明治の選択
北海道とは・・・広い大地と・・・近代農業に・・・近代漁業・・・日本の食糧倉庫として発展してきた・・と誰もが・・・北海道の歴史には本来の日本の姿が隠されている。
そもそも明治維新はなぜ起こったのでしょうか・・黒船の来航・・外圧によるものなのでしょうか・・世界的な社会変革の時代が始まったからなのでしょうか。イギリスの産業革命、フランスのルネッサンスと言う二大革命が世界に大きな社会変革をもたらすカギとなっている事は確かだと言えるでしょう。明治維新、そして北海道開拓この二つの事項がリンクしているのは北海道の開拓が明治政府の意思であり日本国の権力者が成し遂げようとした富国強兵と言う野望と欲望を示唆しているのではないでしょうか?
北海道開拓の歴史に札幌農学校の設立があります、これは当時のアメリカ農務省の長官が推薦したマサチューセッツ農科大学の学長クラーク博士を学長に迎えて発足した学校なのです。講師はそれぞれマサチューセッツ農科大学の中から選ばれ当時では日本の中で英語で授業を受ける先進的な学校でありました。初代の生徒には名だたる人々が在籍していました。つまり政府は外国の先進的な科学や技術を受け入れ列強各国の仲間入りを果たし世界のイニシアティブを勝ち取ろうと考えていたのでしょう。しかし、本質は違っていました日本の帝国主義国家は右翼に偏り個人的な感情の入り込む余地など存在しなかったのです。その上層部を設えていたのが資本家達であり何よりも資本がものを言う世界へと変貌していったのです。
北海道の開拓はきれい事には程遠い状況を作り上げました。それは資源の略奪でありました鉱物資源、森林資源、海産資源、等であります。そして、北海道の自然は明治の開拓期に大きな打撃を受けました。札幌農学校には博物学の学科もあった様ですが全てが資源開発が最大の目的だったのです。北海道の山々は測量の為に征服されて行きました。そして炭鉱が多く作られ環境に配慮しない採掘は川を汚し生き物が住めない世界を作り出して行ったのでした。農業も同じような状態だった様です、農業入植者の記録を読みますと農作物は殆どが軍需品であり旧陸軍が買い上げていました、その事は北海道で消費される米が殆ど本州米であった事が大きな意味を持って現代にまで伝えています。また、信じられない話ですが鉄鉱石から鉄を取り出す際に副産物として生産されるクロム鉱さいを除草剤として多く使っていたのです、猛毒であるクロム[植物が死んで行く]を環境下に放置し農業地帯に使用するなど配慮が欠けているし自分たちが食する物を生産していればそんな事は長く放置されなかったでしょう。次に森林資源ですが日本の林業は森林の中から有益な木材資源を抜粋して切り出すのでは無く、必要のない木まで全て伐採する皆伐方式を常にしてきました。外国の学者の本を読みましたが、この方式は環境に配慮する事が難しく土壌の流出を招くばかりではなく生態系を大きく損なう可能性があり長期の林業が難しくなるとの事でした。北海道の様に冬が厳しく年間の多くの時間を雪に覆われている環境下では自然環境の破壊はダメージが温暖な地域よりも大きくなり失われた生態系を取り戻す事は困難な事なのです。つまり、自分たちが住む所をこの様に無造作に資本の事だけを優先して開発して行った事は北海道が真に開拓地であった事を否定しているとしか言い様が無いのです。日本が軍事国家であった事は誰もが知っているでしょうが北海道がこうして開拓されていったとは誰も知らないでしょう。
一方では北海道の開発は北海道最大の河川である石狩川の治水工事が最大の険難事項でした。一年の半分を雪に覆われている北海道の土壌は泥炭が多く耕作に適した土地はあまり無かったのでした。石狩川は融雪期になると反乱を繰り返し石狩川の水を農業に活用するには治水事業が最も重要な課題だったのです。石狩川水系の河川改修とダムの開発は現代もなお続いていますが、石狩川が大きく氾濫したのは昭和56年が最後でした。長く降り続た雨がツイシカリ[アイヌ語の地名で古い時代には北海道最大のアイヌとの交易の場所でした。]と言う所で大きく氾濫したのです。この時の降り始めからの雨量が200ミリでした私は200ミリで川が氾濫するなんて本州なら何時でも氾濫しなけばならないと不思議に思っていたのですが北海道の泥炭という水はけの悪い地層が災いしている事に最近気づいたのでした。
北海道の農地開発には多大な資金が投じられています。新篠津と言う農村が在りますがこの一帯は水はけが悪く運河の建設が急務だったそうです、しかし資金がなく戦後やっとドル借款で作られたそうです戦後すぐのお金でなんと35億円だそうです。日本には戦後、沖縄と北海道に開発局が設けられました北海道の開発予算は殆どが農地開発に充てられて来ましたが、その金額の莫大さを測り知る事は容易い事ではないでしょうか。北の零年と言う映画が上映されたようですが馬と人の力だけで北海道の農地が開かれ現代の農地が存在しているなんて夢の様な話を勝手に作り上げないで欲しいです。北海道には至る所に囚人道路が在ります。石狩川に定期船が運航されたのも樺戸監獄にいる人々の物資を輸送する為でした。囚人に道路建設をさせる為に船まで配備してどんな待遇で労働を強要していたのか網走監獄の資料館を見れば一目瞭然です。ニセコの昆布温泉に胸まで深さの温泉が今でも営業しています。この湯ぶねは囚人風呂と言う物で一度に沢山の人を入浴させ時間の短縮を図る為の工夫でした。とても人間に施した施設や行為ではなかったのです。従軍慰安婦にしても朝鮮人捕虜にしても明治時代の日本人の心に何が起こっていたのか位ははっきりと明記すべき事項である事は間違い無い事だと信じています。
近代日本は帝国主義と言う軍事国家だった北海道は屯田兵制度で作られ農業従事者も日本国軍の指令の下に国家の有益な産物を生産すると言う名目で特権的な扱いを受けているのである。そんな社会を象徴する様な出来事が北海道の歴史の中に残っている、それが昭和30年代の話で北海道警察の本部がアイヌの素行調査を大々的に敢行すると言う人権をほとんど無視した行為が警察権力下で実行されているのである。日本国憲法と言う見えない支配者が存在する日本には平等や人権などと言う絵空事が存在してはいけないのであると明記しておこう。権力の正統な行使を保つ事が警察の最大の責務である筈で権力者に諂い権力者の領分を保護する事に尽力する事など単なる権力の癒着でしかないのです。こんな事が罷り通っている日本国の住人である事に憤りを感ぜずにはいられないのです。
北海道開拓とは明治政府の姿であり北海道の歴史を知る事は日本の社会構造を垣間見る瞬間であると言う事が次第に見えて来たと思います。北海道の市町村はどんなに小さな街でさえ上下水道が整備され最新の設備が享受出来る様になっている。新幹線こそ未だ開通していないが鉄道の路線は北海道を網羅している、また北海道の鉄道の収支を考えれば新幹線の敷設が如何に無謀な行為であるかが伺えるの筈である。また北海道の道路整備には除排雪と言う多大なコストが必要なのにも関わらず高速道路の整備が大きく進んでいるのである。北海道のインフラは本州のインフラ維持管理コストを大きく上回り人口密度に対してのインフラ整備率が高すぎるのが現状のようです。では何故この様な不条理な資本のつぎ込み方をしなければならないのかと言う事に行き着くと思われるのですが。北海道は元々から採算など度外視して開発が進められて来た経緯があります。札幌冬季オリンピックの建設計画は殆ど札幌の街を作り変えてしまうほどの大規模な投資が行われました。地下鉄建設、道路建設、橋の建設、ホテルの建設、現代の札幌の姿はオリンピックの時にできた物と考えても良いくらいです。札幌は北海道では唯一の政令指定都市であり札幌と言う街のシステムは東京の23区に匹敵するインフラを備えています。それは総合病院の数、各区にある公共のスポーツジムや図書館など日本の最北の雪国で最適な暮らしを約束されているのが札幌と言う街です。それは北海道の行政を司る北海道庁が有り中央官庁の出先機関が軒を連ねて転勤族のオアシスを作り上げて来たからであります。しかし、札幌の財政は良くはありませんし国の補助金がないとインフラの整備も自主的には進められないのが現状です。札幌市内を走る市電の活用計画が数年前に発案されましたが進捗状況は惨憺たる物で1億5千万の車両を入れ替えるのに何年も必要としているのです。そもそも、大正時代には札幌市内を網羅するほどに張り巡らされていた市電をたった何キロかしか保存して来なかった物を再活用すると言う馬鹿げた机上論だけが優先されると言う街の状況だけでも奇妙であります。これもまた明治政府時代からの夢の話の続きなのでしょうか?官僚が作り上げて行く支配社会が北海道と言う世界である事は間違いないのではないでしょうか?
北海道の開拓の歴史の中で殖産興業と言うがあります、それは官庁が始めた事業でサッポロビール、明治乳業などがそうです。明治の北海道には繊維を作る工場や製紙会社と言った工場が多く作られ現在も稼働しているものも多くありますが廃れてしまった物のほうがそれを上回るだけ存在しました。なかでも繊維産業は大規模な工場が作られたにもかかわらず現在では現存する物はありません。珍しいのが澱粉と甜菜糖の工場です北海道の広い農地で生産されるジャガイモ、トウキビは澱粉に加工され蒲鉾の原料になったり紙を作る時の原料になったりしています、甜菜などは砂糖の原料ですが非常に価格が低い産物です。北海道と言う大地につぎ込まれた農地開拓費と広い大地を耕す高価な農機具、農業関係者の高い給料を賄う産業としてはあまりにも貧弱でありますし、それこそ通貨の安い国から輸入する方が賢明である筈です。北海道の豊かな自然と大地はそんな事にしか利用できないでいるのです[北海道には豊かな原水があり砂糖や澱粉を作るには適している、また製紙業も大量の原水を必要とする為に北海道に適している]。ノウハウを蓄積する時間は十分にあった筈なのですが・・・・豊かな大地と開発予算がつぎ込まれた耕地が貿易の自由化に消滅しようとしているのです。
後書き
色々、北海道について書き連ねましたが北海道民でもない私が勝手な事ばかり言って申し訳ないとは思っております。しかし、私が北海道に住んでずいぶんと長い年月が流れてからでないと本当の北海道は見えてきませんでした。日本の国の空洞化が進んで来て色んな産業が衰退して行く中で北海道だけは他人事の様に冷静でした。いや『試される大地』と命名された時点から自主性は失われて中央官庁に全てを委ね責任の転嫁を図ろうとしている様にも感じました。どうして北海道が特別な地域なのか不思議でしたが誰に聞く事も出来ないでいました。疑問に思いながら北海道の歴史を読み解く中で私が書いた事よりもっと過激な内容の本も存在しました。北海道に住む人々は戦後に移住した人が多く現実には大昔の過激な帝国時代の話は知らないのが本当でしょう。そして、色んな所から移住して来た人々が寄り添って暮らしているから人の痛みに触れる事はなるべく避けたいのが本音だと思います。しかし、現実から逃避して話をでっち上げてまで綺麗事だけで済ませようとする姿勢には迎合する訳にはいかないのです。北海道の本来の姿を見つめてこそ次の時代が見えて来るだろうし豊かな大地を無駄にしない為にももっと北海道を知る必要が有るのではないかと思われえるのです。札幌オリンピックの時の大回転の会場が支笏湖の畔にある恵庭岳だった事も殆どの人が知らないでいます。ましてや世界情勢などどこ吹く風とばかりにまるで関心は無いのです。TPPの締結の行方を見守っているのは殆ど農業関係者だけでしょう一般市民に2兆円の経済損失が及ぶとされる北海道の経済に関心など無いのが現状なのです。北海道の資本はいったい何なのか何を重点に伸ばして行けば経済が活性化できるのか、そのキーワードが不透明すぎるし誰も問い掛けはしないのです。しかし、北海道が豊かでデンマークの様に世界的な幸福度の高い土地に成り日本のリードして行く様になる事が本来の開拓使の意思では無いかと思うのです。なんと北海道の面積はデンマーク一国と殆ど同じだそうです。実現できない筈は無いのです。