わん×3!
「ただいま~・・・」
山を下り、祖父ちゃんの家まで帰って来る。境内に入る時に誰に聞かせる訳でもなく、帰宅時の挨拶をする。じゃりじゃりと境内に敷き詰められた小石を踏みしめ歩き続ける。
「ただいマ~!」
俺の後ろから聞こえてくる元気な声に、正直どうすれば良いのかと考えてしまう。全くと言って善後策が浮かばない。
結局、あの祠での後、サンと名乗るこの少女は帰宅する俺に付いて来たのだ。何度言っても離れず、何を言っても功を成さなかったのだ。下山道中、後ろを振り向けばさも当然とばかりにニコニコと嬉しそうな
笑顔で後を付いて来るのだ。
(祖父ちゃんや祖母ちゃんにどう説明しよう・・・)
俺の不安を他所に境内を物珍しそうにキョロキョロと物色するサン。何がそんなに楽しいのか、尻尾を出してブンブンと左右に大きく揺れている。ていうか尻尾は今まずいだろ。幸いにも今は境内に人はいないが、もし見られた俺も上手く説明出来る自信は全く無い!
「あのぉ…サンさん?尻尾はまずいので戻してくれないですか?」
我ながら遠慮がちにお願いをしてみる。仕方ないだろう。至って普通の高校生である俺が、未知の生き物に対して高圧的に物事を進める事なんて出来る訳がない。俺は普通の高校生なのだ。
自分よりも背が低い彼女の顔を伺うと、呆れた様な少し怒っている様な顔をしていた。俺はもしかして、何かやらかしてしまったのだろうか。一瞬背中が冷やりとするが、彼女から出た言葉は意外なものだった。
「やまとハさっきからサンをサンサンと呼ぶけど、サンはサンだゾ?だからサンをサンと呼んだらいいゾ!」
あ、あぁなる程。
そう言えば出会ってからパンダの様な名前で話しかけていたな。それがサンには不満だったのか。少し呼び難いし、ここはお言葉に甘えようかな。ほぼ初対面の女の子を呼び捨てにするのには、若干の抵抗もあるが、まぁ子供だしいいだろう。
「わかったよ、これからは『サン』って呼ばせてもらうよ」
「うんうん。それでいいゾ」
そう言ってまたもや尻尾をパタパタと振り続ける。だからそんなモノを誰かに見られたらどう説明すれば良いんだよ。あれか?ベタにコスプレ少女とかで取り繕うか?こんな田舎の町でコスプレなんて説明すれば、『痛い子』確定だ。とにかくサンには尻尾を自重してもらう事にしよう。
「サン、俺以外の人の前では尻尾と犬耳は出すのは禁止。駄目って事な?わかるか?」
首を可愛く傾げて、不思議そうな顔をする。
「なんでダ?」
想像通りの言葉ですよ。1から10の説明をしてもこの犬娘に理解出来るかどうかは非常に怪しい。ならばどうすれば理解出来るか。
う~ん…。
腕組みをして、サンにどう言えば上手く理解させる事が出来るのかと思案している時にサンから思いがけない事を告げられた。
「なぁなぁ?やまとー?サンの耳と尻尾は、やまとじゃない人に見せたら駄目なのカ?」
「もっ、勿論!今のこの現代社会において犬耳・尻尾の犬っ娘なんて漫画やアニメやゲームの世界だけの話なの!もし誰かに見られた大変なの!わかるか?」
俺は慌てて、サンに犬耳・尻尾は人目についたら駄目だと話す。漫画やアニメと言う言葉が、何を意味するのかは分かっていない様だが俺の必死の表情が少しでも伝われば良いと思った。サンは俺の真似をし両腕を組み「う~ん…」と一声唸り、俺に言った。
「でもナ?やまとの後ろにタカツナとトキコが居てるゾ?サンの耳も尻尾も今見られてるゾ?」
「…へ?」
あまりに間抜けな返事だ。人間呆気にとられると、本当に満足に返事をする事も出来ないのな。ていうか『たかつな』と『ときこ』って誰よ?
ん?いやいや…。まてまて…。
サンから出た言葉が何を言っているのか、一瞬わからなかったけどこの名前は俺の記憶が正しいのなら、俺はその名前を知っている。
そう考えて恐る恐る後ろを振り向く。そこには竹箒を手にし、目を見開いている人物が居た。戌月寺住職『二上高綱』とその妻『二上季子』である。要するに俺の祖父ちゃんと祖母ちゃんだ。
汗が額からも腋からも、蛇口を捻ったかの様に出てくる。
(どうする!?どうするよ俺!?祖父ちゃんと祖母ちゃんになんて説明する!?)
頭と目をグルグル回してとりあえず言い繕う事を考える。
「大和…?その方は…?」
竹箒を持つ祖母ちゃんが俺に話しかけてきた。
(どうする?どうするぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?)
「あ、あは。あはははは!いや、この子さ最近流行りの犬のコスプレをしてるんだよ!!コスプレ!祖母ちゃんわかる?役になりきる!って感じでさ!いや~、戌月寺に犬のコスプレ少女ってなんだか狙い過ぎて逆に面白いよね!!」
兎に角まくし立てた。先程コスプレ案は自分で却下した筈なのに、いざ咄嗟の状況になった時にこれほど強引で咄嗟に出るとは思ってもいなかった。身振り手振りで早口でまくし立てる俺に祖母ちゃんは、呆気に取られている。
(このままいけるか!?)
俺の浅はかな思惑は、当然の如く戌月寺の現住職である祖父ちゃんによっていとも簡単に砕け散った。
「大和や。こちらのお方は、もしや犬神様じゃないのかの?」
はいバレたー!一瞬でバレたぁぁぁぁ!!
てかなんでわかったのよ祖父ちゃん!?しかも努めて冷静に、さして驚く事もなくさ!?俺なんてサンに出会ってから驚きと発汗の連続だよ!?
「い、いやだなぁ~。何を言ってるのさぁ…」
俺の悪あがきも意に介さず、祖父ちゃん達はサンを見つめている。そして問題の、当の本人であるサンはサンで祖父ちゃん達を見てまたもや尻尾を大きく揺らしている。
「タカツナ!トキコ!サンだゾ!久しぶりだナ!匂いですぐにわかったゾ!いつもサンの寝ていたトコ綺麗にしてくれてありがとうナ!!」
そう言って犬っ娘スマイルを祖父ちゃん達に向ける。あぁ、なんて事だ。こんな非現実的存在を、祖父ちゃん達に見られてしまうなんて…。いや見られているのだから、やっぱり夏の暑さとかで俺が見ている幻では無いんだな。それにしても、祖父ちゃん達に向かって言った言葉が気になる。『久しぶり』と言う部分に。俺が訝しげにしていると、祖父ちゃん達がサンに近づきサンの手を取った。
「お…、おぉぉ…!犬神のサン様!?やはりワシらが昔聞いた声はサン様のお声じゃったのか…!!」
サンの色白い両手を取り、身体を震わせ今にも泣き出しそうな祖父ちゃんと祖母ちゃん。一体祖父ちゃん達とサンに何があったんだ?明らかに3人ともお互いの存在を知っている感じだ。サンの事を誤魔化そうとしていたのが阿呆らしい。
「祖父ちゃんも祖母ちゃんも、サンの姿を見ても驚かないの?犬耳に尻尾だよ?」
俺が疑問に堪りかねて二人に話しかける。ハッと我に返った祖父ちゃんがサンの手を離し、向き直り話してくれた。
「驚きはせんよ。この寺は元々、大昔にご先祖様と苦楽を共にした犬神様を祀る寺じゃ。他の神社、仏閣の様に神様や仏様を奉っている訳じゃない。悪しきモノから民を守りその身を捧げ、この地に平穏と繁栄の礎となって下さったお方じゃ。それにのぉ、ワシと婆さんの祝言をあげた日に、あの祠でワシらはサン様のお声を聞いておるんじゃよ…」
そう言って祖父ちゃんと祖母ちゃんが何やら遠い目と言うか、懐かしむ目をしている。祖父ちゃんと祖母ちゃんが祝言、つまり結婚した日だよな。何十年も前の話か。
「その日にね、私とお爺さんと二人でサン様の眠る祠で祝言の報告をしたんですよ。『今日私達は夫婦になります。犬神様、健康で明るい家庭を築けます様に』って」
祖母ちゃんが目を細めて当時の事を振り返っている。
「そうじゃったのぉ…。その時じゃな。祠に奉ってある石碑から声が聞こえてのぉ。ワシも婆さんもお互いを見合わせて驚いたもんじゃて!」
そう言って祖父ちゃんは右手を頭に添えて、ワッハッハと笑い出した。隣で祖母ちゃんも上品に笑っている。
「そうですな?サン様?」
祖父ちゃんに声をかけられたサンは勿論だと言わんばかりに答えた。
「そうだゾ!サンは身体は外にまだ出れないけど時々起きる事があったんだゾ。起きてる時はあこから少しダケしか見たりは出来なかったけど、その時にタカツナとトキコが来たんだゾ。サンはお願いされたから言ったゾ」
『二人共優しイの匂いするから大丈夫ダ!』
「でしたな」
「でしたねぇ」
サンの言葉を見計らったかの様に祖父ちゃんと祖母ちゃんも同じタイミングで嬉しそうに話す。今の話を聞いているだけだと、割と本当に神様っぽいなとも思うけど、如何せん犬耳尻尾の着物で獣っ娘。何属性の神様なんだか…。
「その後、サン様のお声を聴く事は御座いませんでしたが、サン様の言う通り子宝にも恵まれ孫にも恵まれ、妻共々幸せに暮らしております」
そう言って深々と二人は頭を下げた。もう完全に3人で出来上がっている話に、どこかおいてけぼりの俺はどうすれば良いんだろうな。自分のポジションと言うか立ち位置がわからなさ過ぎて居心地が悪い。今は聞き手に回る方が整理し易いかもしれないけど、そんな俺の心境を他所に会話が続いている。
「先程、孫である大和と話している姿を見てもしやと思いましたが、長生きはしておくもんですなぁ。お声をかけて頂いた時よりひと目お会いしたいとは思っておりましたが、まさかご先祖様と共にした犬神様のお姿を本当に拝見出来る日が来るとは思いもせんでした」
「えぇ、本当に私も驚きました」
「サンは無くなった力をずっと元に戻るまで待ってたからナ。こうして身体を動かすのは爺ちゃんと蜘蛛と戦った時以来だしナー」
そう言って両手を空に伸ばし、くわぁ~っと大きな伸びとアクビをする。少しはしたない様にも見えるが、この少女からはそれを感じさせないものを感じる。なんと言うかその行動や仕草の一つ一つが、自然なのだ。
犬だからだろうか?
「祖父ちゃん、祖母ちゃんちょっと良いかな?どうしてサンが此処にいるのか。どうして俺と一緒なのかを説明しても良い?」
とりあえず、俺はサンのアクビを目処にこれまでの経緯を祖父母に説明する事にした。祖父ちゃんは『忘れとったわい!』と言いながら豪快に笑い、祖母ちゃんは終始祖父ちゃんとサンと俺を見て笑顔だった。
「…ふむ。なるほどのぉ。大和や?」
俺のこれまでの経緯を一通り聞いた祖父ちゃんは腕組みをしながら真剣な顔で話す。
「大和はサン様に懐かれたかもしれん。お前にも勿論ご先祖様である金剛様の血を引いておるしのぉ」
そう言う祖父ちゃんの傍に居てたサンは得意げに話す。
「やまとは金剛の爺ちゃんと同じ優しイの匂いすル!サンはやまとと一緒がいいゾ!」
そう言って俺の背後に回り出し、腰辺りをキュッと掴む。
(無意識だよな?めちゃくちゃドキっとしたんだけど…)
犬耳と尻尾があるケモナーだが、はっきり言おう。サンは美少女だ。しかも『天然系天真爛漫犬っ娘ケモナーオブGOD』と言う新ジャンル付きだ。新ジャンルは別として、そんな美少女がキュッと腰元を掴みに来た日にゃ…。普通の男子ならば照れるだろう?俺は絶賛顔が紅葉を散らしている。
「サン様もそう言っておるし、とりあえず…」
「と、とりあえず…?」
祖父ちゃんの次に出てくる言葉に聞き入る。
「とりあえず家に上がって頂こうかの。そして大和や。お前さんは暫くの間、サン様のお傍について差し上げなさい」
「なっ…!?」
こうして戌月寺現住職のお墨付きを貰った犬娘は堂々と現我が家の敷居を跨ぐことになったのだ。サンの傍にいろと言う罰ゲームの様な言葉と共に。
じんわりと吹き出す汗を拭く事も無く、その現実に打ちひしがれる。つい今しがたまで俺の後ろにいたサンは見当たらず、少し目をやると何やら境内にある巨木に近づき、何かを持って笑顔で戻って来た。
「やまとー!!コレ!コレ!!コレやまとにやるナー!あっ!?」
そう言って俺の手前で盛大に転び、サンの両手いっぱいに集められたセミの抜け殻を、俺は大量に被る事になるのだった。