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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第1章 新しい日常
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09 魔術式

 魔物との戦闘は続いていた。その数は倒しても、減ることはなくむしろ増えてくる。


 コタロウのズボンに入っている携帯電話が鳴り、周囲を確認してから取り出す。

 画面に映る、サバゲー同好会のジロウの名前を確認してから、電話に出る。

「大佐、俺だ。指示をくれ」

「え、大佐って俺?」

 突然の呼びかけをくらい、コタロウは対応に迷う。

「えっと、ジロウ君は、今どこに?」


 ……反応がない。

 そこでジロウが、この世界では偽名を名乗っているのを思い出す。彼の言葉使いもそれに習っていたものだろう。仕方ない、相手に合わせる。


「スネークか。今どこにいる?」

「現在、敵ゴブリンの後方3メートルにて待機中だ」


 見渡すと、100メートル程離れたゴブリンの集団のすぐ後ろに、木箱が置かれていた。


「スネーク、あんた、一体何してるんだ? 」

「木箱を被っているんだが」

「木箱?なぜそんな……」

「わからない。だがこの箱を見ていたら無性に被りたくなったんだ。いや、被らなければならないという使命感を感じたと言う方が正しいかもしれない」

「使命感?」

「ああ。そしてこうして被ってみると、これが妙に落ち着くんだ。うまく言い表せないが、いるべきところにいる安心感というか、人間はこうあるべきだとう確信に満ちた安らぎのようなものを感じる。」


 セオリー通りのやり取りを交わす。

 成る程、銃のないこの世界でのサバゲー同好会のジロウいや、スネークの特許技術は、隠密行動に依存するものなのか。でなければ、あの様な被り物は目立って仕方ない。街中でも、敵の基地でもなく、ここは草原なのだから。


「こちらは、いつでも奇襲をかけられる。大佐、指示をくれ」

「対象は現在2体いる。前方の標的を一撃で仕留めて、次の対象の不意をつけるはずだ」

「了解」

 返事と同時に、木箱からバンダナを被り、迷彩服に身を包んだスネークが踊りだす。その片手には、峰がノコギリ状になっている大きめのナイフが握り締められている。

 そのまま、後ろからゴブリンの心臓をめがけて、背後から貫く。突然の攻撃になす術もなく倒れこむゴブリンを脇目に、そのまま更に10メール程離れたゴブリンに斬りかかる。やはり距離があったからか、次の斬撃はかわされ、ナイフを薙ぎ払われる。続いての棍棒での反撃がスネークを襲う。それを腕で防ぎつつ、勢いを受け流すように自ら衝撃の方向に飛び、地面を削るようにして着地する。

 スネークは、そのまま距離を取りながら、左胸のポケットからナイフを取り出した。

 その身のこなしを見ていると、近接戦闘もいけそうだ。

 コタロウは視線を外し、自分の方へ向かってくる次のゴブリンへ駆け出した。





 放送部が中継をしている物見台とは街道を挟んで反対側の物見台に射撃部のその生徒は膝打ちの姿勢でクロスボウを構えていた。

 射撃部と言っても実弾を打った経験はない。それに彼の部活の専門はライフル銃であり、ボウガンを手にするのは初めてだ。


 クロスボウの弦を引き、矢をセットする。脇を締め、空を飛行するガーコイルに向けて、標準を合わせる。

 一直線上に敵の姿を捉えたところで、トリガーを引く。

 強化された肉体によって反動でブレる事のなく、真っ直ぐガーコイルの頭部を貫いた。そのまま、地面に向かって直下している様を見て、口が緩む。


(まさか、一発目で当たるとはね)


 初めてのボウガンだ、最初の数発は外れる覚悟でいたのだが。自分の特許技術がもたらした命中精度に改めて衝撃を覚える。

 銃がないこの世界に対して絶望感はあったが、このクロスボウというのも的に当たった時の感覚は同じく気持ちがいい。

 そのまま調子ついてガーコイルを何体も沈めていく。10体程のガーコイルを倒した後、矢の補充の為にクロスボウを下ろした時に、彼の後ろから魔物の奇声が聞こえ、慌てて振り返る。


 途中から緊張感が薄れ、ゲーム感覚の様になっていた。結果、後方からのガーコイルの襲撃に気付くのが遅れてしまったのだ。慌てた矢を籠から取り出してセットする。しかし、相手はそのまま真っ直ぐこちらに向かって飛びかかる。


(間に合わない!やられる)


 そう覚悟した瞬間、ガーコイルの頭上から真っ直ぐにカミナリが落ちた。体が激しく光り、そのまま、真っ黒に焦げ焼かれて落下していく。

 あっという間の出来事に驚き、周囲を見渡す。反対の物見台の上に、その姿を見つけ、肩をなで下ろす。


(そうか、彼女が居たのか)


 そのまま、物見台に向かって親指を立てる。




 射撃部のサインを見て、彼女はほっと息をついた。初めての実戦での魔術式だったが、無事に発動出来た。監視役を務めていたバードウォッチング部が、周囲を見渡しながら話しかける。


「射撃部の奴も無茶して連射し過ぎだよな、サツキ。あれだけ目立てば狙って下さいと言わんばかりじゃないか」

 サツキと呼ばれた彼女は言葉に出さず、表情だけで同意を示す。


 文芸部のヒロトが本の虫なら、数学研究室のサツキは数の虫だ。

 小学校の時から算数が得意で、中学に上がってからも、数学の成績は一番だった。それまではパズルを解く様に数字遊びだと数学に対して真面目に勉強した事はなかった。しかし高校に入ってから、とある数式にハマり、そこからは様々な数式を解く事に快感を感じるようになった。

 国際数学オリンピックという高校生を対象にした数学の祭典がある。

 成績上位に毎年ランクインする日本代表の中でも、彼女は唯一二年連続で満点を取った経歴を残した。

 そんな数字の天才でもある彼女だが、学校社会の中では、ガリ勉という一括りで判断されてしまう。

 すごいらしいけど、よく分からない雲の上の人という見方や、数学しか好きなものがないのかしらと憐れみめいた目で見られる事もある。いつしか、彼女は孤立する事が多くなった。

 彼女の所属する数学研究室も、彼女1人である。


 そんな中でも唯一積極的に、数学を教えてくれと、話しかけてくれたのがコタロウだった。

 コタロウからすれば、

「せっかく教えて貰うのなら、一番数学の出来る人に頼みたい」

 というのだが、他の友達は皆、恐れ多いのか自分の無知をさらすのがこわいのか数学に対して尋ねてくる頃がなくなっていた。


 絶えず忙しそうに数式に向き合っていた彼女だが、教える行為は嫌いではない。実際に中学の頃はクラス全員に教壇に立って指導した事もある。基礎的な問題でも、人に教える事で気付ける点もあるのだ。

 追試で留年生のかかっていたコタロウは決して出来のいい生徒ではなかったが、その懸命な姿勢には好感が持てた。


 そのコタロウがクランを立ち上げたいと宣言した時は心底驚いた。彼も、自分と同じで保守的で、目立つ行動をするタイプではないと思っていたから。

 それでも、そのクランのおかげで、私も同じ立場で戦う事が出来た。この世界では数学が出来ても何の意味がないと諦めていたのに。


 クラン設立に向けて周りのみんなが自分達の技術を色々と試していた。その中でも彼女は数学の公式が解けたところで何の意味もないからと、空いている時間に会計の知識を学ぼうと図書館に通う事にしていた。

 そんなある日、同じ虫仲間である文芸部のヒロトから一冊の本を手渡された。

 それは数学書であり、初めてみる公式に心を奪われて没頭する事となった。

 いくらかの公式を読んでいる内に、公式の表題にある炎や氷、雷といった変わった記号に気付いた。また、数式にはこの世界には存在しないはずのアルファベットも書かれていた。

 表紙の著作者の名前を見ると、そこには筆記体でmakinaとサインがされていた。


 初代皇帝の伴侶で、魔法使いと噂された人の名前だ。これは魔法に関係する数式か何かなのかと思い、その数学書をひたすら読み続けた。しかし、数式の意味は本文には書いておらず、結局の所、自分で解いてみようという理系的な発想に着地した。


 図書館の司書にこの本を借りれないかと、直談判した所、司書は著作者のサインや中のアルファベットを眺め、持って行っていいと了承をくれた。本来ならば、歴史的価値のある貴重な書物のはずだが、司書にはアルファベットが読めなかったのだろう。


 こうして、数学書を手に入れたサツキは、寝る間を惜しんで式の解答に没頭した。何日か経った夜中、誰も居ない食堂でようやく最初の風の式・初級と書かれた式を解く事が出来た。

 解き終えて、読みながら頭の中で検算をする。

 式を解き終えたと同時に、頭上で風の音が鳴っているのが耳に入った。

 埃が球状に渦をまくように舞っている。慌てて、数学書を手に取り、その場所から離れる。風の球はゆっくりと落下してゆき、テーブルの上にかまいたちを起こした。

 飲んでいた紅茶のカップが吹っ飛び、計算に使っていた羊皮紙が切り裂かれる。テーブルの上に無数の傷跡を残すと、やがてその風の流れは収まった。

 やはり、それは魔法の呪文だった。最初に風の式を選んだ事が幸いした。著書であるマキナが火ではなく、風の式から最初に書いていたのは、こういった事態に備えていたからかもしれないが。それでも火の球が発生したらと考えたら、と考えるだけでも怖ろしい。

 割れたティーカップを片付けて、今度は九十九荘の裏庭に出る。

 小石の山を積み上げて、今度は水の式を頭に浮かび上がる。初級式は火の式も、風の式と解法は変わらない。起算値である数字が一の位で九まで成立する式になっている。

 先ほどの風の式は、起算値を計算し易いように1で計算したので、今度は5で計算をする。式の途中には、本には共通項として最初のページに記されていたx.y.zを指定する式を混ぜる。これには、99までの数値を代入出来た。これが、距離や位置をあらわすのなら、センチやキロという事はないだろう。小石の山から3メートル程離れ、y軸に3を代入して、式を解く。


 今度は水の球が現れて、真っ直ぐ飛んでいく。3メートル離れた小石の近くで破裂した。 微妙に距離が外れて、直撃ではなかったが、その勢いに小石が吹っ飛んでいく。

 読みは当たったが、距離感を見極めるが難しそうだ。魔法というと、対象を指定すれば良いのかと思っていたが、そう簡単にはいかないらしい。

 魔法が使えた事の喜びより、理系的な考えが優先されてしまうのがサツキという人間であった。


 翌朝、まず最初に科学部のハカセに報告する事にした。

 ハカセは、この世界の大気中に流れている魔力を術式によって、物理的現象に変換する事が出来るとの仮定を立てた。術式を解く事が、どう魔力の具現化に繋がるのかは分からない。ただ、肉眼では確認出来ないが、魔力が存在している可能性については、既に幾つかの実験により検証を行ってるらしい。

 

 こうして、サツキは魔術式という特許技術を得たのだった。

 しかし、今のこの世界で魔法や魔術の使い手は誰も残っていない。おいそれと魔術を人前で披露するのは避けた方がいい。

 コタロウからも戦闘時においても極力、魔術式の使用は控える様に言われていた。


 仕方ないと固唾を飲み、空のガーコイルの群れを見上げる。


 先ほど発動させた雷式・初級でも、起算値を9にすれば、かなりの範囲のガーコイルを倒せる筈だけど。それでも、いざという時の為に、物見台からの周囲を怠らないで自分の役目を果たすべきだ。





 一方、少し離れた空の上にて。そのガーコイルは驚きを感じていた。

 理屈や理由を考えられる知能も、はっきりとした記憶力もない。しかし、実際にガーコイルと人間との戦いの歴史に於いて、今までありえなかった光景が近付いてきていたのだ。


「ハッハッハーッ!空の王、鳥人間研究会が会長であるヒロシ様参上!」


 おおよそ1メートルはあろうかの大きな白い翼を腕に巻きつけた男が上空20メートルを単体で飛んでいたガーコイルの前に現れたのだ。


 鳥人間研究会とは言え、ただの翼だけでで空を飛行出来る程の特許技術はもたらされなかった。

 彼の装着している翼は、キメラバードと呼ばれる鳥系の魔物の翼である。キメラバードは、おおよそ物理学を無視した巨体にも関わらず空を飛ぶ。それは、翼自体に魔力が働いている為であり、魔物が死んでも翼自体の魔力が失われる事はない。そして、彼はそれを知っていて、その翼をつけているわけではなかった。

 元々彼は小さい頃から、鳥人間の中でも人力飛行機ではなく、よくテレビでネタとしてすぐ落ちていく翼を実際に付けてジャンプする鳥人間に憧れていた。もちろん、彼にもそんな方法で飛べるわけがない事は今は分かっている。だが、特許技術が自分の専門のする特技の延長線であるならば、この世界ならもしかしたら翼を付けて空を飛べるはずのではと信じていたのだ。

 形から入るタイプであった彼は、運動部班の弓道部であった友人に頼み、ほとんど無傷の状態でこの翼を手に入れる事ができた。

 それ以来、毎晩物見台から空を飛ぶ練習を費やしてきた。休日はハンググライダーを、外のクラブでやっていた事もあり、空の飛行はそこまで難しいものではなかった。運悪く同席させられた天文部のサトルに何度も物見台の上まで翼を運ぶのを手伝ってもらった事もあったが。

 結果、持ち主が代わっても魔力を帯び続けているその翼は、相対速度や重力、空気力への抵抗など様々な物理学に反しながら、空を舞う。


「ガーコイルよ。どちらが真の鳥人間か決着をつけようではないか」


 鳥人間は、翼を羽ばたかせながら、たからに宣言をする。

 ガーコイルも翼を生やした人型の魔物である。その悪魔の頭部や真っ黒な全身という点を除けば、形は鳥人間にも見えなくはないだろう。

 ガーコイルにとって言葉はわからないが、その挑発的な態度に対して奇声を上げる。

 相手が向かってくるが否や、鳥人間は地上へ向けて羽を広げて逃げ出した。

 ガーコイルはそれを追いかけるが、鳥人間は、地面すれすれで、旋回して再び上空へと舞い上がる。

 鳥人間は、下降していたガーコイルを追い越し、更に高い位置で再度旋回する。そのまま両腕を胸の前で交差させ、翼を閉じる。魔力の加護を失った身体は、重力のままに地上へと落下していく。


「チェストーーッ!」


 そのまま両脚を揃えて、上空に迂回しようとしていたガーコイルの頭を捉える。

 空の上から地上の獲物を襲う空の魔物にとって、自分より高い位置からの攻撃は想定した事がない。そのまま踏まれながら、地面へと押し込まれていく。

 地面の上空数メートルで足を離した鳥人間は翼を広げて、大空へと舞い戻っていった。


 

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