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仮面の王、魔界に赴く





 銀の腕時計を見下ろし、紳士を思わせる、落ち着いた雰囲気の老人は思い返す。


 かつて、其処には大きな樹があった。

 大きな樹は人々に恵みをもたらし、人々を見守り、そして、人々と共に生きてきた。

 樹に水をやった人間の子供が大きくなる。

 その子供の孫が樹に寄り添い穏やかに眠る。

 やがて、神木と呼ばれるようになった大きな樹は、まるで人であるかのように人を愛しいと思うようになった。


 人々は樹を尊んだ。

 しかし、長い年月は、素晴らしくもあり、残酷でもある。


 斧を持った黒衣の者達。

 彼らは斧を神木に突き立てた。

 

 樹に対する敬意を忘れた人々は、その霊力に満ちあふれた樹に、御神体とは別の役割を求めたのだ。

 恨みなどない。これもまた、成り行きなのだと樹は全てを受け入れた。

 黒衣の者達を止めに入った、樹を護る者達の鮮血が散る。

 樹の根は、愛する者達の血を吸った。

 悲しみなどない。これもまた、運命なのだと樹は全てを諦めた。


 嗚呼、我は汝を恨む。

 ある筈のない恨みを我に与えし汝を。

 

 燃えさかる神木を見上げる、仮面の男の横顔を今でも彼は覚えている。

 見える筈のない仮面の奥に、確かに哀しげな心が覗いたような気がした。









 新聞を開くと、よく見る顔が載っていた。


「いやぁ。相変わらずイザベル様は綺麗だなぁ。」


 新聞の一面に載っているのは、アスファル国女王『イザベル10世』の三大国同盟締結記念の式典でのスピーチの様子である。眉目秀麗なヒューマンの女王にして、幅広い慈善活動に尽力する慈悲深き女神として、ヒューマンだけで無く多くの種族に愛されている女性である。

 種族間の隔たりについてのスピーチには、感涙を流す者さえ居たという記事の、写真だけまじまじと見て、テオは溜め息を漏らした。


=====

マスタ-、それは新聞といって、文字を読むものです。

写真集ではありません。

=====


「いや、知ってるけども。これでも色々気にしてるんだぞ。ちゃんと読んでる。」


=====

新聞よりも私の情報の方が有益ですよ。

都合の悪い真実もお伝えしますので。

=====


「どうせ、また下らんジョークを飛ばすだけだろう。」


=====

あ、むっかー。

真面目に言ってるのに。

ペルたん激おこだお。

=====


「はいはい、わらわら。」


=====

というか、今日、遠征の日なんですけど、

暢気に新聞読んでていいんですか?

=====


「それを先に言ってよ!」


 テオは暢気に新聞を読んでいたが、今日は仮面の王の魔界遠征の日。

 魔族『ゴースト』の領地に乗り込む日である。







=====

perpedia(ぺるぺでぃあ)-それなり用-】

■ゴースト■

実体を持たぬ精神体とも呼ばれる魔族。

古来より死者の魂であるとされ、人に取り憑き、あの世に引き摺り込む悪しき魔族とされる。

人界にも見られる魔族であり、その対処法、所謂お祓いの技法は各地で語り継がれている。


出展: 「よいこのまぞくずかん」 著者:ハルメン

=====


 魔族『ゴースト』。

 それがこれから挨拶に行き、下手をすれば交戦する事になる魔族である。


=====

元は魔界墓場と呼ばれるゴーストの吹きだまりのような地域でしたが、

近頃ゴースト達を統率する者が現れ、他種族の領地を奪い、勢力を拡大しています。

=====


 ゴースト達を統率する者、プレジャーとの作戦会議という名の、ただ座っているだけタイムの中で確かに聞いた、とテオは思い出す。


「『ゴースト王』だっけ?」


=====

良く覚えていましたね。

はなまるひとつあげちゃいます。

=====


 ばん、とモニタにどでか花丸。


「前が見えねぇ。」


 そんなペルソナの邪魔をかいくぐり、テオは待ち合わせの一階、ゲートルームに到着する。

 既に其処には和やかに微笑む老人が待っていた。

 ゲートルームは各地へ繋がるゲートを一括管理する部屋である。管理責任者はキュリアス。

 どの拠点でも基本的にはキュリアスが構築したゲートを利用し、仮面軍は移動する。今回も、事前にキュリアスが調整をしたゲートを利用し、ゴースト領近辺、シャドウの国へと移動する。


「お待ちしておりました、仮面の王。」

「うむ。待たせたな。」


=====

ほんとにな。

=====


(ほんとにな。)


 老人、プレジャーは気を悪くした様子もなく、ほっほ、と笑った。

 

「じじいは待つのに慣れましたからな。この程度、待つ内には入りませぬ。」

「すまんな。しかし、一人か? 他の者も遅刻か?」

「いえいえ。他の者は先に移動して持ち場につく手筈だったと記憶しておりますが。」

「あ、ごめん。忘れてた。」

「ほっほ。それは良かった。このじじいがボケたのでは心配になりましたぞ。」


 そういえば、現地に行ってからしばらくはプレジャーと二人での行動するという事を思い出す。

 作戦は一応真面目に聞いていたのだが、本当に覚えていられないのだ。

 いやぁ~、はっはっは。と頭をてへへと掻いていると、よくよく見れば部屋の壁にもたれ掛かっているプレゼンスが呆れ顔で行った。


「しっかりして下さい、主様。」

「あれ、プレゼンス。お前も行くのか?」

「行きませんよ。お見送りまでです。あと、確かに私、集合時間に間に合うようにお声がけしましたよね? お返事頂けたかと記憶しているのですが。」


 そういえば、一度新聞を読んでいる途中で部屋の外でプレゼンスの声が聞こえた気がした。


=====

気がした、じゃなく呼ばれてましたけどね。

マスターは「うん、すぐ行くー。」と返事していましたよ。

=====


(イザベル様の写真に魅入ってたから覚えてねぇ……。やべぇ、怒られる……!)


 びくりと身構えていると、プレゼンスはふう、と溜め息をついた。


「お気をつけて。」

(あれ? 怒ってない?)


=====

士気を下げぬよう気を遣っているんですよ。

帰ってきたら滅茶苦茶叱られます。

=====


(帰ってきたくねぇ……。って、ああ、こうなるから気を遣ってくれてるのか。)


 コン、と頭を叩くテオ。


=====

あ、痛っ。

=====


(ならお前も空気読め。)


 勿論、ペルソナに痛覚などないのだが、こういうノリが好きらしい。とにかく、プレゼンスの気遣いは分かったので、テオはぐいと偉そうに胸を張った。

 勿論、心中に不安はある。戦うなどとは想像もつかない。

 しかし、とりあえず、『仮面の王』っぽく、ありもしない自信を滲ませた。


「すぐ戻る。行くぞ、プレジャー!」

「あ、そっちは違うゲートですぞ。こっちですじゃ。」

「……行くぞ、プレジャー。」


 もの凄く心配そうな目で見ているプレゼンスを直視できる筈もなく、相変わらず穏やかに微笑むプレジャーのあとに続き、黒い渦へと一歩を踏み出す。

 一度通った事があるが、どうしても慣れない不快感。

 ぐるんぐるんと頭を掻き回されるような、嫌な感覚に身を委ねる。酔いや目眩はペルソナが都度都度忘れさせてくれる。


=====

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐぐるぐるぐる

=====


(やめろ、今の状況で文字並べんな!)


 あと、ちょいちょいモニタ一杯に文字を表示して吐き気を催させてくる。

 そんな悪ふざけをされながらも、ようやく視界が晴れてくる。今まで潜ってきた黒い渦よりかは多少明るい、しかし今まで居た世界から比べれば、ずっと薄暗い不毛の土地。

 砂に覆われた大地には、草の一本も生えていない。

 しかし、昔に学校の教科書でテオが読んだような光景とは少し違った世界があった。

 古びた石の建築が通りに並び立つ。荒れた土地ではあるものの、人が暮らしていそうなそこは、確かに街のようにも見えた。後ろを向けば果て無き荒野が広がっているが、前には巨大な石造りの城がそびえている。此処は城下町なのだろうか。

 物寂しさを感じさせる砂と石の世界、此処が魔界『シャドウ領』である。


(魔族はもっと、動物みたいな暮らしをしてるかと思ったけども、家とか作るんだなぁ。)


=====

否定します。

魔族の中にも人類と類似した文明を持つものも珍しくはないですが、

この都市を築いたのはシャドウではありません。

シャドウは旧文明を流用しているだけです。

=====


 旧文明、という事は、此処にはかつて人類が築いているような文明があったという事だろうか。

 そんな事も考えたが、テオはそれより街を彷徨う黒い影が気になった。

 言葉通りの黒い影。もやの掛かった黒い、人型の何かが、ゆらゆらと陽炎の如く漂っている。


(あれがシャドウか?)


=====

perpedia(ぺるぺでぃあ)-それなり用-】

■シャドウ■

ゴーストとも類似した実体を持たない魔族。

黒いもやをまとった人型を取ることが多い。

「影もぐり」という魔法を使い、他者の影に潜り込む事ができる。

光に弱い。


出展: 「よいこのまぞくずかん」 著者:ハルメン

=====


 ペルソナの解説を読みつつ、周囲を見渡していると、前に立っていたプレジャーがすたすたとどこかへ歩いて行く。慌ててあとについていくと、石の家屋のひとつの前に立つ黒い影がゆらりと揺らめいた。

 プレジャーがぺこりと頭を下げたのを見て、それがお辞儀である事に気付く。しかし、タイミングを逃したので今更頭を下げられない。


(まぁ、『仮面の王』だからいいか。)


 どうやら、それで正解だったらしい。


【ようこそお越し下さいました。領主の命により、此度ご案内させて頂く、ハンゾウと申します。】

「仮面の王より『プレジャー』の名を賜った者でございまする。プレジャーとお呼び下され。」

(プレジャーって本名じゃないんだ。)


=====

仮面の王直下の配下、幹部が名乗る名は

全て前仮面の王に与えられたものです。

マスターにも分かりやすいように言うならば

ニックネーム、のようなものです。

元々名前を持たないが為に、実質それが本名になっている者も居ますが。

=====


 名前を持たない、というのがいまいちピンと来なかったが、テオは機を逃す前に自己紹介せんと前に出た。


「俺は『仮面の王』。宜しく。」

【宜しくお願い致します。】

「では、ゴースト国の動向と、調査結果を早速お聞かせ願えますかな。」


 プレジャーの言葉に、シャドウのハンゾウはこくりと頷いた。

 そう言えば、今回シャドウの協力があると聞いたのを思い出す。

 この得体の知れない魔族も手下にしているのかと思うと、やはり前の仮面の王はなかなかに凄い奴だったのかも知れない。


【既にお伝えしている内容は省略します。】

(何聞いてたっけ。)


 当然、作戦会議の事など覚えていないテオに、ペルソナが情報を提示する。


=====

3ヶ月前より、ゴースト国に『ゴースト王』なる国王が現れました。

以来、ただのゴーストの溜まり場に過ぎなかった土地に文明が根付き始めています。

更に今までは土地に踏み入らない限りは無害であったゴースト達が

次第に他の土地に移動を始め、周辺地域の魔族に危害を加えています。

=====


(ゴースト王かぁ……。)


 どんな奴だろう、と想像してみる。

 想像したゴースト王像をいちいちペルソナがモニタの端に表示してくれるのでイメージしやすい。

 

=====

それにしても、絶望的にデザインセンスないですね。

どれもゴースト王っぽくないです。

=====


(ほっとけ。)


 実物を見れば分かるか、と一旦思考を打ち切る。


【つい先日、ゴースト国に潜入させていた調査員が情報を持ち帰りました。ゴースト国に最近『実体を持つ者』が現れ始めたようです。】


 実体を持つ者、テオはその言葉を聞き、(ん?)と首を傾げた。


(実体を持たない者がゴーストなんじゃないのか?)

「成る程。『憑依』ですか。」


 すると、プレジャーが知っている風に言葉を漏らし、白い髭を撫でる。


【はい。ルートの特定にまで至っておりませんが、奴ら、ヒューマンやエルフの身体を入手しているようです。既にこの情報はご存知でしたか?】

「いや、ある程度予測していた程度ですじゃ。どの程度の数、身体は用意されているかは?」

【ざっと数えて50程度。しかし、継続して数は増えてきています。】

「……あまり宜しい状況ではありませんな。」


 勝手に話が進んでいる。置いてきぼりのテオは、流石に少し慌てた。


(助けてペルソナ!)


=====

perpediaぺるぺでぃあ-簡易版-】

■憑依■

ゴーストの使う魔法。

他種族の身体をのっとり自分のものにする。

対象の生死は問わない。


出展: 「霊体研究読本」 著者:ヒューイ・アドン

-----------------------------

ゴースト国内にゴーストに憑依されたヒューマンやエルフが増えているという事です。

ヒューマンやエルフの身体を何処からか確保しているのでしょう。

=====


(この魔界に50人もヒューマンやエルフがいるもんなのかね?)


=====

マスターにしては良い着眼点です。

恐らく身体は人界から調達されたものでしょう。

=====


 成る程。テオはふむと考える。

 でも、どうやって魔界のゴーストが、人界から身体を調達しているのだろう。

 憑依には生死を問わない、とぺるぺでぃあには書いてある。

 という事は、人界から死体を調達しているという事か。墓でも暴いているのだろうか。

 そもそも、そんな事をして何の意味があるのか。


(……あ、これ分かんねぇや。考えるのはお爺ちゃんに任せよう。)


=====

それでこそマスターです。

=====


 顎に手を当て、ふむ、とプレジャーが何かを考えている。

 その様子を見て、ハンゾウがゆらりと揺らめき、僅かに移動した。


【領主の館までご案内いたします。情報を纏める必要がありましたら、そちらの方がご都合が宜しいのでは。】

「いえ。本日中に決着を着けるつもりですので、時間は取りませぬ。」

「うむ。」


 プレジャーが考える様子を見ていたテオは、それに同調して、ハンゾウの方を向いて力強く頷いた。

 そして、もう一度プレジャーの方を見る。


(……え。今日中に決着着けるの?)


 初耳、と思わず二度見。

 

【本日中……ですか!? てっきり、数日掛けて滞在されるものかと……。】

「もしや、滞在の準備をして頂いておりましたかな? これは失敬。王は拠点外で連日活動する事を好みませぬ故。申し訳無いが、経由地点としてゲート設置許可を頂き、情報収集にご協力頂けるだけで十分ですじゃ。」

(あ、俺のせいか。)


 正確には前仮面の王のせいなのだが。

 しかし、本当に今日中に、そのゴースト王とやらをどうにかできるのか。

 そもそもゴースト王を、ゴーストをどうするのだろうか。

 少しだけテオが覚えているのは、「言う事を聞けば配下に加え、聞かなければ少しだけ制裁を加える。」という事である。

 ハンゾウがテオの方を向いた。目はないのでよく分からないが、身体が傾いた気がするので多分間違いないだろう。


【……確かに、貴方様であれば、ゴーストの相手など造作の無い事なのかも知れませんね。一日であの軍団を駆逐できると。】

「う、うむ。」


 何故だか、目が見えない筈のシャドウのハンゾウさんから、熱い視線を感じる。

 視線が刺すような痛さである。あまりそんな期待の目で見られた事のないテオは、若干慌てつつ、話を横に逸らしてみた。


「と、ところでゴースト王とはどんな奴なのだ?」


 その質問をした瞬間に、プレジャーが一瞬テオを一瞥して、にこりと穏やかに微笑んだ。どういう意味かはテオには分からなかったが、取り敢えず仮面の下でにやりと不慣れな笑顔を返す。

 質問に対し、ハンゾウが若干不安定に揺れた。何となく、動揺したようにも見えたというテオの直感は当たっていた。


【も、申し訳ございません。潜ませた密偵にも、奴の正体を探るまでには至りませんでした。】


 どうやら、聞かれても答えられない事だったために焦ったらしい。

 そりゃ、あの仮面の王の前なら緊張するだろう、と客観的に考えて、テオは納得した。


「まぁ、よい。これから見に行けばいいだけだ。」


 それっぽいことを言ってみると、【おお……。】とハンゾウは感嘆の声――だろうか?――を漏らして、ぶるりと震えた。表情の見えないシャドウという魔族だが、意外と事ある毎にぷるぷる震えて、何となくだが考えがダダ漏れに見える。少し、親しみを感じつつ、テオは今度はプレジャーの方を窺った。


(こんな感じでいいよね?)


 そんな無言のシグナルを送る。プレジャーは笑顔でこくりと頷いた。

 あ、これで良かったのか。そんな感じで「うむ。」と頷く。どうやら、それなりに好感触でやれているらしい。

 華やかな文字がモニタの窓にぱっと光る。


=====

GOOD COMMUNICAISON!

ハンゾウの好感度が10上がった!

プレジャーの好感度が10上がった!

=====


(何だべなこりゃ。今ので好感度が上がったんか?)


=====

Bad COMMUNICAISON。。。

ペルソナの好感度が10下がった。。。

「マスターの癖に生意気言いますね。」

=====


(お前は本当に俺を馬鹿にしてるな。)


=====

肯定します。

今のやりとりは、対話型インターフェース専用の小粋なジョークにございます。

=====


(あ、そう。……いや、「馬鹿にしてるな。」を肯定したらおかしいだろ。)





「でも、本当のところは、ゴースト王の情報、あったほうがいいよね?」





 その声は、テオの背後で小さく響いた。

 目の前のハンゾウがざわりと揺らめき僅かに膨れ上がる。

 微笑に細めたプレジャーの瞼が、僅かに開き、其処に笑っていない瞳が鈍く光った。

 背後に意識を向けると同時に、振り向かずとも視界が広がり、後方に立つ小柄な男の姿が見える。

 旅人らしき小柄な男は巨大な饅頭のようなものを背負って、不敵な笑みを浮かべて、両の掌を広げて、親しげに語りかけてくる。


「いやぁ。少しくらい何かあれば、程度の気持ちでやってきたけれど……まさか、目的の当人と遭えるとは、思っても見なかったよ。『仮面の王』。」

【何故貴様が此処に……!?】

「……これはこれは。」


 警戒を露わに、ハンゾウが身構えたのが分かった。どうやらプレジャーも、落ち着いた佇まいだが警戒しているらしい。


 テオは思った。


(何だこの生意気な子供は。)


=====

『勇者』エルカノ。

人類の至宝『七英雄』の一角です。

=====


 思わぬ答えにテオがぎょっとする。

 キノコ狩りをしていた頃からすると、味方であった『七英雄』。

 しかし、仮面の王の今、彼は最大の敵である。

 流石に慌てる。これはまずい。


=====

というか、分からなかったんですか、マスター?

人類の常識ですよ、常識。

新聞や教科書にも顔写真載ってますよ。

うわぁ。

=====


「わ、分かってたし!」


 テオはこっちでも慌てた。

 流石に人類にありながら『七英雄』を知らないのは赤っ恥である。

 そう言えば、教科書やら新聞にやら載っていた事を思い出した事が、余計にテオを慌てさせた。

 思わず反論が声に出たくらいである。


=====

まぁ、有名人がいきなりぱっと前に現れても割と分からないですよね。

=====


(お前分かってて小馬鹿にしたな!?)


=====

フヒヒ、サーセン。

=====


 血管がぶち切れるかと思ったが、今はペルソナに付き合っている場合ではない。

 身構える為に、テオはくるりと後ろを振り返った。

 すると、その振り返る一瞬、モニタが前方向を見るものに切り替わった瞬間に、『勇者』エルカノの表情は一変していた。

 何か、親しげに、友人に語りかけるようなにやけ面が、先程まではモニタに映っていた。

 しかし、今そこにあるのは、唖然とした、驚愕の表情であった。


「……分かってた? マジですか?」

「あ、ああ。当然だろう。俺は『仮面の王』だぞ。会えて光栄だ、『勇者』殿。」


 ま、当然知ってましたよ? という態度を極力見せるよう、偉そうに、親しげに前に手を差し伸べて、握手を要求する。勇者は一瞬手を差し伸べるのを躊躇した。


「……はは。参ったな。もしかして、先回りされちゃった? 君を追っていた筈が、まさか追われていようとは。もしかして、僕、此処で殺されちゃったりする?」


 テオは手を出したまま困惑した。


(この子供は急に何を言ってるんだ……?)


 どんだけ物騒な奴と思われているのか、『仮面の王』は。

 自分の事ではないのだが、そんな危険人物だと思われるのはなかなかに心外である。

 それで今後、問答無用で『七英雄』に襲い掛かられたら堪ったものではない。

 テオは極力、平常を装いつつ、落ち着いた声で言った。


「何故、俺が勇者を殺す必要があるのか?」

「……取るに足らない存在って事か。参ったよ。」

(そこまでは言ってないけど……。)


 テオが否定しようとした瞬間、その手袋に包まれた右手がぎゅっと握られた。

 差し出した手に、小さな子供のような手が絡みついている。


「どうも。初めまして。僕はエルカノ。似合わないけど『勇者』と呼ばれている者です。あと、これでも24歳。成人していますのでお間違えなきよう。」

「え!?」

「『え!?』って何ですか、『え!?』って。一応ホビットの中では背が高いんです。140㎝ありますし。」 

「あ、ごめぇん。」

「……と、とにかく。今度はゴースト国に乗り込むと聞きました。あ、盗み聞き失礼。で、ゴースト王の情報がないとか。あっていますか?」


 握手を解き、エルカノはテオの顔を見上げる。

 確かに、童顔小柄な男ではあるが、その笑みには余裕のような感情が見え隠れし、確かに大人びた印象を与えた。

 そういえば、どうして勇者エルカノが此処に居るのだろうか?

 気になりつつも、「うむ。」と頷く。すると、エルカノはにやりと企みがあるように笑んだ。


「実は僕、それなりに魔界を歩いていまして。ゴースト国にも最近立ち入った事があるんですよ。」

「ゴースト王を知っているのか?」

「ええ。そこで、取引しませんか?」


 取引とな。テオはマントの下で腕を組んだ。

 

「僕からはゴースト王の情報を提供しましょう。その引き換えに……ある協定を結んで頂きたい。」


 協定とな。顎に手を当て、テオは考える。


(難しい話は勘弁してくれよ。)


=====

手短に話せ、とでも言えばいいんじゃないですか。

=====


「手短に話せ。」


 ペルソナに言われた通りに言ってみると、エルカノは少し慌てた様子を見せて、しかしすぐに取り繕った笑みを浮かべて、「失礼しました。」と軽く頭を下げた。


「ひとつ、お約束頂きたい。今後、あなたの配下含め、あなたから、僕に一切の危害を加えないこと。」


 僕に一切の危害を加えないこと。

 ん? とテオは疑問を抱く。

 さっき殺すつもりはないと言った筈だが、まだ命乞いするつもりだろうか。

 

「誤解無きよう。『僕に』、です。あなたの邪魔をする『七英雄』に危害を加えるな、とは言いません。それに合わせてこちらからも約束します。僕、『勇者』エルカノは、今後の『仮面の王』様の活動に対して、一切邪魔をしない、不利益を与える行動を取らない事を誓います。僕に『七英雄』の行動指針を変えるだけの発言力はありませんので、『七英雄』からの邪魔がない事はお約束できませんが……少なくとも僕は、あなたの邪魔は一切しない。」

「ちょ、ちょっと待って。短く纏めてくれないか?」


 文字数が増えるとテオには追い切れないのだ。

 エルカノは少し考えた後に、実に分かりやすく纏めてくれた。


「僕はあなたに協力します。だから、どうか苛めないで下さい。これでいいですか?」

「成る程。」


 これならテオにも分かる。

 しかし、とひとつ疑問が生じる。


「仲間に入れてくれ、素直にそう言えば良い。何故そう遠回しな言い方をする?」


 この問いに、エルカノは苦笑した。


「苛めないで下さいと言ったばかりですよ。」


 どういう意味だ、とテオが困るとペルソナからの助け船が出される。


=====

彼にも『七英雄』としての立場があります。

素直に『仮面の王』の仲間になると言ってしまえば、

彼は『七英雄』を、ひいては人類を裏切ると発言した事になります。

そうなれば、彼に居場所が無くなる事は明らかでしょう。

=====


(確かにそうだな。)


 テオは納得した。

 すまなかったな、と先程の軽い発言を訂正しようとしたが、どうやらエルカノはその言葉に対して何か思うところがあったらしい。

 苦笑は怪しく口を歪めた不敵な笑みへと切り替わる。


「……生意気な事を言わせてもらいますよ? 『値踏み』させて下さい。あなたの下につくのが最良か、それとも人類の英雄でいることが最良か。」

(悪い笑みや……!)


 正直、テオはショックを受けた。

 人類の代表『七英雄』の『勇者』に、ヒーローのイメージを持っていたテオからしたら、この小悪党のような笑み(子供みたいな悪党の意ではない)で、イメージぶち壊されてしまったからである。

 どうしたものかと考えていると、後ろからプレジャーの声がした。


「ほほう。勇者殿。冒険家にしては、少し冒険が足りないのではないですかな?」

(お爺ちゃん煽りよる!)

「おっと、どなたかは存じませんが心外だな。冒険っていうのは無謀とは違う。如何なる場合でも対応できる柔軟性、それが重要だというのが僕の持論だ。……まぁ、僕も分の悪い賭けは嫌いじゃないけど。今は『張る』にはリスクが高すぎるでしょ?」

「……少し失望しましたぞ、『勇者』殿。私は少し、貴方に対して誇大な評価を抱いていたようですな。」

「良く言われるよ。残念ながらそこまで大きい人間じゃ無いんだ僕は。」


=====

大きくない事は見りゃ分かるけどな。

=====


(おいやめろ。笑いそうになっただろうが。)


 部下と勇者のぴりぴりとした空気は流石に笑う場面ではない。

 

「まぁ、よせ。プレジャー。」

「申し訳ございません。」

「謝る必要は無い。お前はこの取引に反対なのか?」


 正直、今の話を聞いていて、「別に情報を貰ってしまって良いのでは?」と思ったテオだったが、プレジャーの方が的確な判断を下せるのではないかと、丸投げする。

 プレジャーは少し考えると、首を横に振った。


「ゴースト王とやらを、大した脅威とは見ておりませぬが、情報はあるに越した事はないでしょう。但し……『勇者』殿。この契約は何をもって結ぶつもりですかな。」

「ああ、口約束程度の話でいいよ。別に契約魔術なんかで縛りを設けるつもりはないから安心してくれていい。」

「不用心ですな。約束をこちらが守るとでも?」

「『仮面の王』が、僕をそんな風に失望させる御方だとは思ってないさ。それに、僕としては『仮面の王に恩を売った』という事実だけが必要だからね。」


 プレジャーはふうと溜め息をついた。

 そして、テオの前に立ち、小さく囁く。


「……後は貴方のご判断にお任せいたします。此奴に恩を売られる事を良しとするかどうか。私は貴方の選択に従うのみでございまする。」


 結局、判断はテオに任せられた。

 そうなると、テオの答えは決まっている。


「勇者よ。その情報、寄越して貰う。」

「じゃあ、取引成立って事ですね?」

「但し、勘違いはしないで貰おうか。」


 ゴースト王の情報は貰う。

 しかし、それは勇者の打算に付き合うという意味ではない。

 そこだけはテオははっきりと言うべきだと思った。


「俺は、お前から恩を買った訳ではない。仲間の安全を買ったのだ。その事を忘れたらどうなるか、肝に銘じておくと良い。」

「……勿論、あなたにも、あなたのお仲間にも、ご迷惑はおかけしませんよ。」


 テオとしては、自分の安全もそうだが、一緒に乗り込む予定のプレジャーや、その他の作戦参加者を危険に曝したくはない。たとえ、プレジャーが問題ないと言っていても、不確定要素は可能な限り排除したいのだ。勇者のややこしい取引や目論見は理解できないが、それだけはテオも譲れなかった。


=====

随分と強気に出ましたね。

=====


(まぁ、初めてできた仲間だしなぁ。嘘っぱちでも。)


 テオは、正直嬉しかった。

 今までろくな友達もおらず、仲間もおらず、一人その日暮らしを続ける毎日。

 そんな彼にできた、嘘偽りの仲間達。

 怖くて悪い奴らかと思えば、実際怖くて悪い奴らではあったけれど、どこか人間くささも感じられて、彼らを嫌いにはなれなかった。


 その強気の態度が勇者にも伝わったのか。

 幾分か、先程までの腹に一物抱えた笑みが薄らいだ気がした。


「ゴースト王について。僕が知る限りの情報をお教えしましょう。勿論、損はさせないつもりです。」





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