントが無いからといって仕舞い込むのではあまりに勿体無い。
「現在の所持金と名声値を最大限に投下したとして、計算上は盾のタレントレベルを8まで上げることができます」
「ほう。ギリギリ中級クラスにはなるのか」
「ただし、所持金の消費は8ゴルド。名声値は6,000ptを充てるので、残高はそれぞれ1ゴルド677シリルと183,370ptまで減少します」
「なるほど……。そろそろソウルも増強したいところだしな。今のランクでソウルの強化にはどれくらいコストがかかる?」
「現在値が355ですから、360までは1UPにつき1ゴルド200シリルと500ptですね。360までで計6ゴルドと2,500pt。そこから先、380までは1UPにつき1ゴルド500シリルと600ptを費やします」
「そうなると、ネックは所持金だな」
「肯定です。ちなみに所持金が9ゴルド677シリルですから、全力で育成に回すとソウル量は382まで達します」
「その場合は盾も、装備強化も出来ないわけか……。そしてまた金欠に悩まされる。何か提案はあるかい?」
「どこに重点を置くか指示してください。あなたの現ソウル量及び武器のタレントレベルは序列平均を上回っています。弱点を補強するのであれば、装備のうち防具の強度強化が優先事項です。タレントで言えば、サバイバルは補助技能の扱いになりますので、汎用魔術と格闘技のレベルアップが優先事項です。発展性を考慮するのであれば、汎用魔術をレベル10まで進めて上級魔術を修得することが近い目標になります」
鍛える余地はいくらでもあるということだ。プレイ歴の長い俺にとってそんなことは今更指摘されるまでもないことで、頭の整理にとメディエイターへ問い合わせたに過ぎない。
「氷獄の盾に関する情報はあるのか?」
「Non。王具の能力は各神族の匙加減で決まります。これには主神への報告義務がありません。ただし、物理防御の性能なら判定できます。氷獄の盾の強度は銀の盾+7相当です」
「あ、そう……」
それは高い。一般的に、装備の強度強化限界は+8とされている。
それより上の+9という数字が設定上は存在しているものの、金貨や名声値をそこまでとは比較にならないほど消耗するため、敢えてそこに挑戦する者はいなかった。ソウル420の上や、タレントレベル18以上もそれと同じ領域だ。
メディエイターは銀の瞳でじっと俺を見詰め、応答を待っていた。こういう従順なところだけを見れば愛玩めいた情も湧こうというものだが、さんざん詰られた前科があるため、この娘を容姿だけで評価する愚は冒せない。
俺は少し考え、今回は盾のタレント育成を主眼とし、あとはソウルを少しだけ強化するに留めた。
装備強化は以外と値が張るもので、強化+2の銀の手甲であっても次の段階へと進めるには通貨5ゴルド・名声値4,000ptを必要とする。かといって革のブーツを鍛えたとしてそれほど防御効果が認められるわけでもなく、今回は見送りとした。
サラシナ(オーディンの剣闘士)
種族:人間(男・28歳)
剣闘士タイプ:魔剣士(ソウル:357)(+2)
装備:銀の剣+5、銀の軽装甲+3、<氷獄の盾>New!、銀の手甲+2、革のブーツ
タレント:剣(レベル:16)
盾(レベル:6)(+6)New!
汎用魔術(レベル:7)
格闘技(レベル:10)
サバイバル(レベル:9)
所持金:金貨3枚(-6)
銀貨427枚(-400)
名声:184,370pt(-5,000)
序列:659位(-1)
勲章:従軍徽章<グリフォン>
名声値の減少度合いに比して序列のダウン幅が過小なのは、そもそもの評価基準による。名声値イコール序列ではなく、序列に影響する項目には優先順位があるのだ。
プライオリティの高い順に、定期剣闘大会の結果・特殊イベントの達成・名声値・ソウルの最大量となっていて、俺が先に序列のジャンプアップを果たしたのは、ロワスリーの蛮族説得がニブルヘイムの特殊イベントに数えられたからだと思われる。
「盾のタレントレベルを考えると、とても切り札のようには使えないので注意が必要です」
「分かってる。次の報酬を一気に注ぎ込むとしよう」
「それは勤勉で良いことです」
「……なあ。この世界だと、家一軒所有するのにどのくらい金がいるんだ?アドレスとやらがないのは何かと不便かもしれないと思ってな」
「ヴァルハラの邸宅ですと、100ゴルドになりますね」
「……そうか」
ゲーム中での設定と同じである。その額を稼ぐには、上級レベルの依頼を十回以上こなさなければならない。
「滞在時間当たりのソウル回復効率を高めるのであれば、邸宅には専属メイドの雇用が推奨されます。一日当たり100シリル、月に換算して3ゴルドです」
「……了解だ」
「大人しくBARなりホテルなりでアドレスを設定されることをお勧めしますが」
「結構だ」
「ニブルヘイムで新規にアドレスを入手したようですね。その相手への対抗意識か何かですか?」
「またな」
ちっぽけなプライドであるが、他人様の商売店でアドレスを発行することには男として抵抗感があった。小さくてもいいから自分の城を持ちたいものだと考えたその時、ふとオードリーの顔が俺の脳裏を過った。
ニブルヘイムから帰路につく際に、「もう少し序列を高めよ。主神との契約では、我等神族は序列上位の騎士を従者として雇用して良いことになっている。さすれば、そちは余の側に寝泊まりして仕えることが叶おうぞ」という有り難くも恐ろしい提案を受けていた。
オードリーの従者となれば確かに寝床には困らないのであろうが、あの時のショックを思い返すに、今少し慎重に行動するべきかもしれないと思った。
オードリーの態度の変化から、地球すなわち現実世界の出身者が何やら忌避される風習などあってもおかしくない。その場合、オードリー以外の面子が揃って無知なのか、それとも口裏を合わせて素知らぬ演技をしているものかは不明だが、何れにせよ警戒に値する。
城を出て真っ先に向かったのは、ミナミ・ミナミから貰ったメモに書かれたアドレスで、文字の小さいことから判別に労を要したものの、目当ての巣箱、もとい木の枝に設置されたミニチュアサイズの家はすぐに見つかった。というのも所在地が西の露店市場からすぐの住宅地であり、街路樹の枝葉に埋もれるようにして木箱、もといミナミの自宅はあった。
根元に立って見上げた姿勢から声を掛けると、一つだけある扉が開いてミナミが顔を出した。よくよく見れば彼女もまた、なりは小さくとも桃色の長髪が良く似合うこれまた美少女である。
「あっ、サラシナ!久しぶりだな~」
「ああ。訪ねるのが遅くなった。少しは成長……したか?」
「したぞ。よく見ろ」
ミナミ・ミナミ(オーディンの剣闘士)
種族:フェアリー(女・16歳)
剣闘士タイプ:魔術師(ソウル:252)(+14)
装備:なし
タレント:上級魔術
汎用魔術
空中浮遊
序列:1,686位(+458)
確かに序列は大幅に上昇しているが、ニザヴェリルで上位陣から多くの脱落者が出たこともまた要因に挙げられると思われた。
下りてきて肩に停まったミナミと軽く雑談を交わし、俺は来訪の意図であるリルハの戦死を告げた。ミナミはしばし呆然とした後、ポロリと大粒の涙を流した。
「すまない。俺の不注意だ。……しっかり守ってやれなかった」
「……謝らなくていい。戦場で死ぬのは剣闘士の宿命。みんな、知ってる」
「それでもだ。俺はまだアドレスを持っていない。このホテルかBARにはよく顔を出している筈だ。何か困ったことがあったら、声を掛けろ」
俺はアドレスならぬ印を記載した地図を渡した。
リルハに死なれてから、ミナミのことは頭の隅で気に掛けていた。何せ俺が「オーディン・グラディエイター」の世界に飛び込んできて、初めて知り合った二人なのだ。
俺のミスでリルハを失った以上、せめてミナミにだけは壮健でいてもらいたい。例えそれが俺のエゴだとしても。
「あのー」
「なんだ?」
「鬼退治を引き受けてるぞ。明日出発だけど、仲間がいない」
「なに?鬼は中級手前のボスモンスターだぞ?お前一人では危険だ」
「……助けてくれるか?」
肩の上でしょげ返った風なミナミを見て、俺が保護欲をそそられたことは言うまでもない。
俺は二つ返事で了承し、即座にミナミの依頼主を訪ねた。そうして鬼を退治するべく、陸路でヨツンヘイム王国に渡った。
所持金:金貨1枚(-2)
銀貨507枚(+80)
ヨツンヘイムに着くまでに、回復薬を補充したり馬車を仕立てたりしたために所持金に変動があった。3ゴルド以上あった金はあっという間に半減し、このペースでは食うために働くのが精一杯なのではないかと一抹の不安を覚えた。
人口の大半をドワーフ族が占めるヨツンヘイムは、ミッドガルドと陸続きのため初級の剣闘士がよく行き来する。「地」属性を象徴としているだけのことはあり、この地に巣食うモンスターは石を組成とした岩石獣や、土くれの塊で生成のされたゴーレムが主軸であった。
物理防御力やソウルの大きい雑魚モンスターは俺にとって鬼門で、苦戦するほどではないにせよ、倒すのに一苦労と言える。
フィールドはヨツンヘイムの大河の河畔で、ここには水棲系のモンスターも頻出するため耐水の備えがあるとやり易い。
「ミナミ。耐水をかけてくれ」
「あい」
ソウルの減少を嫌がりもせず、ミナミが空中から耐水の魔術を落としてくれた。そうして、二足歩行のぬめった蜥蜴ことリザードマンや巨大な蝸牛・アメフラシを狩っていると、それほど滞在していないにも関わらず鬼が姿を現した。
三メートルに近い長身と、俺四人分はありそうな肉厚な体。赤黒い肌には黄土色の毛がみっしり生えていて、一番の特徴である角は左右のこめかみから空へと向けて突き出している。
鬼の得物はごつい棍棒で、黒光りして重量感のあるそれは見たところ鋼鉄製に思われた。棍棒の投擲もあるので、ミナミには回避の絶対優先を伝えてある。
鬼の行動パターンはバラエティに富んでいて、人間と類似した体躯を持つことから即応性に長じている。他の巨大ボスモンスターと異なりハメ技が通じ辛かったので、俺は正面からの力戦を主張した。
まさに盾の練習にうってつけであった。
棍棒の一撃を盾で受け止めると、案の定極大な腕力のもたらす衝撃が俺の全身の骨を軋ませた。
ソウル:340(-17)
ガードに成功してこのダメージであるから、盾の使い方としてはまずい。次の振りかぶった一撃は盾で受け流し、鬼のバランスを崩させる。そこを軽く押し込んでやると、狙い通りに倒れて見事にダウンタイムを獲得できた。
盾でさばいては大きな隙を作りだし、剣で大ダメージを与える。だんだんとそのリズムを体が覚え、比例するように鬼はみるみる動きを鈍くしていった。ただ待つことに退屈に感じたか、ミナミが隙を突いて雷撃の魔術を落とし、鬼の息の根を止めた。
「ナイスショット」
俺は素直にミナミを褒めた。彼女の魔術狙撃は実に精緻であり、これは以前古戦場でも思ったものだが、ただ単にフェアリーというに止まらずミナミの魔術素養は素晴らしく高かった。
喜ぶミナミの無邪気な表情を見て、俺はしばらく彼女の育成にかまけても良いのではないかと思い始めていた。




