オレは、彼女と関係したい
言わなきゃ分からないけど、言えば分かる。
でも、親しいから言えないこともある。
それはそれとしてサブタイトルがなんかエロくなったと思うのは、自分が色々と汚れてしまったせいだろうかww
怯むな。
相手はたった一人だ。
結崎忍は、面倒くさい男である。生徒会長の三倍ほど面倒くさい。
具体的に数字にすると、510ほどだろうか。
ちなみに100で『こいつ面倒くせぇ』と思われたりする。
結崎の五倍くらい面倒くさい僕が言えたことじゃないが、それでも女性と付き合うには不向きな男だ。お付き合いとは縁のない僕から見ても、そう思う。
「人恋しいくせに怖がりの寂しがり屋で、優しい良い人だから人との縁が切れない。結崎はそういう普通の男なんだよ。頭が良いのもこの場合はマイナスだ。僕には考えもつかないようなことを考え出して、思考のループにはまることも多々あるだろうしね」
「……なんの話? そもそも、どうして如月君がここにいるの?」
「植草には彼女がいるから気が引ける。だから、僕がここにいるんだろうさ」
電話があった。その電話は極めて珍しいもので、飯を食わないかという誘いだった。
僕は友達の家に泊まったりするタイプの男じゃないけど……何事にも例外というものはある。結崎の誘いは、その例外に含んでいいと、思った。
結崎が作った飯と、僕が持ちこんだ飯を食って、ついでに結崎にビールを飲ませたら、あっという間に寝た。
お酒には弱いらしい。
結崎を自室に寝かせると、窓から早乙女さんがやって来た……という場面である。
挨拶代わりに、最近耳に入った情報を口にする。
「告白が成功して剛力と付き合うことになったんだって? おめでとう」
「……なんで知ってるの?」
「剛力→新田→相沢さん→鮫島→僕という経由で伝わってきた感じかな?」
「鮫島さん、如月君にはそういうこと話すんだ……」
「早乙女さんも話すでしょ? お互い様で当然のことだし、いずれはクラス中にバレる。開き直って新田みたいになった方が後々楽だと思うよ?」
「いや……アレはちょっと、見てるだけで恥ずかしいよ……」
「まぁ、付き合いからは人それぞれだから、剛力と模索していくといいと思うよ。今後は結崎に頼らずに、二人で協力して関係を構築していくといい」
僕の言葉に、早乙女さんは眉をひそめた。
口元を緩めて、僕は肩をすくめて言葉を続けた。
「こんな時間に女の子が、男の部屋を訪れちゃいかんでしょ。常識的に考えて」
「如月君に、しのぶくんとのことをどうこう言われたくはないけど?」
「じゃあ、誰なら言う権利があるんだ? 剛力か? それとも、結崎自身か? 結崎の所にやってきては、度々相談を持ちかけてることを剛力が知ったらどう思う?」
「…………それは」
「夕飯のお裾分けなら玄関から来ればいい。他愛もない話題なら明日話せばいい。今すぐ思い付いたことを誰かと共有したいのなら……今後はメールを使うか、剛力と共有すればいいんじゃないかな? 剛力のことを想っているのなら、特にね」
人との絆や、共有した時間を無視する正論を吐く。
正論ほどムカつくものはないけど……それでも、剛力のことを考えれば、早乙女さんはそろそろ結崎から多少距離を置くべきなんだと、僕も思う。
話を聞いて欲しいだけなら、これからの話は結崎じゃなくて、剛力とすべきだ。
「剛力のことがなかったとしてもさ、結崎は植草のお姉さんとお付き合いしてるんだから自重した方がいいって。相談したいことがあるからって、いつも通りに窓から覗いたらエロいことしてたとか、普通に嫌でしょ」
「嫌っていうか、ものすごく気まずいんだけど……」
「でも、お付き合いって基本そういうコトですよ?」
例えば、友達の宿屋の主人とその嫁が、夜中に庭先で大人のちゅーしてるのを初めて見た時は多少ショッキングだったけど、何回も見てると、ムカつくを通り越してこいつらはくっついてないと死んじゃう病気なんだと納得できるようになる。
「残念ながら、嫉妬心が存在する限り、男女間ってのは多少の距離感が要るんだよ。それがお互いのパートナーを傷付けないコツってやつだ」
「如月君って、胡散臭い結婚相談所の受付の人みたい」
「結構キツいこと言いやがるよなぁ!」
「じゃあ、如月君はどうしたらいいと思う? 私は男だからとか女だからとか、そういうのはなしで、しのぶくんとは仲良くやっていきたいの」
「携帯電話のメール機能ってそういう時に使うもんじゃないの?」
「生徒会長がしのぶくんの携帯を見る人だったら、気まずくなっちゃうじゃない」
「それは『他人の携帯電話を勝手に見る人』の発想だと思うけど……まぁ、剛力が悩まなきゃいけないことだからいいか……そもそも、携帯電話には個人情報を守るためにロック機能ってもんがあってだね?」
「………………?」
「はい帰れー。もう帰れー。後は、剛力に教えてもらえー。クッキー作って配るとか女子力高いことできるんなら、携帯の機能くらい少し活用しやがれー」
「うああああっ!? 危ないってば! 窓際、窓際だからっ!? 如月君の、意中の女子以外は扱いがぞんざいな所はすごく苦手よ! 鮫島さんには優しいのに!」
「残念、意中の女子じゃないんだ。僕は、僕に優しい人に優しいだけです。ちなみに僕はそうやってやたらと男女をくっつけようとする所はかなり苦手だな!」
「卯月さんと鮫島さんだったらどっちが好き?」
「どっちも好きだよ! 古賀ちゃんや結崎と同じくらいにはね!」
早乙女さんを追い出して、窓を閉めてカーテンを閉める。
こうやって苦境に立たされることで、人は成長をする。この場合は早乙女さんが携帯電話の機能を活用するようになるってところか。
待つこと数分。ほんの少しだけ窓を開け、早乙女さんが自宅に戻ったのを確認してから独り言のようにぽつりと呟く。
「早乙女さんって、頭におがくずとか詰まってたっけ?」
「確かに頭は良い方じゃないけど、そこまでじゃないだろ」
予想通りというかなんというか、結崎は起きていた。
顔は真っ赤だからお酒には弱いんだろうけど、一杯で酔っ払うほどじゃないらしい。
肩をすくめつつ、結崎は口を開いた。
「ったく……オレができずにいたことを、あっさりとやりやがったな」
「馬鹿は言わなきゃ分からない。馬鹿って言えば聞こえは悪いけど、要するに素直なんだよね。……だから、言えば分かってくれるよ」
「そうだな。確かに……そうだ」
自分に言い含めるように、結崎は息を吐いて首肯した。
僕の気のせいなら嬉しいけど……その表情は、とても寂しそうに見えた。
「ねぇ、結崎」
「……ん?」
「楽しい時間を終わらせるのは悲しいことで、終わらせることを躊躇するのは普通のことなんだよ。最近はいたたまれない気分になることがあったとしても……ある程度楽しかったことは、否定しちゃいけないしね」
「………………」
「誰も彼もが、古賀ちゃんや新田みたいに、男らしく率先して行動できるわけじゃない。植草みたいに肝心な時になにかと戦えるわけじゃない。……結果的に、早乙女さんに伝えることはできたんだ。伝える時期は遅れたかもしれないけど、それで良しってことにできない?」
「……与一からそんな言葉を聞くとは思わなかったな。目的は金か?」
「いや、目的のブツは既に手に入れている。お腹がいっぱいでもう食べられない」
「この男……思った以上に安いぞっ!?」
「結崎ほど安くはないよ。で……会長とのお付き合いは上手くいってる?」
「会長との交際は順調過ぎて特に言うコトはねーよ……今の所はな」
「そつのない回答だねぇ。だが、あえてあの会長を知る人間から言わせてもらおう」
一呼吸置いて、植草五郎なら当然のように指摘するだろうことを、口にする。
「植草美恵子との交際が『順調』に進行するわけねーだろ」
きっぱりと断言する。それだけは確実である事実を、一つだけ指摘した。
結崎は、ほんの少し目を細めて、乾いた笑いを浮かべた。
「与一。今から……今から、ちょっと嘘を吐くから、騙されてやってくれないか?」
「なんだい?」
「オレはあの人が好きだ。付き合いたいって、本当はそう思ってる」
その乾いた横顔は、傷だらけだった。
誰にも見えない傷跡だけど、僕は感じたままにそう思う。結崎忍という男は、とてもとても面倒な性分を背負い込んだこの小賢しい男は……とても頭が良くて、繊細で、人との距離や空気を大切にする、優しい奴なのだ。
善くて、優しくて……どこからどう見ても、優しいだけの、普通の男だった。
腕を組む。覚悟を決める。真っ直ぐに結崎を見つめた。
「お前に嘘は似合わねぇよ、結崎。お前も早乙女さんと同じで素直だからな。付き合いたいなら付き合いたいで……そりゃもう、仕方ないよ」
「……そうかな。オレはこう見えて……結構たくさん、嘘を吐いてんだぜ?」
「いいや、お前が吐いた嘘はたった一つだけだ。それは醜悪な他人に抑圧された果てに生み出された経験則による虚構だ。生きて行くために、お前は嘘を受け入れた」
「いきなりなに言ってんだ? 中二病か?」
「結崎、お前は『誰かの望む自分じゃなきゃいけない』という嘘を受け入れて、恋愛で相手にわがままを言う機会を失った。計算したり、態度を伺ったり、機嫌を見ながら愉快にトークしたり……相手に合わせるだけの対話ってのは、ものすごく苦しいはずだぜ?」
僕の言葉に、結崎は唖然とした表情を浮かべた。渇くよりもさらに沈んだ表情。
そんなことは思い付きもしなかったと言わんばかりの……奪われた誰かの、顔だ。
「考えなくてもいいんだ。小賢しく立ち回らなくてもいいんだ。思い付いたことをそのまま口に出していいんだよ。僕や植草はその程度で結崎を嫌いにならないし、早乙女さんだって、きっとそうだ。お前の言葉一つで過剰に傷付いたり泣いたりする奴は……お前が知っている、醜悪な誰かだけだ。暴力を結崎に押し付けた奴だけだ。あの会長が、結崎の告白で過剰に傷付いたり泣いたりするところが想像できるか?」
「………………」
「今回みたいに、僕を頼っちゃってもいいんだ。それと同じように……早乙女さんだって言えば分かってくれたはずだし、会長だってお前を悪いようにはしない。言葉を選ぶのは大事だけど、思ったことをそのまま伝えてもいいんだぜ? 自然を装って遠ざけようとしなくても、言えば分かるし、少しくらい傷付けちゃってもいいじゃん。お前はその五倍くらい傷付いちゃってるんだからさ」
「…………そう、かな」
結崎の表情は苦しそうだった。それでも、僕の目をしっかりと見返していた。
さっきのように、茫洋として、曖昧で、枯渇した表情よりは、ましになっていた。
「会長と一緒にいるのは、楽しかった。『誰か』に合わせなくても良かったから、すごく楽しかった。馬鹿みたいだけど……本当にそれだけで十分だったんだ」
「馬鹿じゃない。それは普通の理由だよ。新田は『良い匂いがしたから』で、古賀ちゃんは『顔が可愛かったから』で、神谷に至っては『ちょろかったから』だぜ?」
「……ある意味、男らしい理由じゃね?」
「否定はできないな」
「でも、ふられるのも怖いな。滅茶苦茶怖い。告白した結果、会長の方が変わらなくてもオレの方が気後れする。……っていうかさ……女の子は苦手だ。分からん」
「男が女を理解できるようになったら、それは世界の終りが近いってことだよ。逆もまた然りだ。お互いに馬鹿だと言い張りつつ油断ならないのが、男女の正常な関係だよ」
「そのセリフは中二病っぽいな……とりあえず、一晩考えてみる」
「まぁ、そうだね。相手は会長だし、慎重になり過ぎるのも悪くないと思うよ」
「……ところでさ、与一よ」
「ん?」
「明日、オレは五郎とどんな顔して会えばいいんだろうな?」
「植草なら笑って許してくれるよ……たぶん」
元シスコン……いや、今も普通にシスコンなので、下手するとぶん投げられるかもしれないけど、その辺は僕には関係ないので気休めだけを言葉にした。
まぁ、たぶん大丈夫だろう。
へたれてようがなんだろうが、僕らはどこまでも男の子なのだから。
辛いことでも、笑って許さなきゃいけないことが、たくさんある。
関係ないと言い張ってきた。関係したくないと逃げ続けてきた。
それは、どう足掻いても逃げられない『恐怖』がそこにあったからだ。祖父が亡くなり元恋人と別れるまでの間、たった一年と少しの間に結崎忍は心を散々にへし折られた。
木っ端微塵の壊滅状態で、もう二度と恋愛はいいやと、そんな風に思った。
たまたま地雷女に引っかかっただけとは、どう足掻いても思えない。
自分は最善を尽くした。自分は悪くない。運が悪かっただけ……そんな風には、どうしても思えない。
本心はたった一つしかない。
(オレが悪い)
結崎忍は、そんな風に自分を責めることしかできなかった。
自己を嫌悪し、苛み、痛め、苦しめることしかできなかった。ヘタレと言われようがどうしようが、痛みを乗り越えて生きることが、結崎忍にはできなかった。
そんな自分を情けないと思う。
そんな自分が見苦しいと思う。
しかし、そんなみっともない自分だからこそ、彼女に惚れたのだ。
「……で、意を決した時に限って生徒会が休みってのはどういうことなんだろうな」
三年の教室も覗いてみたが美恵子はおらず、こういう時に限って携帯電話は繋がらないし、メールにも返答が無い。
「しゃーねぇか。間が悪いのはいつものことだ」
内心、かなり気落ちしながら、憂鬱な気分を抱えて仕方なく家に帰った。
「お帰りなさい、結崎君。ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ、た、し?」
玄関の扉を開けた途端に、なぜ生徒会が休みになったのか、全てを悟った。
エプロンを身に付けた制服姿の美恵子が、お玉片手にそこにいた。
「……なにしてんスか、会長」
「家出&結崎君にお話&こういうべたべたなボケをやってみたかったの」
「えっと、とりあえず聞きたいんですけど、どうやって家に入ったんですか?」
「古そうな鍵だったから、ピッキングツールでちょいちょいっと」
「もしもしおまわりさん」
「はい、ちょっとストップ。国家権力に助けを求めるのは、私の話を聞いてからにしてくれない? どうしても結崎君の助けが必要なの」
「助けが必要って明らかに数日くらい泊まる気満々じゃないですか! なんだその大荷物! 会長の後ろにキャリーバッグが三つくらい見えてるんですがねぇ!」
「好きな女の子が泊まりに来た……これはチャンスだよ?」
「その女の子が狙ってるのは雨風凌げる寝床であって、オレじゃねぇから!」
「分かったわよ……で、いくら欲しいの? お金ならあるわ」
「色々とサイテーだな! マジでサイテーだな! ちったぁこっちの気持ちも考えてくれねーかなマジで! 今日改めて告白しに行ったオレがアホみたいじゃん!」
「あ、そうなの? んじゃ、泊まっても問題ないね」
「…………は?」
「今日から彼氏彼女でしょ? 態度保留のままとか正直面倒だし、いっそ付き合っちゃおうかって思ってたから良かった良かった。私は家出先が確保できるし、結崎君は彼女ができる。結果的に三方一両得って感じかな。損よりはいいよね」
「………………」
ざっくりとした感じで、あっさりとお付き合いが決定した。
思った以上に劇的ではなく、思った以上に簡潔で、思った以上のことは起こらない。
忍は少しばかり眉間に皺を寄せて、大きく息を吐き、美恵子を見つめた。
「……なんで家出なんてしたんですか?」
「両親が数日ほど海外旅行に行くから……まぁ、彼女と二人きりにしてやろうという姉からの粋な計らいだね。前回と違って親と喧嘩をしたわけじゃないから、安心してね」
「三方一両得って言いましたけど、一番得してんの五郎じゃないですかね……。まぁ、そういう事情ならいいのかな。あとでオレから五郎にメールしておきますよ」
「よっしゃ、宿代浮いた! らっきー♪ あ、念のために言っておくけど、エロいことは今のところは禁止の方向で」
「しねーよ」
「しないのっ!?」
「なんで滅茶苦茶驚いてんですか。付き合い始めでエロいことするわけないでしょ」
「押し倒す勢いで迫れば、ちゅーくらいは許可するかもよ?」
「押しません。倒しません。迫りません。言っておきますが、オレは会長より面倒な男なので長期戦になることはあらかじめ覚悟しておいてください」
「ふぅん……まぁ、これでバランスとしてはちょうどいい感じかな? 今のままだと私の方が有利過ぎるしね。如月め……あの男も、小賢しい真似をしやがるわ……」
「はィ?」
「ゲームの話よ。人を殺したり自分が殺されたりする、銃撃戦メインのオンラインゲームがあるんだけどね、いっそ結崎君も引き込んじゃおうと思って」
「………………」
冗談めかして言いながら、美恵子は笑った。
しかし、忍は知っている。その目は全く笑っていないし、冗談でもなんでもない。
地雷女に一年以上付き合って身に付いてしまった察しの良さで、美恵子が笑顔の奥に隠した本性と、鬼気迫るなにかを、忍は感じた。
とはいえ……そんなモノが見えたのは、ほんの一瞬だけ。
「ところで、結崎君。なにか私に言いたいことはない?」
「会長のことが好きです。オレと付き合ってください。あと、そのエプロン滅茶苦茶似合いますね。素敵です」
「……パーフェクトよ、結崎」
見て見ぬふりはせず、結崎忍はきっぱりと告白して、植草美恵子はあっさり折れた。
思った以上に劇的ではなく、思った以上に簡潔で、思った以上のことは起こらない。
かくて、この日を境に二人は彼氏彼女になった。
関係ないことなんてない。
彼はそのことを見て見ぬふりをした大人で。
彼女はそんなことも知らない子供だった。
これは、関係ないと思っていた『なにか』に、彼女が足を取られた話である。
優しさを振りまくメリットは多大だ。周囲の人間の士気が高揚し、この人のためならと多少の無茶をしてくれる。優しい会話をすることで疲労が多少紛れ、緊張状態が緩和し、良い仕事や勉強ができる。
デメリットもあるけど、それは厳しさも同じこと。
バランスが一番重要だと思う……と、なんの実にも薬にもならないことを書きつつ、次回の最終話に続きますww