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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第3章 それぞれの日常
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28 剣道部カレンの戦う理由

 剣道部、カレン、高校3年生。

 血液型はO型。

 好きなものは、銀鱈の西京漬け。


 次期主将予定であったユウトが生徒会立候補の為に、剣道部の主将に抜擢された。個人部門では高い成績を誇り、男子部員でも彼女と稽古をする程の生徒は現役部員では皆無だ。

 彼女がこの異世界で目を覚ましたのは西のティニス地方の辺境の村であった。たまたま通りすがりの村人が、村の近くで倒れている彼女を保護した。

 村人と会話をして、ここが自分たちのいた世界でない事を悟った彼女は、まずは助けてもらったお礼に村の周辺の魔物討伐を買って出た。女子でありながらも活発的な性格と、剣道の経験から腕に自信があった。そして、周囲の心配をよそに初めての戦場から、すぐに高い戦闘能力を発揮した。

 やがて、西の都スイレンまで辿り着いた所で、他の生徒達もこの世界に漂流している事が分かった。スイレンには運動部の生徒しかいなかったが、あの教室に居た他の生徒達もいる可能性がある。他の10人の生徒達は全員冒険者ギルドの一員として生計を立てていたが、生徒会長のユウトが首都プロメイアに居る事を知るや否や、すぐにギルドを抜けてユウトの元へと走っていった。


 剣道部時代、彼女がただ一人男子として評価をしていた男。彼に対する、尊敬にも近い感情は生徒会長になった今も変わっていない。むしろ、剣を奮うしか脳のない自分には持っていない能力を発揮しているユウトに対して、生徒会長としての働きを見ている内にその想いは強くなっていった。

 彼女がユウトと再開した時、既に彼は帝国軍副司令に就任していた。後を追って、女子には物騒ではあるが軍属という道を選んだ。

 ユウトが、この異世界で選んだ道ならば、それはきっと間違いないがないのだと信じたからだ。


「イワン隊長、周囲のオークの全滅を確認しました」

 プロメイアから馬で東部へ半日程、名も無き小さな洞窟の入口。紅い鎧を身に纏ったカレンが、騎士団広域第2小隊・隊長のイワンに報告をする。

 キリッとした鋭い顔付きは、美少女というより美男子に近い印象を与える。長い黒髪を後ろで巻き上げ、その高い背丈に似合った長刀を腰に下げている。

 ユウトの推薦だけでなく、高い戦闘能力を買われて騎士団に特別枠として入隊した彼女だが、初めからユウト程の特別扱いは無い。

 ユウトの信頼出来る部下であったイワンが彼女の面倒をみて小隊に預かってる事になった。

「よし、これより洞窟内部のオーク狩りを行う。カレンを先頭に、小隊6名続くぞ」

 イワンの発令に、合流してきた隊員達が頷く。

 女子であるが、ユウトの仲間である異世界の人間の実力は、コタロウ達の戦いを見たイワンは確信している。実際に、カレンが入隊してからの2週間で、既に小隊員の誰もがその腕前を認めている。

 イワンも騎士団員の中では若くて実力者であるが、ユウトやカレンとは次元が違う。彼女をこうして小隊の切り込み隊長としているのは、春に訪れるであろう魔王軍との戦いに向けて、前線のエースとして成長させたいからだ。



 洞窟を進むと、すぐにオークの群れに遭遇する。オークは豚の様な顔をした獣人で、手には斧を持っている。その醜悪な顔つきに似合い、広くはない洞窟内にその異臭が漂う。

 イワンの合図と共に、騎士団員達は武器を構えて先制を撃った。


 最初に、カレンが腰に帯刀した状態で一気にオークに間を詰める。オークが斧を振り上げると同時に、刀を抜く。オークの両腕の手首から先が、斧を持ったまま地面にこぼれ落ちた。すぐさま、ニの太刀で斬りつけると、オークはそのまま倒れ崩れた。

 剣道部であるカレンだが、実家は代々抜刀術を専門とした剣道場の家系である。

 居合抜きという技術を初めて目の当たりにした騎士団員の中には、彼女の事を、〈神速の女神〉と呼ぶ者もいる。それ程迄に彼女の抜刀は、目にも止まらない速さで繰り広げられる。身のこなし方も素早い彼女の間合いに詰められたら、熟練の騎士でも対応策が限定されるだろう。

 居合抜きの長所のひとつは、相手の距離感を狂わせる事だ。単細胞に近いオークの思考能力では、彼女のリーチの長さ、攻撃の間合いを読めない。


 刀を鞘に納めると、騎士団員達がカレンに続いてオーク達に立ち向かっていく。隊の中に紅一点がいるという事実は、男子の戦意を向上させてくる。年も上の騎士達は負けるものかと剣を振り上げた。かといっても無様な戦い振りをしたものならば、剣道のスペシャリストであるカレンからの不評を仰ぐ事になる。慎重かつ果敢に攻めていく騎士団広域第2小隊は、ユウト隊長が抜けた後も、総合力としても騎士団最強の部隊であるとイワンは信じて疑わない。



 洞窟内部の探索を進めて、オークの群れを全て壊滅させた事を確認する。

「これで、周囲への脅威は当面解消されたな。みんな、ご苦労だった。これより、首都プロメイアへと帰還しよう」

 洞窟を出て、イワンが先頭で半角馬を操る。

「あっさりと片付きましたね」

 隊員の1人が嬉しそうに荷物をまとめる。

 このエヴォルヴの世界においてオークはさほど驚異的な魔物ではない。しかし相手のテリトリーで、この殲滅速度は自信の持てる結果であろう。

「ああ。だが、対複数での戦い方の基本は確認しておいてくれ。俺達は、もっと強くならなくてはならない」

 魔王軍の大軍はどれ程の数になるのか見当もつかない。そして1小隊が一度に相手に出来る数にも限りはある。とにかく今は少しでも各自の腕やフォーメーションの精度を上げる事だ。それに、戦いの半数の手柄がカレン1人によるものだ。イワンも含めて、安堵出来るレベルにはまだ遠い。



 馬を走らせて首都へと戻り、隊員達に解散を告げる。既にすっかり日は暮れていたが、イワンは報告の為に帝国軍司令部の塔へと足を向けた。

 すぐに、後ろからカレンが追ってきた。


「隊長、完了報告でしたらまずは電話を使う様に様に先日の会議で指示があったと思います」

「あ、ああ。そうだったな……しかしな」

 イワンは鞄からごそごそと支給されたばかりの携帯電話を取り出した。試験用として、首都勤務の隊長格にのまや配布されたばかりのものだ。

「どうも、まだ使い方に慣れてなくてな。直接話した方が確実だろう」

「だからと言って、隊長がそんな事では示しがつきませんよ。電話は、今後の情報戦の主力となるのですから」

「そうだな……分かった、えっと、まずはどうするんだっけかな」

 手帳に使い方はメモしてあるが、どうも操作がおぼついてしまう。

「貸して下さい。こう使うのです」

 手帳に書かれたユウトの電話番号をゆっくりダイヤルして、通話ボタンを押す。すぐにコール音が鳴り、ユウトの声が聞こえてきた。

「もしもし。ユウトだ」

「あ、えっと、お疲れ様です、イワンです。本日のオーク討伐についてご報告をさせて頂きます」

 洞窟での討伐結果について報告を述べる。元々危惧される程の任務ではなかった為に、ユウトはすぐに了解と労いの返事をした。

 会話が終わった所で、イワンが手にしていた電話機をカレンが取った。

「もしもし、カレンです。ええ、勿論大丈夫よ。乗馬にも随分と慣れてきたし」


 イワンは、ユウトと長々と電話をしているカレンを横目に、彼女が電話をする為の口実に使われたのではないかと勘ぐる。

 カレンが、ユウト副司令に想いを寄せているというのは小隊の誰もが気がついている。相手が、自分達の元隊長で、軍の上層部なのだから、隊の中には彼女に手を出そうという考えの者はいない。今も、電話口で彼女の表情を覗けば、戦士ではない彼女の素顔が見える。

「そうね。コタロウ君には、忘年会の連絡は私を通してもらう様に伝えるわ」

 電話が終わった所で、イワンは咳をつく。

「プライベートな用件ならば、業務時間外に自分の電話を使えば良いだろう」

「あら?先ほど解散と言われたので、もうプライベートの時間だと思ってました。ごめんなさい」

 カレンが白々しく頭を下げる。カレンの勤務時間は終わっているが、ユウト副司令はまだ司令部にいる時間だ。

 管理職に就任する前からも、ユウトは朝早くから夜遅くまで働き詰めている。休日も取っているのをみた事がない。皮肉は言ったものの、そんな彼の勤務を邪魔するのが忍びないのは分かる。彼の学校の友達でもあったカレンとは立場は違えど、ユウトを信頼し尊敬しているという志はイワンもカレンも同じだ。感情の表現の仕方は違うが、似た者同士なのだろう。


「隊には、慣れてきたか?」

 男子ばかりの騎士団に長く勤めていたせいか、イワンは少しぎこちなく、そう切り出した。

「さすがに、女の子なので軍隊というのは抵抗ありましたけどね。第2小隊に配属させて頂いたのは良かったと思いますよ。皆さん優しくて好意的ですし、女子だからと言って特別扱いしない隊長にも感謝していますよ」

「当たり前だ」

 と言ってから、鼻をかいて言葉を続ける。

「だがな、それはお前の戦い方のおかげでもあるがな」

「……と言いますと?」

「腕に覚えのある騎士団員は、1人でなんでも先行しがちだ。しかし、お前は周りにも気を使いながら戦える。結果、実力が飛び抜けているお前にも、嫉妬もやっかみをくらうこともない」

 剣の腕だけで、ユウト副司令が騎士団に彼女を推薦したわけではなかった。騎士道としての心得、ユウトは彼女の事を武士道をわきまえていると表現したが、それをしっかりと自覚している。

「そういう身の置き方は心得ていますので」

 剣道部で主将を務めていたのだ。周りへの合わせ方は慣れている。周りの騎士団員の技量が低いわけでは決してないが、彼女だけが郡を抜いた存在であり続けるわけにもいかない。

 

「そういえば、ここのところ休みが取れてなかったな。今度の日曜日は、非番にしておく」

「え?確か、その日は北部火山活動の偵察日では?」

 寮へと帰るタイミングを計っていたカレンは、不意をつかれて少し驚く。

 メロ山と呼ばれるエヴォルヴ最長の火山。活火山の為に、定期的に騎士団が周囲の確認に回っている。

「火山活動の偵察に小隊全員を動かす事もないからな」

 ローテーションを組んで各小隊で回しているとは言え、本来小隊からは3、4人出せば充分なのだ。カレンにも経験の為にと参加をさせたら、他の小隊員全員が手を挙げてきた。その下心のせいで、人数は充分余っている。カレンを抜いたら不満が募るだろうが、自業自得だ。

「隊長、いや副司令も日曜日ならば、夜遅くまで司令部で残って仕事をしている事もないだろうな」

 そこまで話をすると、カレンはその表情に満面の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。さすが、私の隊長です!」

「その代わり、年末までは休みはないからな!当然、火山偵察よりも楽な任務もない、覚悟はしておけよ」

 カレンは「はい!」と大声で返事をして、頭を下げてから女子寮へと走って行った。


 騎士団最強、神速の女神と呼ばれているが、その素顔は17歳の女子高生なのだ。そんな彼女が戦う理由はただ一つ。

 ユウトに認めてもらいたいという気持ちからきている。

 イワンとしても乙女心が分かるわけではないが、同じ男を尊敬する同士としてとしては理解が出来る。そして、彼女の精神面でのフォローはユウト副指令がするべきだろう。とは思うものの、

「公私混同しているのは自分も同じだな」

 イワンは星空を見上げて溜息をついた。


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