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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第1章 新しい日常
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03 チェリーブロッサム

 石積みの城壁に囲まれ、門の先に高見台が見える。門をくぐり抜け、中に入っていくと、やはり中世のヨーロッパのような街並みで、 漆喰やレンガ建ての二階建てや三階建ての家屋が連なって建っていた。馬車はそのまま、石畳の敷きつめられた街道を進んでいく。

 やがて噴水のある広めの広場で止まった。

 御者の男に深く礼を言い、別れ際にこの街の騎士団の場所を教えてもらう。帝都に連絡を取るにはそれが1番とのことなのだが。しかし、実際は騎士団に頼るのがいいのかもわからない。


「異世界から来た存在とばれたら、どういう扱いを受けるのかな」

「けど他のみんなが騎士団のお世話になってる可能性もある。街を歩いて情報収集したいところだけど」


 村でもそうだったが、俺たち四人の服装はやはり周囲の視線を集めてしまう。このまま歩いていても、騎士団の人に見つかったら間違いなく職質されるだろう。

 またしても途方に暮れかけそうになったとき、


「おーい、ケイタ達じゃないか」

 離れたところから声がかかってきた。

 

 呼ばれて振り向くが、すぐには誰か分からなかった。

 2人とも、頑丈そうな鋼鉄の甲冑を身に纏い、西洋風の剣を腰に据え、大きな盾を背負っていた為、この街の騎士団かと見間違えた程だ。しかしコタロウには、その顔には見覚えがあった。

 長身の方は、男子バスケ部のカズヒコで、もう1人は名前は覚えてないが、空手部の主将だった生徒だ。コタロウよりも先に相手の顔に気付いたケイタが両手を広げて近づく。


「おー、 カズヒコじゃないか!何だよ、その格好。ナイト気取りかよ」

「馬鹿野郎、そんな制服着たままでこの街を歩けるかよ」

 カズヒコ達は、この先の空き家の一室をアジトとして借り上げているらしい。

 聞きたい事は山ほどあったが、周囲の視線が痛いので、早速アジトに案内してもらう事にした。


 2人に着いていった先は、煉瓦建ての二階建ての家屋だった。

 玄関の脇の階段を昇り、二階に案内される。扉の前の看板には、筆文字でソルジャーギルド〈チェリーブロッサム〉と書かれていた。中には、古ぼけたソファーや椅子が並んでいる。


 その1番奥にあるボロボロのソファーにその男は座っていた。


 野球部の主将、エースで4番バッターであるショウだ。今年の夏に史上初の甲子園出場を決めた桜乃丘高校の宝でもある。

そして、それだけではない。


 32回。

 ショウがナナネに対して告白したと噂される回数だ。

 なぜ32回なんて具体的な数が噂になるかと言うと、入学して始めて出会った日以来、毎月一回告白しているという伝統行事を続けているからである。このまま卒業式まで32回告白して駄目なら諦めると本人自ら公言している。同学年の間でも注目のネタとなっている。


(それだけ振られ続けているのにもかかわらず、めげないショウの根気と行動力は感心するけどね)


 吹奏楽部のエースというだけではなく、容姿端麗であるナナネは昨年のミス桜ノ丘候補にも選ばれていた。本人は辞退していたが。

 実際に、コタロウも彼女がラブレターを貰っているシーンを目撃した事があり、今どき直接ラブレターを渡す男なんて少数だろうから、実際に想いを寄せている男子はもっといるはずだとコタロウは考える。

 実際、彼女は流石に直接告白の場に出向きもしなくなり、やがてメールでの告白になった。

 そのメールも拒否設定にされた先月では、Twitterで告白した事で話題を呼んだ。

 好きですなう。付き合って下さい。

 

 そんなショウを目の前にして、ナナネは一歩下がる。カズヒコが街中で俺たちを発見して、連れて来た旨を伝える。


「四人とも無事でなりよりだ。事務的になって、悪いんだけど、 名前を確認したいから教えてくれないか」

 ソファーに腰かけたと同時に、彼はそう切り出してきた。コタロウ達が名前を名乗ると、実行委員会の名簿に印をつけていった。

「知っているか分からないが、この島には平仮名や漢字の文字も、苗字という文化も一般的にはないらしい。俺たちは統一で下の名前で呼び合っているんだが、いいかな?」

 小さく頷く。

「俺の名前は知っていると思うんだが、ショウだ。先に四人から知っている情報を教えてくれ。」


 森で目覚めた時からこれ迄の経緯を話す。四つ目の狼の話の時でも、ショウは特に驚く様子はなく話をじっと聞いていた。


「成る程。大体の情報はこちらが既に得たものと変わらないが、ロコ爺がいう初代皇帝が俺たちと同じ日本人である可能性が高いという話は興味深いな」

「ヒロアキは、建国後30年近く、皇帝として、この島の文化の向上に力を注いだが、最期は妻のサヤカと共に謎の失踪を遂げたらしい」

 と、ケイタが付け加える。

「元のいた世界に帰る方法を見つけたのか。将来的には調べていく必要はあるだろうが、とにかく、次は俺たちが話す番だな」


 ショウが、この島に飛ばされてきた場所は、この街のすぐ近くの洞窟の入り口だったらしい。近くに座っていた空手部のカズタカと、ラグビー部のシゲルも一緒だったらしい。

 目を覚まして外に出ると、この街の騎士団とゴブリンをはじめとする魔物集団との戦いの真っ只中だったそうだ。慌てて、洞窟の中に逃げ込もうとしたら、中からもゴブリンが現れ、結局騎士団に混じっての乱戦になったという。

 カズタカの正拳突きや、シゲルのタックルが決まっていき、次々とゴブリンが倒れる。


「カズタカとシゲルと違って、素手で挑むには抵抗があったからな。 倒したゴブリンから棍棒を奪い、片っ端からバッドさながらのフルスイングをかましてやったぜ」


 結果、突如現れた助っ人の加勢のおかげで、騎士団の圧勝となったらしい。最初はゴブリンが弱いのかとも思ったが、騎士団員の苦戦ぶりを見て、自分の身体の感覚が違ったものになっているのに気付いたそうだ。


「その後に、カズタカが試しに瓦を割ってみたら何枚割れたと思う?こっちの瓦が、俺たちのいた世界に比べれば柔らかいのかもしれないが、それでも相当な記録だぜ」

 やはり、身体能力や筋肉が大きく向上しているようだ。特に、普段から鍛えている運動部のそれは、この世界の人たちから見たら、驚異的なレベルに達しているらしい。

 そのまま、騎士団の歓迎を受けながら街に向かってると、草原を走り逃げまわっていた生徒達の集団と会ったらしい。


「文化系の生徒が6人で魔物から追われていたからな。倒して、保護してやった」

 自慢気に鼻をさする。

「街に着いてからも2人の生徒と合流した時には、流石にあの教室に居た生徒全員が、この世界に飛ばされてきたと考えざるを得なかったな」

 他の生徒と合流する為に、暫くはこの街に留まる必要がある。とは言え、既に10人以上の大所帯だ。そこでショウはこれからの生計の為に、傭兵ギルドを立ち上げたらしい。

 この街は、ここ数ヶ月増え続けた魔物の襲撃に耐える為に、傭兵ギルドや冒険者ギルドを地方全土に募っている状況下らしく、騎士団のお墨付きという事もあり、身元不明のギルド承認が降りたらしい。騎士団からの礼金を貰えたので、この空き部屋も借りることが出来た。


「今は運動部が周囲の魔物討伐、遺跡の探索に当たっている。しかし、討伐の為の傷薬の作成や装備品の手入れには一定の資材が必要になっていたな。文化部の生徒には、主にその採取や採掘作業をしてもらうことにした」

 適材適所なんだろうが、ようするに文化部は運動部に養ってもらっている状態なのだろう。こんな時でさえ、運動部の方が地位が上になってしまうのか、と憤りを感じる。


「それが一昨日の話であって、昨日、新たに5人の生徒が街の近くで発見された。その中に、ここにいるバスケ部のカズヒコが居たおかげで、道中の魔物に対処出来たそうだ」

 コタロウとナナネが無事に、あの狼から逃げられたのもケイタのおかげなのは間違いない。

 同じ教室に居たセツナの事を事を思い返す。あいつの横には、ユウトが居た筈だ。

 一緒に居てくれればと強く願う。


「つまり、現在は運動部がケイタを入れて5人、文化部が、これは同好会の生徒も含めてだが、12人に君たち3人を加えて、15人か」

 名簿を再び手に取り、人数を確認する。

「おそらくまだ30人近い生徒が、この島のどこかにいると考えられるな。 勿論、他の街や地方に飛ばされている可能性もあるが」

 30人。それだけの生徒が全員無事でいる事を祈るしかない。

「さっき話した傷薬の類があれば、ある程度の傷は時間が掛かるが治癒できる。それも自己再生能力そのものが上がっているからだがな。しかし、文化部の生徒にたいしてどこまで有効なのかは確かめてはないから、はっきりしたことは言えないが」

 実際の傷薬は、そこまで万能ではないらしい。魔法が一般的ではないというこの異世界では、死んでも生き返るような特典があるかは怪しい。


「とにかく、君たち文化部の寝床は、この裏にある宿屋を借りてある。君たち3人が入れる部屋もまだ充分にあるから、今話した通りにこれから暫くは行動してもらいたい」

 断れる理由もなく、頷く。

「文化部にもある程度の資金は配布するが、基本的に戦利品は我々運動部が管理することにした。こっちは、命をかけているんだ。不公平には思わないで欲しい。」

 文句など言える立場ではないのは空気でも感じられた。

 ケイタを除いた3人は、またもカズヒコの案内で宿屋に向かう事にした。


 アジトから一度大通りへと出て、反対側にまわる。歩いてすぐに着いた宿屋は、木造の3階建てで、柱や壁の木部が剥き出しになっていた。看板には、〈タビノヤド・ツクモソウ〉と表記されていた。九十九荘という意味だろうか。

 中に入ると、キィと床板がきしむ音がした。普段は酒場としても使っているのだろうか、丸テーブルや椅子がいくつも並び、カウンターの後ろの棚には酒が並んでいる。

 カズヒコはその横の階段を指差し、

「ここは騎士団が以前寮として使っていたらしくな。そこの階段を昇って、男子は2階、女子は3階を借り上げている。朝食と夕食は決まった時間に、ここで食事を出してもらってるそうだ。さっきショウとお前たちが話をしている間に、それぞれの部屋の生徒には話を伝え、夕食を取り置きしてもらうようにしてある」

 最後に部屋番号を伝えると、すぐに出て行った。

 口調からも察するに、やはり運動部の生徒たちはこことは違う宿屋に泊まってるのかと推測される。


 階段を昇りナナネ達と別れて、部屋に入ると、8畳くらいのスペースに二段ベッドがひとつと、更にひとまわり小さいベッド、クローゼットが一台と小さなテーブルが置かれていた。テーブルの上には料理の皿が置かれている。

 ベッドの上には、教室でみかけた顔が2人居た。


「はじめまして、ルームメイトになるディベート同好会のマモルです。二年生です」

 眼鏡をかけた線の細い男子からそう自己紹介してくる。ディベートって討論の事だろうが、主張性を感じられない程声が小さく、聞き取れないところだった。


「ん、無線同好会のタケシだ。三年」

 こっちはかなり太っていて、長髪を紐で結わえている。 かなりの無精髭が生えているが、こちらに来てからだろうか。二段ベッドの上で、何かをいじっているらしく降りる素振りすらしない。


「3年で演劇部のコタロウだ。よろしく。相部屋になるのは聞いていたんだけど、やっぱりみんな文化部なんだ」

「あ、運動部班の生徒は少し離れた宿屋でして。あちらは一人部屋みたいですけど」

 文化部への差別がここまで露骨にある状況なのかと、うつむかざるを得ない。

「仕方ないですよ、僕たちは運動部班の生徒と違って、能力的に狩りにも行けないですから」

 それが正しいのかは、今のコタロウには判断できない。

 小さい方のベッドに腰掛ける。自分のベッドがこっちでいいのか分からないが、タケシの下で寝るのは色々と危険な感じがする。彼が動く度に、マットの下の天板がきしむ音が聴こえる。


「これから宜しくお願いします。コタロウ先輩の作業ですが、明日は午後からでいいそうなので」

 まるで刑務所だな、そんな事を思いながら少し冷めた夕食を頂く事にした。






 翌朝。


 やはり狭いとは言えベッドで寝るのは心地良く、すっかり熟睡できた。

 コタロウは寝ぼけなら、携帯電話の時間を確認すると既に9時をまわっていた。マモルと遅くまで話しこんでいたせいもあってか、すっかり寝坊してしまった。


 マモルとタカシは疲れているのを気を使ってか、起こさないように出掛けたようだ。テーブルの上には、またしても朝食が取り置きされていた。その横には、サックと洋服が丸まっておいてある。


(とりあえず、おれも出掛けよう)


 朝食を食べ終え、この島での普段着みたいなものに着替える。生地は厚い布のようなもので、ボタンではなく、紐で結ぶ為に慣れない着衣に少し戸惑う。

 サックの荷物を確認すると銀貨が3枚、銅貨が5枚入っていた。マモル言わく、運動部班からの現金支給は週に一回、お金が足りなくなった場合は、申請の手続きをとるようにと、一方的に決めたらしい。

 同学年に対しても徹底したシステムには感心を覚えるが、暴動が起きないのは力のある運動部には逆らえず、実質は面倒をみてもらっている現実があるからだろう。

 ようやく1人になれた、と心の底から安堵を覚える。元々群れて行動するのは好きな方ではないし、冷静に物事を考えられる。

 サックを抱えて、九十九荘を出て人通りのある大通りへと向かう。

 昨日は気づかなかったが、改めてみると、中には尻尾の生えている人や獣耳を生やしている人がいる。この島は異世界なのだと改めて実感させられる。


 昨日の話によると、街の中は自由に動いていいが、外に出るときは文化部班全員で出るのがルールだそうだ。魔物に遭遇した経験を思い出しても、1人で外に出たいとは思わない。

 そのまま街内をぶらつき、買い物をする。下着や着替えを2着ずつ買っただけで、貰ったお金は半分近くまで減っていた。


 九十九荘に戻ると、食堂のソファーでナナネが女子と話していたのを見かけた。


(彼女はたしか、ナナネと同じクラスの……)


 目が合い、軽く会釈をする。すると向こうから話しかけてきた。


「おはよう、コタロー君。ちょうど今、コタロー君の話をしてたところだったのよ」

「俺の話?」

「ちょっとエマ!わざわざここで言わなくても」

「いいじゃない。ほら、森の中で魔物に襲われそうになった時に、ナナネをかばって犠牲になろうとしたって武勇伝の話」


(……!あの時は無視されたのかと思っていたが、ちゃんと聞いていたのか)

 今更になって聞くと、一気に恥ずかしくなる。


「いやー、長い付き合いだってのは前から聞いていたけど、そんな仲だったとは、知らなかったなー」

「だから、そういうのとは違うんだってばっ!ほら、コタローも何か言ってよね」

「そうだよ!あれは、お約束ってやつで、深い意味があったわけじゃないんだ」

 耳が真っ赤になるのを感じる。

「お約束ねー」

「そうだ、魔物を前にしてそこにバナナの皮があったとしたら、あえて滑る。それが役者魂だ」

自分でも無茶苦茶な事を言ってる事に気付き、慌てて話を逸らすことにする。


「そんな事より、エマさんは、ギルドの仕事に行かなくて大丈夫なの?」

 文化部班のメンバーは今日は朝から採掘に行っているはずだ。


「私は、食事当番だからねー買い出しから戻ってきたところ」

 ここの宿は厨房と食堂は貸してもらっているが、調理は自分達でしなければならないらしい。その為、当面の間は、家庭科部であるエマが文化部班全員分の朝・昼・夜の食事を作っているらしい。


「全員分って言ったら、大変だね」

「そう?行けば分かるかも知れないけど、発掘の方が私はよっぽどパスしたいわ」

 

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