11話ニブルヘイムの謀略2 新星たちとロワスリーへ
ロワスリーの森林地帯を超えるのは一苦労であった。
こういうプロセスこそゲームのように自動化して欲しいものだが、支給された携帯食料を二日分消費してようやく、鬱蒼と茂る草木やじっとり濡れた地面から解放された。サバイバルのタレントレベル9を保持しているお蔭であろう、俺は枝葉や毒虫の類から被害を受けることなく、森での野宿にも肉体的な疲れはそれほど溜まらなかった。
同行する四人、特にシャーリー以外の面子は初対面からそのままパーティーを結成しているため、性格はおろか能力に関してもパラメータ以上のことは知り得ないでいた。
ZACKS(オーディンの剣闘士)
種族:人間(男・33歳)
剣闘士タイプ:魔術師(ソウル:370)
装備:樫の杖+4、<烈風のローブ>、リストバンド+3、革のブーツ+5
タレント:杖
上級魔術
汎用魔術
タレントサーチ
警戒
序列:330位
ローブ姿の男・ZACKSはやはり魔術師であり、「烈風」を冠した装備からしてギンヌンガガプ王国のベアトリス女王に仕える騎士と見える。名前がもろにキャラクターネームな点からプレイヤーの関与を疑っているのだが、会話に交えて現実世界の話題を振っても何ら反応を示すことはなかった。
イーグレット(オーディンの剣闘士)
種族:人間(男・18歳)
剣闘士タイプ:騎士(ソウル:361)
装備:<光明の槍>、銀の甲冑+6
タレント:槍
格闘技
強運
異常耐性
馬術
序列:409位
ネモ・サイトウ(オーディンの剣闘士)
種族:人間(男・22歳)
剣闘士タイプ:盾闘士(ソウル:367)
装備:銀の剣+5、銀の盾+2、銀の軽装甲+4、銀の手甲+4、<清流の具足>
タレント:Unknown
序列:366位
イーグレットは騎士タイプの剣闘士で、タレントに馬術とあることから、特定のフィールドにおいては騎乗形態にて高速長距離移動や騎馬突撃を駆使することが出来る。そして「光明」の王具はアルヴヘイム王国・フレイヤ女王の騎士であることを示していた。
最後にネモ・サイトウだが、彼はシャーリーと同じくプロテクションのタレントでパラメータを隠しており、「清流」の王具からミーミスブルン王国のミーミルフィ王女に忠誠を誓うであろう点だけが判別できた。
四人は何れも序列上位の剣闘士である。
シャーリーは先のイベントで少しだけランクアップを果たしたようで、ソウル317の序列364位となっていた。それに対し、ZACKSはソウル370の序列330位、イーグレットはソウル361の序列409位、ネモ・サイトウがソウル367の序列366位と、それぞれ近似の位置にある。
俺はソウル355の序列753位であり、序列に限って言えばメンバーで最下位となる。オードリーは彼らのことを「新星」と評価していたが、これはこれで気に障る。
「地図によると、そろそろ集落が見えてくるはずです。丘陵地帯に築かれていますから、こちらは高所から丸見えでしょう。一つに、僕が姿隠しの魔術を用いるという手はありますが」
ZACKSのこの申し出には驚いた。姿隠しは上級魔術の中でもソウル消費の激しい部類に区分され、四人分を提供しては短時間で40近いソウルを支払う羽目になる。
自己犠牲の精神がなければ、馬鹿らしくて提言のできない話である。
年長者のZACKSは腰の低い態度や知的な所作から穏やかで誠実な人格が透けて見え、連れ立って三日目になるが、俺は彼に対して好感を抱き始めていた。黒髪に落ち着いた黒瞳は思慮深さと相まって、魔術師としてのオーラを余すところなく発散している。
「……拙者は結構。他人の世話にはならんでござる」
盾闘士のネモがそう断じた。この男は終始こんな態度とおかしな口調で俺たちと距離を置き、森でモンスターと遭遇した際にも単独で当たることを貫き通していた。
はっきり言って、名前と印象は最悪だ。ただし、根暗そうな点と忍者のように鼻と口を覆い隠すマスクを除けば、容姿だけは整っている。
「このまま前進すればいいだろ?こっちには騎士団所属の剣闘士が四人もいるんだ。たかが蛮族の戦士を相手に、苦戦なんてありえるかよ」
金の短髪をしたイーグレットが啖呵を切った。彼の若くて覇気のある様は嫌味がないので、さして不快に感じられなかった。あまり物事を深く考えずに目の前の敵を押せ押せで排除する、所謂真っ直ぐな性分の若年騎士だ。
「では、長距離攻撃にだけ注意して先を急ぎましょうか。復路を考えれば、手持ちの糧食はそれほどふんだんというわけでもありませんし」
俺とシャーリーが特に意見を述べなかったので、ZACKSは否定された姿隠しの行使を温存して前進を促した。
敵の本拠地が近くに迫っても、俺の心は定まってはいなかった。というより、どうして良いか途方に暮れていた。
蛮族の頭目を殺さず、生きたままオードリーに忠誠を誓わせる。
言うは易し。しかしいざそれを命じられた俺としては、ゲーム中でそのような依頼を受けた試しなどなく、ましてや裏事情の知らされていない実力者を四人も連れているのだから実に困った事態である。
敵に一騎打ちの習慣でもないだろうか。トップ同士が雌雄を決し、敗者は勝者に従うといったようなアレである。
試しにその思い付きをシャーリーに語って聞かせる。
「蛮族一人一人は弱いかもしれないが、集団戦ともなればそこそこ厄介ではある。親玉との一騎打ちに持ち込めないかな、シャーリー?」
「ここの部族は得物に大戦斧を使ったはずよ。大振りからの強撃は、回避に失敗した低位者なら一撃で戦闘不能に陥るような威力だったと思うけど」
「経験あるのか?」
「公募でロワスリーのゲリラ戦に参加したことがあったかしらね。蛮族が茂みの中から飛び出して、いきなり斧をぶん回してきて。隣に陣取っていた魔術師の女の子なんて、会敵と同時に頭を持っていかれていたわ。まあ、あれは敵で一番の勇者の仕業だったから、事故みたいなものだけれど」
「頭を、ね。ぞっとしないな……一騎打ちは、君に譲る」
「……あのね。私は一応、召喚士なんですけど」
苦笑するその顔も綺麗で、俺はシャーリーから即座に目を逸らせた。
召喚士だなどと囀ってはいるが、シャーリーの戦闘センスは接近戦でも如何なく発揮された。ロワスリーの森の中、湖沼周辺で人食い虎と接触した時のエピソードとして、彼女が敵の背に飛び乗って剣を捩じり込んだ例がある。
「サラシナ君はニブルヘイム贔屓と言っていたね?この依頼を達成して女王オードリーの騎士になれたなら、晴れて<氷獄>の王具を手にするわけだ。手柄を立てるなら君であるべきだと思うし、一騎打ちというのは満更でないかもしれないよ?」
「ZACKSさん、俺は序列700位台の半端な剣士です。手柄を立てようにも、実力が如何ともし難いです」
「謙遜しないでいい。僕のタレント、わかるだろう?君のパラメータなら充分に前陣を張れる。不遜ながら僕がお墨付きを与えよう」
ZACKSはタレントサーチを有しているので、レベルによっては剣闘士の個々のタレントレベルまで読める道理である。それ故に彼の発言には皆が注目しており、イーグレットやネモは俺を値踏みするようにじっと見詰めてきた。
ZACKSよりはまだ多少なりともシャーリーに信が置けたので、今度は小声で彼女に相談を持ち掛けた。
「蛮族討伐の依頼で、評価が高い達成手法ってどんなものかな?」
「なんでこそこそ聞くの?」
「いや……他人を出し抜こうという話となると、君以外には聞きづらい」
「……ふうん。そうね、標的を倒すというのが基準になるでしょうから、敵を全滅させれば当然ポイントは高いはず」
「それは面倒だから避けたい。他に考えられないかい?俺もそろそろ騎士になりたいんだよ」
「うーん……出来るかどうかは分からないけれど、敵から物品ないしは金銭を獲得するとか?それなら王国への貢献度という面で評価が期待できるかも」
話が近付いてきた。
「それは良さそうだね。そういった交渉って可能なのかな?俺は依頼のまま敵を倒したことしかないんだけど」
「「交渉」ってタレントがあったでしょう?」
「ええと、商店で値引きの効果があるアレ?」
「それ。もしかしたら、蛮族みたいな知性のある相手に対しては説得ができたりするんじゃないかしら」
「なるほど!……でも「交渉」は持ってないな。シャーリーは……」
「タレントに関しては何も言わない」
取り付く島もない。まあシャーリーが「交渉」を所持していたとして、それに頼っては俺の功績に繋がるまい。
いや、別に俺が主体とならなくても、結果がオードリーの望む方向に落ち着けば構わないのかもしない。ちなみに「交渉」を持つ可能性がある仲間は、もう一人いた。
ネモに視線をやると、目が合った瞬間に顔を背けられた。一般的なハンサム顔で、剣闘士としてはそれが水準なのかもしれないが、背まで垂らした長髪が「漫画やアニメに出てくる剣士キャラクター」といった感を醸し出している。
現状彼にはほとんど助力が期待できないため、タレント経由での従属交渉はひとまず棚上げとした。
特に妙案も浮かばず平原を道行くと、次第に地面に傾斜が現れ始め、ついに視界遠くに蛮族の村落が収まった。それと同時に、ZACKSが「警戒」のタレントから敵の接近を感知した。
参った。ノープランで蛮族と戦闘状態に入ってしまう。
ここで敵の下っ端を傷つけるのと傷つけないのとでは、頭目の態度にえらく差が出るのではないかと類推される。戦ってはまずい。
ZACKSやシャーリーが止めるのも聞かず、俺はがむしゃらに前に向かって駆け出した。仲間より先に蛮族と接触することが目的で、具体の作戦は何もなかった。
タレントが示しただけのことはあり、半裸に近い恰好をした筋骨隆々の男たちが集団を形成し、進路の先でたむろしていた。その肩や背には馬鹿でかい戦斧が常備されている。
大振りに当たれば、致命傷。
シャーリーの忠告を忘れてはおらず、にっちもさっちもいかなくなったら斧を掻い潜って剣で応戦する他にない。俺の接近に気付いた一人がこちらを指さして大声を上げた。
俺は全速力で走り、仲間がまだ追い付いていないのを確認するや前に向かって吠えた。
「お前たちと取引がしたい!長に会って、個別に話をしたいから協力してくれ!後ろから来る奴等は敵だ!俺とだけ、交渉のテーブルに着いてはくれないか?俺はサラシナという!ニブルヘイムの騎士……見習いだ!頼む!戦う気はまるでないんだ!話を聞いてくれ!」
無我夢中で叫び続けた。途中から何を言っているのか自分でも分からなくなっていたが、止めどなく流れる汗を拭く間もなく、蛮族との物理的距離はゼロに近付いた。




