07 特許技術
「特許技術?」
ショウが聞き直す。この異世界でも初めて聞いた名前だ。
「俺たちはこの異世界に来た時に、身体能力が大きく上がった。それも運動部班にとっては、この世界で生きていくだけに対しては必要以上に伸びていると思う」
「それは、元々の俺たちの筋肉量や運動神経に依存するものだろう」
当然の事のように返す。
「俺もずっとそう思っていたよ。けど、初代皇帝であったヒロアキやマキナはどうだったか。彼は人に触れる事で、病人の病を治したという奇跡を起こした。彼は日本に居た時から聖人だったのか」
彼が来た時代が、自分達が居た時代よりもそこまで変わらないことを考えると、その可能性は低い。
「元々剣道や武道の達人には、人体に詳しい人が多いんだ。ヒロアキの奇跡のからくりは、元々ツボ押しや骨つぎの類だったのではないだろうか」
中学校時代、町中で柔道場や合気道の道場で骨つぎ屋を兼業しているのをみかけたことがある。どちらか本業なのかは知らないが。
「マキナの魔法についてもそうだ。そうなると、この異世界での影響が、肉体的なものだけとは考えられにくいと思わないか」
「知力的なもの、あるいは技術的な要素も影響を受けて伸びている可能性はあるって事か」
「そう。だから、俺たちは自分がそれぞれの専門分野や特技、趣味についてどういった影響が出るのかを模索したんだ。その結果、前に居た世界とは明らかに変化している能力がある事に気付いた」
そう言って、鞄の中から薬の瓶を取り出しながら、ケイタに近づく。
「ケイタ君、包帯の下の傷を見せて貰えるかい?」
「何だよ、 もう薬を塗ったから、今の俺ならに時間もすれば塞がるはずだぜ?」
運動部班の自己治癒力からすれば、そうなのだろう。しかし、コタロウは再度断りをいれてから、傷口に触れないようにゆっくりと包帯をはいでいく。
「ショウ君も、カズヒコ君も良く見て欲しい」
まだ生々しい赤みを帯びた切り傷に、瓶の液体を少量塗りつける。すると、みるみると傷口がふさがっていき、やがて傷口の跡がうっすらと残った。
「さすが、ケイタ君だ。帝国兵の治りとは全然違う」
実際に、クラン申請の際にその効果は実演している。それでも、その効果は10分足らずで傷を癒す効力を見せて、周りの兵士達を唖然とさせた。
「化学部の部長ツトム君が、この世界の傷薬を改良して考案したんだけど、更に液状にする事により、素材のコストを大幅に抑えられたそうだ」
使われている素材は、従来の傷薬とほとんど変わらない。調合の順序と、加熱の方法等が大きく違うそうだが。
「そのツトムって奴は元々医学部志願とかなのか?」
「まさか、彼だって薬学に関しては素人だったよ。元の世界ではね」
化学部部長のツトムは、自然物の化学反応を触れるだけで、感じられる感覚を手にしていた。
具体的ではなく何となくこんな感じなのかな、といく程度ではあったが、切り詰めて考えていくと、これとこれを組み合わせれば、こういう反応が起きるのでは、という発想につながる。
結果、数々の実験の結果、傷薬の素材をベースにこの薬を開発したという経緯を説明したところで、マモルに目配せをする。
「異世界ですからね。やはりここはポーションと名付けて〈キノサト商会〉に対して、向こう3ヶ月のポーションの独占流通の取引を契約しました」
これがその契約書です、とマモルは持っていた書類を差し出す。
そこには、初回の取引分だけでも、ここ一ヶ月で〈チェリーブロッサム〉の稼ぎだした金額を越える収支が見込まれた数字が書かれている。
「ツトム先輩だけではありません。例えば、このポーションの素材になる薬草は4種類ありますが、これらは全て園芸部のアケミさんの畑にて、短期間で栽培できました。彼女の植えた植物は、通常の10倍程の速度で実を結ぶ事が確認されております」
今回の取引に使ったポーションは、全て彼女の畑から採れた素材で構成されている。
「サッカー部のケイタ君が、脚が速くなって、魔物を蹴り飛ばすだけのキックを手に入れたように、化学部は化学についての感覚を、園芸部は栽培に対して特殊な能力を得た」
「無茶苦茶だな」
「うん。デタラメな力だけど、それがヒロアキとマキナがこの島の戦争を統一できた理由だと思う」
単純に力が強くなっただけでは、人を癒したり、魔法が使えたりはしないはずだろう。
「それが、俺たち文化部班の能力だったんだ。王室協議会での説明の為に、特許技術と名付けたんだけどね」
特許とは、自分が考案あるいは発明したものに対して独占権を主張するという知的財産権だ。
この世界にはなかった技術を自分たちは持っている、それは自分たちが特別な存在であるという主張でもある。特許という日本語はこの異世界、エヴォルヴの人間には通じなかったけど、それで構わない。あくまでその主張は自分たちを奮い立たせる為の自己暗示のようなものだから。
「それでギルドを抜けて、俺たちを裏切るのか」
ショウの表情が鋭くなる。
「元々俺たちはギルドの、正式なメンバーじゃないよ。それに裏切りじゃない、お互いにそれぞれの長所を活かして別々に行動したいって話だ」
20人近くいる文化部班は全員、傭兵ギルド組合に申請している〈チェリーブロッサム〉には登録されていない。
ギルド制には、人数によりそれぞれ月毎の税金が課せられている。傭兵ギルドの本来の仕事である狩りに参加出来ない文化部班は最初から登録されていないのだ。
「それでも、だ。今ここで我々が別々の団体に分散する事にメリットがあるとは思えない。特許技術を活かす話なら、〈チェリーブロッサム〉に属していながらも出来るじゃないか」
やはり、そこを突かれたか。このまま文化部班の独走を許したら、自分達より力のある存在になってしまう事を恐れているのだろう。
現に、文化部班はクランという自分達より優位にある集団に既になっている。だが、コタロウ達にとっても、それは譲れない。
「公平を期する為には、俺たちは一度別れて行動をする必要があると思う。能力の種類がはっきりと違うし、これだけの人数をまとめるのは難しいだろう」
少し間をおいてからはっきりと伝える。
「俺では無理、だと」
「ショウ君だけではないよ。仮に文化部班の誰かが代表になっても、俺たちでは運動部班の生徒を抑えて上手くやっていけるとは思えない。生徒会長のユウトなら、別だと思うけど」
これは賭けでもある。あえて、ユウトの名前を出すことで、ショウがどういう反応を取るのか。
「ユウトの奴か。確かに、あいつならこんな風に揉めることもないだろうな」
生徒会長として各方面の部活に顔が広いだけではなく、実際にその人望は厚い。運動部とも元々仲の良い友達が多かったこともあるが。
「分かった。こうなった原因は俺にもあるのだろうからな。
その・・・すまなかったな」
それがナナネのことを指しているのかは、分からない。あの一件以来ショウはナナネに対して接触はしていないようだ。
しかし、ショウは首を縦に振ってくれた。
「ありがとう」
今度はこちらが頭を下げる番だ。何だかんだ言っても、今までショウ達運動部班に助けてもらって、それに頼りぱなしだった事実には変わりは無い。
問題は一解決した。大変なのはこれからも続くだろうが、それよりも重要なのかもしれない問題はまだ残っている。
「……実は、それとは別に、もう一つ話があるんだ」
昨晩判明した、魔物の襲撃の可能性について話をする。
「その話、どこまで信憑性があるんだ?」
話しを聞き終えてから、ショウは頭をかきながら聞いてくる。
「分からない。だが、可能性は高いとみて、既に騎士団には偵察の強化を依頼している」
魔物の襲撃が確認されれば、一番に傭兵ギルドに応援要請が来るはずだ。
「この街には各方位それぞれ4つの門があり、それぞれ見張り台がある。もしその魔物の襲撃が全方位からの一斉襲撃だとすれば、数にもよるが、防衛は難しいかもしれない」
現在、この街に滞在している傭兵ギルドは〈チェリーブロッサム〉を含めて3つあるらしい。
元々、野良ギルドである傭兵ギルドだけに門を丸々任せるわけにはいかない。騎士団は分散して、各方位の門の護衛にまわるだろう。〈チェリーブロッサム〉も人数を割れる余裕があればいいのだが魔物の数が分からない以上、それも難しい。
他のギルドの人数も同様だそうだ。
「門を閉めることはできないの?」
「飛行系の魔物がいなければ、それも可能だが」
通れる門がなくても、飛行系の魔物には関係のないだろう。門の閉じている方位からの襲撃があった場合、直接の襲撃を受けるのは、民家であり、町民だ。やはり各方位それぞれに兵を分配する必要がある。
「だったら、一番、襲撃の魔物の数が少ないと予想されるのはどこ?」
ショウは少し考えてから答える。
「それは北門だろう」
元々北門の先は数キロで海だ。その為、普段も魔物の出現はほとんどない。
「北門の守りは、俺たちが引き受けるよ。騎士団にも話を通してくる」
そうすれば、残りの3ギルドで各方位の守りを確保できる。
ポケットから携帯電話を取り出し、タケシへとコールを掛ける。
「もしもし、コタロウだ。早速なんだけど、すぐにアンテナ電波出力を最大まで挙げてくれないか?」
その様子にずっと仏頂面だったショウもさすがに驚く。
「何の冗談だ、おい。携帯がつながるのか!?」
当然だが、この異世界では携帯電話の電波は圏外を表示している。ショウの呼び掛けにはまだ応えず、タケシへの指示を続ける。
「その後は、放送で組合員全員に北門手前への集合をかけてくれ。昨夜、話をした通り各自に戦闘用の装備をするようにも伝えて欲しい」
携帯電話を閉じて、ショウに向かい合う。
「街内限定だが、携帯電話を無線機として使える状態にしてある。メールや外部との連絡は出来ないが、ショウ君達も連絡手段として使って欲しい。使い方は携帯の使い方と変わらないから」
携帯電話は理由は不明だが電池が消耗されない状態になっており、時計代わりにほとんどの生徒が持ち歩いている。科学部のハカセは、おそらく電池に対してこの世界の磁力が何かしらの影響を与えている可能性があるとして、原因を調べているところだ。
無線同好会としてタケシが科学研のハカセと協力して開発したアンテナが、携帯会社問わずに全て共通の電波を発生させる事に成功した。
サクラノ組合設立のきっかけになった最初の特許技術だ。
今は九十九荘の屋根から、電波の強弱はあるが、街内全域をカバーする電波を発生させられる様になった。
「それも、特許技術か」
ショウが感心した様に声を上げる。
それでもクランの生徒全員が特許技術に目覚めたわけではない。
例えば、コタロウには中学からの後輩にも当たるユキもその一人だ。書道部でもある彼女は、習字や写筆と言った、字に関わる技術で伸びるものだと思っていたが、実際に書かせてみても、達筆な方ではあるが、決して字が上手いわけでも、速く書ける訳でもなかった。万年筆から筆に持ちかえても結果は同じであった。
聞くと、彼女は幽霊部員であったらしく、書道は実家の仕事の関係上で筆を持つことはあるが、書道の達人ではなかったのだ。
結果、ユキは料理同好会のエマと共に食堂の調理に従事してもらっている。エマ曰く、包丁使いはなかなかのものらしい。家で料理を手伝う事が多かったのだろうか。
「まだ一部だけどね」
そう言って、マモルに運んでもらった木箱をテーブルに置く。蓋を開けると、中には先程と色の違うポーションが詰まっている。
「これもまだ試作段階だけど、さっきのと違って飲む薬だ。効果は先程と変わらないし、多少の体力の回復も見込める。使って欲しい」
マモルが言葉が足りなかったと気付いて、言葉を加える。
「試作段階というのは、量産がまだ見込めていない為です。原材料になる素材が、この街の周りの安全圏では殆ど入手が見込めない為です。ですので、」
そこまで言ってコタロウの方を振り返る。頷き、今度はコタロウが続きを加える。
この戦いが終わったら、是非護衛をお願いしたい、俺たちだけでも出来ないことはいっぱいある、と。
「俺たちはこの状況下を助けあって乗り越えたいと思う。今の襲撃だけではなく、これから先もずっとだ。だから、こちらからは君たちに協力していくし、〈チェリーブロッサム〉もそれを理解してもらいたい」
それこそ心からの本心だ。
「お前たちだけで、魔物と戦えると本当に考えているのか」
北門にもどれだけの数の魔物が襲ってくるか分からない。それに、コタロウ達が直接的な戦力として運動部班より劣っている事には変わりないのだ。
「みんなで生き残る為に、俺たちも戦わなきゃならない。いつまでも君たちに頼りっぱなしにはなりなくないから」
そう言って、ギルドを背にする。
強がりだ。
けれども、いくら運動部班が強くなったといっても、彼らだって魔物と怖いはずだ。
ここで戦わなければ、運動部班に対して強く言える資格などない。