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キノコ狩りの男、とりあえず被ってみる

ここから本編


 赤い国旗を掲げるは生産の国『ベルメリオ』。

 人界三国の一国であり、ドワーフ族の王ドヴォルグが治める豊かな国である。

 生産業に長けた国の中でも、特に農耕が盛んなヒューマンの村『シス』にも、『仮面の王』の噂は響き渡っていた。

 村はずれのボロ小屋に住むキノコ狩りを生業とする男、テオもまた、新聞を開きその噂にありきたりな感想を零していた。


「はえ~、おっかねぇなぁ。」


 テオは農耕に勤しむ村人達の中で、各地の森を周り、珍しいキノコを探し、それを需要のある場所に売るという生活を送る変わり者であった。「何かを生み出す」という事に誇りを持つベルメリオにありながら、自然に寄り添う隣国『カエルレウス』寄りの生き方からか、村でも浮いた男であった。

 新聞には、いつものように『仮面の王』の人相書き(と言うより仮面のデザインなのだが)が書かれており、それをまじまじと見つめながら、テオはカップに注いだ白湯をあおった。


「ベルメリオにも現れんだなぁ。ダゴの近くの森はしばらく避けっかなぁ。」


 ベルメリオの同じく農耕の村『ダゴ』に仮面の王が出没したという記事を読み終わると、テオは新聞をたたんだ。


「さてと。そろそろ出っかな。」


 今日もテオはキノコ狩りへと出かける。噂の仮面の王が現れたダゴ村から離れた森から、思い付くままに今日の目的地を頭の中に列挙する。

 季節や、新聞で読んだ最近の情勢から、今高く売れそうなキノコは何かを考える。


「う~ん。ダゴの森にゃあ、今の時期に旨いシイタケがとれっけどもなぁ。他所は食用に良いモンはねぇか。……そういや、鉱業地域向けのポッタケが採り頃だっけか。んなら、セマルの森にすっかなぁ。」


 一人でぶつぶつと語り、目的地を決定する。

 朝食の皿を適当に部屋の隅の棚に運び、既に終えていた旅支度を身に纏い、うしと気合いを入れる。

 セマル村の傍の森はそう遠くはない。歩きで小一時間ほどの場所である。

 今日もまた、気紛れに、キノコ狩りの男は穏やかな陽気の中、家を出た。


 この後、自分の身に起こる事など、知る由もなく。










 セマルの森はカソードの木が多く茂る森である。

 カソードは枝を横へと広げる特徴があり、枝につく葉の一枚一枚が大きく、また大量の葉をつける。故に、カソードの下には広い日陰が生まれ、セマルの森の中は日中でもとても薄暗い。

 そんな中で目立つのが、淡く光を灯すポッタケというキノコである。

 古来より人類に利用されてきたキノコであり、暗所に持ち込まれるように進化を遂げた種である。暗所の灯り代わりに使われ、移動と共にその光る胞子を飛ばし繁殖する。セマルの森に元々自生していた種ではないが、暗さ故に多くの者がポッタケを灯りに使ってきた事で次第にこの地にも見られるようになってきたのだ。

 かつては一寸先も見えぬ闇とされていたこの森も今では一部で先が見える程度に明るくなっている(まだ灯りを持たずに通れる程ではないが)。

 このポッタケは、暗い鉱山で作業する鉱業地区ではそこそこ需要があり、それなりの値段で、それなりの量が売れる。


 今日のテオの主な狙いはこのポッタケである。


 点々とあかり灯る森の中、ポッタケを見つけるのは容易である。しかし、それ故に多くは既に採取されてしまっている。見られるのは比較的、明るさの弱い成長途中のものであり、とても売れる状態ではないし、キノコ狩りを行う者達の間ではそれを獲る事はタブーとされている。

 テオもそれを承知の上で、まず真っ先に道の脇の岩場を探す。


 ポッタケ専門のキノコ採りという者もそう居ない為、あまり知られていないが、ポッタケは岩場にも生えるキノコである。鉱山などでも時折小さなものだが生える事をテオは知っている。鉱山地域では採掘作業の影響からか早々生えないとされるが、森の中で岩場を荒らすことなどそうはない。

 セマルの森には特殊な鉱石もない為、わざわざ岩場を検める者も居ない。その為、実はセマルの森の岩場はポッタケ狩りのかなりの穴場なのである。


「お。早速発見っと。」


 岩の少し大きめの隙間になかなか大ぶりなポッタケを早速見つけ、テオは傍らにランプを置いて、早速収穫袋に摘み取った獲物を放り込んだ。そしてまた、開けた道へと戻っていく。

 セマルの森も人通りが多い事もあり、それなりに道は整っている。その道を歩き、脇に岩場が見えれば入っていき、ポッタケを探す。それの繰り返し。一本道の始まりから終わりまで。

 時折、岩場に続く道の途中で、その他のキノコも見つかる。この暗い森でわざわざ目立つポッタケ以外のキノコを採りに来るものも居ない為か、割と良質なものも見つかる。

 そんな作業を淡々と熟しながら、いよいよ道の端、森の外の明かりが見える地点までテオは進んできた。そこを出れば、すぐ傍にセマル村がある。

 袋の中はポッタケとその他様々なキノコがそこそこ入っている。それを覗き込んで、テオはふむと満足そうに頷いた。


「悪くねぇ収穫だ。あれで締めかな。」


 最後に、セマル村側の出口の傍の岩場を見て、テオは疲れた足にぐっと力を入れた。

 既に頭の中には、今日の収穫を売った後の事で一杯である。


「ここ最近不調だったしなぁ。久々に酒でも買うかね。うはは。」


 ぼうぼうと生い茂る草を掻き分け、岩場まで辿り着く。そして、大きな二つの岩が並ぶ間を覗き込む。

 そこそこ開けた空間の中に、光るポッタケを見つけ、よっしゃと手を伸ばそうとしたテオは、ポッタケ以外に、意外なものがある事に気付く。


「おんやぁ?」


 キノコではない。ポッタケの横で、光を反射している白い光沢が見えた。ポッタケを採ろうと伸ばした手は、思わずその白い光沢の方へと伸びた。

 手を掛ける。固い。艶がある。陶器のようだ。丸みを帯びた面に手を滑らせると、端には終点があり、裏側はくぼんでいる。どうやら皿のような形状をしているらしい。

 掴み所を見つけたテオは、迷わずそれを手に取った。引き寄せ、ランプの明かりに照らすと、それはいよいよその正体を露わにした。


 真っ白な艶やかな表面には、奇妙な、まるで魔術師が魔術の行使に利用するような赤い文様が複雑に走っていた。皿かと思ったその形状は、正確には楕円状であった。

 見覚えがある。今朝方見た気がする。

 そこまで思考が纏まったところで、テオははっとした。


「仮面の王!」


 巷で噂の『仮面の王』。

 その楕円型の皿は、『仮面の王』の人相書きにそっくりなのだ。

 そこまで気付いて、ようやくテオはそれが皿ではなく、仮面である事に気付いた。

 

「はえ~。こりゃたまげたなぁ。」


 仮面を眺める。仮面と気付かなかったのは、テオが間の抜けた青年であるというだけが理由ではない。

 仮面と思しきその物体には、呼吸する為の口がなければ、目を覘かせる為の穴もないのだ。まるで顔に着ける事を考えていないようなデザインである。

 まじまじと観察し、テオは改めてそのクオリティに感嘆した。


「そっくりだなぁ。どんな模様だったか覚えてねぇけども。」


 恐らく『仮面の王』の物真似おもちゃなのだろう。テオは勝手に納得した。

 今や噂の人物である。ごっこ遊びのおもちゃが出回っていても不思議ではない。

 しかし、どうしてこんなところに……などと、そこまで細かい事を考える程、テオは繊細ではなかった。

 テオは少しだけ周囲を見渡す。誰も居ない。当然だ。薄暗い森の中である。

 念入りに周囲を見渡したテオはそわそわし始めた。

 そして、もう一度だけ周囲をきょろきょろと見渡すと、仮面をくるりと裏返した。

 凹んだ顔を当てる部分は、白いかと思いきや、黒くなっている。ランプの明かりが心許なく、はっきりとその表面は見えないが、つやのある手触りである。

 顔がざらざらしそうだなぁ、等と考えながら、テオは己の欲望に従い……


「えいやっ。」


 己の顔にすぽっと仮面を被せた。


「ふはは! 俺は『仮面の王』! 魔法とか使うんだぞ!」


 声色と低くして、ふはは、と悪者のような笑い声を小さめに上げてみる。

 仮面があったら被ってみたい。男の子ならば当然の真理である。


(……大の大人が何やってんかなぁ。)


 やってから後悔する。テオは赤面し、仮面を顔から離そうとした。




 その時である。

 真っ暗闇に光が灯った。

 暗い森が明るくなった訳ではない。

 『顔にくっつけた仮面の黒い裏面が、光った』のである。


「うおっ!?」


 テオは思わず驚いた。仮面を放り出すかと思った。

 しかし、それを仮面はそれを許さない。

 ウィン! と奇妙な音と共に、白い仮面はテオの頭に噛み付いたのだ。


「ぎゃあっ!?」


 噛み付かれた、とテオは思ったが、正確には、仮面は急に大きさを増し、テオの頭に覆い被さるように広がり、頭をすっぽりと包み込んだのである。

 慌てて掴み所のないつるつるの仮面に手を滑らせるテオ。パニックに陥る彼の目の前、光る仮面の裏側に、文字が走った。



=====

―――初期起動シーケンス実行中

―――初期起動シーケンス完了

―――認証シーケンス実行中

―――認証シーケンス完了

―――新規ユーザ確認

―――新規ユーザ登録シーケンス起動中

=====


「なんだべなんだべなっ!?」


 転げ回りながら、頭に噛み付いた仮面を引きはがそうとするテオだが、仮面は離れそうもない。

 訳の分からない言葉が羅列される仮面には、続けて、新しい文字列が表示された。


=====

はじめまして。

=====


 抵抗が無駄だと気付き始め、更に理解できる言葉が表示された事により、テオはようやく落ち着きを取り戻し始めていた。根は間抜けな彼は、素直に仮面に表示された挨拶に応答する。


「は、はじめまして。」


=====

ユーザー登録を行います。

ユーザー名を登録して下さい。

=====


 見慣れぬ単語にテオは首を傾げる。


「ゆ、ゆーざーめい? なんだべなそりゃ?」


=====

あなたのお名前を発音してください。

=====


 テオの言葉を理解したのか、テオにも分かる言葉が仮面から返された。


「シ、シス村のテオっちゅうもんです。キノコ狩りをしとります。」


=====

シスムラノ=テイオー様でよろしいですね?

=====


「え? よろしいって、いや、あの、一体全体何がどうなって……」


=====

シスムラノ=テイオー様をユーザー登録しました。

=====


 次の瞬間、テオの視界がカッと開けた。




 光と文字だけが走っていた眼前には、木々生い茂る森が見えていた。

 並び立つカソードの木から察するに、そこはセマルの森で間違いないだろう。しかし、今まで見ていた森の景色とそれはまるで違った。

 まるで森の外であるかのように明るい景色。森に大量の街灯でも立てたかのような明るさである。

 思わずテオは目をぱちくりと瞬かせた。


 顔の前に手を持ち上げてみる。手が見える。どうやら自分の視界で間違いないらしい。

 『仮面の裏側に、外の景色が見えている』。テオには訳が分からなかった。

 混乱していると、視界の端にひとつの四角い窓のようなものが現れた。うおっ、とテオがびっくりする。

 すると、その窓に、先程見えた緑色の文字が再び現れた。


=====

ご利用いただきありがとうございます。

ようこそ。仮面型人格制御デバイス『ペルソナ』です。

=====


「え? ぺ、ぺる? なんだべなそりゃ?」


=====

ヘルプを利用いたしますか?

=====


「へ、へるぷ?」


=====

対話型インターフェースを利用いたしますか?

=====


「い、いんたーふぇーす? た、対話ってことは話できるって事か?」


=====

肯定します。

=====


「あ、じゃあ、それ、お願いします……」


=====

対話型インターフェースに移行します。

―――対話型インターフェース起動中……

=====


「???」


=====

初めまして。マスター。

=====


 分かりやすい挨拶に、へこへこと頭を下げながらテオは回答する。


「は、はじめまして。ど、どちらさんです?」


=====

仮面型人格制御デバイス『ペルソナ』です。

『ペルソナ』とお呼び下さい。

=====


「こ、こりゃご親切にどうも。あ、あの、ペルソナさん、こりゃ一体……」


=====

ご質問の意図が分かりません。

=====


「あ、えーと。なんか、この仮面、顔にひっついちまったんだけども。これ、何なんですかね?」


=====

仮面型人格制御デバイス『ペルソナ』です。

これは人間の不安定な感情の制御を目的に作られたデバイスであり、

これを装着する事により……

=====


 ずらずらっと並んだ意味不明の言葉に、テオの言葉はそうそうに挫けた。


「あ、あの、もっと分かりやすく……」


 その要望に視界の端の窓は答える。


=====

小児向けモードに移行しますか?

=====


「小児向け……? 子供向けって事か? 簡単に言ってくれるならそれでお願いします。」


=====

承知いたしました。

小児向けモードに移行します。

―――小児向けモード起動中……

―――小児向けモード起動完了


ぼくくん。おねがいごとはなんですか?

=====


「そこまでレベル下げんでも。」


=====

承知しております。

只今のやりとりは、対話型インターフェース専用の小粋なジョークにございます。

既にマスターの実年齢、教養レベルは解析済みです。

マスターのおつむに合わせた説明を実行します。

=====


 テオは何だか馬鹿にされている事に気付き、若干むっとした。


=====

この仮面は『ペルソナ』と呼ばれる、

マスターの時代における『魔術道具』に相当するものにございます。

感情の制御を主な目的としていますが、一級魔術相当の魔法実行も可能です。

=====


「つまり、魔法が使えるようになるってことか?」


=====

肯定します。

=====


 本当か、と頭で疑ってかかるテオ。だが、今まさに起こっている事態こそが、まるで魔術に掛けられたような不可解さである。

 すると、テオが言葉を発せずとも、仮面はテオの疑問に答えた。


=====

魔法の実行には、引き起こす事象の想像を行って下さい。

足りないおつむに代わり、私、ペルソナが魔法構築をサポートします。

=====


「……足りないおつむは余計でねぇか?」


=====

失礼しました。

只今のやりとりは、対話型インターフェース専用の小粋なジョークにございます。

とにかく、やってみたいことを思い浮かべて下さい。

=====


 やってみたいこと、といざ言われてみると思い付かない。

 何となく、テオは魔術師っぽいという理由で、目の前に立てた指先に、火が灯る様をイメージした。

 すると、次の瞬間。


 ぼっ。


 まるでその指が蝋燭であるかのように、イメージしたままの形で、そこに火が灯った。

 テオはぎょっとした。


「うおっ!?」


 幻ではないか。テオは火の灯る右手の指先に、左手を近づけた。


「熱っ!?」


=====

当然でございます。

火は熱いものです。

認識したマスターの教養レベルを修正します。

レベル:小学校低学年 → 猿

=====


「いや、そのくらい知ってるけどもっ! ただ、本当に火が起こってるのか確かめただけで!」


=====

承知しております。

只今のやりとりは、対話型インターフェース専用の小粋なジョークにございます。

=====


 テオはいい加減に腹が立ってきた。

 仮面も思いの外暑苦しさや鬱陶しさはないが、そろそろ外したい。

 下手をしたら通り掛かった人間から、有らぬ誤解を受ける事になる。

 たとえば仮面の王本人と間違えられるとか、いい年した大人がごっこ遊びをしているだとか。どっちもどっちで都合が悪い。

 外したい、と告げる前に、仮面『ペルソナ』は要望に応えた。


=====

ペルソナの解除には解除コードの発声が必要です。

解除コードは【舞台裏】です。

=====


「舞台裏って言えばええのか? ってか、あんたどうして俺の思っとること……」


 その時であった。


「こ、こら貴様ッ!?」


 唐突に響いた声にテオはぎょぎょっとした。

 

「ぬほっ!?」


 声の主を探そうとした時、急にグンと視界が広がる。何故、そう見えているのかは分からないが、直感で「背後まで視界が広がった」という事が理解できた。声の主は背後から迫っていたのである。

 声の主は、鬼の形相の男。明らかに激怒している。


「何をしているッ!?」

(やべぇ見られた!)


 恐れていた事態が発生する。

 人に見られた。これでは仮面を脱ぐに脱げない。

 ここから離れたいが、みすみす見逃して貰えるような状況ではない。そもそもどうしてこの男は激怒しているのか。

 色々と混乱したテオは咄嗟に適当な嘘を吐いた。


「ど、どうも! 『仮面の王』です!」

「デタラメ言うなッ!」


 そりゃバレる。こんな森であの『仮面の王』がキノコ狩りしている訳がない。

 そもそも『仮面の王』と思っているのなら、こんな風に話しかけてくる筈がない。男は兵士のようにも見えない。本当にただの一般的なヒューマンの男性にしか見えない。


「それを外せ! そして返せ!」


 男は凄い剣幕でテオに掴み掛かろうとした。テオは驚き手を前に出す。


=====

敵対行動を察知しました。

防御外装を展開します。

=====


 視界の端の窓にそんな表示が現れると、仮面とテオの首の隙間からにゅにゅっと生えるように何かが伸びた。身体に覆い被さるのは黒い布。そして、布の下で身体中を這い回るように何かが纏わり付いていく。

 くすぐったくてテオが悲鳴を上げる。


「ひゃんっ!」


=====

男の悲鳴とは思えない悲鳴に、私、ドン引きです。

私が人間であったなら、嘔吐していた可能性、80パーセント。

=====


「ほっとけ! ってか、今何して……!」


 テオが自身の身体に起こった異変を見下ろす。

 今までボロい使い古した服を着ていた身体は、すっぽりと黒いマントに包まれていた。マントをまくるといつの間にか汚れた軍手は白い革手袋に替わっている。更には服もどこかの貴族様が着ていそうな、上質な布の黒い服に替わっている。

 人相書きで見た覚えがある。


「……これじゃあ、本当に……」


 『仮面の王』みてぇじゃねぇか。

 そう言い終わる前に、事は起こった。


 唐突なテオの変身に驚きつつも、そのままマントに掴み掛かった怒れる男。

 力強く引っ張られるかと思われたが、何故かテオの身体に引っ張られる感覚はやってこなかった。

 しかし、男は後ろに下がる。そして、掴まれたマントが手放される事はない。

 おや、と思いテオは自分の身体をもう一度見下ろした。


 男の手だけがマントを掴んでいた。


「え……?」


 前を見直す。よろりと後ろに下がった怒れる男は、信じられないといった表情で、右腕を持ち上げ見つめていた。「右手」ではなく「右腕」。何故ならそこには男の「右手」はない。右手はテオのマントを掴んでいるから。

 男の右手は切断されていた。


(ちょっ、えっ、何、は?)


 テオが混乱する。既に怒りを忘れた男は自身の身体に起こった異変を理解したようで、わなわなと震えながら横を向いた。そこで、男の視線を追うように、仮面の視界が再び広がる。

 横から女は現れた。

 黒い、ボディラインを強調するような服。深いスリットから覗く足は褐色。

 尖った耳に、すっとした目鼻筋。この特徴はエルフのものに似ている。しかし、白い肌を持つエルフとは対照的な『黒』の肌。

 テオでも知っている。一般教養として教えられる『黒いエルフ』。


(ダ、ダダダ『ダークエルフ』!?)


 敵性『亜人類』。

 魔界近くに住まう『魔を宿すエルフ』。

 通称『ダークエルフ』。

 

 ダークエルフの女は、金色の瞳を爛々と光らせ、腰まで伸びた銀髪をふわっと靡かせ、まるで醜い虫けらでも見るように、右手をなくした男を睨んだ。


「汚らしいヒューマンの下民風情が……」


 ダークエルフの手には不気味な紫色の光が灯っていた。どうやら、男の右手を切断したのはこのダークエルフで間違いないらしい。

 『魔術』。魔界に住まう『人ならざるもの』、魔族が操ると言われる禁忌の法、『魔法』を模したとされる秘術。一般的にエルフには習熟が禁じられているその術を扱うという事は、やはり女は日焼けしたエルフという訳ではなく、ダークエルフで間違いないらしい。(テオは知らないが、エルフは別に日焼けしない)

 危険とされる人類の敵対存在、ダークエルフが、突如自分に突っかかってきた男の手を切り落とした。

 そんな異常事態の中にあって、一般人のキノコ狩りの男、テオは何故かやたらと落ち着いていた。


(エロいねぇちゃんやなぁ。あと、あの蔑むような視線が結構……)


=====

うわぁ、と、私もドン引きしております。

=====


(……やっぱ、お前、俺の思ってること分かってるのか?)


=====

肯定します。

=====


 テオはおちおち変な妄想もできないな、とますます仮面を脱ぎたくなったが、今は仮面を脱いでいる場合ではない。


(どうすっかなぁ……)


 そんな事を考えていると、ダークエルフの女はつかつかとやたらとかかとの高い靴で器用に歩いてきて、テオと男の間に割って入ってきた。


「無知の輩が……この御方を『仮面の王』と知っての狼藉か?」

「え?」


 思わず声が漏れる。テオは「誤解です」とでも言おうと思ったが、目の前の女は人の手を突然切り落とした危なすぎるダークエルフである。とても茶々を入れられる状況ではない。

 

「まぁ、知らずとも構いません。貴様が我が主に無礼を働いた事は覆しようのない事実です。」


 すっとダークエルフが手を挙げ、ぼそりと何かを呟いた。魔術の呪文か何かだろうか。

 テオはその後に起こるであろう事を容易に想像し、そして何故か落ち着いたままにその光景を眺めていた。

 呪文を唱え終わったダークエルフが、静かに宣告する。


「命をもって償いなさい。」

「ま、待て! プレ……」




 ザク、と嫌な音が響いた。

 この音をテオは聞いた事がある。

 近所の牛飼いが、牛を殺す時に、刃物を牛に突き立てた時の音である。

 今日は牛の悲鳴はセットで聞こえてこなかった。


 男が何かを言い終わる前に、男の首は、男の胴体から切り離されていた。

 ぼとりと地面を転がる男の生首。

 残った身体は、暫くふらふらとよろめいたあと、ばたりと地面に倒れ込んだ。


(え? ……もしかして、死……)


 テオが唖然と立ち尽くしていると、ダークエルフの女はくるりとこちらを振り返った。

 ぎょっとする。身構える。今度は俺が殺される?

 あっさりと覚悟は決まった気がした。

 しかし、先程見た、ダークエルフの蔑むような目は、いつの間にかテオが昔見た事があるような、別の意味で怖い目に変わっていた。


 テオはあっ、と思い出す。


(あ、これ、母ちゃんが俺を叱るときの目だ。)


 ダークエルフの女は、テオを見上げ、その艶めかしいつややかな唇を開く。


あるじ様! 何度申し上げればご理解頂けるのですか! お一人での勝手な行動は慎んで下さい!」

「え?」

「あの程度のヒューマンの下民に掴み掛かられた程度、貴方にとっては些事ですらないのかも知れませんが……少しは自分の立場を意識した行動を……!」


 ダークエルフの女は、先程とは打って変わって、説教する母親のような声色でテオに何かを言ってくる。何の話かさっぱりだったが、説教されている事だけはテオにも理解できた。


「あ、えっと……はい。ごめんなさい。」

「え?」


 ダークエルフの女は何故か困惑した。


「……何故今日に限ってそう聞き分けが良いのですか? もしや、ご気分が優れないのでは? 唐突に私から離れたのもそれが理由ですか?」

「え? あ、えーと……」


 人違いですと言ってしまって大丈夫だろうか。

 困ったテオに仮面は囁くように文字を出した。


=====

正体を明かした場合の死亡確率、90パーセント。

=====


(だよなぁ……)


 何故か目の前で殺人事件が発生したにも関わらず、妙に落ち着いているテオだったが、切迫こそしていないものの、流石に殺されるのは嫌だという意識はある。

 あまりにも非現実的な光景に、感覚が麻痺してしまっているのか。これは夢なんじゃないか。

 そんな事を考えながら、テオは思い付くままに口を開いた。


「ちょっと腹痛が酷くて、『お花畑でランデブー』してたんすよ。」


=====

*不適切な表現があったため、代替表現を使用しました*

=====


 自分が発した言葉とは違う言葉が発せられ、テオはうおっ、と驚いた。

 そう言えば、さっきから自分が発している声が、若干違っているような気がする。仮面に籠もって変な音がしているように思われたが、どうやら違うらしい。


=====

『ペルソナ』は発声音自動変換機能と疑似身体形成機能により、

装着者の声、体型を一元化します。

マスターの教養レベルに合わせた言い方をしますと、

今のあなたの声、体型は全て『仮面の王』と呼称される人物の

特徴と同一のものに変換されています。

=====


「な、成る程。これは失礼しました。でも、先に仰って頂ければ、腹痛程度であれば治療薬があったのに。」

「え? あ、うん。そうなの?」

「……?」


 ダークエルフは訝しむようにテオを見つめ始める。


=====

『仮面の王』は「そうなの?」とかいうキャラじゃないのでは?

そんな違和感を抱かれています。

=====


「あ、えーっと、そ、そうなのか! だったら、先に言えよ!」

「は、はぁ。申し訳ありません。」


 凄い見られていたが、ダークエルフは納得した……のかは分からないが、顔の距離を離した。

 何とか乗り切れたようである。

 

「……うーん。やっぱり、まだ調子が宜しくないのでは? ベルメリオの視察はまた今度にして、今日はもう引き上げては如何でしょう?」

「あ、うん……じゃなくて! うむ。そうするとしようか。」


 何となくそれっぽいイメージで喋ってみる。違和感バリバリである。

 ダークエルフは少し何かを考えるような素振りを見せた後に、耳に手を当て、視線をテオから逸らした。 


=====

(まぁ、元々おかしな人ですし、調子が悪いんでしょう)

と思われています。

=====


(ひでぇ。)


 と、地味にショックを受けたところで、テオはその場その場を乗り切るのに夢中でスルーしかけていた事に気付く。


(ちょっと待て。さっきから自然と流してたけども。『仮面の王』と同じ声、同じ体格で、このダークエルフの姉ちゃんの主様とか言われてて、んで、魔法も使えるようになっちまった。……って事は?)


=====

現状のマスターは限りなく『仮面の王』と近い立ち位置にあります。

目の前のダークエルフの女性は『仮面の王』の秘書です。

また、この『ペルソナ』も『仮面の王』の所有物そのものです。

=====


 つまり、どういうことかというと。


=====

『仮面の王』とは、私、『ペルソナ』を装着した前マスターを指した呼称です。

=====


 『仮面の王』は仮面を着けた悪魔などではなかった。

 誰だかは知らないが、この謎の仮面『ペルソナ』を着けた誰かが、そう呼ばれていたのだ。

 キノコ狩りの一般人、テオですら魔法を使える様になるという力を用いて、世界中を騒がせた者。それと同じ力を、今のテオは持っている。

 更に、『仮面の王』本人であると、彼の側近に勘違いされているのだ。


(……あれ? これってやばくね?)


=====

肯定します。

ちなみに、前マスター『仮面の王』は、先程『プレゼンス=仮面の王の秘書』に殺害された

ヒューマンの男性です。

=====


 テオは思い出す


 ―――外せ! 返せ!


 男の言っていた言葉。思えば『仮面の王』と思しきテオの容姿を見ても、臆せず掴み掛かろうとしたあの男。


(『仮面の王』、自分の手下に殺されちゃったの!?)


=====

ちなみに、前マスターは急な腹痛の為、近くのセマルの村でお手洗いを拝借するため、

一時的に『ペルソナ』を解除していました。

マスター、先程の腹痛という方便、大正解です。


\CONGRATULATION!/

=====


 テオの耳元でパフパフとかいうラッパの音や、パチパチパチという拍手音、更に大勢の完成が聞こえた。


(めでたくねーよ!)


=====

承知しております。

只今のやりとりは、対話型インターフェース専用の小粋なジョークにございます。

=====


(笑えねーよ!)


=====

しょんぼり。

=====


(可愛く言っても駄目だから!)


=====

可愛いなんて、初めて言われました……ポッ///

べ、別に嬉しくなんかないんだからね!///

はい。リップサービスは以上で終了してよろしいでしょうか。

=====


(……それも、対話型インターフェース専用の小粋なジョークってか?)


=====

肯定します。

少しは賢くなりましたね、マスター。

あと、大分、私とのやり取りにも慣れたようで。

認識したマスターの教養レベルを修正します。

レベル:猿 → 賢い猿

=====


(……もういい。疲れた。)


 しかし、気付けば思考上でのペルソナとの会話にも慣れてきた事に気付くテオ。

 いや、会話してる場合じゃないんだけども。

 

=====

ツッコミがないと私も張り合いがないので脳内コントは以上で終了とさせていただきます。

それより、マスター。よろしいのですか?

=====


(よろしいって何が?)


=====

『仮面の王』のアジトへの帰投準備が整ったようです。

=====


 気付くと、仮面の王の秘書、プレゼンスなる女性の前には黒い渦が現れていた。

 何じゃありゃ、と思った時には窓にペルソナが文字を出す。


=====

perpediaぺるぺでぃあ-賢い猿用-】

■ゲート(gate)■

長距離移動用の魔術。

特定の二座標を繋ぐ門を作成する。

簡単に言うと、目的地まで一瞬で到着できちゃう便利な魔術です。


出展: 「5年で魔術師に! 今日から始める魔術修行!」 著:悪魔王サータン

=====


(なるほど! つまり、あれを潜れば、そこは『仮面の王』の本拠地ってことだな!)


=====

肯定します。

=====


「ゲートの接続が完了しました。どうぞお通り下さい、主様。」

「……う、うむ! ご苦労!」


 この状況でどうして逃走が図れようか。否、図れまい。




 キノコ狩りの男、テオは、堂々たる振る舞いで、仮面の王の拠点に繋がるゲートへと一歩踏み出した。





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