04 変わらない日常
エマから昼食用のサンドウィッチを貰い、ナナネと食べ歩きながら文化部が今日採掘していると聞いていたポイントに向かう。
ナルダグの街から出て、道なりに15分ほど歩くと、頂きの低い岩山が見えてきた。
山腹に着いた時には、マモル達文化部班がちょうど昼休憩を終えて、準備をしているところだった。
ナナネと2人で自己紹介をする。知った顔の3年生が多かったが、マモルと同じ2年生の後輩もいた。
「ここのポイントでは、研磨石が採れる。稀に武器や防具の原材料になる鉱石も採れまるんだけど、それらは別の籠に入れてくれ。色が違うから、怪しいと思ったら、なるべく原型を留めるようにして掘り出して欲しい」
説明を受け、ツルハシを受け取る。肉体労働の経験はないが、マモルの横で見様見真似でツルハシを岩壁に叩き込む。
予想していたよりも軽く、岩場にヒビが入った。続けてツルハシを振るっていくと、やがて黒光りのする尖がった石が見えてきた。
隣のマモルが覗きこむ。
「それが研磨石ですよ。 ここからは傷つけないように、慎重にまわりを削っていってください」
力仕事だと思って甘く考えていたら、思いの外にデリケートな神経も使う作業であった。
最初の一個がたまたま早く見つかったようで、結局夕方までには大小10個程の研磨石しか掘れなかった。
「運動部班から聞いている1週間の要望数よりは、採れましたからね。暫くは発掘はないでしょう」
「そうしてくれ、半日だけでも、俺のライフポイントは0よ」
筋肉や体力は自分達もいくらか上がっているはずだが、慣れない作業に普段使っていない筋肉が悲鳴をあげているのを感じる。
「欲を言えば、鉱石の方がもう少しほしかったのですが」
全員の発掘できた石を集めても研磨石ばかりで、資源となる鉱石らしき石は数える程しか発掘されなかった。
鉱石を積んだ籠を運び、全員で九十九荘に着くと、エマの暖かい手料理が待っていた。
昨夜の冷めた夕食でもそうだったのだが本当に美味しい。疲れて腹が減っていた事も加味されているのかも知れないが、味付け、食材の旨味が出るような火加減、どれも一流だと感じる。
エマ曰く、
「元々、料理は趣味で好きだったんだけど、こっち来てからなんだかコツつかんだみたい?予算があればね、レパートリー増やせるんだけどなぁ」
使われている食材は野菜が中心だ。肉が無くても、食べ盛りの高校生がみんなが満足しているのは、エマの手腕のなせる業だろう。
夕食を食べ終え、各自がそれぞれ部屋に戻っていく。コタロウもそれに習おうかと腰を上げると、ユキが一人勝手口扉から出て行くのに気付いた。やる事もないからと、その後を追う。
扉を開けると、九十九荘の裏庭につながっていた。松に似たような木々に囲まれ、テニスコートくらいの大きさだ。
家屋のすぐ前にあるベンチに腰掛けているユキが夜空を見上げていた。
「よう、お疲れ様」
近づいて行って声をかける。
「あ、先輩!」
ユキが慌てて立ち上がる。
「いいよ、座ってて。今日は女の子にはかなり疲れただろ?」
「え、あれ位ならそんなには……」
強がりではなく、本当に疲れてない様子だ。
(俺が軟弱すぎなのか……)
コタロウが肩を落とすと、ユキが慌ててフォローする。
「私の場合、その、実家の手伝いを毎日しているから、それで力仕事が苦じゃないので」
それを手で制する。後輩の情けを受ける訳にはいかない。
「大丈夫、中学から筋トレ系はサボってばっかだったから、覚悟はしていたさ」
高校演劇部レベルでは、プロの役者みたいな筋トレを毎日する事はない。とは言え、平均以下の筋肉に落ちていたのか。
「あの、大丈夫ですか?けど、先輩の剣道は元々、力任せではなかったじゃないですか!?」
「そうなんだけどね。って俺の剣道、見たことあったっけ?」
彼女を助けた時は、刀を使っていなかったはずだ。
「えっと、他校との交流試合で。私、その日庭の掃除当番で、たまたま試合してるのを見かけたんです」 中学の頃、剣道の師範からは、剣道とは「剣の理法の修練による人間形成の道」と教えられた。剣の理法とは、こう攻めればこう打てる、相手がこう来たら、こう返すという、必然性の法則だ。
(それを頭で理解出来たのは、俺よりもユウトの方だったが)
「そうか、けど俺も久しぶりに筋トレするよ。ここなら誰もいない時間帯は見られる事もないだろうし」
さすがに、マモルやタケシがいる部屋でやるのは恥ずかしい。それに、たたでさえ汗臭い部屋が、バイオハザードを誘発する可能性もあると考える。
「ここで、毎晩ですか?」
「この世界じゃ夜はやる事もなくて暇だしな。三日坊主にならない様に、たまに見に来てくれよな」
(そう宣言しないと、一日坊主になるかもしれないからな)
「分かりました!毎日見に来ますから、絶対サボらないでくださいね!やはり、やるからにはケンシロウの身体を目指したトレーニングメニューが必要ですよね」
「え、何言ってるの?」
「まさか、ラオウ様ですか!先輩の顔で、それはかなりマニアックですが……アリはアリですかね……」
「いやいや、ナイから」
どうやら、ユキのスイッチを入れてしまったようだ。
「とりあえず、やれるところから頑張りましょう!とりあえず、腕立て伏せから!」
「いや、今日はさすがに採掘で腕が痛いから、明日からのつもりだったんだけど・・・」
「何を言ってるんですか、どうせ筋肉痛になるんでしたら、思い切り筋細胞を痛み尽くしてあげないと!」
確かに、この世界では超回復の速度も上がってるのかも知れない。理屈は分からなくもないのだが、
「最後まで付き合いますから、頑張りましょう!」
「目を輝かせるな、分かったよ」
思い込みの激しい子だとは認識していたが、ここまでとはと、頭を抱える。せめて、筋肉フェチでない事を祈る。
「さすが、先輩!じゃあ初日なので、まずは腕立て100回、3セット。構えて下さい」
「3セット!100回を!?」
「構えて下さい」
「・・・はい」
こうして、新生活の夜は更けていった。コタロウが本当の地獄を味うのは翌朝の筋肉痛であったが。
次の日からは、傷薬の原材料になる薬草等の植物の採取や木材の伐採の為に森林に行ったり、弓矢を使っての鹿や草食獣の狩り、湖への釣りに行ったりする日々が続いた。
釣った魚の中には、食用だけではなく、薬の原材料になったり、暗闇で光ったりする特性を活かして装備品の資源ともなる魚もいたりした。
「しかし、こういったサバイバル生活もいざとなれば出来るもんなんだな」
釣魚部の副部長をしているという生徒に餌の仕掛け方を聞きながら、釣り竿に細工をする。
「やっぱり専門のプロがいると、心強いわね」
ナナネは既に竿を投げて、当たりを待っている状態だ。
森での採取や、山登りは登山部の部長が、調理には家庭科部のエマがいる。
夕食後の休憩にナナネが生演奏してくれた事もあったが、非常に好評だった。普段はクラシックを聴かないような生徒でも、やはり娯楽のない生活では貴重なエンターテイメントになる。
「いざって時に何か出来ると全然違うもんな」
思わずぼやいてしまう。
「コタロウも何か芝居をやってみたら?案外受けるかもよ?」
俺が一人で披露できる演目なんてあったかなと、首をかしげながら湖の水面に向かって竿を放る。
「ほら、高校1年のサクラノ祭の時にやった芝居とか?」
「冗談じゃない。第一に俺だけじゃ一人何役も出来ないよ」
一人でも演奏が出来る吹奏楽は羨ましい。楽器が弾けたら、それだけでどこへ行っても受けるのだから。それを伝えると、
「私の場合は、演奏そのものに慣れすぎてしまって、作業みたいになっちゃているから」
「そんな事はないだろう。あんなに人を感動させられるのだから」
「そうでもないの。あまり買いかぶらないで、私の演奏なんて芸術といえるものじゃないのだから」
演奏を聴いて、感動するからといって、本当に弾き手や奏者の感情が伝わってくるのか分かる程、音楽に詳しいわけでも感受性がある訳でない。本当に感情を込めているのかは本人にしか分からないという事なのか。
そんな事を考えてると、くくっと竿に反応があった。
「お、キタ!」
「焦らずに、慎重に引いてな」
釣魚部の生徒が離れたところから声を掛けてくる。頷いて、竿を引き上げる。
釣り上げと同時に、思わずテンションが上がってしまう。
「本日、一発目ゲットだぜ!」
コタロウは長靴を手に入れた。
「……定番のネタをやってしまった」
肩を落とす。けど良くみると、長靴の底の方に小魚が一匹泳いでいるのが見えた。
それをつまんで、バケツ代わりにしていた樽に放る。
ナナネが横で堪えきれずに吹き出していた。
「一人コントでも、やるかな……」
呟きながら、投げやりに竿を放る。
その日は結局、もう1足長靴を釣り上げるという奇跡を成し遂げた。
帰り道、ナルダグの町の街道を長靴を抱えて歩いていると、運動部班の生徒達が後ろから歩いてきた。サッカー部のケイタがコタロウに気がつき、近づいてくる。
「おう、今帰りか?」
他の生徒から少し離れてケイタと歩調を揃える。
「うん。ケイタ君も狩りが終わったの?」
「まあな。今日は騎士団の要請で街の周りの白色狼を1日ずっと狩る事になってな。あ、白色狼ってのは、俺らが最初に森であった3つ目をした狼な」
「そうなんだ。さすがだね」
装備があっても、自分ではあんな化け物も相手に出来ないだろうなと考えてしまう。
「それより、今夜あたり街に繰り出さないか?いい店見つけてよ」
ケイタが小指を立てながらにやけ顔をする。
「あ、ごめん。その……持ち合わせがあんまりないから」
安い服を少し買っただけで、持っているお金の半分を使ってしまった。お金の相場はまだはっきりしていないが、店で飲み食いできる金額は持っていないだろう。
「なんだよ。おごるぜ?今日倒した中に銀色狼ってのが居てさ。それの牙が高く売れるみたいだから、懐は暖かいんだ」
「それは悪いよ。それに料理なら、九十九荘に帰れば俺の分も用意してもらってるから」
「そっか、じゃあまたな」
そう言うと、ケイタは運動部班の集団に戻っていった。
「ご馳走してくれるって言うんだから、行けば良かったじゃないですか?」
盗み聞きしてたらしく、今度はマモルがコタロウに話しかけてくる。
「いいよ。ほら、エマの手料理の方がきっと美味しいだろうからさ」
マモルは納得のいかない表情で、ふーん、と言って、それっきり喋らなかった。
エマの料理が美味しいのと、これは話が全然違うのは分かっている。
(つまらないプライドなんだろうけど……)
ケイタは善意で誘ってくれたのだから、受けても良かったはずだ。
しかし、それを受け止めてしまえる程、弱くはなりたくなった。
それからも採取の日々は続いた。
集団でのアウトドア自体は、楽しくなかったと言えば嘘になる。
とは言え、朝早くから一日中、それも仕事としてやらされるということには、流石に抵抗は覚える。それに頑張った一日の成果も、魔物との戦闘にも慣れ出して、ギルドとしての戦果を順調に挙げている運動部班からすると、及第点の評価だ。
「やはり、採取品や採掘品の中身に不満を言われたよ」
その日の夕方、ギルドでのミーティングから帰ってきた天文部の部長、サトルは肩を落としてそう報告した。彼は、初日にショウ達に助けてもらった文化部班のメンバーの1人だ。連絡役として収穫報告をする為に、毎晩ギルドに出入りしている。
「そうなると、やはり今のポイントだけでは厳しいか」
文化部班が現在採取しているポイントは、魔物に遭遇しない様に、街のごく近くのエリアに絞っている。かなりの安全が確保されているので、街の住人も採取に来ている位だ。 当然、そこで採れる材料は、街では普及されている範囲のものに留まってしまう。
「けど、魔物がいるエリア迄は私たちは行けないわよ?」
「運動部班に護衛を頼む、というのはやっぱりいかないしな」
それでは本末転倒になってしまう。運動部班1人の方が、単純の稼ぎが多い状況なのだ。
それよりも、守ってもらうのが恥ずかしいという気持ちはみんなにもあった。
「もう少し先まで採取エリアを広げよう。僕達の中で、交代で見張りをして、魔物を見かけたら、すぐに撤収しよう」
結果、当面はそれでいこうという話に落ち着いた。
その日以来、班の数名が交代で、採取を早く切り上げ、街の図書館での資料探索に時間を費やすようにした。 採取のポイントや、採れる材料、周辺の魔物についての資料を調べる。
コタロウも一度図書館には行ったが、カタカナのみで構成されている文章は、資料を探す時間を浪費させるばかりで、外で採取しているよりも苦痛であった。
そんな中、文芸部のヒロトだけが、誰よりも戦果を挙げていた。
彼は、元々学校時代から同級の3年生の間では、廊下でも登下校中でも、はたまたトイレでも耐えず本を読む、本の虫として知られている。
一冊カタカナだけだろうと、まるで関係ないらしい。結果、図書館探索の専任となった彼のおかげで、採取のエリアがある程度広がる事となった。
しかし、運動部班との距離は縮まる事の無く、むしろその差は開いていくばかりだ。
運動部班は街の防衛をしているという事があってか、街の人々からの対応も良い。
一方、コタロウ達文化部班は、街の農業組合から街付近の採取を制限される通知を受けた。採取ポイント自体は誰のものと決まっているわけではないが、街の人々もたまに採取に出る為に枯らすような事があっては困るという、もっともな理由からだ。<チェリーブロッサム>は良くやってくれて助かっているが、それはそれ、これはこれだ、と。
おかげで、遠くの採取エリアに出向く事になり、移動時間と、周囲の警戒体制の必要性から採取効率は思うようにはかどらなくなってしまった。
(結局、俺たちの日々の日常は、高校生活の頃と変わらない地味な毎日なのだ。
この世界でも変わらない。運動部が活躍して、目立って、誉められて、発言力があって、俺たち文化部はその影でひっそりと目立つことなく生活をしている。
それでも異世界でも元気に生活できてるんだから、贅沢なんて言えないんだろうな・・・)
コタロウ個人として唯一良かった事は、夜の筋トレが毎晩続いていた事だ。
無茶なトレーニングメニューだと思っていたが、日本にいた頃より筋肉そのものはついていたおかげで、トレーニングそのものはそれ程、苦にはならない。
ユキが毎日見に来なければ、必要ないと辞めていたのだとも思ってしまう。
そんな日々が続き、ナルダグの街に着いてから2週間ばかりが経過した頃に、事件は起きた。