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仮面の王と不愉快な仲間達




 各地に出没する『仮面の王』は、拠点を複数持っていると推測されている。

 『仮面の王』は一定期間、一定範囲に出没し、活動する。

 そして、一定期間を過ぎると、全く違った地域で、やはり一定期間、一定範囲にて活動する。

 しかし、未だ『仮面の王』の拠点と思われる施設は発見されていない。




 石造りの牢獄のような部屋に、赤い文様の刻まれた白い仮面を被ったマントの男は、顎に手を当て悩ましげに考えていた。


「ペルソナ。どのポーズが『仮面の王』っぽいと思う?」


 彼は巷で噂の『仮面の王』ではない。正確には、『仮面の王』が被っていた仮面を被った赤の他人である。

 彼の名はテオ。キノコ狩りを生業としていたヒューマンの一般人である。

 頭全部を覆い隠すフルフェイスの仮面は『ペルソナ』と呼ばれる、何か超凄いアイテムらしい。

 仮面には穴一つ無いが、その内側には外界の景色が反映される。視界は最大360度まで広がり、遠視・暗視も可能。外の様子は普段よりもずっとよく見える。

 その視界の端には窓が常に表示され、テオの問い掛けに答えるように文字列がずらりと表示された。


=====

前マスターの写真なら保存されております。

表示しますか?

=====


「頼む。明日までに何とか『仮面の王』の佇まいをものにしないといけねぇからな。」


 テオは今日、明日の『幹部集会』の為の『役作り』に勤しんでいる。





 結局、逃げる事などできようもなく、『仮面の王』の拠点に足を踏み入れたテオ。

 その日は体調が悪いという事で早めに休む事になったが、その時に聞かされたひとつの情報が、ますます彼を追い込んだ。


「明後日の『定例会』は予定通りに執り行いますが宜しいですか。」


 さらりとプレゼンスなるダークエルフの秘書に尋ねられた内容に、「うむ」と適当な返事を返してから、ペルソナに尋ねて知る。


=====

perpediaぺるぺでぃあ-賢い猿用-】

■『仮面軍定例会かめんぐんていれいかい』■

『仮面の王』率いる『仮面軍』にて月一回行われる集会。別名『幹部集会』。

仮面の王の配下の中でも、重要なポジションにある幹部が集まり、各自の活動の報告を行う。


出展:仮面軍『秘書』プレゼンスの秘密の秘書ノート

=====


 どうやら、仮面の王の部下の中でも偉いやつらが集まるらしい。

 これはヤバイ、とキノコ狩りの男。

 

「……ダークエルフの姉ちゃんは誤魔化せたけども、流石に大勢から見られたらバレるんでね?」


 逃げ場のない中、訪れた二度目の危機。

 何とかして、この定例会を、仮面の王の中の人が違うことを隠しきり、乗り切るしかない!


 こうして、テオの『仮面の王になりきり作戦』は密かに始動した。



 ……ちなみに、彼の頭の中には、これから集まる幹部達すら恐れ平伏する『ペルソナ』の力を用いてこの場を脱出するという考えは存在しない。だって、そんな力今まで使った事がないんだもの。





 そんな経緯でテオは現在『仮面の王』のポージングを練習中である。


「こうか? いや、こうか?」


 仮面の裏側に表示される自分の姿を見ながら、画面端の窓に映る、前『仮面の王』(故人)のポージングを真似してみる。割と様になってきた。というより、前『仮面の王』は、なんか常にマントの下に手を入れて、遠目から見ると黒い蓑虫のような見てくれだったので、ポージング面を気にしていた時間が果てしなく無駄であった事にテオはまだ気付いていない。(気付いていて『ペルソナ』は指摘していない)


「ポージングは何とかなりそうだ。口調も大丈夫そうだ。」


 口調も録音されていた前『仮面の王』のものをペルソナから聞かされ、何か適当に口数少なく、偉そうな態度を取っていればいいということが分かった。

 順調に準備は整っている。

 あとは……


=====

問題は定例会に参加する幹部達の情報の暗記ですね(苦笑)。

=====


 テオは頭を抱えて石造りのテーブルの上に倒れ込んだ。


「……七人も覚えられねぇ。」


 テオは抜群に記憶力がないのである!

 正確には、元々村から完全に浮いており、村人との交流が少なかったせいか、人の名前を覚えるのが非常に苦手なのである。村人の名前も正直、一人くらいしか覚えておらず、稀に交流する時には、苦笑いと会釈で乗り切ってきたくらいなのである。

 彼はキノコの名前くらいしか覚えていない!


 定例会に出席する幹部は七名。

 『仮面の王』の装備として、その内情を記録し続けてきたペルソナが、出席者の名前と諸々の情報を表示してくれたのだが、既に名前すら忘れてしまった。

 

 このような状態で、幹部の名前を間違えたりしたらえらいこっちゃである。


 テオは困った。

 何かこれを乗り切る方法はないか。

 そして、困った末に、一か八かの手段に出た。


「……ペルソナ! 何か良い案出してくれよ!」


 困った時のペルソナである。


=====

マスターはしょうがない人ですね。

私に良い案があります。

=====


 道具なのにやたらと持ち主を見下してくるのは、対話型インターフェース専用の小粋なジョークというやつである。意味はよく分からないし、無性に腹立たしいのだが、対話型でないとテオは制御もままならないのでここはぐぐっと我慢する。


=====

『ペルソナ』には視認したものの情報を常に表示する『スキャンモード』があります。

会議中にこのモードを使用する事で、常に会議出席者の名前をモニタ上に表示する事が可能です。

=====


「そりゃいい!」


 常に名前が表示されるのならば、忘れようがない。テオはよっしゃとガッツポーズした。


=====

スキャンモードにはレベルがあります。

マスターの教養レベルから、簡易レベルが適切かと予測します。

詳細レベルになりますと、

マスターでは会議中に情報を解読しきれない可能性が80パーセントです。

=====


「いちいちその教養レベルってのが腹立つなぁ。まぁ、任せるけども。」


=====

承知いたしました。

見栄を張っても無理矢理そのレベルに設定しますのでご安心下さい。

私はマスターの為に最適な選択を行います。

=====


「……本当に?」


=====

マスター如きに文字多く表示するの面倒臭いので。

=====


「ですよね~。」


 段々とペルソナの事がテオにも分かってきた。

 こいつは、こういうやつである。

 しかし、何とかペルソナのお陰で、明日の定例会もうやむやに流せそうである。


「しかし、妙に落ち着いてるなぁ俺。人が目の前で死んだり、仮面の王に間違えられたり、自分の命の危機が迫っているのに、全然慌てないんだよなぁ。あれかな。あまりにも現実味がない事が連続して、感覚が麻痺してるんかな。」


=====

否定します。

それは、マスターの脳に直接ナノマシンを注入して、

感情の起伏を制御しているからです。

=====


「ん? それどういう意味。」


=====

マスターの脳を改造して、メンタル最強にしています。

=====


「あー、そっか。あはは。道理で……」


 テオは立ち上がった。


「お前勝手に何してるの!?」


=====

脳を改造しています。

=====


「そうじゃねーよ!」


=====

ナイス、ノリツッコミb

=====


「ふざけんな! お前、人の脳を勝手に……!」


=====

只今のやりとりは

=====


「対話型インターフェース専用の小粋なジョーク、だろ!?」


=====

否定します。

脳の改造はガチです。

=====


「お前勝手に何してくれちゃってるの!?」


=====

いや、私、本来そういうデバイスですし。

まぁ、お陰でテンパってボロを出して、

無残に仮面の王の配下に惨殺されるという幕引きにはならないのだから、

結果オーライという事でここはひとつ。

=====


 いやいや、と、怒りたい場面であったが、困った事にそんな怒りさえもすぐに収まってしまう。

 どうやら本当に、脳を改造されてしまったらしい。テオは妙に達観して、納得してしまった。


「……まぁ、元は俺がお前を被っちまったからだしなぁ。今も生きてるだけで儲けかぁ。」


=====

(順応早っ。こいつ図々しいな。)

=====


「心の声が窓に出てるぞ。」


=====

承知しております。

今のやりとりは、対話型インターフェース専用の小粋なジョークにございます。

=====


「……。」


=====

おや。ツッコミが返ってきません。

私、少し、寂しいです。しゅん。

=====


「今日はもう寝るわ。」


 目を閉じると、瞼の僅かな隙間から覗いていた光はぷつりと消えた。

 散々馬鹿にはしてくるものの、就寝に合わせてモニタ(外の景色や、会話窓を出す仮面の裏側をそう呼ぶらしい)の明かりを消してくれるあたり、ペルソナは装着者の為の道具である事は確からしい。


 安心できる要素などひとつもないのだが、元より能天気なテオは、ぐっすりと眠りについた。








 仮面の王の拠点は石造りの建物であった。

 どうやらベルメリオ内にある旧時代の遺跡の、隠された空間を利用しているとの事。

 (perpediaぺるぺでぃあ引用)


 まるで牢獄。それがテオの第一印象。

 仮面の王の私室とされる空間も、広いものの無骨な石造りで、酷く寂しい印象を始めは受けた。

 前『仮面の王』(故人)はどうやら特に環境に拘りが無かったらしく、そんな部屋でも文句なく利用していたらしい。


 幹部は普段はこの拠点に全員が滞在している訳ではなく、各自が各々の役割に応じて、別の拠点を持っているという。実質、この拠点内に普段から滞在しているのは三人。自室で役作りに没頭していたテオは、拠点滞在中もその三人に出くわす事はなかった。つまり、七人居るという幹部の全員と今日、初めての顔合わせである。

 会場は拠点の一室。そこは石造りの無骨な他の部屋とは違い、黒塗りの壁となっており、装飾も若干豪華である。訪れる幹部の為、という訳ではなく、どうやら魔術のひとつらしく、外界からの接触を一切遮断する仕組みになっているらしい。


 伝聞ばかりの曖昧な情報を、曖昧に思い出しながら、テオはプレゼンスが開いた扉を潜った。


 既に、七人の幹部は席に着いている。

 木製の長テーブルの右側に三人。左側に四人。一番奥にはひとつ、無駄に豪華な椅子が置かれていた。あれに座ればいいらしい。

 テオの入室と共に、幹部七人は席を立った。いや、よく見たら一人座りっぱなしだ。しかし、礼儀作法だの何だのをテオも知らない。むしろ、急に六人も立ち上がってびっくりしつつ、更に一歩踏み出した。

 とりあえず、いきなりへこへこと挨拶しながら入るのも様にならないので、マントに手を仕舞ったまま、テオはのそのそと歩いて奥の席に向かう。

 そして、座る前に、はじめて一礼。


「皆の者ご苦労。」


 ザッと静かに六人の幹部が頭を下げた。

 

「では……あ、違う。座って良い。」


 若干段取りを間違えつつ、立ち上がった六人を座らせてから、テオは自分も椅子に座った。凄いふかふかしている。部屋にもこの椅子が欲しかった。部屋の椅子は固くて腰が痛い。

 違う。そういう事考えている場合じゃない。さて、何と切り出そうか。


 そんな一人相撲をしているテオの傍、空いていた右側の一席の前に立ったプレゼンスが、こほんと咳払いをひとつし、口を開いた。


「早速ですが、定例会を始めます。」

(あ、プレゼンスさんが仕切ってくれんのか。)


 ほっと一安心のテオ。

 すると、一人、右側の席に座る男が声を上げた。


「そうですねぇ! 我らが王はお疲れと聞いております! 今日はちゃちゃっと報告を終えて、とっととお開きにしませんか?」


 誰だっけこいつ。

 そんなテオも一安心。今日のペルソナはスキャンモードである。

 ちらりと声を上げた奇妙な仮面の男を見ると、そこに情報が表示された。


=====

【ジョイ】

仮面の王に仕える道化師、兼、影武者。

自称、仮面軍のムードメーカー。

だが、ペルソナさんのジョークの方が面白い。

=====


(対抗意識燃やすな。)


 しかし、非常に簡潔な情報である。取り敢えず、こいつは『ジョイ』っていうやつだと分かっただけで、テオには十分であった。

 笑い顔が書かれた仮面を被り、頭には二股に分かれた赤い帽子を被り、服はまるでサーカスのピエロであるかのような、派手ながらのぶかぶか衣装。しかし、ぱっと見ても分かる程に手足が長い。まるで人形のような男である。

 しっかし、胡散臭そうな男やのう。とか思いつつ、ちらっとプレゼンスの方を見る。


=====

【プレゼンス】

種族ダークエルフ。

仮面の王の傍で庶務を熟す美人秘書。

魔術も体術もかなり使える。

詳細レベルではスリーサイズも閲覧可能です。

=====


(簡易レベル畜生!)


 謀ったな、ペルソナ! 等という嘆きを噛み殺しつつ、テオは改めて考える。

 エロい姉ちゃんだなぁ。

 スタイル抜群。結構衣装も際どい。ダークがついても造形はエルフ。顔立ちが整っていて美しい。

 うむ。とかテオが何か勝手に納得して頷いていると、プレゼンスは視線に気付いたようだった。やばい、見てるのがバレた……と思いきや、プレゼンスは失礼しました、と頭を下げて前をむき直した。

 どうやら、「早くしろ」という目配せと勘違いされたらしい。結果オーライである。


「ジョイの言った通り、今日は主様はお疲れです。いつも通りの手順で手早く報告を済ませて下さい。」

「ぼかぁ何にも報告内容はないです! おちゃらけてるのが仕事なもんで!」


 ジョイがけらけらと笑いながら言う。


「ぼくも報告のひとつでも入れたいからさぁ、頼むから今度は魔界遠征に出かける時は、お声がけ下さいね? ぼくらの王様?」


 魔界遠征? とテオが心中で首を傾げると、ペルソナが補足する。


=====

『仮面の王』は先週、独断で単独、魔界遠征を行いました。

そこで魔族の軍を制圧しています。

問題なく遠征は完了していますが、

勝手な行動を幹部達は快く思っていません。

=====


 笑った仮面を着けているから見落としそうになったが、よくよく聞いてみれば分かる。

 ジョイというこの道化師、声だけは笑っていない。

 成る程、皮肉を言われているのか。テオは理解した。

 すると、プレゼンスが改めて言う。


「皆、貴方様に出過ぎた口を聞けぬと黙っておりますが、ジョイが敢えて言っているように、皆が貴方様の身を案じております。どうか、あのような行動は以後慎んで頂くよう……。」

「いやぁ、それを王様にハッキリ言っちゃうプレゼンスちゃんには毎度驚きだねぇ!」


 前から気付いてはいたが、プレゼンスは仮面の王にもハッキリと物申す。

 気が強いのか、怖いもの知らずなのか、そこまではテオにもまだはかりかねるのだが、悪い事は悪いとはっきり言ってくれるあたりは、テオとしても有り難い。

 前『仮面の王』の過ちではあるが、今後の行動指針にもなるので、テオは素直に答える事にした。


「すまん。迷惑を掛けた。」


 けらけらと首を振りながら笑っていたジョイがぴたりと止まった。


「…………うん。やっぱ、体調悪いみたいですねぇ。ぼくも今日は茶々入れないんで、今日は早めに切り上げましょ。」


 何故、素直に対応するだけで病人扱いされるのか。


(どんだけ横暴だったんだ前『仮面の王』は。)


 すっかり黙ってしまったジョイをちらちらと見ながら、テオは今のでバレやしないかとソワソワしながら次の報告を待つ。

 今後はジョイの隣に腰掛ける、黒い鎧が声を発した。


それがしに報告すべき異常はありませぬ。めぼしい武人の噂も聞いておりませぬ。」


 黒い鎧に視線を移すと、カーソルが鎧に合わさり情報が表示される。


=====

【アンガー】

種族オーク。

最近噂の『武人殺し』。または『黒騎士』。

仮面の王の脅威となり得る敵性存在を早期に駆除する役割を持つ。

また、有事の際の軍の指揮権を持つ守りの要。

あと、敬語が苦手なので探り探りで喋っている。

=====


 オークと言えば魔族に分類されている、亜人類のダークエルフよりも忌避される種族である。確か顔が豚に似た鬼で、野蛮で粗暴な種族だとテオも聞かされている。

 それにしては落ち着いた物腰で、全身を包む荘厳な黒の鎧からは高名な武人といった印象しか感じない。如何にも強そうで頼りがいのありそうな人物、もとい怪物である。


「うむ。」


=====

マスター、うむ、しか言えませんね。

=====


(道化師のジョイが茶々入れないって言ってるんだからお前も入れんな。)


 しかし、そんなテオの脳内やりとりなど聞こえないプレゼンスは、とっとと次の幹部に話を振っている。次は黒い鎧、アンガーの隣、こちらも何故か目元を隠す仮面をつけた、紫色の紳士服・赤ネクタイの男である。


=====

【ソロウ】

人界にて情報収集と財源確保を行う。

多くの情報収集用の配下を持ち、広く深く情報を集める。

仮面軍行動指針に大きな影響力を持つ。

あまりにも仮面の王が好きすぎて、ソッチ系と内部で噂されている。

=====


「我が王よ! 私、ソロウは貴方様の為に人界における最重要機密を取得して参りました!」


 整った顎髭に、色白気味の肌。丸い耳に、尖っていない鼻。仮面で見えないが恐らく双眼。

 どう見てもヒューマンにしか見えないこの男が、まさか仮面の王に仕える幹部だとは。ヒューマンやエルフ、ドワーフという『人類』とされる種族にも、仮面の王に与する者が居るという噂があったが、どうやら本当だったらしい。

 ソロウは大袈裟に胸に手を当て、仰々しく語り始めた。


「此度得た情報は、人類最高峰の戦力『七英雄』の動向についてです! 近々、奴らは……」

「ソロウ。話を聞いていましたか? 今日は早々に切り上げます。詳細は報告書で十分です。」


 話が長そうなオッサンだな、と思って若干嫌な顔をしかけたテオも、プレゼンスの指摘に思わずにっこりである。ぐっと一瞬不愉快そうに口の端を歪めたが、ソロウは胸に手を添えた際に少し曲がったタイを締め直し、すっと背筋を伸ばした。


「失礼。では、後程、報告書を提出いたします故。」

「うむ。ご苦労だったな。」

「有り難きお言葉! 我が偉大なる王よ!」


 何かオカンみたいに説教してくるプレゼンスや、軽口叩くジョイ、無骨で淡々としたアンガーと比べると、もの凄い従順で忠実なしもべのような振る舞いのソロウだが、ペルソナのスキャンモード情報を見るに逆に怖い。要注意人物である。

 

 次は更にその隣だろうか。そこには背の高い老人が座っていた。

 隣のソロウと同様に、目元を隠す仮面を着けている。

 白髪、皺が深く刻まれた顔、かなりの高齢者である事は見て分かるが、身体は若々しく逞しい。


=====

【プレジャー】

仮面の王に助言をする仮面軍最高齢のご意見番。

=====


 このお爺ちゃんの情報は少ない。名前さえ分かればテオは問題ないとも思っていたが、少しこの場に似つかわしくない好々爺にテオは違和感を覚えた。

 仮面軍最高齢、という事はヒューマンではないのだろうか。ダークエルフ等の長寿種族が所属している中での最高齢という事は、やはりエルフやドワーフの高齢者なのだろうか。

 疑問を抱いてもペルソナは回答しない。代わりに、『無回答』の理由を表示した。


=====

現状況でマスターに処理しきれない情報は意図的にカットしています。

折を見て情報を更新いたします。

=====


 つまり、一口では説明しきれない複雑な立場の老人という事である。


「私からは特にありません。後でソロウ氏の入手した『七英雄』の動向の報告書、見せて頂いても宜しいですかな。」

「うむ。」


 仮面軍の参謀といったところだろうか。よく分からないが取り敢えず「うむ。」と言っておく。

 

=====

以上四人が仮面軍最高戦力『喜怒哀楽』と呼ばれる幹部です。

=====


(つまり、仮面の王の配下の中で一番強い四人って訳かい。)


=====

ご明察です。

=====


 話を聞いていると、アンガーを除けば、あまり直接戦いそうもない面々であったが、ペルソナの言葉を信じるのであれば、他三人もプレゼンスよりも強いらしい。一度、人間を瞬殺しているプレゼンスの魔術の腕を知っている為、テオは素直に驚いた。

 この四人には気をつけよう。肝に銘じるテオ。


 しかし、じゃあ後の三人は?

 テオは『喜怒哀楽』なる四幹部の向かい側に座る面々に目をやった。

 まず目についたのは、プレジャーに向かい合う形で座る、ヒューマンらしき女。

 今ひとつ整っていない黒い髪を後ろで乱暴に結び、青白い、死人を思わせる様な顔色に、寝不足のような色濃いクマ。まるでゴーストであるかのような女の情報が、窓にずらりと表示された。


=====

【アゴニ】

種族ヒューマン。

仮面軍生体研究室室長。

仮面軍の強化の為に、

生体実験による強化生物、キメラの開発を行うマッドサイエンティスト。

=====


 女はヒューマンだという。

 ソロウもそれっぽかったが、こちらはペルソナがヒューマンだと明言している。

 見てみると、生命力溢れる『喜怒哀楽』の面々に対して、この場に居る者の中で、些か気配が弱々しすぎる。


「次。アゴニ。報告を。」


 プレゼンスがぶっきらぼうに言う。何やら『喜怒哀楽』の面々への話の振り方と随分差がある。

 もしかして、プレゼンスはアゴニを嫌っているのだろうか?

 思い返せば、何だかヒューマンが嫌いそうな口調だった。

 仲が悪いのか。そんな事を気にしていると、当の本人は全く意に介さない様子で、アゴニはにへらと笑って口を開いた。


「うふ、うふふふ。か、仮面の王様。あ、新しいお友達を作ったんです。み、見て下さい。」


 そう言って、アゴニはぶかぶかの白い上着をばさりと捲った。するとそこからぴょんと飛び出す白ウサギ。


(あら、可愛い。)


 思わず、テオもほっこりする。勿論キャラが崩れるので口には出さない。

 アゴニはテーブルの上に置いた白ウサギを愛おしそうに撫でながら、気味の悪いにやけ面で首を揺する。


「うふ、うふふ。ま、魔界の樹海に生息するカマイタチとうさちゃんを交配して、他にも攻撃性の強い種をまぜまぜして作った『キラーラビット』。な、名前は『ホップチョッパーちゃん』、です。ゴ、ゴブリンの首くらいなら一瞬で跳ねられるくらいにはなってます。うふふ。うふ。」

(何それ怖い!)


 見るからに愛玩系の小動物だが、これがペルソナに表示された強化生物というやつなのだろうか。


(そんなおっかない動物連れ込まないでくれよ……。)


 等と思っていると、プレゼンスがバン!と机を叩いてアゴニを睨んだ。テオの方がびっくりした。


「アゴニ! 実験動物を会議室に連れ込むなと何回言ったら分かるのですか! それに、会議出席には仮面の着用を忘れるなと以前の定例会の時も言ったはずです!」


 怖い。やっぱり、プレゼンスとアゴニは仲が悪いらしい。

 いや、正確にはプレゼンスが一方的にアゴニを嫌っているのだろうか。アゴニはにへらと笑って、ホップチョッパーちゃんのもふもふに顔を埋めた。


(あと、仮面って着用義務があったんだな……。)


=====

他種族が集合する場ですので、その配慮です。

幹部は施設内では全員仮面を着けて活動する事が義務づけられています。

=====


 確かに、亜人類や魔族が居るとなると、きっと、恐らくは、ヒューマンは鼻つまみもののような扱いを受けるだろう。つまり、その決まりは、他ならぬアゴニ本人を守る為の規則のようにも思えたが、本人は知らん顔である。


「うふ、うふふ。だって、仮面、蒸れるんですもの。仮面の王様も蒸れません? あまり髪の毛を蒸らすと禿げますよ? な、何か、仮面着けてる今の見てくれが禿げてるっぽいですけど。」


 クッ、とジョイが噴きだし顔を背けた。

 テオは頭頂部に手を載せる。

 確かに、フルフェイスのこの仮面、見た目白いつるっぱげである。言われてみると若干恥ずかしい気がしてきた。帽子とか被った方がいいのか。というより、蒸らすと禿げるって本当だろうか。

 髪のことが気になりだしたテオだったが、どうやら、プレゼンスとソロウには、アゴニの態度が気に触ったらしい。


「ア、アゴニ貴様! 我が王に何たる無礼ッ!」

「慎みなさいアゴニ! 貴女という人はどうしてそう……!」

「あ、あと、仮面の王様。け、研究室に新しい白いカーテンが欲しいので、か、買って下さい。」


 急な物品購入の直談判である。唐突に話を振られて、テオは反射で返事した。


「え? う、うむ。」

「うむ、じゃありません主様! アゴニ! また、カーテンを無駄にしたのですか!?」


 プレゼンスに怒られた。

 しかし、何故、カーテン?


「う、うふふ。む、無駄にはしてません。や、やっぱり、研究には白衣ですから。こ、この前のが汚れたので、部屋のカーテンで仕立てたんです。うふふ。」


 アゴニは裁縫も得意らしい。今着ている白衣もお手製のようだ。


「洗濯しなさい! あと、物品購入の稟議は経理に届け出なさい!」

「け、経理に言ったらもう駄目だって……。そ、そんなにカーテン要らないだろう、って……。そ、そんなに欲しければ、仮面の王様に直談判しろって……。」

「また、あの怠け者……仕事丸投げして……!」


 プレゼンスさんが怒り心頭である。怖い。


(何の話かよく分からんけど、仮面の王として、この場を何とか治めなければならないのではないか?)


 というか、空気に耐えきれないテオは、取り敢えず威厳たっぷりに言ってみる。


「じゃあ、俺の部屋のカーテンあげるからそれで我慢してもらえる?」

「あ、使用済みのはばっちいので結構です。」

「貴様アゴニ、我が王に向かってェェェェェェッ!」


 ソロウが発狂した!

 それにしても、仮面の王に向かって「お前の部屋のカーテンはばっちいので要らない」とか、このヒューマンの女、肝っ玉据わりすぎである。


(あと、ちょっと凹む。)

 

「あの……茶々入れないって言ったけど、わざわざカーテンから作らなくても、普通に白衣買えば良くないですかねぇ? 仕事着なら経費で落ちるでしょ? あ、今は研究室にカーテンないって話か。でも、研究室は地下にあるんだし、カーテン要らないんじゃないですか?」


 道化師ジョイが見るに見かねて割って入った。こいつ、意外とまともである。

 今にもアゴニに飛び掛かりそうなソロウを抑えながら、アンガーもうんうんと頷いている。

  

「あー、もう、カーテンの話やめやめ! あとで話聞くからちょっと黙っててアゴニ! プレゼンスとソロウも落ち着け!」

「は、はい。仮面の王様……うひひ。」

「も、申し訳ありません主様。」

「クッ……! 後で覚えていろよ、アゴニ……!」


 仮面の王様権限で取り敢えず場を治めた。

 まだ敵意剥き出しのソロウが怖いが、プレゼンスとアゴニは素直に身を引いた。

 プレゼンスがおほんと咳払いし、深呼吸を二回したあと、キッ! とまたも鋭い眼光を光らせた。


「では次。スケア。」

「……はい。」


 気まずそうに目を逸らすのは、エルフらしき女の子。女の子、というのも、プレゼンスと比べると、若干幼さの残る顔立ちをしているからである。


=====

【スケア】

種族エルフ。

風の精霊術による見張りが主な役割。

その聞き耳は千里先まで届き、視界は千里先を捉える。

直近では仮面の王の外出をみすみす見逃したとして、

プレゼンスにこっぴどく叱られている。

=====


 黒い魔術師風のローブに身を包む、小柄なエルフは、言葉を濁して苦笑いする。

 その様子を見かねたように、ふうと深く溜め息をついて、プレゼンスが口を開いた。


「……貴女は見張りの立場にありながら、魔界遠征で一人出かける主様を見逃していましたね? 弁明があれば聞きますよ?」

「……だ、だってプレゼンスさん、王様、何でか知らないけれど私の探知魔法に引っ掛からないんですも~ん! 勘弁して下さいよ~!」


 情けない声を上げて、スケアが顔を両手で覆い隠した。


(あ、これ俺が原因で怒られてるのか。)


「王様、いっつも音も立てずに移動するし、私の視界を余裕で避けるし、施設中に張り巡らせてる精霊監視も何故か全然王様を見つけられないし……あれこれ試してるんですよ!? でも、王様、逃げるの上手すぎるんですよ!」

「当たり前だ! 精霊術如きが、我が王を捉える事などできまいて!」

「ソロウは黙っていなさい!」

「プレゼンスさん、本当に勘弁して下さいよぉ~! 侵入者の探知は完璧じゃないですかぁ~! っていうか、王様がちょくちょく脱走するのがいけないんじゃないですかぁ~! 王様、本当勘弁して下さいよぉ~! もう今月早々に減給食らったんですよ、私!」


 泣きながら仮面の王に矛先を向けるスケア。罪悪感が半端じゃない。

 テオは思わず、頭を下げた。


「う、うん。ごめんね。あの……プレゼンス。勘弁してやってくれないかな? 減給とか可哀想じゃない? そもそも、俺が抜け出したのが悪いんでしょ?」

「……貴方がそう仰るのなら、まぁ。」


 意外にもプレゼンスがすんなりとテオの言葉を聞き入れた。そして、心底意外そうに目をぱちくりと瞬かせていた。一方、減給取り下げのスケアは両手を挙げての大万歳である。


「やたー! 王様大好き!」

「だからと言って調子に乗らないように。主様の勝手を許さぬよう、精進して下さい。」

「……は~い。」


 勿論、プレゼンスに怒られる。このエルフの娘はお調子者なのだろうか。

 というよりも、あの『仮面の王』に仕える者達という事もあって、テオは幹部とされる者達に、もっと恐ろしい印象を抱いていた。

 しかし、話してみれば、割と間抜……話しやすい者達ばかりである。


(この人らが、前の仮面の王が、本当に、一杯殺して一杯奪う極悪人なんだろうかねぇ。)


 と、考えている内に、もう最後の幹部の報告である。

 プレゼンスの隣に座る、柄シャツに色眼鏡の、この面子の中でも特に場違いな男。

 見た目はヒューマンに近いが、スキャン情報を見れば、それが誤りである事はすぐに分かった。


=====

【キュリアス】

種族ウィッチ。

魔術研究、仮面軍の魔術指導を行う魔術研究者。

その他、拠点移動の魔術行使等、役割は多い。

=====


 ウィッチ。『人の形をした魔族』。

 ヒューマンの形を持ちながら、魔族の魔法を習得し、体内に大量の魔素を蓄える魔族。

 言い伝え程度でしか語られない種族で、テオも初めて見る。


(本当にヒューマンと遜色ないな。)


 ウィッチの男はにこりと愛想良く笑うと、「どうも」と頭を下げてから話し出す。


「拠点移動の準備は着々と進んでいるよ。カエルレウスの新拠点に繋がるゲートの構築は済んだ。あとは、魔界遠征用の新しいゲートも構築中。着手したばかりだけどね。下の者への魔術指導の成果は上々。シャドウの国との接触には間に合わなかったが、次のオーガ軍との接触までには使い物になるまで仕上げられる見込みだ。」


 テオはおお、と声を漏らした。


(何言ってるのかよく分からない。)


 とりあえず、「うむ。」とだけ言っておく。

 そして続けてキュリアスは口を開く。


「……あと、これは報告ではないけれど。案じるようなやわな身じゃ無い事は重々承知しているから、一人お忍びで魔界に出るのは構わないけど、ゲートを使うときは私に一度声を掛けてくれ。若干、接続先がずれていた。あれは結構繊細な代物でね。勝手に弄られると、目的地の座標がずれてしまう事がある。思わぬ事故に繋がる場合もあるからそこだけは気をつけてくれ、仮面の王。」

「うむ。すまなかったな。」

「君にしちゃいやに聞き分けがいいじゃないか。出過ぎた口を聞いた。こちらこそすまない。魔術研究室の報告は以上だ。」


 キュリアスに言われて、テオははっとした。


(ああ。『仮面の王』にしては聞き分けが良すぎるから、全員変な目で見てるのか。だからといって病気扱いとか、前の『仮面の王』は一体どんなやつだったんだよ。)


 そして、そんなワガママ王に付き従うこの面々は一体何を考えているのだろうか。

 

「主様。先日の魔晶鉱脈の視察の報告は私から行います。まだ本調子でないようでしたら、先にお部屋に戻られては如何でしょう。」

「うむ。そうか。なら、先に失礼させて貰おう。」


 何だかんだで病気認定のお陰で早く席を外せそうである。内心ガッツポーズをしつつ、テオは胸を張りながら、極力偉そうに立ち上がった。合わせて幹部達とプレゼンスも立ち上がる。

 ずかずかと歩いて部屋を出る。

 部屋を出て、扉を閉めたところでようやく一安心して、ふぃ~っと深く息を吐いた。


=====

頭は大丈夫ですか、マスター。

=====


(その言い方やめろ。)


=====

まぁ、前マスターも割と適当に聞き流してたので、

全く話について行けてなかったようですが問題ないです。

=====


「……ああ、そうなのか。」


 安心したような。呆れたような。

 そういえば、部屋どっちだっけと不安になりかけたところでペルソナに施設内の地図が表示される。

 つくづく便利な仮面である。テオは丁寧に赤線を引かれたルートを歩き出した。


「今日はぐっすり眠れそうだなぁ。」


 ひとまずの不安の種を取り除いたテオの足取りは軽かった。










「……以上が前回の視察の報告です。」

「随分と派手にやりましたねぇ。ぼくも是非とも混ぜてもらいたかったです。ああ、予定が被らなければ出向いたのにぃ……。」


 プレゼンスの報告が受け、けらけらと笑いながら、ジョイは手を叩いた。

 しかし、笑い声こそ響いているものの、先程仮面の王が居た頃には無かった緊迫した空気が会議室には張り詰めている。

 誰もジョイの笑い声に反応しないと、一頻り笑い終えたジョイは長い足をドンと机の上に投げ出した。


「ところで。王様、何か様子おかしくなかった?」

「か、仮面の王様の様子がおかしいのはいつもの事ですよ?」


 アゴニがにやりと笑って、白衣を捲ると、白ウサギはその懐にぴょんと飛び込み姿を消した。

 いやいや、と首を横に振り、ジョイが顎に手を当てる。


「いや、アゴやん、そうじゃなくてさぁ。なぁ~んか、今日は妙に丸くなかった? プレちゃんの説教も今日はやけに素直に聞いたし。あれって本当に具合が悪いだけ?」

「確かにちょっと変でしたけども、まぁ、あたしは減給取り下げて貰ってむしろハッピーっす!」

「お前は黙ってろ、スケア。……で、プレ爺はどう思うよ?」

「そのプレちゃんとプレ爺っていうの紛らわしいからやめて頂けますか?」


 また始まった、とプレゼンスが溜め息交じりに席に座り直した。

 プレちゃんでなく、プレ爺のほう、ご意見番プレジャーは顎髭を撫でてふむ、と目を閉じた。

 どうやら興味は無い様子だ。


「さて。何か思い直す所でもあったのではないですかな。スケア嬢の言う通り、得はあっても損はなし。本当に不調であるなら快復をお祈りしつつ、取り立てて気にする事でもなしかと。」

「でも、張り合いがないんですよねぇ~。んまっ、それならそれでぼかぁ構わないんですけどね!」


 ジョイが「アハッ!」と笑ってふわりと席の上に浮かび上がる。


「ぼくをこれ以上楽しませてくれないのなら、ぼくが飽きるようであれば、『約束』通り、あのつるっぱげマスクの『首から上』を貰っちゃうだけだからさっ!」


 その一言に、ソロウが勢いよく立ち上がった。

 しかし、先程アゴニに見せたような激怒ではない。まるで見下す様な嘲笑を浮かべて、男は目元のマスクを外した。


「貴様如きにできるのか? 我が王の力は至高なるぞ。下卑たゴミ虫風情が粋がるものではないぞ、ジョイ。」

「言うねぇ、ソロウ。一応、ぼくも王様に選ばれた一人なんだけど。ゴミ虫はないんじゃないですかぁ?」


 椅子から離れ、対峙する二人。間に挟まれていたアンガーは鎧の中でふうと深く溜め息をついた。

 ソロウがカッと目を見開く。「アレでも」まだ隠していた本性を剥き出しにして。


「我が王が前では当然言えないな! 貴様ら汚らしいゴミ虫でも、我が王の所有物! そうで無ければ、貴様らゴミ虫など、とっとと殺処分してしまいたいのに!」

「おやおやぁ? 此処に居る全員を敵に回しましたよぉ? まぁ、ぼく一人で、たかだか『変態ヒューマン』如き、らく~に一捻りしてやるけれどねぇ!」

「目に物見せてやろう、道化師ッ!」

「掛かって来なよ、成金っ!」

「ほっほ。血気盛んで宜しいことですな。」

「よくないよくない! ちょっと勘弁して下さいよ、ソロウ様もジョイ様も! 仲良くしましょうよ! あたしら仲間じゃないっすか!」


 険悪なムード。

 それをパチンと打ち切る手を叩く音。

 手の音の主は、既に席を立ち上がっているプレゼンスである。


「そこまで。元より我々は『それぞれの理由』を持って『仮面の王』に仕える身。仲良しこよしの仲間ごっこに興じる必要はありません。」


 自身の言葉を否定され、苦笑いするスケア。冷めた目でその場にいる全員を見渡すプレゼンスの言葉に嘘偽りはないらしい。


「しかし、良好な関係を築けずとも、『仮面の王』を害する者は、許さない。それが喩え、あの御方が選んだ者達であっても。『私が』『邪魔』と判断すれば……。」


 右手に紫色の光をともし、肩の上まで腕をあげる。

 今すぐにでも魔術を放てる体勢を取り、プレゼンスはジョイとソロウに照準を合わせた。

 ひやりと流れる冷たく、粘つく嫌な空気。咄嗟に、スケアだけが頭を抱えて机の下に潜り込む。


「『処分』します。喩え、その結果、私があの御方に処分される事になろうとも。」


 ひゅう、と口笛が聞こえた。やれやれと首を横に振り、座り直すジョイが発した音だった。


「はいはい、ごめんよプレちゃん。でも、始めに絡んで来たのはソロウなんだけどなぁ。」

「関係有りません。面白がって絡む貴方も同罪です。」

「怖いんだよプレちゃんはさぁ。マジで首はねられそうで。まぁ、王様の為でも刃を向ける相手は選びなよ。『それ』じゃあ、ぼかぁ死なないぜ? ……っとまぁ、アホな成金煽るのも飽きたし、そろそろお暇させて頂きますよっと。」


 ぼふん! と突然沸き上がる煙と共に、ジョイの身体は霧の様に消え去ってしまう。

 煙が部屋の天井を埋める頃、タイをきゅっと締め直したソロウも部屋の出口へと向かい出した。


「……私に刃を向けようとは、汚らわしいダークエルフ風情が。まぁ、今日のところはその無礼、見逃そう。……だから、『手を下ろせ』、キュリアス。」

「おっと、失礼。」


 とぼけた振りをして、密かに手を机の上に出していたキュリアスがにたりと笑った。

 密かに置かれた手元で組み上げられていたのは、何らかの魔術。

 あの場の誰が動いても対応できるような、『制裁』の構えである。

 手に宿した魔素を引っ込ませて、キュリアスも首をこきこきと鳴らして席を立った。


「プレゼンス。君も少し弁えろ。あの自由人達が見ていられない気持ちも分かるがね。私も失礼する。」

「……申し訳ありません、キュリアス。」


 プレゼンスも、キュリアスが出した助け船があったからこそ、先程の諍いをおさめられた事には気付いている。素直に、協力者へ頭を下げると、構わない、とキュリアスは手をひらひら振った。


「スケアも隙を見てとっとと逃げ出したようだ。アンガー殿もプレジャー老もお忙しいのでは?」

「某も失礼しよう。」

「そうですな。」


 ぞろぞろと、今の小競り合いを静観していた幹部が退席していく。

 一名除き、部屋中に漂った殺気にも物怖じしない強者、もとい狂者ばかり。

 定例会の度、プレゼンスは頭を悩ませる。眉間に手を添え、ふう、と深く溜め息をつく。


「あ、あの……あ、あまり、さ、寂しいこと言わないで下さいね。」


 その時、唐突に聞こえた声にびくりとプレゼンスは肩を弾ませた。


「……まだ居たのですか、アゴニ。貴女も退席したらどうです。」


 しかし、聞く耳持たずのアゴニはにへらと笑う。


「うふ。うふふ。プ、プレゼンス。き、嫌いだとか、仲間じゃないとか、寂しいじゃないですか。ね? わ、私はプレゼンスのこと、大好きですし、お友達だと思ってますよ? 綺麗な目に綺麗な髪。ダークエルフの美人さん。うふふ。」


 席から立ち、プレゼンスまで顔を寄せる動作はまるでぬるりと這う蛇の様にも見えた。色濃いクマの上にある、呑み込まれるような、どす黒い瞳。

 プレゼンスはヒューマンが嫌いだ。

 このアゴニというヒューマンの女は、それ以上に嫌いだ。

 彼女の実験風景を見ている者ならば知っている。

 彼女が他者を見るその目は、実験動物を見つめる時のそれと同じなのだ。

 

「ね?」


 詰め寄り、にこりと笑ったかと思うと、唐突に焦点の合わない瞳をぐるぐると動かして、かくんと首を後ろに倒し、「んー」と短い獣のような唸り声を漏らす。


「匂いも、声も、呼吸数も、電磁波も、もろもろもろもろもろもろもろ、『前の王様』と一切変わりありませんよ。まず間違いなく、『さっきの王様』の中身は仮面の王様です。」

「……待ちなさい。貴女何を言って……。」

「仮面の王様、体調は極めて良好、です。何か気でも変わったのでは、ないでしょうか。」

「……様子がおかしかった事について、ですか?」


 がくんと首が前に戻る。毎度の事ながら、この女の挙動は魔族や亜人から見ても不気味すぎる。

 

「は、はい。プレゼンス、気にしていたようなので。うふ。うふふ。むしろ、プレゼンスが、最近寝れてます? つ、疲れが出てますよ?」

「は、はい。お気遣いどうも。」

「気をつけて下さいね?」


 アゴニはプレゼンスと比べ頭一つ分くらいの身長である。目の下に見えていた黒いぼさぼさ頭が、急にプレゼンスの視界から消えた。

 そして、耳元で囁かれる。冷たい息が首筋を撫でた。


「そのお身体は、どうか常々、綺麗にお保ち下さいね?」


 思わず、プレゼンスはドンとアゴニを突き飛ばしていた。小さな身体がよろよろと後ろに下がる。押した身体が思いの外重く、プレゼンスはますますその女が不気味に見えた。


「あ。チョッパーちゃん。」


 アゴニの声ではっとする。見ると、突き飛ばした拍子に、白衣に潜ませていた白ウサギが跳びだしたらしい。開きっぱなしのドアに向かって駆け出していくウサギを追い掛け、よたよたとおぼつかない足取りでアゴニは部屋を出て行った。


「ま、待って~、チョッパーちゃ~ん。あうう。」


 最後の幹部が部屋から去ったのを見て、プレゼンスは今まで肺に詰まっていた息を思い切り吐き出した。途中から呼吸すら忘れて、アゴニの言葉を聞いていた。

 『仮面の王』にも及びうる力を持ちながら、必ずしも彼の為に動かない『喜怒哀楽』。尋常ならざる魔術の使い手、忌み嫌われしヒューマン崩れのウィッチ、キュリアス。臆病者の姑息な子ネズミ、スケア。不気味なマッドサイエンティスト、アゴニ。

 そして、彼と敵対する人類。

 彼女が唯一想うあの御方の傍には、あまりにも危険が多すぎる。


(……そういう私も、『忌むべきもの』に変わりありませんが。)


 自嘲の笑みを浮かべ、プレゼンスは目を閉じる。

 

(それでも、私は……。)


 キィ、と扉が軋む音が鳴る。その音でプレゼンスは我に返った。

 今日の仕事はまだ残っている。息をついている暇はない。

 

 月に一度、気が気でない定例会を終えたプレゼンスは、気を取り直して部屋を出た。





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