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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第1章 新しい日常
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08 初めての戦い

 騎士団の駐屯所に行くと、既に南門の物見台から相当数の魔物が確認されたとの情報が入っていたらしい。すれ違いで、若い騎士団員がギルドへの要請の為に駐屯所から駆け出して行った。

 中に入り、自分達が北門の護衛にまわる旨を伝える。優先順位としては、やはり北門には人を多くまわせない様子らしく、今は猫の手でも借りたい状況のようだ。

 商業クランと言えども、腕に自信があるのならお願いしたい、と頼まれる。




 急ぎ北門に着くと、クランの生徒達がそれぞれ武器を持っていた。

 視界の遠くに魔物の先頭集団らしき存在が見える。

 

 高見台の上から、バードウォッチング部と放送部が状況を伝える。


「正面からは50体程のゴブリンが、その後方にガーコイル約30が確認されます」

 放送部の声が天から響き渡る。メガホンがあるわけではない、彼の能力は、放送技術ブロードキャストであり、実質的なその効果は「一定のエリアにいる多数の人間に自分の声をダイレクトに伝える」になる。

 現在確認されている数だけでも80体。こちらの総勢は23人。内、前衛に投入出来るのは半分もいない。しかも、ほとんどの生徒が魔物と戦うのは初めてだ。


「みんな、運動部ギルドとの交渉は無事上手くいった!後は、ここを切り抜ければ俺たちは自由だ!」

 腹式呼吸を意識した声は、特許技術の効果で普段舞台で出す声量よりも大きく響き渡る。 自由という表現は言い過ぎたかと思ったが、歓声の声が大きくあがる。

 それを受けて、声高らかに続ける。

「先陣は騎士団員の方々と俺が出る!準備と覚悟が出来たら続いて欲しい」

 

(俺だって初陣になるんだけどな)


 だけど、根拠がなくて先陣に出る訳ではない。


 コタロウの特許技術は、その演技技術(アクトスキル)だ。

 剣道の方かとも思って、素振りをしてみたが、変わった実感はなかった。

 では、芝居の方ではどうかと、試しに今年の春に演じた役のシーンを再現してみる。冴えない刑事の役だったが、見事にその冴えなさを決まってみせた。あまりのはまりっぷりに、客席と見立てたベンチで観てくれたマモルは、登場シーンと同時から、完全に白けた顔になっていたほどだ。


「いや、つまらないとかじゃ全くないんですよ。その、空気の読めなさとか、スベりっぷりに何だか痛々しくなってしまって。存在感はあるのに、別に居なくてもいいかな、って思わせてしまうような、そんな演技でした。はまり役として助演男優賞間違いなしの名演技だと感じましたが、それ以上にこんな冴えない男に賞をあげるのも地味すぎて、逆に受賞はないくらいです」


 けなしてるようにしか聞こえないマモルの評価だが、その役作りに相当苦労したコタロウには、それこそが目指していた形である。主役ではないのに、空気をなごませる脇役はどれも、バランスが難しい。目立ち過ぎず、かつ客にその雰囲気を伝えなければならない。

 他にも、以前演じた事のある役や、好きな戯曲の一部を即興劇で演じてみるが、どれも完璧に演技する事が出来た。

 だからと言って、この世界で演技が上手いからというのが何の役に立つのだ。大道芸人で稼ぐ位しか、クランの役には立てないのか・・・と、そう思い、一気に沈み込む。

 しかし、大見得きってクランを立ち上げたからにはそうも言ってられない。コタロウも時間の限り、様々な役を試してみて、自分の特許技術の可能性を研究してきた。


 北門の手前まで歩いてから、ナナネに目配せをして告げる。


「大丈夫、俺を信じてくれ」


 昨夜の打ち合わせの通り、彼女のフルートからゆったりとした音色が聴こえてくる。

 彼女の特許技術はやはり、その奏でる楽曲の心理的効果の向上だった。その演奏技術パフォームスキルによって、集中力が取り澄まされるのを感じる。


 目を閉じ、心の中でスイッチを入れる。


 ロコ爺から貰った刀を握る。 竹刀でも木刀でもない、真剣だ。何度も素振りをしてきて、ようやくその重みに戸惑いを感じなくなってきた。


 そして、イメージを膨らませる。

 まずは自分の姿を。

 あの日、剣道を捨てた自分ではない。

 ここにいるのは、諦めなかった自分だ。

 いや、それでも足りない。

 自分の腕では、どう繕っても、たかがしれている。


 ユウトの剣道を思い出す。最後に観たのは、去年の秋の全国大会だったか。 それに、中学時代に同じ剣道部でずっと追いかけてきた彼の姿を重ねる。


 その動き、型、姿勢、呼吸、視線、精神の在り方までもを、深く意識しする。


 達人の剣の動きを真似ただけで、強くなれるなら、其れは天才だろう。


 (だが、俺は役者だ。演じるだけなら不可能じゃない)

 そうして、演じきったコタロウの剣道は、特許技術により限りなく本物に近づいていく。


 目を見開き、刀を構える。

 正面には最前線を歩いていたゴブリンが、10メートルも離れていない位置まで来ていた。


 人語ではない奇声を発しながら走りかかってくる。


 間合いがあっという間に詰まる。思わず後退しつつ、引き際に胴に向かって薙ぎ払う。寸前のところでかわされ、再度こちらに向かって飛びかかってくる。長く尖がった爪の斬撃を避けて、距離をとる。

 刀を下げ、相手の隙を誘う。 知能が高くはないゴブリンは、まっすぐに同じ攻撃を繰り返してくる。

 それを同じタイミングで避け、刀を返し、顔面に突きを入れる。

 血しぶきがあがり、ゴブリンは思わず顔面を押さえようとする。すかさず、空いた脇腹に斬撃を続ける。

 刀は胴体の半分近くまで切り込み、かん高い悲鳴をあげながらゴブリンは前かがみに倒れこんだ。後ろの方で歓声があがる。

 初めて感じる、肉を斬った感触に唖然となる。


 だが、次のゴブリンがもう近くまで来ている。今度は2体だ。

 息を整え、刀を構えなおす。





 コタロウの戦いを後方で見守っていたナナネであったが、ゴブリンが倒れ崩れていく様子を見て、胸を撫で下ろす。再びフルートを構えて、先程とは違うテンポの良い楽曲を奏でだす。これは、元々兵士達の行進曲として、昔から凱旋パレードなどで演じられた曲目だ。

 後方支援として、私もみんなの力にならなくてはならない。思えば、誰かの為に音楽を奏でた事など今までなかったかもしれないな、と自分を振りかえりながら、強く、思いを込めて音色を重ねていく。


 ナナネの演奏によって、他の生徒達の士気が高まる。

 それに同じ文化部のコタロウが実際に魔物を倒したのだ、いつ迄も門の後ろで縮こまっているわけにはいかない。

 最初に動き出したのは、山岳部と木工工作同好会の2人だ。元々彼らは他の文化活動を中心にしている生徒に比べて、部活中でもそれなりに体を動かしている。運動部班とは比べられないが、この陣営の中では前衛を張らざるを得ない。それぞれの獲物を片手に、前へ進む。その姿に、迷っていた他の生徒達も後に続く。


 



 前線ではコタロウと後からついて来た騎士団の若い団員2人が迫り来る魔物と戦闘を繰り広げていた。

 コタロウにも少しずつゴブリンの攻撃パターンが読めてきた。トリッキーな攻撃はなく、単純すぎる程の正攻法で攻めてくる。今しがた斬り伏せたゴブリンで既に倒した数が二桁に突入したところだ。

しかし、相手はゴブリンだけではなかった。数は多くないが、リザードマンと呼ばれるトカゲの爬虫人の姿が視線に入る。

 ゴブリンの方もパターンが読めてきたとはいえ、複数体を相手にしているから難しい。ゴブリンを相手にしている間に、リザードマンが傍から攻めてくる。

 リザードマンの武器は槍であり、棍棒ではなく刃物だ。慌てて振り向き、刀でそれを受け流し、リザードマンを斬り捨てる。

 刃物に過敏し過ぎた為に、ゴブリンによって振り回された棍棒の一撃を避けきれず、左肩の後ろを強打される。うっ、と呻き声をあげ思わず肩を押さえて姿勢を崩す。その隙に、反撃の機を伺っていたゴブリンが棍棒を持った片腕を高く上げる。


(やば、間に合わない・・・!)


 そう覚悟した瞬間、 コタロウの頭の上に一瞬影がかかり、銀光がきらめいた。鋭い棍棒を握り締めたその手首から血しぶきが舞う。


 斬り落とされたわけではなかったが、突然の痛覚にゴブリンは悲鳴をあげて、手首を押さえる。その隙を逃さない。握力を込めて刀を握り直し、下から斬り上げる。

 刀が決まれば、その斬撃は一撃でゴブリンもリザードマンも絶命させる。ロコ爺から貰ったこの刀に改めて心から感謝をする。


「間に合って良かったです、先輩」

 振り返ると、そこにはユキが息を切らしながら立っていた。黒ずくめの布の服に身を包み、その両手にはそれぞれ2本のダガーを持っている。


「ユキ、ここは危ない。戦うのならもっと後ろの方じゃないと」

 最前線は、騎士団の団員とコタロウが守る手筈だ。助けて貰っておいて何なのが、ここは最も多くの魔物を相手にしなければならない一番危険な戦場である。 しかし、


「後ろは、ここより人が足りてますから」

 そう言って、20メートル程離れたところにいるリザードマンを睨みつける。


「私も先輩に助けてもらってばかりじゃいられないですからね」

 だから、この前も俺が助けたわけじゃない、と言い返すよりも早く、ユキはリザードマンへと走っていく。

「お、おい!待てって!」


 風に揺れる柳のように滑らかな動きで、リザードマンの懐に入り込み、膝を入れた。その羽のような一撃を足場に、空中へと舞い上がる。その左右の手に握られたダガーは風を裂き、紫電の早さで躍る。その一撃、一撃は決して重いものではないのだろうが、鱗を削っていき、よろめき倒れこむ。

 コタロウが追いついた時には、既にその攻防は終わっていた。


「お前、凄いんだな」

「本当は、先輩には、いえ、誰にもこの姿は見られたくはなかったのですが

「え?戦えるって事はこの世界では誇れる事じゃないか」


 ユキの実家は日本古武道や合気道の道場を営んでいる。

 しかし、その家系は遡っていくと、伊賀忍者の家系に当たる。直属の末裔ではないが。

 時代の変化と共に、隠密、御庭番、明治警察とその伝承は薄れてていき、今では親族合わせても、その面影が残っているのはユキの家だけだ。

 代々男ばかりが生まれてきた家系である事もあってか、祖父は現代になってもユキに忍者を継がせようと考えていた。

 そんな祖父に小さい頃から毎日の様に道場で門下生がいる日は武術、二人きりの時は忍としての稽古を受けてきた。忍の稽古と言っても、漫画や映画の様に火を吹いたり風を起こしたり出来るものではない。主に忍者八門として、火術や手裏剣術を学ぶ。

 その中でも、苦無や忍者刀を扱う剣術は、ユキにとっても、まだ現実的な類いの稽古であった為、少しばかり気楽ではあった。


 桜乃丘高校の、生徒は全員何らかの部活に入らなければならない、という校則には入学してから気が付いた。ユキには道場での稽古があった為、書道部には幽霊部員として在籍させてもらった。

 サクラノ祭開催時期に都の発表会も控えていた為に、部に貢献していないユキが代表として実行委員会の打ち合わせに参加させられたのは、運が悪かったが。書道の才能がこの世界で開花しなかった時点で、自分の特許技術が忍者としての技術の方だと気付いていた。

 彼女はこの世界で2日間の間、1人でも街の手前まで歩いて来れたのだから。


 しかし、そんな彼女の事情までは、まだコタロウは知らなかった。


「改めて言わせてくれ。さっきは助かったよ。ありがとう」


 礼を言われる程の恩はまだ返せていない。中学のあの日、コタロウが助けにきてくれなかったら、自分から彼らに手を出さなければならなかった。祖父から教えてもらった武術は加減を知らない。コタロウのおかげで、ユキはまだ普通の高校生を演じていられたのかもしれない。


 コタロウからしてみると、この状況で戦力が増えた事は喜ばしい。とは言え、

「それにしても、キリがないな」

 そう洩らさずをえない。


 放送部からまたしても、増援の数が流れる。その数は、15体。騎士団の応援はまだ来ないのか。それとも、他の門には、それ以上の勢力が攻めてきていて人をまわせないのか。いや、余計な事を考えるのをやめる。考えてしまったら動けなくなるだろう。

 自分の横を通り過ぎていったゴブリン達は、既にコタロウの後方で待機している山岳部をはじめとした生徒達に対処してもらっている。自分は自分で出来る限りでやるしかない。そう考えながらユキと頷きあい、お互い、次のゴブリンに向けて構えをとった。


 山岳部を初めとした生徒達はそれぞれの獲物を持って、魔物を相手にしていた。

 1対1なら厳しい戦いでも複数で囲めば、脅威ではない。

「こうして戦っていると、何だか卑怯な気がするな」

 天文部のサトルも戦闘用の技術は持っていない。武器屋で買った銅の剣でゴブリンを横殴りしながら、ぼやいた。

「ゲームでも、ボス戦は大体パーティみんなで1匹をフルボッコするなんだから、同じじゃないか?」

 同じく後ろからゴブリンを安物のハンマーで叩きながら、釣魚部の副部長が答える。

「私たちのレベルでは、このゴブリンですら侮れないですからね」

 そう言いながら、皮の鞭を使って叩いているのは、華道部の2年生の女子だ。

「ま、勝てばいいんだ。それでも何人かは表に立って戦ってるみたいだしな。俺らは俺らさ」


 こうして、文化部の生徒達にとって、初めての戦いは幕を開けた。


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