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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第3章 それぞれの日常
30/33

29 恋人未満達のクリスマス(上)

 12月24日、日曜日。

 コタロウは記念広場の噴水の前のベンチに腰掛けていた。携帯電話を取り出し、時刻を確認する。

 今は12時過ぎだ。

 19時にはセツナを城に見送らなければならない。携帯電話を持つ反対側の手の中には、20時から演奏で出演するナナネから貰ったディナーショーののペア招待券がある。

 本来ならセツナと行きたかったが、夜までには帰らないとならないらしい。

 朝食後の食堂で、1人で行こうか悩んでいたら、サツキが視界に入った。以前、ナナネの生演奏にひどく感銘しており、また聴きたいとせがまれていたのを思い出す。

 クリスマスイヴだから断られるかと思ったが、食事もついてくるという招待券の特典に惹かれたのかもしれない。

 サツキは、いまだバイト程度の仕事しかしていない為、生活費位のお金しか貰っていないのだ。

 

「お待たせしました」

 声を掛けられて振り返ると、セツナの姿があった。

 いつものメイド服ではなく、薄いピンク系の長めのダッフルコートを羽織っており、その下からは上品な白いワンピースの裾が見える。

「どこから、行きましょうか?」

「まずはランチだな。サクラノ食堂に案内するよ」

 久しぶりの妹の私服姿に気持ちが高まるのを抑えて、携帯電話と招待券をポケットにしまい、ベンチから立ち上がった。


 

 サクラノ食堂は、相変わらずの混雑をみせていた。オープン以来、広告活動はしていないのだが、口コミの評価か、日曜日には外の街からも来客がある。

 予め取っていた予約席に座ると、ケイタがオーダー用紙を片手にやって来た。


「いらっさいませー。あれ、今日はまた違う女性をお連れですね」

「いきなり誤解を招く様な発言しないでよ、ケイタ君。彼女は、俺の妹だよ」

「セツナといいます。はじめまして」

 自己紹介をされて、セツナをまじまじと見つめた後、ケイタは姿勢をまっすぐに正す。

「ケイタです。コタロウ君とは親友の仲です。ケイタお兄ちゃんと呼んでいいよ?」

「ケイタ君、時給マイナス銅貨1枚ね」

「それじゃ、俺タダ働きになっちゃうじゃん!」

 仕事中にナンパをしているのが発覚する度に、エマから時給銅貨9枚から下げられていたのは知っていたが、既に時給銅貨1枚まで引き下げられていたのか。

「……ケイタ君、なんでそんな薄給でバイトしてるの?」

「無論、愛の為さ!」

 胸を張っているが、さっぱり理解できない。無視してオーダーを頼む事にする。


「特別ランチ定食を2つでお願い」

「了解。じゃあ、セツナちゃん。これ、俺の名刺ね。何かあったら連絡してね」

 去り際に、さらりと名刺を渡していった。

 ケイタが本当に給料なしになる日も近そうだが、それでも彼は喜んで働くかもしれない。

「面白い友人ですね」

「おかしい友人でもある」

 それでも、ケイタならセツナに寄る悪い虫にはならないだろうが。


 特別ランチ定食は、休日限定の常連客向けの裏メニューである。旬の素材を料理長のエマが吟味して調理する為に、何が出るかは分からない。

 今日の料理は、和風の味付けをした肉じゃがに、小鉢が2個ついてきた。

「クリスマスっぽくはないかもしれないけど」

「いいえ。和食なんて久しぶりですし、すごく美味しいです」

 セツナは王宮住まいの為、エマの作る和風料理を食べるのは初めてだ。ずっと食べていない味付けに感動してもらえたようだ。


「シェフをお呼びでしょうか?」

 ふと、コック服のような白い衣装に身を包んだエマが、厨房から現れた。

「呼んでないって……」

「いやー。コタロウ君が女の子連れてきたって聞いたからね」

「妹のセツナだよ」

「あー、生徒会の!なに、コタロウ君の妹なの?」

 満席に近い客席の視線を集めながら、エマがくねくねとセツナに近づく。

「ふむふむ。こんな美少女な妹と暮らしていれば、成る程、耐性が出来ているわけね」

 と、独り言ちる。


「エマ料理長、いつまで油売ってるんですか! 忙しい時間なんですから、早く戻って下さい!」

 厨房の中から、ユキも出てきた。エマが話しているのがコタロウとセツナだとすぐに気付いて、目を丸くする。

「先に言っておくけど、妹だから」

「え!あ、そうですか。ユキです。えっと、生徒会の方ですよね?」

 ユキは丁寧に頭を下げる。

「はい。セツナといいます。同学年ですよね」

 ユキとセツナは高校1年生同士、顔の面識はあるようだ。

「まさか、コタロウ君にこんなかわいい妹がいたなんでね。言われれば、少し面影あるかな?」

「いいだろう、そんな事は。早く厨房戻りなよ」

 コタロウとセツナは血のつながりは薄い。セツナは、元々コタロウの父親の姉の娘である。しかし、幼い頃に両親をなくして、コタロウの家庭で育てられたセツナは、家族であり大事な妹なのだ。

 ユキはまだ話し足りない様子だったが、エマを連れ戻しに来た手前、しぶしぶ2人で裏へと引っ込んで行った。



 食事を終えて、サクラノ食堂を後にする。

「こうやって並んで歩くのも久しぶりですね」

「そうだな、セツナが生徒会に入ってからは通学も別々だったしな」

 朝、家を出る時間をコタロウに合わせると遅刻ギリギリになってしまう。低血圧ではないが、朝が単純に苦手なコタロウとの生活を懐かしく思い出す。この異世界に来てから、既に3ヶ月も経っているのだ。

「お母さん達、心配しているでしょうね」

「早く帰る方法を見つけないとな」

 その為には、魔王ミカとの戦いに勝たなくてはならない。それでも元の世界に戻れるのか全く保証はないが、他に当てもない。

「兄さんも戦うのですよね?」

「まあ、無理のない程度にはね」

 コタロウの活躍は聞いているが、実際の兄の戦闘をみた事がないセツナにとって、不安は大きい。剣道部時代の試合は応援しに行った事があったが、それが魔物相手に通じるレベルなのかも疑問があった。


 大通りを歩いていると、脇の路地裏に背の大きな男の後ろ姿が見えた。何かを塞いでいるように見えて、気になって足を止める。

「兄さん、待って」

 セツナが細い路地裏を指差す。

 先を歩く格好になっていたコタロウも振り返って、セツナの指す路地裏を眺める。路地のかなり先の方に少女が倒れこんでいるのが遠目に映った。



「ようやく見つけたぜ、嬢ちゃん。まずは俺から奪った金を返してもらうぜ」

 ザンギ兄弟の兄が、路地裏に連れこんだハーフエルフの少女を見下ろす。わざわざ首都まで追って来たとは考えられないが、たまたま遭遇してしまったとは、つくづく運が無い。この男も何度も大通りで揉め事を起こさない位には学習能力があるらしい。

「あのお金なら、騎士団に返しましたよ、窃盗団さん」

「ばれちゃ仕方ねーな。ならせめて、落とし前だけでもつけさせてもらうぜ」

 やはり、そうなるのか。少女は自分の運のなさを覚悟した。

「なに、痛いのは最初だけだ」

 目を瞑って抱え込むが、ザンギ兄が近づいてくる足音が聞こえる。二度も運良く助けてもらったたが、今度ばかりは最悪の状況でツケがまわってきたらしい。

 しかし、自分の数歩手前でその足が止まった。

 


 元・盗賊であるザンギ兄は、わずかな気配を察して振り向いた。

「な、なんだ、お前?」

 動揺して、思わず声がうわつく。見張り役にザンギ弟を立たせていたはずだ。それなのに、気配を消して近づいてくる男がいた。

「どういう状況か分からないけど、穏やかじゃないですね」

 相手の顔を確認して、後ずさる。

 この目が黒くて、鼻の低い黄色肌の人種は、またもや自分の邪魔をするのか。

「何度も言うけどな、お前らには関係ねえんだよ! 邪魔するな」

 相手は丸腰だ。いくらこいつらが素早くても足技にさえ気をつければ、この狭い路地では動きにくいだろう。一気に決めるべく、腰の斧を振り上げた。

「お、おい、落ち着けよ」

「黙れ! お前らには、こいつ以上に借りがあるんだよ」

 そのまま、斧を勢いよく振り下ろす。相手は慌てふためきながら、下がって避けた。叩きつけられた地面に大きくヒビが入る。

 ゆっくりと斧を持ち上げ、相手の表情を伺う。その破壊力にどれ程の恐怖を覚えた表情をしているのかと思ったが、落ち着いて冷たい目をしている。

 いや、それどころではない。その威圧感は、殺気だっているオーラが目に見えるかのようだ。

 斧を持つ手が震える。肺が圧迫されているかのような息苦しさを覚え、ザンギ兄は本能が警鐘を鳴らしているのに気が付く。


(落ち着け、俺。いくらこいつが強くても、俺の方が有利なはずだ……!)

 そう思考回路を整えているわすがの間に、一気に間合いを詰められていた事に気が付く。


 ずん、っと鈍い音が路地裏に響き渡る。

 腹をまっすぐに殴られたのか。腹部に大きな衝撃を受けて、顔を歪めながら前屈みの姿勢になる。

 息を吐きながら、顔を上げると目の前に相手の右足の踵が見えた。

「ま、待って……」

 蚊の鳴くような声で制止を求めたが、足は大きく振り下ろされた。



 地べたに這いつくばる格好になったザンギ兄を見下ろして、コタロウは意識を切り替える。

「大丈夫だった?」

 気持ちが落ち着いたところで、ハーフエルフの少女に話しかける。少女は少しビクッと震えた後、小さく頷いた。

「兄さん、無茶しすぎです!相手は武器を持っているんですよ」

 後ろから、セツナが走ってきた。セツナの言うとおり、不意打ちが失敗した時点で、勝算があった訳ではない。

「喧嘩は、ビビらせた方が勝ちなんだってさ」

 ユウトの受け売りだ。

 だから、相手が恐怖で隙を出させる程の殺気を出した。いや、演じた。

 完全なブラフだ。あの状態では、どうやってもコタロウには不利な局面だった。

 セツナは納得のいかない表情を見せるが、事実コタロウは相手に恐怖を与えさせて、隙をついたのだ。



 少女の手を取って立ち上がらせ、大通りまで戻る。

「ありがとうございます」

 少女は頭を下げた後、コタロウの顔をまじまじと見つめる。

「あの、私、人を探しておりまして、お伺いしたいのですが」

「人探しか。しかし、俺もこの街に来て日も浅いからな」

「いえ、あの、あなた達と似たような人でしたので、もし知っているならと思うのですが。ナルダグの街で同じ様に助けてもらったケイタさんという方なのですが、ご存知ありませんか?」

「……そのケイタなら、間違いなくあいつだろうな。ケイタは、この先の左手にあるサクラノ食堂という定食屋で仕事を手伝っているよ。行けば会えると思う」

「本当ですか?ありがとうございます」

 少女は目を輝かせながら、再び頭を下げる。手を振ると、少女は長く輝いている金髪を揺らしながら、大通りを走って行った。

 その様子を見守りながら、セツナが呟く。


「行かせてしまって良かったのですか?騎士団の方が来るはずですから、事情だけでも聞いたほうが良かったのではないでしょうか」

「あ、そうだった!」

 コタロウが頭を掻くのを見て、はぁっと溜め息をつく。肝心なところで間の抜けている所は変わらない様だ。

「しかし、兄さんが、こんなに強かったなんて意外でした」

 剣道なら分かるが、コタロウは素手で、あの大柄な2人を倒したのだ。

 一人目のザンギ弟は完全に後ろからの不意打ちが決まったとはいえ、一撃で沈めていた。

「ああ、あれは空手部主将カズタカ君の空手を演じてみたんだ」

 ヴァール湖でのサファギンとの戦いの日の夜、コタロウは空手部のカズタカに正拳の握り方や、急所の狙い方、呼吸法による丹田への気の込め方をレクチャーしてもらった。見様見真似ではあるが、実際にカズタカの戦いは見ている。

 後は、コタロウの特許技術により、その姿を演じたのだ。

「空手って、一般市民相手に使ってはいけないのではないでしょうか?」

 セツナにじとっとした目つきで言われて、コタロウはドキッとする。

「俺のは、空手もどきだぜ?それに、どう見ても、こいつらは一般市民ではないだろう」

「そうですね。あ、騎士団の方が見えましたよ」

 連絡していた騎士団がようやく到着した。



「それで、ここ迄来たのは分かった。けどね、今は見ての通りバイト中なんだ」

 突然現れたハーフエルフの来客に、ケイタは食堂の裏まで彼女を連れて出て行った。

「今日は夜の閉店まで入っているから、君の面倒はみれないよ」

 はっきりと断ると、少女は寂しそうに俯いた。

「なに、ケイタ君の連れ、追い返しちゃうの?」

 盗み聞きをしていたのか、エマが厨房の窓から顔を出す。

「いいじゃない、この子行く先の当てがなくて、あなたを訪ねにきてくれたのだから、相手してあげなさいよ」

「ちょっと、待って下さい、エマ先輩!今日は夜の女子みんな休みとってただでさえ、人手が足りないんですから、ケイタ先輩は外せないですよ」

 それを聞いてか、ユキも慌てて顔を出した。ケイタも、初めて聞くその話に驚く。

「え?夜の女子、休みって聞いてないよ?」

 ケイタにとって、クリスマスイヴに時給銅貨1枚で働く意味がなくなる重要事項だ。

「あれ、あなた、確か……?」

 ユキはケイタと話している少女に気が付く。たしか、泥棒と勘違いされて絡まれていた子だ。

「その節は、お世話になりました」

「ユキちゃんも顔見知りなの?ふむ」

 エマはそう言ってから、まじまじとハーフエルフの少女を観察する。セツナの時もそうだったが、エマは初対面の女子に対して少し失礼な気がする程、遠慮が無い。


「分かったわ、とりあえず、ここで働きなさい」

「え!?」

 ケイタと少女が同時に声を上げる。

「今日だけじゃなくて、人手が足りないのは事実だし。あなたも行く当てがなくて仕事を探しているのだから、いいわよね?」

「ちょっと待て、エマ。彼女は、うちの生徒じゃないんだぞ?」

 ケイタが反論をあげる。

「別に生徒じゃないと駄目なんて規則はなかったわよ。ここの人員管理をしているのは私なんだし、コタロウ君も反対しないと思うわ」

「それは、そうだけどさ」

「時給は銅貨10枚でどうかしら?」

 なぜかケイタのスタート時給よりも多かった。それなりの好条件もあってか、少女が嬉しそうに頷く。

「あなた、名前は?」

「はい、レイアです」

「私はここの料理長のエマ。宜しくね。ユキ、更衣室まで案内してあげて」

 ユキの案内で、レイアは厨房の隣の更衣室まで連れられていく。


「女の子が増えるのに、反対だなんて、ケイタ君らしくないわね」

「……なんだか、やりにくくなる気がする」

「そう? とりあえず、彼女の最初の指導はケイタ君の仕事だから、宜しくね」

 理由ははっきりしないが、ケイタのナンパ対策としても良い結果になりそうだ。エマは鼻歌を歌いながら、厨房の奥へと姿を消して行った。


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