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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第3章 それぞれの日常
31/33

30 恋人未満達のクリスマス(下)

 日が暮れるも早くなってきた。あの後、いくつかお店を周り、雑貨品等の買い物を済ませてから、セツナを城の庭まで見送る。


「今日はありがとうございました。久しぶりに兄さんと買い物出来て、良かったです。兄さんの新しい一面も見れましたし」

 セツナが嬉しそうに微笑む。一波乱あったが、それもプラスの方向に働いたらしく、コタロウはホッとする。

「そうだ、これ」

 上着のポケットの中から、小包を取り出す。

「クリスマスプレゼント。今年はサンタクロース来ないだろうから、兄ちゃんからあげるよ」

 小包を受け取って、中身を取り出すと蒼く光る小さな宝石がついたネックレスが入っていた。

 その石には魔力が込められているらしくて、お守りにもなるそうだ、と宝石商から言われたままを伝える。セツナはクスッと笑うと、手さげ鞄から小さな袋を取り出した。

「これは、私からです」

 袋の中身は、ミサンガのような手編みの腕輪だった。幾つもの違った種類の糸が複雑に編みこめられている。

「外に買い物に行けないから、手づくりになってしまったのだけど、私のメイド友達の出身地に伝わる、お守りの腕輪です」

 編み目が術式として、加護の効果をもたらすと言われていると、上機嫌に説明をする。お互いがお守りをプレゼントに選んだのが面白かったようだ。

「ありがとう。毎日つけるよ」

「私も、大切にしますね」

 そう言って、ネックレスを首につける。

「兄さんの事ですから、この後は予定があるのでしょう?」

「え?ああ、ナナネのディナーショーに行くつもりだけど。本当はセツナが行ければ良かったんだけどさ」

「そうですね。またの機会を楽しみにしています。けど、お相手の方には失礼のない様にして下さいね」

「ああ、分かったよ。じゃあ、また来るから」

 手を振り合って別れる。

 去りゆくコタロウの後ろ姿が見えなくなる迄、セツナはその姿を見つめていた。


 

 寮で一度着替えてようかと城門の前で考えていると、城内の敷地からユウトが歩いてきた。後ろには、剣道部のカレンを連れている。今日のカレンは休みなのだろうか、スカートをはいた女子高生らしい服装の彼女を見るのは、この世界で初めてだ。

「よう。日曜日に遅くまでご苦労だな」

「コタロウこそ、これからが大変なんだろ?」

 すました表情でユウトが返してくる。

「どういう意味だ? 別に大変な事なんてないと思うけど」

「お前がそう思っているなら、まあ本物の天然なんだろうな。だけどな、」

 ナナネの名前を出そうとして、ユウトは留まった。今の自分がコタロウにナナネの事を悲しませるな、なんて言える筋合いはない。

「だけど、なんだよ?」

「なんでもない。まあ、次のデートでもハメを外すなよ」

「デートじゃねえよ」

 ユウトはコタロウの反論に手を振りながら、カレンを連れて去っていった。

 


 デートではないが、やはり着替えるべきだろう。寮へと一度戻ってから、約束の酒場に向かう。

 正装とまではいかなくても、クラン盟主として買った、それなりに真面目な服装だ。

 待ち合わせの時間よりも早く着いたが、すでにサツキは店の前で待っていた。長身によく似合う黒系のドレスに身を包んでおり、以前に新しい洋服を買って訪ねてきた日の彼女を見ていなければ、すぐには気が付かなかったであろう。それ程までに、普段の彼女とは外観や雰囲気が変わっていた。

 少し戸惑いながら、声をかけて店内に入る。長いバーカウンターにテーブル席が多く配置された広い店内の中で、すでに半数近くの席が埋まっている。どの客も、年配の貴族や金持ちの類のように見える。礼服を着てきた事にホッとしながら、案内された予約席の椅子に腰かける。

「あなたを待っている間に、マモル君とサラさんが2人で歩いているのを見かけたわ」

「あー、忘年会の会場探しを頼んでいたから、それじゃないかな?」

 クリスマスイヴに?と思ったが、サツキ達の関係も人の事は言えない。今日この席に誘われたのも、あくまでナナネの生演奏を聴くという名目に過ぎないのだ。高級な店と聞いていたので、お互い正装をしているが、あくまで2人の関係は友達なのだ。


 それでも、「メリークリスマス」とシャンパンを交わす。クリスマスの意味を理解している人がいない、この異世界でクリスチャンでもない2人がクリスマスを祝うのもおかしな光景かもしれない。

 やがて大きな拍手と共に、ナナネがフルートを片手に入場する。

 一礼をしてフルートを口にする。コタロウのテーブルを一瞥すると、ゆっくりと演奏を奏でだした。コタロウも初めて聴く曲目だが、すぐに彼女の心地よい音色の世界に引き込められる。


 演奏が始まってから出された料理は、サクラノ食堂の料理よりも上品で、質の高い原材料を使っているのが分かったが、食べ慣れていない味に戸惑う。どうしても庶民の大味の方が、分かりやすくて美味しいと感じてしまう。


「やはり、ナナネさんはすごいわね」

 本来、こういった演奏はトリオであったり楽団で複数で演奏するのが、こちらの世界でも通常らしい。しかし、ナナネは、ソロでもこれだけの客を呼び込め、感動させられる技術がある。むしろ、今の彼女の演奏の前では他の演奏と両立させるのも難しいだろう。

「ナナネだけが特別じゃないさ。サツキの魔術式だって、君にしか出来ない技術じゃないか」

 〈サクラノ組合〉の生徒達の1番の武器は、こういった、どこでも通じる技術があるという事だ。そういう確認の意味でも、彼女の演奏は自分達にも元気を与えてくれる。

「そうかもしれないけど、なんというか、やっぱり芸術っていうのは心に伝わるものが大きいから」

「それを言われたら、俺も頑張らないとなぁ」

 演劇部として貢献しているのは、外交や戦いの時のフリだけだ。人を笑わせたり、感動させたりするような芝居は演じられていない。

「俺も広場で寸劇でもやろうかな」

「それは面白そう。だけど、貴方は仮にも、私達の代表なんだから、恥ずかしい真似はしないでね」

「だよね。結局、俺ができる事は芸術でもない、騙しの演技だけなんだろうな」

 ナナネの演奏が終わった。同時に周りのテーブルから、盛大な拍手が鳴り響く。

「そんな事はないんじゃない?コタロウ君にも、人々を感動させるような演技をする機会はあると思うわ。その時には、私も裏方として是非協力してあげる」

 気休めだろうか。それでも役者の真似事をしている以上、いつかは自分もこうやって拍手を浴びてみたい。


 食事と生演奏のチャージ料金は招待券で無料だったが、ドリンク料金は別である。会計の列に並んでいると、ナナネが裏から顔を出した。

「クリスマスらしい曲を選んだつもりだけど、分かった?」

「パッヘルベルの『カノン』だけは分かったよ」

 サツキもクラシックの曲目には詳しくはなかったが、その曲だけはお互いに馴染みがあった。

「ちゃんと、寮までサツキさんを送ってあげるのよ」

「分かってるって」

 ナナネは、それだけ伝えると、すぐにコタロウの後ろに並んでいた老紳士に挨拶をする。彼もナナネのファンであるらしく、何やら絶賛をしているのが耳に聞こえてきた。


 会計を終えてテーブルに戻ると、サツキの姿が消えていた。トイレかな?と思いながら席に座ると、書き置きに気が付く。

「今日はありがとう。お先に失礼するから、ナナネさんを送ってあげてね」

 慌てて席を立ち、店を出る。

 駆け足で寮への道を追いかけるが、サツキの後ろ姿は見当たらない。追われるのを想定して、違う道から帰っていったのだろうか。


 格好はつかないが、引き返してナナネを送ろうかと、立ち止まる。

 ふと、通りの先にサクラノ食堂の店内に灯りが灯っているのが見えた。営業時間は終わったはずだが、中から賑やかな声が聞こえた。扉を開けて、中を覗く。

 エマやユキ、ケイタと知った顔が、テーブルを囲んで、わいわいと盛り上がっている。スピーカーからはクリスマスソングのセレクトが流れて、クリスマスパーティーの真っ只中の様にも見える。


「あら、コタロウじゃない」

 中に入ってから、ハーフエルフの少女が居る事に気が付く。コタロウに対して頭を下げてくる。

「昼間はありがとうございました」

「なんだ、顔見知りなんだ。彼女、今日からうちで働く事にしてもらったけど、いいわよね?」

「勿論。人手が増えるなら大歓迎だよ」

「彼女はいい子よ。誰かさんと違って仕事をサボらないし、ちゃんと気が利くし、動きも素早いしね」

「サボってない! 女性に対する社交辞令だよ」

 それに彼女の素早い動きは、元盗人ならではなのだろうけど、とケイタは心の中で付け足す。

「休みの予定や、好きなタイプを尋ねる社交辞令なんて聞いた事ないわよ」

 エマの受け答えに、エルフの少女が微笑んでいる。どうやら彼女も少し慣れてきたようだ。

「最近はユキちゃんに厨房を手伝ってもらっていたから。今は新しい看板娘の誕生祭の最中なわけ」

 今夜は、もっと大事な人の誕生祭のはずなのだが、日本人の感覚ではこんなものなのかもしれない。

「で、デート三昧なコタロウ君は、今はフリーなの?」

「リア充シネ」

「エマさんもケイタ君も誤解がある言いまわしはやめてくれ」

「リアジュウシネって何ですか?」

 エルフの少女が首を傾げる。

「誠シネ、でググれば分かるよ」

「ケイタ君、それは余計伝わらないと思う」

 というより、同じ扱いなのか。コタロウは頭を垂れる。

「女性の敵という意味よ。で、1人なのね?」

 おかしい。俺が何をしたというのだろうか?妹と久しぶりに会って、買い物をして、友達の演奏を聴きにいっただけのはずなのに。コタロウは自問自答するが、答えが出ない。心なしか今日のエマも、いつもより厳しい気がする。

「そうだけど、もう帰ります」

「じゃあ、寮までユキを送っていってあげて」

「ああ、もちろん構わないよ」



 サクラノ食堂を出て、ユキと大通りを歩く。すっかり夜も更けている中、風が吹いた。

「今夜は寒いなぁ」

「寒いですか?」

 後ろを歩いているユキが、何故か嬉しそうに尋ねてくる。

「うん。この時間になるとさすがにね。それに今夜は一層、いつもより寒くなってきたかも」

「それなら、丁度良かったです」

 背伸びをして、コタロウの肩に後ろからマフラーを掛ける。 戸惑うコタロウに対して、笑みをこぼらせる。

「助けてもらったお礼。きちんと形にして渡せていなかったから」

 お礼なら、こちらこそ助けてもらったり、筋トレに付き合ってもらったりと十分すぎるほど返してもらっている。そう思ったが、自分の肩に掛けられたマフラーを見て、手編みの物だと気付く。ユキが最近、部屋に籠っていたのは知っていた。これを編んでくれていたのだろうか。

「ありがとう。手編みの物なんて初めて貰ったから、すごく嬉しいよ」

「それは、意外ですね」

 ユキにも誤解があるらしい。

 女子にプレゼントを貰った事は今までほとんどなかったし、コタロウの元カノは間違っても、彼氏の為に編み物をしてくれるような子ではなかった。むしろ、相手に編ませて貰って、普段はクローゼットの奥に寝かせたままにする様な気がする。

「なにか、お礼をしないとな」

「いいんですよ。好きで編んだだけですから」

 ユキが編み物が好きというのは初耳だった。顔を覗くと、頬に赤みを帯びている。

「そうは言っても、つり合わないよ。ちゃんと考えておくから」

「分かりました。楽しみにしてます」

 自分でハードルを上げてしまった気がしたが、彼女が喜ぶようなお返しをしないといけない。



 寮が見えてきた頃に、ゆっくりと、雪が降り始めた。異世界に来てからの初雪だ。

「こっちでも雪は降るんだな」

 そう考えると、寒さが見にしみてきて、マフラーの温もりが心地良い。

 振り向くと、ユキが手を顔に当て、息を吹きかけていた。手が寒いのだろう、とコタロウは手袋を外して、彼女の手を握った。

 手を握られたユキは一瞬ビクッと反応したが、構わずに手をつないだまま雪の降る街道を歩く。コタロウにとっては、小さい頃から妹と寒い日は良く手をつないで歩いていたから、抵抗は全く無かった。セツナと同級生で、セツナよりも背の小さく童顔なユキの手を握るのは、妹に対してと変わらない感覚で接する事ができる。それは、コタロウの気持ちであって、ユキの頭の中はそれどころでは無かったが。



 寮に着くと、挨拶だけしてから一目散にユキは自分の部屋へと走って行った。終始、顔を赤くされてそっぽを向かれいた為、何だかこちらの方が恥かしくなってくるのを感じていた。


(何を意識しているんだ、俺は……手編みのマフラーだって、お礼で彼女が趣味で編んでくれたに過ぎないんだ)


 コタロウも暖を取りたかったが我慢をして、寮の外へと再び足を踏み出した。



 外の冷気で、ボケーっとした頭が覚めてきた。大通りを引き戻し歩いていると、正面からナナネが歩いて来るのが見えてきた。


「お疲れ様。迎えにきたよ」

「ありがとう。すごい雪ね」

「このまま降り続けると、明日の朝には積もってるかもな」

 ぽつりぽつりと降っていた雪だが、何時の間にか、その降雪量が増えていた。

「今日の演奏はどうだった?」

「あいかわらず上手で素晴らしかったよ」

 音楽の感覚も知識も持ち合わせていないコタロウの意見は月並みな言葉しか話せない。専門的な賛美は、音楽好きで聴きなれている貴族達から浴びているはずだろうが、ナナネはその一言で満足した様だ。

 2人で並んで歩きながら、コタロウが真っ白な息を吐きながら呟く。

「何だか、信じられないような日だったな」

 改めて、しみじみと思う。いつもは、「クリスマス中止のお知らせ」と世のカップル達を妬んでいた立場だったのに、今年のクリスマスは奇跡の様な一日だった。そして今も、こうしてナナネと歩いているのが、背徳的な気持ちにすらなる。

「ケイタ君には、リア充シネって言われたよ」

 ナナネが噴き出しそうになって、口を押さえた。

「まあ、最近のコタロウは、他の男子生徒達に刺されてもおかしくはないかもね」

「なんでだよ?」

 ナナネは質問には答えずに溜め息をついて、少し先を歩きだした。地面に足跡がくっきりと残る位には、既に雪が積もってきていた。

「ホワイトクリスマスなんて、ロマンチックね」

 東京ではクリスマスに雪が降る事なんてほどんどなかった。

 雪の降る光景だけではなく、同じ都会でも東京とは全然違う、中世な街並みが一層の事、幻想的に彩っている。

 街灯の灯りの下で、ナナネはクリスマスソングを歌い出した。意外にも、それは洋楽の定番のクリスマスソングであった。


 その美声に心を奪われそうになる。歌詞の和訳は、クリスマスにプレゼントは要らない、私がクリスマスに欲しいのはあなただけという意味だ。


 歌い終わったナナネに、コタロウは拍手をする。

「楽器だけじゃなくて、歌手にもなれるんじゃないか?」

「ありがとう」

 それから2人はゆっくりと時間をかけて、街道を歩いていった。

 クリスマスイヴ。この世界には何の意味もない、ただの日曜日の夜に過ぎないのだろうが。

 2人の並んだ足跡は、やがて降り積もる雪に消されるまで、しっかりと続いていた。

 


ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

第3章は、これにて終了です。

下手なラブコメが続きましたが、次章からはファンタジー路線に戻ります。


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