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鈴那AND明理の珍道中記

作者: 瑠々

★きのこを探してみよう!


 月夜の晩に採りに行こう!

 金目斑(きんめまだら)の森を抜けて、新緑色の宝石を右に曲がって採りに行こう!

 宝石のようなその輝きと、うっとりするようなその味は、食べたら絶対忘れられない。

 それは夢のような素敵なきのこ。

 人はそれを、夢々儚茸(ゆめゆめはかなだけ)といった。


*出発しよう!


夢々儚茸【ゆめゆめはかなだけ】|(名)きのこの名前。珍しいきのこで宝石などの鉱物がある山の中にひっそりと生える。それゆえか、微妙に虹色に発光する。染料にも使われる反面、とても美味しく、高級食材として高値で取り引きされる。夢見るようなおいしさからこの名が付いた。



 テーブルに置かれた紅茶のポットから、たぽたぽとカップにお茶を注ぐ。

 うっかり肘がぶつかって、机の上に積み重ねてあった本の山がバサバサと床に散らばった。

「やや、いかん。大事な本が……」

 拾い上げようとして、鈴那(レイナ)は開いた図鑑をしげしげと見つめた。

 カラーの写真が入ったそのページは丁度一つのきのこについて書かれている。

「……おもしろい」

 他の本を手早く元通り積み直し、鈴那はその図鑑を拾い上げた。

 読み進めると、そのきのこは酷く変わっている。

「ほほぅ。奇特なきのこもあったもんだな」

「……何がです? いきなり変なこと言いだして。また何か企んでるんじゃないでしょうね」

 茶菓子を取りに行っていた明理(メイリ)が不審そうにこちらを見る。

 カフェオレの入ったマグカップを向かいに置くと、ため息を着いて盆を机に置いた。

 茶菓子のココナッツサブレがてんこ盛りにされた菓子盆をテーブルに置いて、カフェオレの置かれた向かいの席に腰掛ける。

 もう、何回彼女の思いつきに振り回された事か……。

 思い出しただけでも涙が出そうだ。

 そんな明理を紅茶のカップ片手に一瞥した鈴那は眺めていた図鑑を示した。

 静かに促されるまま斜め読みした明理が興味なさそうに呟く。

「……宝石の中に生えるきのこねぇ。贅沢ですね」

「それしか言えないのかお前は」

 明らかにがっかりしたように言った鈴那に明理はため息をついた。

「他に言いようがないでしょう? ところで光るのに食べれるんですか」

「らしいな。美味しいらしい。食ったら、光ったりしてな」

「……本当に光ったら、嫌ですね」

 ずずずっとカフェオレを啜りながら明理が適当に切り返す。

 手を伸ばして菓子皿のサブレをパクついていた鈴那は顔を上げて首を傾げた。

「染料に使われるくらいだ。舌が微妙に虹色になるだけじゃなかろうか」

「……まぁ、どうでもいいですけどね。実際、そのきのこを食べるわけじゃないし。だいたい、変なものを食べ物屋さんが出すわけないでしょう」

「そりゃ、そうだが……。気にならないか?」

「何がです?」

 無関心を通してカフェオレを啜る。

 嫌な予感がひしひしとした。

 そりゃぁもう、ひしひしと。

「幸いと、つい最近、この近くに鉱山が発見されたことだし」

 明理にとっては全くの初耳であった。

 しかし、その鉱山。

 一体、どれほど近い位置にあるのやら。

 彼女の言う『近い』はいまいちあてにならない。

 十キロ先にできた吊り橋を近場だというくらいに……。

「ここは一つ、探しに……」

「却下っ! 却下ですっ! そんな生えてるかわからんきのこ探しに行くのに十日や二十日も家開けていられるわけないでしょう!!」

「なら、五日や六日ならいいのか?」

「いいわけあるかっ! あぁ言えば、こう言う! まったく、近頃のレナさんは……」

 しかし、近頃も何も、ずっとこうだから苦労しているのだ。

 迷惑も休み休みにして欲しいと、明理はたまに思っている。

 不思議な七色のきのこを食べてみたくないといえば嘘になるが、そんな馬鹿高いきのこはろくなもんじゃないだろう。

 『香り、松茸。味、シメジ』で言うなれば、明理は間違いなく味、シメジ派であった。

「うぅ、リーが意地悪をする……」

「意地悪じゃないっつーとろーが! だいたい、きのこって毒とかあるし、見分けるの大変だって聞きましたよ? 間違って毒きのこ食べたらどうするんですか! わたしゃ、若い身空で死にたくないだけです」

 もっともな意見であった。

 机の隅っこでのの字を書いていた鈴那はパッと振り返って身を乗り出す。

「見分けるのは楽だって。だって、虹色に光っているのだろう! だいたい、宝石の中に生えてるのなんてこのきのこぐらいだ。簡単、簡単♪」

「あぁ、この人は本当にもう……」

 手に負えない。

「毒味はボクがしてしんぜよう!! いざ、きのこ狩りにしゅっぱーつ!」

 かくして、幻のきのこ夢々儚茸を探す二人の旅が始まった。


*森を歩こう!


 自宅を出てしばらく歩った先にある、一年中葉が落ちない不気味な森は『金目斑の森』と呼ばれていた。

 どうして金目斑なのかは不明だが、とにかく周辺住民はその森に余り近づきたがらない。

「おぉ~、立派なものだな」

 森の入り口で暢気そうに見あげた鈴那を明理は恨めしそうに見た。

「どうしても此処を抜けていくと言うんですか?」

 森だというのに、日の光を殆ど入れていないような、ほの暗さ。

 生い茂った木々の葉は光を通さないほど分厚く、道はどんよりと暗い。

 中を歩くには、きっと絶対松明か何かが必要になってくるだろう。

「レナさん、明かりを……」

「うむ。心得た」

 背負ったリュックから取り出した杖をブンブン振る。

 ポッと杖の上に付いた水晶玉が明るく光った。

「……いつも思うんですけどね」

「うん?」

 杖を持った鈴那を先頭に獣道と言った方が正しいような道を歩きながら明理が言った。

「その杖の明かりの付き方が、電池切れっぽいライトを無理矢理振ってつけてるような……」

「………失礼な。由緒正しき魔法の杖を捕まえて電池切れのライトとは」

「だって、振るとつくってどうなんですか?」

 光をたたえる水晶玉に照らされて、辺りに不気味な陰影が付いた。

 そこら辺の物陰から、わけの解らない魔物かなにかが飛びだしてきたらどうしようと明理は秘かに身震いをした。

 先導してズンズン進む鈴那は怖くも何ともないのか普通の道を歩くようなノリで、ピクニックかなにかのように歩いている。

「振ると付く。単純明快でよいではないか」

「魔法の杖とかいうんでしたら、せめて呪文か何かで……」

「唱えている時間が無駄だな」

 サラリと言い切った鈴那に明理はため息を付いた。

 時間が無駄だという理由で呪文が省けたら、世の中魔法使いさん達の反感を買いそうだ。

 と、いうかそんな些細な理由で省けるこの人が規格外なだけなのだろうか。

「しっかし、暗い森だなぁ」

「そうですね……。森って普通もう少し明るいものじゃないですか?」

 言った明理を鈴那が不思議そうに振り返る。

「お前、知らないのか?」

「何がです?」

「金目斑の意味」

「えぇ? あったんですか、意味なんて」

 初耳だ。

 ただ、周りに住んでいる人たちがそう呼んでいたので倣って呼んでいただけだ。

 意味など考えたこともない。

 金目斑という名が付いている割に、この森に金目斑色などは、見える範囲で存在していない。

「森なのに、落ち葉一つ地面に落ちてないのはおかしいとか思わぬのか?」

「あ、言われてみれば……」

 地面にはささやかに生えた草等しか無く、木の実も、木の葉も落ちていない。

 ただ、むき出しの地面があるのみ。

 人は恐れて滅多に入ってこないと言う森。

 誰かが掃除しているとは思えなかった。

 やれやれとため息を付いた鈴那は足元の石を拾い上げた。

 手のひらで握り込めるほどの小さな小石。

「名が付いているからには、それなりの意味が必ず存在するものなのだ」

 厳かに言いながら、鈴那は杖を持ったまま小石を握り振りかぶった。

「な、何してるんですっ!」

 不穏な動きに、慌てて止めに入ろうとした明理を無視して鈴那は石を木に向かって投げた。

「光れ!」

 端的に命令を下して飛んだ石に杖を向ける。

 カッと辺りに光が満ちた。

 ソレはさながら満月の光のように柔らかく辺りを青白い光で照らす。

「見るがいい、これが金目斑の正体だ」

「な……っ!」

 光に照らされ、浮かび上がった深緑の葉。

 その中心辺りが金斑色に光っていた。

 よくよく見ると、ソレは目だ。

 猫の目の様に金斑色の眼の中心に縦長の線が入っている。

「金目斑というモンスターだ。普段は枯れ枝にくっついて光合成して過ごす。まぁ、人畜無害なやつらだよ」

 のほほーんと説明する鈴那の横で、明理は頭上を見上げたまま拳を握りしめた。

 ざざーっと風が森を抜けて、数枚の葉が木から落ちてきた。

 目の前を落下する一枚の葉の中心の目が動いて此方を見る。

「………」

 硬直したままソレを見る明理に鈴那が首を傾げた。

「どーした?」

 地面に着地したその葉の中心に出来た金斑の目がくりくりと動いて辺りを見回す。

 カサリ、音をたてて、その葉から枯れ枝のような緑の細い足が4本生えた。

 カサカサと地面を移動していったソレは何事もなかったように木を登り、隙間のあった枝にブラリンとぶら下がった。

「………ぎ、」

「…ぎ?」

 壊れた機械の様に声を絞り出した明理の顔からざーっと音を立てて血の気が引く。

「リー?」

 鈴那が呼んだ名前が合図になった。


「ぎゃぁぁぁぁっ!」


 辺りの静寂をつんざくような、明理の大音量の悲鳴にざーっと音を立てて上から葉っぱもとい、金目斑が大量に振ってくる。

「うぉっ!」

 光を灯した杖を頭上に掲げて頭を庇った鈴那の目の前で金目斑の奇襲を受けた明理が恐慌状態に落ちた。


「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「あぁ、待て! 馬鹿者!」

 金目斑を大量に張り付けたままダッシュで逃げていく明理を鈴那がなるべく金目斑を踏みつけないように大股で追いかけてゆく。

 負けるな明理!

 件の鉱山はもうすぐだ!


*探してみよう!

「レナさぁ~ん、本当に道はコレであってるんでしょうね?」

「うむ。間違いない、こっちだ!」

 そういいつつ早四日が経過していた。

 毎回毎回、同じ質問に同じ答え。

 いい加減に飽きてくる。

 そもそも、地図とコンパスを持っているのは鈴那であったが、その地図というのが自宅から鉱山までの簡易の小さなものではなく、バーンと大きな世界地図でしかも、それが逆さまになっていることに、まだこちらが気がついていないとでも思っているのだろうか。

 ……いや、彼女のことだ。

 まったく故意ではないのだろう。

 むしろ、地図さえ見ていない。

 見ていたらとっくに気が付いているはずだ。

 毎回いつも思うのだが、今度からは自分が地図を用意して、自分で持って進もうと思う明理だった。

「そろそろ、滝か崖が出てきてもいいはずなんだが……」

「……やっぱり、いつものパターンですか? もう毎回落ちるの嫌ですよ、私」

「そうか、いい加減ネタが同じなのは面白みがないな」

「そうですよ。いい加減落ちるネタはやめましょう」

「と、言うことで崖に到着したようだ」

「何故、そうなる!」

 嘘でない証拠に切りたった崖が眼下に広がっていた。

 ひゅるる~と風が吹き抜ける。

「レナさん、まさかとは思いますけど……」

「案ずるな。ボクとてそう、毎回、毎回、崖っぷちジャンプするわけあるまい?」

「そうですよね。いくらレナさんだって学習能力ぐらいありますよね」

 信じて良いんですよね、と安堵した明理の肩を鈴那がポンと叩いた。

「さ、降りようか」

「ちょっと待て! 結局落ちるんかいっ!」

「人聞きの悪い言い方はやめたまえよ。ボカァ、降りると言っただけ……」

「意味的には同じでしょうが! 感心した私がお馬鹿さんでした」

「……リー、間違いは誰にだってあるさ。深く、気にするな」

「あんたが言うな! あんたがっ!」

「リー、あんまり深く考えると頭がパゲますわよ?」

「だったら、怒らせるようなことせんでください、頼むから!」

 ゼーゼーと肩で息を詩ながら怒鳴るだけ怒鳴った明理は、言うことは言ってしまったので努めて落ち着こうと努力していた。

 一方、鈴那は眼下にぽっかりと空いた幅一キロほどの崖を見下ろして口笛を吹く。

 下は遙彼方。

 ここを普通に降りていくとしたら、一体、何が必要だろうか?

「やっぱ、一昔前の忍者マンのように風呂敷で…こう、ひょーっと……」

「普通、そういうことを人間がなんの訓練もなしにやったとしたら、アウト・オブ・ヒューマンな貴方以外、確実に、死にます」

 言った側からキッパリと否定される。

 ちなみに彼女が言っていた忍者マンのように、とは漫画などでよくありそうな風呂敷を両手両足に掴んで、ムササビのように滑空していくアレである。

「うぅむ、では気球でも作って……」

「そんな時間があるなら、今からでも引き返して、お家で市販のキノコ鍋しましょうよ」

 やっぱり否定される。

「やはり、ここはワンパターンと言われようが……」

「な、な、なんですか。ワンパターンって、まさか……」

「特攻じゃーっ!」

「いぃ~やぁぁ~っ!」

 かくして二人は崖っぷちに飛び込んでいった。



「あぁ、いい汗かいたなぁ……」

「レナさんだけね」

 崖下、先ほどの場所から一キロは離れただろうか。

 飛び込んだ二人は、川底がとても深く、流れが比較的緩やかな川だったために特に怪我もなく、生還する事に成功していた。

 命からがら這い上がった明理と違い、随分と余裕の鈴那はご満悦で洋服の裾を絞る。

 二人が這い上がった先の縁の側面には都合良く横穴が空いていた。

 まるで洞窟である。

「……そんな安易な……」

「しょうがなかろう。ページと時間がないのだ」

 どこぞの物書きのようなセリフをいいつつ、鈴那は物珍しそうにその洞窟を覗き込んだ。

 薄暗い洞窟の奥の方は、何やら得体の知れない薄ぼんやりとした光が漏れている。

「どうやら、件の鉱山とやらはこの崖っぷちのことだったらしいな」

「……レナさん、四日掛かる場所は近くちゃいます」

 一人で納得し、頷く鈴那に泣き笑いのような表情の明理がボソリと言う。

「そうか? 十日はかからなかっただろう」

「そういう問題じゃないんです。近くって言うのは、歩いて三分とか、そういう距離の事をいうんです! ここまで、何日かかったと思ってるんですか、あぁたはっ!」

「四日」

「あぁ……」

 要領を得ない鈴那に脱力しながら明理は項垂れた。

 この人にはこう言うことを言っても無駄だったかもしれない。

「まぁ、何はともあれ鉱山らしき物体Xに到着したし、さぁ、サクサク入ってサクサクキノコ狩りして帰ろう」

「はいはい。もう何も言いませんよ。さっさとそのキノコ採って帰りませう」

 投げやりな明理を従えて洞窟に入っていった鈴那は、しかしすぐに立ち止まった。

 分かれ道である。

「どっちにします? 四つも分岐がありますよ」

「うむ。ボクの野生の勘があっちだとささやいている」

「じゃ、反対側にしませう」

「何故だ!」

「あてにならんから」

 そう言って一人ずんどこ進んでいった明理はすぐに戻ってきた。

「どうした?」

 聞くと、不機嫌に

「行き止まりでした」

 っと答えた。どうやらこの現実を受け止めたくないらしい。

「やはりボクの勘通りに進む方が無難だぞ」

 意気揚々と突き進む鈴那の横を、心底認めたくなさそうに進む明理。

 道はくねくねと曲がりくねっていて、途中何度も分岐があった。ちょっとしたゲームでよくあるダンジョンのようだ。

「スライムとか出てこないかなぁ」

「出てこなくて、全然オーケーですから」

「そうかぁ?」

「そうです! 頼みますから、不吉な事いわんでください」

 わめく明理にぷぅっと頬を膨らませて不満をアピールした鈴那は、それでも前へ進んだ。

 しばらく行くと、二つ別れの分岐があり、入り口付近からぼんやりと光っていたものの正体が姿を現した。

 新緑色の宝石である。

「綺麗ですねぇ」

「エメラルドだな」

「あの、宝石のですか?」

「うむ、間違いない。そもそもエメラルドという宝石は……」

「あ、説明はいいです。どうせ聞いてもわかりませんから」

「………そうか?」

 どことなく残念そうな鈴那をよそに明理が適当に左側の道に入っていった。

 しばらくして、戻ってくる。

「何か、沼がありましたよ。ドドメ色の」

「沼とな? ………その道はハズレに違いない。っと、するとこっちの道がビンゴだな」

 言うなり鈴那はさっさと右側の道に入っていった。

 そここはエメラルドの鉱山のようで壁にみっしりと新緑色の石が生えて(?)いる。

「すっごーい! ねぇ、レナさん。きのこやめにしてこっちの宝石持って帰っちゃいましょうよ」

 明理が目をキラキラさせながら呟くように言う。

 鈴那は、わかってないなぁ~と首を振った。

「我々はきのこ狩りに来たのだ。宝石狩りではないのだぞ。だいたい、宝石は食えない」

「売れば食べれますよ」

「イヤだ。めんどい!」

 キッパリと言い切った。

 どことなく残念そうな顔をしながらも明理がきのこ探しに参戦した。

 真ん中辺りから探し初め、結構広いその鉱山の隅っこまで隅々探すも、見つからず諦めて上を向いた鈴那があっと声を上げた。

「……天井に生えてるじゃないか」

「天井っ?! なにゆえ、天井っ?!」

 夢々儚茸、それは天井に生える根性のひんまがったきのこでもあった。


*料理してみよう!

 かくして、虹色に光る高級食材、夢々儚茸を無事に手に入れた二人は、帰りの洞窟でも道に迷いつつも無事に6日かけて帰宅した。

「さぁって、鮮度が落ちないうちに調理して食そうではないか!」

「収穫六日目で鮮度っていっても、ねぇ」

「何を言う! 取れたてのぴっちぴちじゃあないか!」

「むしろ、しなびてるんじゃぁ……」

 幸いと、きのこはしおれていなかった。

 しかし、問題はその調理法である。一体、どんな料理をすれば一番美味しくきのこが食べられるのだろう。

「やはり、ここは焼くしか……」

「何でそうなるっ!?」

「きのこと言えば焼ききのこだろう! こう、シンプルにサッパリと焼いて醤油でもってひと思いにカップリと」

「……レナさん、鍋にするって言ってませんでしたっけ?」

「いつ誰が鍋だと言った。鍋を食したがっていたのはリーだろう」

「いっそうのこと、松茸のように土瓶で蒸せば……」

「外道だ! 土瓶なんて外道だ!」

 二人とも、見るとはなしに籠に摘まれたきのこを見た。

 きのこは虹色の燐光を放ち、何とも言えず綺麗だったが、いかんせん図鑑に書いてあったほど美味しそうには見えない。

「お、おいしいんだよな。このきのこ」

「美味しくなくちゃ高級食材とはいいませんよ」

 少しドキドキしながらキノコをつまみ上げる。

 つるんとした手触り。何となくヒンヤリとしているソレは、きのこというよりゼリーのような食感かもしれない。

「いっそうのこと……」

「こんなに沢山あるんですから、一通り作ってみましょうよ」

 かくして二人は調理を始めた。

 未知の味、夢々儚茸を。


*食べてみよう!

「さて、料理もできたところだし。食べてみるか」

「なんか、えらくハイスピードですね、レナさん」

「なんにせよ、時間が無いのだ。前の前の章でページをとりすぎたのだ致し方あるまい」

 もっともらしくそう締めくくり、箸を持って手を合わせる。

「いただきます」

 食べる気満々であった。

「まぁ、いいですけどね。いただきまーす」

 挨拶はしたものの、二人ともいっこうに手をつけようとしていなかった。

 謎のきのこに気圧されて、互いに相手の出方を伺っているのだ。

 何せ、光は天井に生えているわで普通のきのこではないのは十分に立証されている。

 これ以上変わったことはないだろうが、万が一ということもあった。

「確か、レナさんが毒味してくれるんじゃあ……」

「……そんな昔のこと、よく憶えてるなぁ、リーよ」

「昔って、あ~! レナさん。とぼけようとしてもだめですよ! ちゃんと先に食べてもらいますからね!」

「……食べろったって、どうやって食べりゃいいんだ」

「どうやってって……」

 二人ともそこで黙り込む。

 それもそのはず。

 件のきのこは焼いても、煮ても、蒸しても、とろとろに溶けてしまうのだ。

 よもや氷だったというオチではないだろう。

 一応染料にもなるきのこらしく、焼いた後には虹色の汁、というか水が。

 煮たり蒸したりしたものも全部残らず水になってしまっていた。

「……本当に食えるのか、コレ」

「だって、食用でしょう? 食べれなかったら食用って言わないから」

「そうだよなぁ。食えるよなぁ」

 箸で謎の水になったきのこを突っつく。

 たちまち箸は虹色になり、うっすら燐光さえ浮かんだ。

「食ったら間違いなくベロ虹色だな」

「そうですね。きっと虹色ですね」

「いっそうのこと飲み物として……」

「飲みます? 止めませんよ」

「……人として止めておこう」

「じゃあ、どうするんですか、その調理済みきのこ」

「どうしようか」

 二人して顔を見合わせていると近所のご老体が通りかかった。

 机を占領している夢々儚茸を見て、愉快そうに笑う。

「珍しいものを、たべとるのぉ」

「やや、ご老人。このきのこをご存知で?」

「おぉ、おぉ。しっとるわい。美味いきのこでな、舌が虹色になるのがいただけないが……」

「あの、食べ方をご存知でしょうか?」

 控えめに明理が聞くと、ご老体は嬉しそうに頷いた。

「ありゃあ、生でないと食えん。料理すると夢のように儚く溶けて水になっちまう。だから、夢々儚茸なんじゃ」

 お礼に残ったきのこを差し出すと、ご老体は嬉しそうに帰っていった。

「……こういうオチだったとは」

「はぁ、だから夢々ですか」

「儚い、という意味を考えるべきだったな」

 夢々儚茸。

 それは儚い夢のきのこ。

 ただし、食べるには根性がいるかもしれません。

最後までおつきあいいただきまして有り難う御座いました。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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