陸軍大佐
※お題「軍人」「#深夜の真剣文字書き60分一本勝負」で書きました。
父の伯父に戦時中、陸軍大佐だった人物がいた。
軍が解体されたのちは、戦争犯罪に問われることもなく、弁護士としてかなりの成功を収めている。暴力団の幹部か政治家だけを相手に商売をしていた。
大伯父は、戦場で負傷している。銃弾が体に残っている影響で右足が不自由だった。いつも杖を突いていたが、背が高く、恰幅も良かったため、かえって恐ろしいようである。姿同様、性格も頑固で他人の手を借りるのが大嫌いだった。
「弾が少しでも動いたら俺は死ぬ」
それが口癖だったが、言葉に違わず死んでいる。その顛末は以下の通りだ。
大伯父が自宅の庭を歩いていたところ誤って転倒した。巨体で足の悪い大伯父は一人では起き上がれない。しかし、慌てて助けに起こそうとした大伯母の助力を大伯父は拒んだ。それどころか大伯母を怒鳴るつける。他人を呼んだら承知しないぞと脅され、妻である大伯母は引き下がるよりなかった。
これが一日目の夕方の出来事である。
夜半になると雨が降り出した。大伯母は屋内からビニールシートを持ち出し、夫にかけてやる。だが、高齢の彼女には重労働だった。ぬかるみに足を取られ、大伯母まで転倒してしまう。大伯母は足を捻ってしまい、その場に動けなくなった。
二千坪の敷地である。大伯母が泣こうが喚こうが近所迷惑にもならなかった。
次の日、一晩中、雨に打たれた大伯父と大伯母は通いの家政婦に発見される。大伯母は一命をとりとめたが、大伯父は心不全を起こし、大学病院のベッドで亡くなっている。
医師は、大伯父の心不全を降雨による体温の低下に伴うものではないと診断した。
体内の銃弾から鉛が溶け出し、全身へ回ったことが原因だと言う。大伯母の申し出を退けた時点で既に脳も鉛毒に侵されていたらしい。
大伯父が生来、頑固だったために言動の異常性が見逃されてしまったのだ。大伯父の遺体を前に親戚の誰もが笑いを堪えるのに苦労する。
頑固も考えものだなと葬儀の席で大笑いしたものだ。