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生徒会長のお仕事に、オレは関係ない

放課後にPCいじったり書類整理しながら、ただダベるだけのお話。

 誰かがやったことを、別の誰かが尻拭い。

 別に珍しいことでもなんでもない。





『しのぶくん! 質問があります!』

『質問はいいんだけど、窓から侵入するのはいい加減にやめてくれよ……』

『よく考えたら、私……剛力君と全く接点がないから、どうやって接点を持ったらいいのかよく分からなくて……』

『武も雪奈も部活に所属してるんだから、雪奈の方で帰りの時間合わせてやりゃいいんじゃねーの? あとは……無難に与一か五郎にあたりに頼めばいい。オススメは与一』

『与一……如月くん?』

『おう。五郎も頼りになるけど、恋愛方面なら与一だな』

『……私、あんまり如月くんは好きじゃない』

『なんで?』

『なんでも』

『……まぁ、帰りの時間合わせるだけでも好意には気づくだろ。普通の男なら』

『そ、そうだよね! うん……頑張るよ!』

『おう。頑張れ……普通の男なら、絶対に気づくから。普通ならな』



 忍の学校には、名物生徒会なるものが存在する。

 会長の名を、植草美恵子という。前髪ぱっつん、後ろに伸ばした髪は長い。大きな目。長いまつ毛。ほっそりとした顔立ち。体の凹凸は優れている方に入るだろう。顔で得をして性格で損をするタイプ。告白される頻度は高いが振ったり振られるのはもっと速い。

 自他共に認めるブラコンであったが、最近はちょっと事情が違った。

「これが……これが孤立無縁! 私の生徒会は色ボケてしまったようね!」

「会長、うるさいです。あとここが分からないんで教えてください」

「えっと、ここは空野君がやってくれてた所だけど……ああ、うん。この資料の通りに進行してくれれば問題ないね」

 美恵子に書類の作成順序を教えてもらいながら、忍は溜息を吐いた。

 放課後、夕陽が射す生徒会室で、生徒会長と二人きり。

 普通ならわりと憧れるシチュエーションではあるが、結崎忍にとって、植草美恵子はそこそこ苦手な人物であった。

(美人だけど、五郎の姉貴ってのがな……)

 美恵子の弟である植草五郎は、忍のクラスメイトで友達である。

 生徒会とは全く関係のない忍が生徒会に関わるようになったのは、五郎が原因と言って差し支えない。なにがあったのか忍は詳しく知らないが、彼の恋愛事情のゴタゴタが色々と重なった結果、生徒会は空中分解とも言えるダメージを受けたらしい。

 生徒会で一番仕事をやっていたクラスメイトの空野博が腕をへし折られ。

 縁の下の力持ち的少女である坪倉五十鈴が完全に五郎の味方になり。

 副会長二人がそれぞれの事情で、生徒会に関わることが難しい状況になった。

 忍は博に頼まれて生徒会を手伝っている身分であり、正式なメンバーではなかったが毎日押し寄せる仕事量に若干辟易していた。

「はぁ……副会長二人がこの時期に恋愛をおっ始めるなんて思ってもいなかったよ。せめて、任期を全うした後にして欲しかったなぁ」

「会長のせいで恋愛ができなかったんじゃないですかね?」

「いや……うん……そんなことはないと、思うよ?」

 自信なさげだった。少しだけ心当たりがあるらしい。

 溜息を吐きながらも、忍はデータ入力の手を止めたりはしなかったが。

(空野の野郎、面倒な用事を押し付けやがって)

 クラスメイトである空野博から頼まれて、こうやって生徒会の仕事に参加することになったのだが、現状動けるメンバーは三人しかいない。

 忙しい時期ではないらしく、美恵子一人でも仕事は回るそうなのだが、やっぱり人手は必要なようで、そこそこ忙しかった。

 美恵子も手を動かしながら、ゆっくりと溜息を吐いた。

「フラグは去年から立ってたんだよねェ。文枝ちゃんのお相手は荒瀬君のお兄さんで先代生徒会の書記だったわけだし、荒瀬君のお相手は文枝ちゃんの妹さんだし。……正直、二人とも怪しいとは思ってたのよね」

「じゃあ、遅かれ早かれこうなってたんでしょ? つまり自業自得ってことです」

「むぅ……結崎君はクールだね。私の嫌いなタイプの男の子だ」

「そりゃ悪ぅございましたね。オレは弟を女に取られたからって、公園でこっそり泣けるような熱い人間にゃなれませんよ」

「むぐっ……」

 痛い所を突かれたのか、美恵子は押し黙った。

 その表情を見て、忍は少しだけ溜飲を下げる。この生徒会長はやたら奔放でブレーキが利かないが、恐ろしいほどのやり手だ。普段からぐぅの音も出ないくらいにやり込められこき使われている身の忍としては、数少ない反撃のチャンスだった。

 少しだけ手を止めて、忍はぽつりと言った。

「まぁ……ブラコンの気持ちはよく分かりませんが、確かに五郎は一緒にいて心地良い奴ですよね。ウチのクラスに神谷って奴がいるんですが、五郎にべったりですし」

「私の弟は女どころか男にまで狙われていたとは……萌えるね!」

「あんた実は馬鹿なんじゃねぇかなっ!? 神谷にはちゃんと彼女いるからね!?」

 ツッコミを入れつつ、忍は溜息を吐いた。

 べったりというのは比喩でもなんでもない。忍には『近過ぎるのに反発の生まれない距離感』というモノが全く理解できなかったが、神谷真は植草五郎に心を許しているし、逆もまた然り。

 恐らく、五郎に関してのみ言えば、その距離感を育んだのは生徒会長なのだろうが。

 自分を恐れつつ、他人を恐れない距離感。

「そういえば、生徒会長は誰かとお付き合いしたりはしないんですか?」

「前はお付き合いしてたんだけど、男の方から離れていっちゃうんだよねぇ」

「だからって弟に傾倒するのもどーかと思いますよ……」

「……ふと思ったんだけど、その情報ってどこから仕入れたの? 空野君? 五郎ちゃんが私の評判を下げるようなことを五十鈴ちゃん以外に言うはずないし……」

「先日の騒ぎと、生徒会室に通うようになってからの会長の言動と、今の状況を鑑みて推測しただけです」

「へぇ、小賢しいんだねぇ」

 少しだけ棘のある言葉だったが、忍はあえてなにも言わなかった。

 言うはずないし。

 こういった言動を筆頭に、美恵子は度々『おっかない』言葉を使い続けている。

 他者の行動や言動を推測できるように束縛する……美恵子にはそういう『おっかない』側面がある。

 だからこそ、クラスメイトである空野博は代理に忍を指名したのかもしれない。

「会長、幸せそうな連中に嫉妬してるからって、八つ当たりはやめてください」

「ちぇすとー!」

「うおおっ!?」

 拳が真上から振ってきたので、忍は慌てて回避する。

 ガシャッ! という派手な音を立てて、拳はキーボードに突き刺さった。当たり前のことだが女性の腕力でキーボードをへし折ったりはできないが、それでもその迫力だけは十二分に伝わってきた。

 顔を上げると、そこには般若よりなお悪い、無表情の美奈子が立っていた。

「ふふふ……事実をありのまま口にするだなんて、結崎君は人を怒らせる天才だね☆」

「いや、オレも彼女とかいないんで立ち位置としては会長と全く変わらんのですが……そもそも会長は彼氏とか欲しいんですか?」

「欲しいね! 滅茶苦茶欲しい! 五郎ちゃんがいない今、ものすごく欲しい!」

「自分の弟を普通に『男』に含めてるあたり、色々と終わってますよね……」

「そうだね。……確かに、五郎ちゃんには色々やり過ぎたとは反省してるよ。だから、今後は彼女である五十鈴ちゃんに丸投げするって決めたの」

「……そうですか」

「結崎君は私と同じ立ち位置って言ってたけど、彼女とか欲しいの?」

「人並み以上には欲しいですよ」

 公園でこっそり泣いている美恵子を見てから……本当になんとなくではあるが、忍は恋愛関係の話題に関しては、腹を割って話すようにしていた。

 美恵子が完全に開き直って、腹を割って話しているからかもしれない。

 もちろん、恋愛経験豊富というわけではないのだが。

「ウチのクラス、なんだかんだで最近カップル率が上がってきてましてね。正直に言えば滅茶苦茶羨ましいです。オレも彼女欲しいなぁと、心底思いますね」

「心底思うだけで行動はしないんだ?」

「好きな女がいなきゃ行動とかできないでしょうが」

「誰でもいいから付き合いたいとか、そんな感じでいいじゃん?」

「嫌だよ。アホか」

「結崎君はツッコミの時だけ容赦がなくなるね。ちなみに、今までの恋愛経験は?」

「中学三年から高校一年の半ばまでお付き合いがありましたが、県外に進学した彼女が別の人を好きになったそうなのでお別れしました。距離感ってとっても大事ですね」

「……え? そういう設定なの?」

「設定じゃねぇよ!?」

「結崎君みたいな心象風景がドブ沼っぽい男子が、そんな切ない恋愛とかやってるはずないじゃん!」

「心象風景がドブ沼って酷過ぎるだろ! あと、言うほど切なくねーし。最後の方とかもう面倒な事務手続きでしたよ。彼女の方はなんかテンション上げて泣いてましたけど」

「おぉ……私、結崎君が凹んでるところ、初めて見たかもしれない」

「なんでちょっと嬉しそうなんですか……」

「私は凹んでる男子が大好き」

「趣味悪っ!?」

 腹を割って話したことを少しだけ後悔しつつ、それでも少しだけ気が楽になる。

(あるいは……ここまで計算でやってんのかね? この会長様は)

 なんとなく、忍はそんなことを思う。

 植草美恵子は『おっかない』女だと忍は思う。ふざけているように見えるくせに仕事はしっかりできていて、ユーモアたっぷりで、全体的に物事を見据える視野があって、計算高く、自分のことをしっかりと把握している。

(羨ましいよな、そーゆーのって)

 心の中でだけ肩をすくめて、書類の作成を終えた。

「会長、終わりました。印刷するんでチェックお願いします」

「んー……プリンター使いに行くのめんどいなぁ」

「おい」

「結崎君は明日も来る? 来ないんなら、今チェックしちゃうけど」

「明日も来ますよ。会長のチェックが通っても、教師がなんだかんだ口出してきてリテイクってのがよくあるじゃないですか?」

「あれ、すごく腹立つよね。仕事で広告作ってるわけでもないのに、馬鹿みたいに細かくてどうでもいい所まで指摘してくるし……指摘するくらいなら自分でやりなさいよね」

「空野は逆のこと言ってましたね。会長はちょっと大雑把過ぎるって」

「うぐっ……そんなことは、ないと思うな」

「人によって感じ方はそれぞれですけど、確かなのは『指摘が正しかろうが間違っていようが作ったモノにケチつけられると腹が立つ』ってことでしょ。それは人間だからしゃーないので、帰りにちょっと買い食いして溜飲下げるのが一番良いと思います」

「んじゃ、私の奢りでいいから味噌ラーメンを食べに行こう!」

「ちょっと買い食いってレベルじゃねぇぞ! コンビニスイーツくらいでいいだろ!」

 抗議したものの、美恵子の中でラーメンを食べに行くことは既に決定しているらしい。生徒会長なのにあっさりと資料を片付け、PCの電源を落とし、帰り支度を始めた。

 とはいえ、確かにちょうどいい時間でもあるし、腹も減っている。少し悩んだ結果奢りという言葉に釣られることにした。

「…………お」

 そこで、タイミング良く窓から柔道部の帰宅風景が見えた。

 柔道部の中でも特にごつい男の隣に、幼馴染が寄り添っている。もちろん料理部の幼馴染と柔道部のクラスメイトでは帰宅時間が少し異なるのだが、その辺は恋する少女が偶然を装って時間を合わせたのだろう。

 なんとなく、忍は口元を緩めて二人を見つめた。

「結崎君、行くよー?」

「はーい」

 美恵子に声をかけられると同時に、忍は二人から視線を切って歩き出す。

 幼馴染の恋路に特に思うこともなく。

 今は、面倒な生徒会長と味噌ラーメンを食べることだけ考えることにした。



 なにも思わない。なんとも思わない。思うことなどなにもない。

 幼馴染だとしても……他人の恋路なんてそんなもんだ。

 結崎忍は、そんな風に思っている。

前書きで『放課後にPCいじったり書類整理しながら、ただダベるだけのお話』と言ったな? 実は次回もそうなんだ。

……うん、なんかごめん。

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