表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/15

10話ニブルヘイムの謀略1 謁見・オードリー

 ニブルヘイム王国は世界の北域に属しており、王都ノルンの外気は外套無しでは肌寒い。燃え盛る三角形の太陽が西の空に三つ浮かんでおり、しかし届く威風はヴァルハラと比べて格段に弱弱しかった。

 土の慣らされたメインストリートを行き交う人々は例外なく厚着をしていた。道の両端に立ち並ぶ商店にも扉が付けられ、寒気の侵入を頑なに拒んでいた。


 ヴァルハラの開放的な空気とはまるで違った。

 まず女性の肌の露出がほとんどない。そして、表情に厳しさや倦怠といった負の要素が散見された。


 俺はあちらこちらを散策しながらノルンの剣闘士斡旋所へと顔を出した。そして何事もなく七獄試練の五番目に当たる「ロワスリー森林地帯の解放」の依頼を受注した。

 下調べは済ませてあり、ノルンより北東に位置するロワスリー森林地帯を蛮族から取り戻すことが主眼である。


「出発に際し、女王陛下よりお言葉がある。城中奥の謁見の間に集合せよ」


 斡旋所の役人にそう命令され、俺は同じく依頼に参加すると思しき剣闘士三名と共に、ニブルヘイム王城の長い廊下を歩いていた。俺は隣を行く剣闘士の横顔を覗き込んだ。


 細面でスマートな若い戦士二人と、渋い中年で魔術師然とした派手なローブ姿の一人。何れも人間・男。

 パラメータを盗み見た限りではプレイヤーの影がちらつくのだが、彼らはリアルタイムで接続しているのであろうか。それとも、運営が工面したただのノンプレイヤーキャラクターなのであろうか。


 石造りの回廊には太い白柱が等間隔で林立しており、見上げた遥か上方、彫刻で施された一面の天井画を力強く支えていた。壁や床はよく磨かれていて艶があり、それでいて無駄口を許さぬ冷厳な空気があたりを取り巻いていた。

 そんな雰囲気を一蹴するかのように、ほどほどに気楽な声が背中より掛けられた。


「遅くなったわ。私も一緒に行くから、よろしく」

「……シャーリー・テンプル。どうしてここに?」


 馴染みの赤い髪を揺らし、息せき切って走ってきたのはシャーリーで、俺の背後につくなり呼吸を整え始めた。


「依頼を受けたのよ。ロワスリーの解放」

「何だって、ヘルヘイムの騎士である、君が?」

「別にどこの所属だからといって依頼を区別したりはしないわ。仲良く攻略しましょ」


 同行の剣闘士がこほんと咳払いをして催促するので、俺はシャーリーを問い詰めるのを中断して謁見の間へと足を踏み入れた。彼女もついてきたので、都合五名がオードリーと拝謁した。


「大義である。ロワスリーの森林地帯は余の国土なれども、蛮族どもの不当な入植を許している。再三再四の勧告にも耳を貸さぬ故、そち達においては実力で奴らを排除して貰いたい」


 俺は同行の面子を真似て、片膝をついて頭を下げた。距離があるのでオードリーの尊顔をじっくり観察する余裕はなかったが、それでもその声は凛として勝ち気があり、俺の耳をすこぶる喜ばせた。


 オードリーの宣言は依頼の冒頭に準備された定型の文章であり、ゲームであればこのままフィールドマップへと移行する。しかし、ここで不測の事態に見舞われた。


「……というつもりであったが。ちと問題が発生した。そちら、近う寄れ」


 これ幸いにと、俺は玉座に近寄る一方で目を皿にしてオードリーの姿形を眺めた。


 腰までの流れるような金髪は光芒が零れんばかりに神々しく、やや釣り気味な目は大きな碧玉が濡れて艶めかしい。精巧な彫像のように整った鼻筋に、少女と女の境界で青々さを残した頬から顎にかけての絶妙なる曲線。


 超絶美少女がそこにいた。感激である。


 オードリーはやおら立ち上がると、青氷色の長衣を翻し、腕を前に突き出して号令を掛けた。


「余の下に集う士の多大なるをもって、過日ロワスリーは全土が解放された。然るに、蛮族どもは朝貢も怠りのうのうと敗残の身を晒している。そち達は蛮族の集落を強襲し、頭目の首を余の下へ持って参るがいい!」


 オードリーの美貌に魅了されて正常な思考を妨げられていた俺は、深く考えずに頭を下げた。その恍惚の時間を、女王とは別の美声が妨げた。


「お待ちを。女王陛下、こちらの戦力はこの五名が全てでしょうか?蛮族の本拠地へ乗り込むにあたり、聊か頼りないものと映りますが」


 声の主はシャーリーで、そんなことが出来るものとは知らなかったが、女王の依頼に対してケチをつけていた。謁見の前に控える衛兵廷臣たちがざわめきの声を発した。


「ほう。そちはシャーリー・テンプルよな。そちほどの新星が、よもや臆病風に吹かれたとも思えんが。その召喚レベルで蛮族の数を恐れる筈もなかろう?」

「陛下……」

「分かっておる。余のタレントサーチはどのようなプロテクションをも素通りする。それだけがニブルヘイム王としての取り柄でな。無論オーディンとの契約に従い、剣闘士の情報を無暗に暴いたりはせぬ」

「御意」

「ただし、依頼の条件を変更することは叶わん。これまでだ。皆、退出するが良い。……剣闘士サラシナ、そちだけはしばし残れ」


 シャーリーを軽くあしらうや、オードリーは俺を指名してその場に残らせた。そして剣闘士が去るなり謁見の間から全ての人間を払わせた。

 これはもしや、この世界に係る秘密でも暴露されるのではないか。ついに終幕かと俺の心は逸った。


「そち。試練や迎撃戦で、幾度か余の幕下に入っているようだな」


 玉座に収まったオードリーは俺の目に十七、八歳ほどと映り、美しさは現実に比肩なき極上ランクと言えたが、未だ成長途上の少女に思われた。パラメータを確認するも女王の情報など設定がないようで、何ら数字を読み取ることはできなかった。


「はい。七獄試練は四段目まで達成済みです。それと、ノルン防衛線に従軍して勲章をいただきました」

「ほう。グリフォン撃滅の証、従軍徽章<グリフォン>を有しているか」

「はい」


 あくまでゲームの中においてではあったが、俺はニブルヘイムで実施された大規模イベントにおいて活躍し、上位のボスモンスターであるグリフォンの討伐にも成功していた。

 自分史上稀にみる熱戦で、ゲームであることを忘れて画面に齧りついたと記憶している。グリフォンが倒れた時には周囲の味方の多くが離脱状態となっており、かくいう俺もソウルの残量が二桁というひどい有り様だった。


「それしては序列が低い。所持金もやけに少ないな。……ん?前回の剣闘大会を途中棄権したか。これで四百以上ランクを落としている。メディエイターとの交信を紐解くに……ふむ。想い人に振られたようだな。それがサボタージュの理由か」


 オードリーはタレントサーチをどれほど極めているのか、通常知り得るパラメータ以上の俺の実績を読み込んでいた。


 だがオードリーにそのような超絶タレントが備わっているとして、疑問も残る。仁美に振られたせいで俺が剣闘大会を辞退したことは事実だが、依頼の最中にその旨発言したりはしていない。

 ゲームに実装されたメッセージ機能を使ってStar☆ベイダーくらいには愚痴を送った気もするが、それがここではメディエイターとの交信に置き換わっている。あの小生意気なメディエイターに知られでもしたら、「神聖な剣闘大会をそんな愚劣な理由で辞退するとは……」とでも説教が始まるに相違なかった。


「はあ、まあ。どうせ伝わらないのでしょうが、彼女は俺にはもったいないくらいの美人だったんですよ。おまけに顔が広くてアグレッシブで、会社人としても立派な実績を残せる女でした」

「カイシャジンとは?」

「いえ……要するに、俺とは釣り合わなかったのです。高嶺の花というか。それでぽっきり折れてしまって、序列とか考えるのが馬鹿らしくなってしまい……」


 それは本音だ。あの時までは「オーディン・グラディエイター」に余暇のほとんどを当てていたが、仁美に振られて以降はやや気が抜けて、アクセスの頻度も以前と比べるべくもない。


「ふむ。そんな弱腰では困るな。サラシナよ、そちには此度の出陣で極秘の任に当たって貰いたいのだ」

「極秘、ですか?なぜ俺なんかに……」

「そちの連れ、シャーリー・テンプル」

「はい」

「あの者がヘルミーネのババアに仕える騎士であると承知しているな?」

「ええ。装備にヘルヘイムの王具がありましたので。<幻日>という手甲で、先にニザヴェリルの百穴から撤退する折り、あれに救われました。俺と彼女の幻体を複数生成して、しかもそれらがある程度実体を伴った上で操作できるようでした」

「実に忌々しい技よの。そう、位階までは語ってやれんが、シャーリー・テンプルはヘルヘイムの騎士団に所属しておる。そして謁見した残りの三名。あの者らはな、それぞれアルヴヘイムとミーミスブルン、そしてギンヌンガガプの騎士だ。どうだ?何か考えるところはないか?」


 オードリーの試すような目付きに慌てて目線を逸らしてしまう。俺は元来女性に見詰められると所在を失う性質だ。


「……四王国の騎士が依頼に参加しているとして、何か問題があるのですか?俺は騎士でないとは言え、陛下の信者です。それでも他国の依頼を受けたことは少なくありません」

「平時であればそうだ。だがニザヴェリルがモンスターに征服されつつある今、八王国の勢力バランスは崩れつつある。そこで蛮族が登場する。余は彼奴らを仲間に引き込みたい」

「え?さきほどは、首を獲れと……」

「依頼の建前ではそうだ。だがそちには一段上の指令を与える。蛮族の頭目に忠誠を誓わせ、ここに引っ張って来い。そして、目的を達するまで同行の剣闘士たちにそれを悟られてはならん。各王国の騎士、それも新星と謳われし精鋭であるあの者らは、ニブルヘイムの単純なる戦力増強を良くは思わんだろう。分かるな?」

「理屈は、分かります。ですが俺は序列753位の剣闘士です。正直荷が重い。陛下の騎士団にはより上級レベルの剣闘士がいくらでもおりましょう?」


 オードリーは頬を膨らませ、若干顔を赤くして怒気を露わにした。腰に手を当て、拗ねた仕草で俺に喝を入れてくる。


「選べるならとっくにそうしておる!公正に依頼を出さねば、ヴァルハラのメディエイターの目に留まるであろうが。今回の招集に、余の支持者の内そち一人が応じたのも何かの縁。余を信奉するのであれば、ここで根性を見せるがいい。女王たる余が一剣闘士にここまで期待することなど、そうはないのだからな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ