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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第4章 メロ山での戦い
33/33

31 ゲームの世界

 エヴォルヴ最北部。

 火山帯よりも更に北であるそこには、もう何十年もの間も、人間は住んでいない。長年降り注いでいた火山灰により土地は荒れて、土壌は風化して痩せこけている。海からの風が強く吹きつける荒野を一部の動物と魔物だけが徘徊している。


 そんな、夜の帳を1人の女子高生の様な女の子が歩いていた。背は低いが、その体型はスレンダーである。美少女ではあるが、顔はすす汚れており、ぼさぼさに伸びた髪を、切れかけたゴムで雑に後ろに縛っている。女子高生の制服は身に纏っているが、ブレザーは所々破れており、短めのスカートも返り血がこびりついて黒ずんで汚れている。背中には、通学用鞄をリュックサックの様に背負っている。女子高生として、更に異様なのは、両脇に短剣を差しており、鞄の横の切り裂かれたところから弓矢が見える所だろう。

 

「―――発見」

 突然止まって小声でそう呟くと、鞄を地面に下ろす。中から、弓矢を取り出すと、慣れた手つきで矢を構える。


 グレーラビット LV4


 元いた世界の兎よりひと回りは大きく、この辺りでは1番弱い部類に入る魔物だ。

 頭の中でイメージをする。頭部の中心にロックオンしたのを確認してから、一呼吸おいて矢を放った。

 放たれた矢は勢いそのまま、目標を貫いた。相手が完全に動かなくなっているのを確認してから、近づいていく。

「経験値5、か。食糧としての狩りだから、こんなものかしらね」

 誰に言う訳でもなく、独り言ちる。彼女は目標を拾い上げると、歩いてきた方向へと引き返して行った。



 すぐに、古びた神殿の跡地に着く。かつて山の神を祀っていた神殿であるが、長い間に風化していって廃墟と化している。中に進んでいくと、すぐに行き止まりになる。かつては祭壇であっただろう、段になっている場所にゆっくりと腰をおろす。

 荒削りの石床の上に、赤い草の束を、ぼさっと敷く。丸みを帯びた小石で、その束を擦ると、やがてチリチリと音をたてて、煙が立ち上がった。

 火焔草、と呼ばれる、この辺りに咲く草木だ。火山灰を長年受け続けて変化していったこの草木は、簡単に着火して、燃え続ける特性を持っている。

 先ほどのグレーラビットから毛を剥いだ生身に串を刺して、火に炙る。


(こんなアウトドアな自分なんて想像した事なかったな)


 彼女は燃え盛る炎を眺めながら、2ヶ月前にこの異世界に来た頃を思い出す。




 サクラノ祭の打ち合わせの教室に居たはずなのに、目が覚めたら廃墟と化した神殿のすぐそばに居た。

 神殿の跡地には、かつての戦士の骸が何体か転がっている。彼女は、その中から使えそうな武器だけを集めた。弓矢や短剣等扱った事はなかったが、ここがどこで、どんな危険があるのか分からない。通学用鞄からプリントや教科書を取り出して、それらの武器と入れ替える。鞄の中の携帯電話は、当然のように圏外を示している。

 神殿には他に何もない事を確認して、外を歩く。荒野が広がる先には、大きな岩山の山々がそびえたっている。

 何処を目指せば良いのだろうか考えるが、検討がつかない。とりあえず、唯一目印になっている山に向かって、彼女は歩き出した。



 小一時間程歩いて、ようやく山の麓に林が見えてきた。下から見上げる範囲では、岩山には殆ど草木は見えないが、この一帯だけが場違いの様に生い茂っている。

 中を進んでいくと、奥に水の溜まり場があった。岩山の中腹から沢を伝って流れてきているようだ。一頭の鹿が湖の水を飲んでいる。始めてみる動物の姿に感動しながら、そっと水を手にすくう。匂いも無いし、透明で澄んでいる。動物が飲んでいる所を見ても、天然水の様な真水なのだろう。そのまま、喉を潤す。

「あー、生き返る」

 歩いて喉が渇いていた為に、思わず声がこぼれる。

 その声に反応したのか、水を飲んでいた鹿の首がこちらを振り向く。こちらに驚いて、すぐに逃げ出すのかと思ったが、そうではなかった。じっと、こちらを見つめて微動だにしない。

 見つめ合う格好になって、始めて気がつく。


 (随分と大きな鹿だな。鹿の角って、あんなに尖っていたっけ。あんなに真っ赤な目をしていたっけ。鹿って牙生えていたっけ……?)


 鹿は彼女に向かって、ゆっくりと歩き出す。その口から涎が垂れているのが見えて、彼女は本能的に悟る。

 あれは、肉食獣なのだと。


 すぐに走り出して、逃げる。

 自分の足で、アレから逃げきれるのか。

 林を抜けて、荒野を駆ける。それにしても、身体が軽い。恐怖を前に全力疾走なのだが、こんなに足速かったっけ?と疑問が浮かぶ。


 目印もなく不安だったが、すぐに最初の神殿が見えてきた。そこでようやく足を止めて、後方を確認する。やはり、追ってきてはいないようだ。呼吸を整えて、考えを整理する。

 見間違いだったのだろうか?鹿に牙なんて生えているわけがない。きっと、頭を撫でて欲しくて近づいてきただけだ。森の動物達と仲良く暮らせるチャンス(?)だったのかもしれない。だとすれば、戻ってやり直しをしようか、そんな現実逃避を考えていると、離れた先に人影が見えた。

 歓喜の感情と共に、小走りで近づく。大声を掛けようとした時に、相手の外見がはっきりと見えた。


 人の形をしているが、背は彼女よりも低く、肌は抹茶色で、頭は剥げている。眉毛もなく、鼻が角度をつけて折れ曲がっていて、唇が耳の付け根の近くまである。布のようなものを腰に巻いているが、裸足だ。右手には石で出来た斧を持っている。

 自分の知っている生き物ではない。

 

 この世界がファンタジーな世界なのだと信じるのに、時間はかからなかった。夢かとも思ったが、こんなに記憶がはっきりしている夢など見た事がないし、痛覚もある。

 異世界トリップというジャンルの創作は、ネットで読んだ事がある。私もその類の経験をしているのだ。

 そこまで判断してから、相手に気付かれないようにゆっくりと後退をした。そして、遠目から観察を続けながら考える。


 異世界トリップの小説だと、大抵の主人公はチートな能力なり、何らかの特典を授かっている。自分の場合は、どうだろう。

 引き籠りでこそないが、休みの日もインドアな為、運動神経では皆無だ。それなのに、あれだけ早く走れたし、疲れもそれ程感じない。もしかして、私はそれなりに強くなっているのではないだろうか。

 相手はきっとゴブリンと呼ばれる類の魔物だろう。彼女の知るどんなゲームでも、その存在は決して脅威的なモンスターではなかった。それぬ、向こうは自分に気づいていない。ここから弓矢で攻撃したら倒せるかもしれない、という気持ちが湧いてくる。


 はやる気持ちを抑えて、ゴブリンから距離を離れた所で、弓矢の練習をする事にした。

 初めての操作であったが、弓矢を構える。映画やアニメの見様見真似ではあったが、そこそこ様になった型をとれた。

 30メートル程離れた所にある枯れ木を狙って、矢を放つと、緩やかな弧を描きながら、少し手前の地面に突き刺さった。

「距離感が難しいわね」

 更に力を込めて、2発目を放つ。弓矢は軽々しく動作をしているイメージがあったが、思った以上に腕への負担が大きい。

 今度の矢は、枯れ木の脇を30センチ程離れて飛んでいった。

 やはり、そう簡単には上手くいかないらしい。目標を更に意識して、再度弦を張る。シューティングゲームの要領だと思い込み、見えている景色に脳内でカーソルを描く。

「目標をセンターに入れて、スイッチ」

 某アニメの主人公のセリフとともに意識を高めて、矢を放つとまっすぐ、枯れ木の芯を貫いた。ガッツポーズを取り、続けて矢を構える。感覚を忘れないように、カーソルを狙うと、たて続けに命中していった。

 距離を離して何発か練習しても、頭に描いたイメージ通りに成功した。異世界かと思ったのだが、ここはRPGの世界なのかもしれない。シューティングゲームは得意の分野だ。


 練習に使った矢を回収して、通学鞄にしまう。ゴブリンが去っていった方向を小走りで追いながら、ここはゲームの世界なのだろうかと当たりをつける。だとすれば、ゴブリンを倒す事で経験値が入るかもしれない。

「いた!」

 先ほどのゴブリンだろう。距離にして100メートルくらい先に、その姿を確認すると、走るのをやめて近づく。

 歩きながら、弓矢をセットする。極力近づいた方がいいのだろうが、外した時の事を考えると、逃げれるだけの距離は離しておきたい。一撃で倒せるかも分からない。

 弓矢をゆっくりと構え、ゴブリンの胴体を狙う。頭の中のカーソルを合わせていると、その横に


 ゴブリン LV7


 という言葉が浮かぶ。思い込みなのだろうか?意識を集中している為、それを探る余裕はない。

 ゴブリンが歩を止めて、周りをキョロキョロと見渡しだした。

 今だ、と意を決して、矢を放つ。


 放たれた矢は枯れ木と同じ様に、ゴブリンの胴体を後ろから貫いた。ゴブリンが悲鳴をあげるのが聞こえる。そのまま、続けて矢を放つ。

 2発、3発、4発。

 前かがみに倒れて動かなくなったのを確認してから、弓矢をしまい、代わりに短剣を手にする。初めての経験に、心臓が高まっているのを感じながら、倒れているゴブリンに近づく。

 完全に息絶えているようだ。それを確認すると、足から力が抜けていき、その場に座りこんだ。

 やはり、ここはゲームの世界か。そうなると、気になるのは自分の能力だ。頭の中で自分にカーソルを合わせて、意識を高める。妄想なのか分からないが、文字が浮かんできた。


 マリナ LV12 HP165 MP0  


 この世界をゲームの世界だと思い込んでいる彼女には分からなかったが、それはコタロウ達が特許技術と称した、ゲーム部であるマリナの固有スキルであった。   



 目の前にそびえ立つ山々を見上げる。探索をした結果、辺りは川に囲まれており、このエリアを出るにはこの山を超えるしかないようだ。 

 あの日から、2ヶ月のサバイバル生活を送ってきた。目標のデータを察する事ができたおかげで、火焔草の存在も、毒の有る無しも判断出来た。今では、敵を倒した際に入る経験値の数値も判別出来る様になっている。出発前に、自分のステータスを確認する。


 マリナ LV62 HP830 MP0

 

 毎日の様に魔物を倒して、ここまでレベルを上げてきた結果に満足する。ゲーム部で、ジャンル問わずゲーマーである彼女にとって、レベル上げの作業は嫌いではなかった。むしろ、ゲームと違い、死んだ時のペナルティが想像出来なかった分、必死になれた。初めてこの山に登った時は、LV25位だったか、魔物の群れに襲われ、命からがら逃げ出す事になった。それから、ソロでこの山を越えるのに満足のいくステータスまで、自分を鍛えあげたつもりだ。


「さあ、今度こそ攻略するわよ」 


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