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男は仮面の王と呼ばれた

ハイファンタジーなお話目指します。

設定等々は追々分かっていく感じです。


 果無き荒野に男は一人立っていた。

 草木一本生えぬ死の大地に、乾いた風が吹き抜ける。

 土埃が僅かに舞った。男の見遣る遠くに見える、巨大な煙幕とは比べ物にならない程に小さな煙だった。


 遙か彼方に膨れ上がる山のような煙幕。

 そしてその中には無数の黒い影。

 次第に聞こえてくるのは怒号と、乾いた地面を踏み鳴らす地鳴り。


 煙の立つ彼方を、男の立つ位置から離れた崖の上から、黒いローブを纏った人影が眺めている。ごくりと息を呑む音もはっきりと聞こえる静寂。そんな静かな死の大地に、ひとつの声が不意にと響いた。


「本当に一人で現れるとはね。驚きだね、ネフィリム。」


 黒いローブの人影はぎょっとして、声のした斜め右下方向に視線を落とした。

 いつの間に現れたのか。地面に寝そべり、遠眼鏡で何かを眺める小柄な少年が、横に置いた巨大なバックパックを漁って、小さな林檎を手に取った。


「見に来たのですか、『勇者』エルカノ。」

「風の噂で今日の戦争の話を聞いてね。君こそこんな魔界の辺境にまでわざわざご苦労様だよ。」


 男か女かも分からぬ高音を発した黒ローブ、ネフィリムなる人物は、フードから僅かにばつの悪そうな表情を覗かせ、諦めたように荒野に立つ一人の男に視線を戻した。

 そんなネフィリムの表情を知ってか知らずか、どちらにせよ無神経な『勇者』と呼ばれた少年は、林檎を皮ごと小さく囓ると、口をもごつかせながら、続けて話しかける。


「君がどうやって此処まで来れたのかは、まぁ、置いといて。君が『預言』しなかったって事は、この戦争の結末は、人類に悪影響をもたらすものではないという事かな。でも、まぁ、興味はあるよね。なにせ、今話題の『彼』が、一人で現れるっていうんだから。」


 少年の遠眼鏡には、彼方の無数の影の正体が、はっきりと見えている。

 黒い影は、まんま黒い影であった。

 枯れ果てた死の大地『魔界』に住まう、『人ならざるもの』。

 悪しき『魔族』の軍勢である。


「ざっと一万。魔族一匹で、訓練を重ねたヒューマンの兵士十人が勝てるかどうか。つまり、ヒューマンの軍勢で言うなら十万、色をつけて二十万ってところかな。『彼』と戦う時の参考になるかもね。」

「……随分と乱暴な計算ですが、そんな所でしょう。」


 魔族の軍勢の進む先は、一人立つ男の居る方向。更にその先にあるのは、魔界の外側。人類が住まう『人界』である。途中、いくつかの防衛拠点はあるものの、そのままあの魔族が進み続ければ、人類への損害は多大なものになるだろう。

 そんな危機感など微塵も漂わせずに、二人の人類は、注目の視線を一人の男へと移した。


 男は砂埃から身を守るかのように、黒いマントで全身を包んでいた。いや、もしかしたら黒いマントの理由はそこにはないのかも知れない。

 黒いマントは男の身体を包み隠すためのものではないか。その体型、その装い、ありとあらゆる身体的特徴を隠す為の黒いカーテン。事実、遠目から見て男の体格は一切分からない。

 身体は一切の謎に包まれている男。では、その顔は一体どのようなものなのか。

 分かる筈もない。

 何故なら、男の顔は、目も、耳も、鼻も、口も、人類が持ち合わせている顔と呼ばれるものに備え付けられたパーツが一切欠如しているのだから。

 正確には、『覆い隠している』というべきか。


 男は赤い仮面を被っている。

 通常、仮面と呼ばれる顔を覆い隠す装いには、視界を確保する為の目の穴や、呼吸を確保する為の鼻や口の穴があるものである。しかし、仮面にはその類いの穴が一切無い。完全に男の顔を密封しているのである。

 赤く見えるそれは、実際には模様である。白地の仮面には、意味ありげな複雑怪奇な赤い文様がびっしりと書き込まれていた。


 黒いマントに、赤い文様の仮面。その特徴から彼はこう呼ばれていた。


「『仮面の王』。」


 少年がぽつりと呟き、ネフィリムを振り返る。


「僕は実際に見るのは初めてなんだ。噂だけは嫌と言うほど聞くけれど。」

「私も実物を見るのは初めてです。」


 『仮面の王』。今や人界に住まう者なら殆どが知って居るであろう呼び名だ。


「魔族だとも言われる彼が、こうして魔族の軍勢の前に立ち塞がるという事は、彼は魔族ではないのかな?」


 興味深そうに、足をぱたぱたさせながら言う少年を、振り返る事もなしにネフィリムは小さく呟く。


「……もっと、『忌まわしき者』ですよ。」

「それは『預言』? それとも……いや、やめておこう」


 まるで演劇の幕が開かれる瞬間であるかのように、溢れ出る好奇心を隠す事無く少年は満面の笑みを浮かべた。


「始まるよ。魔族の軍勢、一万匹。相対するは悪名高き仮面の王。はてさて、結果はどう転ぶか。」


 それはひとつの頂上決戦。

 その勝者をいずれは敵に回すであろう二人の英雄は、口を閉ざし耳を澄ませた。








 黒い軍勢は眼前に待ち構える一人の男に気付き進軍を止める。

 戦闘に立つ黒い影がゆらりと揺らめき、光る目をぎょろりと動かした。


【お噂はかねがね伺っておりまする。偉大なる『仮面の王』よ。】


 声とも取れぬ奇怪な音は、しかしはっきりとその意図を伝達した。意外にも人ならざる影が発した言葉は、目の前に立つ男に敬意を示すものであった。


【横暴なる人類に仇成す、悪魔の王。否、我ら、『人ならざる者』からすれば、救いの神と言うべきでしょうか。光なき我らが大地に射す光、そんな期待の声もちらほらと。】


 仮面の王は言葉を発しない。静かに、まるで目の前の影を値踏みするかのようにじっと構えている。

 影に未だ敵対の意思はない。

 次の言葉を発するまでは。


【そんな我らが希望が。なにゆえ、我らに立ちはだかるのか。どうかお答え頂きたい。偉大なる『仮面の王』よ。】


 僅かに空気の張りが強くなった。嫌な空気が流れている。


【まさか、貴公ともあろうものが、人類に与するとは仰いますまい。】


 その男、『仮面の王』は人類の敵として名高い。その噂は魔界にまでとどろいていた。

 正体不明の仮面の男を、『悪魔』と呼ぶものさえおり、その正体は魔族であるとも推測されていた。

 そんな男が、何故、魔族の進軍を妨げるのか。その心中を察する事は、遠巻きに眺める人類の英雄達にも、答えを待つ魔族達にも分からない。

 唯一答えを知る男は、ただ黙して立っていた。


【答えよ。仮面の王。答えねば、我らは貴様を蹂躙し、先に進ませてもらうぞ。】


 構える影がざわりと蠢いた。

 張り詰めた空気が揺らぐ。均衡が崩れる。あと数秒で魔族は再び動き出す。

 先に立つ魔族のかしらが、いよいよ一歩を踏み出そうとしたその時。均衡が崩れるまさにその瞬間に、とうとう黙する男は声を発した。


「人類に与するつもりはない。」


 人ならざる者故、その心中を推し量る事は人類には難しい。故にその時初めて気付く。

 魔族は緊迫していた。

 得体の知れぬ怪物を前に、僅かながら恐れを抱いていた。

 その緊張が一気にほぐれた。張り詰めた空気が緩む感覚が、二人の英雄にも分かった。


【……では。】

「だが、魔族に与するつもりもない。」


 空気が再び張り詰めることはなかった。

 あまりにも意外な答えに、魔族は一瞬呆気に取られ、空気は間が抜けたように逆に緩んだ。


【今、なんと?】

「人類に与するつもりもなし。魔族に与するつもりもなし。二度までだ。私が同じ事を言うのは。」

【……どういうつもりだ。『仮面の王』。】


 ざわめく魔族。仮面の王の言葉を次第に理解し始め、徐々に怒りの波は広がっていく。

 そんな波を、起こした張本人は自らおさめる。


「それはこちらの台詞だ。」


 低く、良く響く声は、まるで重力魔術で押し潰そうとでもしているかのような重圧を魔族達に与えた。当然、攻撃魔術の類いは発動されていない。ただの気迫。それだけで、魔族の軍勢は放ちかけた怒号を腹の底へと押し戻した。

 言い返す余裕もない。魔族のかしらは思う。自分がもしも人類であったならば、つばをごくりと呑み込む音が、静寂の中に響いたであろう。

 仮面の王は、その顔面に、象徴たる仮面に、白い手袋に包まれた手を滑らせた。マントがまくれた隙間から、微かに黒い装いの、人型の身体が覘いた。


「どういうつもりだ、魔族の王よ。誰が許しを得て、人界への侵略に臨む?」

【じ、人界への侵略に、貴公の許可が要ると申すか。やはり、貴公は人類の……】


 言い掛けて魔族は言葉を呑み込んだ。

 身体を押し潰すような重圧が、いよいよ立っている事すらままならぬ程に強くなった。

 今の一言は、仮面の王の怒りに触れた。魔族全てがそれを察し、身体を震え上がらせた。


「私に三度言わせるな。」


 申し訳ない。そんな一言を発しかけて、魔族の王は己を律した。

 屈してはならない。下らない、魔界の一国を収める王の、些細なプライドが、魔族の王を今も立たせる唯一の支えであった。


【な、ならば何故。】


 愚問である。そう言いたげに、仮面の王は額に手を添え、やれやれと首を横に振った。


「人類は我が所有物である。故に何人たりとも我が赦し無くして侵すことを赦さぬ。」


 何たる傲慢。傲慢の化身たる魔族ですら、茫然とした。

 そして、その傲慢は、それだけには留まらない。


「魔族もまた、我が所有物である。故に何人たりとも我が赦し無くして振る舞う事を赦さぬ。」


 これには魔族も黙っては居られなかった。

 後退しかけていた一歩が、前へと傾く。

 その一歩を、更に押し戻したのは、未だ留まらぬ、仮面の王の傲慢であった。


「この世全てのものは、我が所有物である。」


 マントから二本の腕がぬるりと這い出す。

 ばさりと広げたマントの下には、漆黒の鎧に包まれた、人類と何ら変わらぬ四肢があった。


【……貴様、狂っているのか。】

「口を慎め愚か者。我は『仮面の王』である。」


 魔族の軍勢が一斉に構えた。

 妄言である。

 そう思った者など一人も居なかった。

 この男は危険である。

 全ての魔族の本能がそう告げていた。


 排除しろ。もしくは、媚びへつらえ。


 誰もが後者を選びたいと強く思った。しかし、構える集団心理がそれを妨げた。


 そんな彼らに救いの手を差し伸べるかのように、仮面の王はそっと、右手を前へと差し出した。


「思い知れ。三度は言わぬ。」


 魔族の軍勢が一斉に、たった一人の男を踏み潰さんと、雪崩れ込んだ。

 木霊する怒声。ドラムを打つように踏み鳴らされる大地。

 その一瞬の騒乱の中でも、男の声は強く、遠くまで響き渡った。




「我は『仮面の王』である。」










 黒い影一万。全てがまるで同じ細工であるかの如く、深々と頭を垂れ、男に許しを乞うていた。

 彼らの膝を折らせたのは、己が命の危機に対する恐れではなく、唯々純粋な、男への畏敬の念であった。

 一瞬の出来事。放たれた禁忌の術が、一瞬で闇に飲まれ、呪言かと思う程の強く深く重い言葉が、戦意満ちる魔族の軍勢の耳を、頭を、腹を、胸を打った。

 彼らの中に走ったのは衝撃。

 己らを遙かに上回る力に対する衝撃。

 目に見えるかと思う程の威圧をその身に受けた衝撃。


 そして、彼らが真に使えるべき王と出会えた、奇跡に対する衝撃。


 彼らがこれから歩むべき道を決定づけるには十分過ぎる衝撃であった。


【……愚かなる我らをお許し下さい、偉大なる『仮面の王』。我ら、魔界国『クリム』、紛う事なき、貴方様が所有物に御座います。】


 片手一振り、たったそれだけの運動を終えた仮面の王は、その言葉を聞き、手をマントの中へと収める。


「三度は言わぬ。分かりきった事を、改めて言わせるな。剣を収めればそれで良い。」


 ばさりとマントを翻し、仮面の王は、頭を垂れ続ける魔族の軍勢に背を向ける。

 

「自国に戻れ。人界への侵略は『未だ』赦さぬ。それ以外は好きにするがいい。」

【仰せのままに。】


 一陣の風が吹く。

 僅かに舞い上がった土埃。

 その微粒に溶けるかのように、黒いマントの男の姿は忽然と消えてなくなった。


 未だ残る余韻を噛み締め、魔族の王は小さく呟く。


【……嗚呼。何と凄まじき。噂に違わぬ、否、噂以上の『仮面の王』よ。】


 魔族の軍勢が一斉に立ち上がる。そして、迷う事なく方向を変え、今来た荒野を進み出す。


【あれこそ我らが仕えるべき王、否、『神』なのだ。】


 人界に密かに迫っていた危機。

 それは男の手の一振りで、一瞬の間に収められた。

 その事実を知る者は、遠巻きにひとつの戦争を眺めていた二人の英雄のみであった。









「……いやはや。やっぱり、彼と争うの、やめない?」

「……勇者エルカノ。笑えない冗談です。」

「いやいや。無理無理。少なくとも僕には無理。あれ一人相手にするのも無理。さっきの魔族も配下に加えて? 元々手に負えない仲間も居るのに? どう考えたって無理。」


 腹についた砂を払いながら、勇者と呼ばれる少年はぶんぶんと首を横に振る。

 横では引き攣った声でネフィリムが眉間に指を添えていた。

 

「とにかく報告が必要でしょう。魔族の一国が、『仮面の王』の手に落ちました。早急な対策が必要です。貴方も今回の『集会』には必ず参加して下さい。」

「……ええ~。」

「断られても引き摺ってでも連れていきますよ。」

「……しゃーなしかぁ。参ったなぁ。僕はそういうのは苦手なんだけども。」


 少年は『勇者』と呼ばれる英雄の一人であった。

 傍らに立つネフィリムと呼ばれる者もまた、『預言者』と呼ばれる英雄であった。


 悪名高き『仮面の王』。

 人類を守護し、栄光へと導く『七英雄』。

 人類の命運を賭けた戦いは、密かに動き始めていた。





プロローグ的なお話。

本編は次からです。

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