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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第1章 新しい日常
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05 日常の転機

 その日、久しぶりの採掘作業を終えて、くたくたになりながら九十九荘の玄関をくぐると、 食堂の席にナナネとエマの姿があった。

 この前のコタロウの恥ずかしい話で盛り上がっていた時とは違い、2人とも表情が暗く、ナナネの方は俯いていた。


「あ、みんな、お帰りなさい」

 目尻をこするのを見て、泣いていたのかと気付く。

「おい、どうしたんだよ、何があったんだ」

 最初に扉をくぐって帰ってきたサトルが、運んでいた研磨石のカゴから手を離し、近づく。

「大丈夫、たいしたことじゃないから」

「だめだよ、ナナネ。こういうことはちゃんとみんなで話し合わないと」

 後ろから、ぞろぞろと生徒達が帰ってくるが、張り詰めた空気に、どよめきながら足を止める。しかし、ナナネはうつむいたままだ。

「じゃあ、私から話すね。みんな、疲れているところ悪いんだけど、少し聞いて」


 その日、ナナネはギルドの部屋の清掃に指名され一人別行動をとっていたのは、採掘に出ていたみんなが知っていることだ。

 その際に、資金簿の清算という名目でアジトに残っていたショウに体を迫られたらしい。必死に拒んだが、今は決して敵わない程に力の違いがある。しかし、泣き叫んだところで、ショウの良心が痛んだのかもしれない。

 なんとか隙を見て、乱れた服装のまま、街の外に逃げ出して来たという。


「ショウはね、ナナネに対して、『俺の女になれば、そんな雑用しなくてもいいようになるぞ』とか、『この街と君たちを救っているのは俺のおかげだろう』とかそんな事を言いながら迫ったらしいのよ」

 エマは吐き捨てる様に、そう話した。


「その後、ショウ君が部屋の外に来て、ドアの前で『強がっているんだけど、本当は異世界に来てから毎日が不安でどうかしてた。もう二度とあんなことはしない、本当にごめん』って謝って来たのだけど。それに彼、少し酒が入ってたみたいで……」

 ナナネがうつむきながら付け加える。

 この世界での飲酒は16歳から飲めるらしいのだが、ショウだって元の世界では高校生だ。

「私が、彼に対して曖昧な態度をとっていたのも原因だと思うの。ショウ君だって辛かっただろうし、私、彼がどういう気持ちでずっと告白してくれていたのか、理解しようとしてなかったのかもしれない」

 ナナネがショウから告白を受けて続けていたのは、ここにいる三年生の生徒なら、誰もが耳にしたことのある話だ。今まで笑い話となっていた告白劇とは訳が違う。みんなの表情は重いままだ。


「それは違うわ、ナナネ。相手が一方的にずっと好きでいたからって、あなたがそれに振りまわされることはないでしょ」

 エマが当然のように諭す。

「分かってるけど、それでも彼が命を賭けて私たちの為に戦ってくれているのには変わりないもの」

 そうなのだ。何だかんだ言ってもコタロウ達文化部班は自分の身は安全な所で、彼らに頼りっきりになっている事に変わりはない。

「それとこれは、話が別じゃない……」

 エマもはっきりとは言い切れなくなってしまう。


 ショウのとった行動は許される問題ではない。

 けれでも、この世界、エヴォルブに来てから日常はめちゃくちゃになったせいなのかもしれない。ショウの、本当は不安だったという言葉は嘘ではないだろう。

 誰もが、何と言えばいいのか分からなかった。


 結局その場は、それでお開きとなった。



 その後、夕食の時間になっても、まだ生徒みんなの口は重いままだった。それぞれ想うことがいっぱいあったのだろう。

 コタロウも、いつもより早く食事を済ませ、裏庭に行く事もなく早々に部屋のベッドに横になった。


 合流出来た生徒は増え続け、今は運動部班が12人、文化部班23人がこの街に滞在している。

 人数が増えることはそれぞれの主張の数がそれだけ増えたということだ。この街に来た頃に比べると、文化部班のまとまりが悪くなってきた感じもある。

 それ以外にも良くない予兆は続いていた。運動部班の生活は日に日に豊かになり、傲慢な態度へと変わってきた生徒もいる。

 文化部班の生徒は女子の方が多かった。男女の恋愛なら勿論いいのだろうが、あきらさまに運動部班の男子に媚びを売っている文化部班の女子を見かける事もあった。

 この島での生活において力は絶対であり、彼らとの決して超えることができない大きな差に嫉妬し、悔しくてしょうがない。

 気付くと、頬を涙が伝っていた。


 どれ位時間が経ったのだろうか。ふて寝を続けているコタロウを横目にマモルは溜息をつき、声をかける。


「コタローさん、ちょっといいですか」

 そう言うと、ベッドの横にマモルが腰掛ける。


「えっとですね。先輩とはいえ、ずっと布団にこもってふて腐れてるのをみると、痛々しいというか女々しくてというか、男としてみていられなくて」

 コタロウは答えられない。ずっと、枕に顔を沈めたままだ。


「悩むのはいいんですよ。けどコタローさんはこの街に着いてから、ずっと悩んでいて、覇気がない。いや、僕だって同じですよ。地味で目立たない学園生活から、刺激のある面白ワールドに来れたと思ったら、待っていたのは前と変わらない、いや、それよりも更につまらない毎日だったのですからね」


 面白ワールド、こいつはこの不幸な一連の流れをこんな風に考えられたのか。その考え方は羨ましいとすら思える。


「つまらないですよね?自分が主役じゃない毎日なんて。ちょっとした脇役だって、見せ場の一つはあるでしょう。けど、僕たちには何も無い。ただ指示された仕事をこなしてるだけだ」


 マモルは語り続ける。


「それでも僕は目立つのは苦手だから、そこまで不満はないです。けど、コタローさんはどう自分の事を判断しているかは分からないけど、本心はね、誰よりも目立ちたがり屋なんだと思うんですよ」


(そんなはずがあるものか。そうだとしても、まだ知り合って日の浅いマモルに何が分かるって言うんだ)


「演劇部で役者をやっているんだから。舞台の上では誰よりも視線を浴びたい、台詞で、仕草で、表情で、全身で自分をアピールして、演じている役以上に自分に酔ってしまう」

 マモルが両腕を交互させて、立ち上がる。


「僕はそんなあなたの演技を観たから分かる。一昨年の飽き、文化祭でのコタローさんの目は誰よりも熱く、自分を表現していた」


 ばっと起き上がり、マモルを睨む。


「観ていたのか!?あの年の、文化祭の舞台を」


 俺の黒歴史を、と心の中で付け足す。


「桜乃丘高校には進学する事を決めていて、文化祭には行ったんですよ。演劇に興味があった訳ではなく、たまたま空いていてからぶらりと寄ったんですが」

「今すぐ記憶から消してくれ」

「あんなに印象深かったのに無理ですよ」

 マモルは思い出して、にやけ顔になってしまった様で、顔を背けながら答える。


 高校一年のサクラノ祭。当時のコタロウは、入部してから役者として初めてのデビューの舞台という事で、それなりに大きな役をもらえた。男子部員の役者志望が少なかった事もあったが、嬉しくて毎日ほかの部員の誰よりも練習を重ねて本番にのぞんだ。

 初めての舞台でテンションもあがっていたのだろうが、リハーサルや通し稽古のときよりも、気合いを入れ、全力を出した。出し尽くし過ぎてしまったのだ。

 終わった後の演出や先輩からの評価は、オーバーリアクション過ぎだ、早口で滑舌が悪くなっているだ、何故リハーサル通りの演技をしなかったのだと散々言われることとなった。その後、撮影したビデオで観た自分の演技は飛散なものだった。

 何だこの俺は。場の空気も読めず、主役以上に目立って、その癖、雑な演技をしている俺は、本当に自分なのか。ナナネも観に来てくれていたのに、と後悔の念に襲われた。


 以来、コタロウの演技はかしこまった大人しい演技に変わっていき、あの時のトラウマで自分の動きや台詞が相手にどう伝わっているかを意識し過ぎて、観客の目が恐くなりアガリ症になってしまった。結果、大きな役を任される事もなく、高校時代最後の舞台を迎える事になった。


 マモルは、そんなコタロウの事情などお構いなしに、

「ただ、文化部でも、ああいう青春を送る人もいるんだって、羨ましかったですよ。僕は自己主張があまりない方だから」 

「それで、お前はディベート同好会に入ったのか」

「そうですね。けど結局、今だって運動部班のやり方に反論できないでいる。他校との討論会でもそうなんです。僕だって、先輩みたいな積極性があれば、良かったのかもしれないですけど」

「俺は、そんな事はないよ。今だって、どうしたらいいのか分からなくて、ただ悔しがってるだけだ」

 肩を落とし、下を向いてしまう。

「けど、あの舞台では、英雄ヒーローでしたよ。あれが先輩の本当の姿じゃないですか?」


 そう言われて、昔の自分はどうだったのかを思い出す。

 今の自分は、保守的で、ただ自分が楽なように生きているだけなのじゃないのか。 


「悔しいのは自分が何も出来ないから、何も出来ないって決め付けているからじゃないですか?」

 立て続けに痛い所を突いてくる。

「じゃあ、何ができるって言うんだよ?」

「それが分かったら、やってますよ」

「俺が行動して、何かが変わるって言うのなら、何でもするよ。けど、何も出来やしない。戦う事が出来ないのに、戦ってくれる人たちに偉そうな事なんて言えやしない」

「魔物と戦うだけが、全てですか?」

「そうじゃないだろうけど、けど、ここはそういう世界なんだろう?」

 街の人々を見ても分かる。誰もが騎士団や傭兵ギルドに対して感謝しながら生活をしている。

 役目がそれぞれあると言っても、一番大事な「命」を守ってくれるのは、戦士だ。

「ゲームだって、勇者は勇者様じゃないか。俺たちだって、勇者様に助けてもらっている村人Aに過ぎないんだ」

 言いすぎかとも思ったが、実際問題、文化部班の資材集めや稼ぎを当てにしなくても、今の<チェリーブロッサム>は運動部班だけで、十分に機能するのだ。

「だけど、それが悔しい。コタロウ先輩だって勇者様になりたいのだから」

「否定まではしないよ。目立ちたいとか、活躍したいとまでは言わないけどね」

 結局、話は堂々巡りだ。

「まあ、僕だって人の事を偉そうに言えないですが。けど、ほら、少しは元気でたんじゃないですか?」

 

 散々言いたい事を言っておいて元気づけてくれたのらしい、マモルをまっすぐ見つめる。


 このまま悩んでいても仕方がない。けど何が出来るんだ、と考える。

 もやもやとした何かがでかかっている。けど、その答えが出ない。


「できた!」


 その時、それまで黙々と自分のベッドで何か作業をしていたタケシが声をあげた。タケシが毎晩何かベッドの上で作業を続けていたのは、コタロウもマモルも知っていた。それが完成したのか。

「あ、後は、量産するコストだな。ん、街内だけでも必要な個数は……」

 マモルと2人でタケシのベッドを覗き込む。2人とも最初は何か分からなかったが、そんな2人に対してタケシはニヤリと笑い、その何かを掲げ説明をした。




 自慢げに話すタケシの説明を受け、唖然となる。

「タケシ、いつからこれを作っていたんだ?」

「あ?そんなのこっちに飛ばされてから毎晩に決まっているだろ。こいつは俺の専門分野だからな。科学部のハカセのやつに頼んでいた部品が完成するのに、時間がかかってはかどらなかったが、これでようやく実用化は近いな」

 ハカセとは薄志という彼の本名をもじったあだ名である。

「あいつはあいつで、他にも色々と実験してるみたいだけどな」

 それを聞いて、何もしないでふて寝を決め込んでいた自分が恥ずかしくなる。


 コタロウが諦めていた可能性がそこにはあった。

 いや、出来ないと目を背けて逃げていただけなのだろう。

 それでも、これが上手くいったとしても中途半端な態度では、運動部班に実権を奪われてしまうもかもしれない。

 これだけでは、まだ足りない。


 やはり、根本的な改革が必要だ。

 生徒会長のユウトの顔を思い浮かべる。

 あいつなら、どうしただろう。俺たちにだって武器があるかも知れないって分かったら、どうするべきなのだろう。そう、突破口はみえたのだ。

 頭の中で、ずっと悩んでいた何かが一気に収縮されて一つになるのを感じる。


「マモル、タケシ、頼みがあるんだけど聞いてくれないか」


 自分の思い込みなのかも知れない。

 この2人が乗ってくれるか。

 もし首を縦に振ってくれれば、俺はもう迷わない。

 例え上手くいかなかったとしても、こんな悔しい思いをしたままなんて絶対に嫌だ。

 そう心に秘め、ずっと長い間冷め続けていた心が熱くなってきているのを感じていた。


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