27 ディベート同好会マモルの不定愁訴
ディベート同好会、マモル。高校2年生。
血液型はA型。
最近はまっている事は、金色の夕陽と雲を眺める事。
〈サクラノ組合〉が首都プロメイアに引越してから、5日が経過した。生徒達の新しい住処となった寮から歩いて10分。街の中心地に当たる、統一記念広場と呼ばれる大きな広場に面した通りに沿ってクランのアジトを構えた。前のようにアパートの一角ではなく、小さな2階建ての木造の家屋だ。
1階はサクラノ食堂と看板を掲げた定食屋をオープンし、外階段からつながる2階に事務所を構える。元旅館の寮では交代制で食事当番を決めている。サクラノ食堂は完全に一般開放として、エマを主体とした文化部班の生徒で営業をする事にした。オープン初日にあたる今日は、昼前から長蛇の列を成している。
朝食の片付け当番を終えて、遅めの出勤になったサラは、その列をかき分けて、外階段を昇る。
〈サクラノ組合〉の表札を掲げた扉を開くと、デスクで地図を広げるマモルの姿があった。
「お疲れ様です。社長は外出中?」
「先輩なら、下の手伝いに行ってるよ」
サラはコタロウの事を盟主ではなく、社長と呼んでいる。会社ではないが、商業クランのトップなのだから、という理由だ。盟主という言葉は発音しにくいらしい。
「また?社長の仕事じゃないでしょう!」
昨日も科学部のラボの設営の手伝いをしに昼前から出掛けていたのだ。
「まあ、サクラノ食堂はれっきとしたクランの事業だし。いいんじゃない?」
その分、外回りの仕事が増えるマモルにしても、文句のひとつは言いたい。クランの盟主として持ち上げられたコタロウだが、元々人見知りな性格の為に初めて会う新規の顧客相手に積極的ではない。商業クランのトップとしての営業面には期待していない。我々のクランのモットーは適材適所なのだ。
(それに、盟主としての役割は充分務めてくれているからね)
結局、女帝陛下との話し合いもうまくまとまった。ユウト軍副司令の圧力もあるのか、この街での他のクランやギルドとの関係もうまくやれそうだ。
「それでも、他に暇な生徒はいるはずです」
真面目な性格らしいサラは少し納得のいかない様子だったが、ぶつくさ言いながらも、机の書類に目を通しだした。すぐに、そろばんを弾く音が聞こえてくる。
単純に、計算をする際には携帯電話の電卓機能の方が確実だ。しかし、数が増えると、携帯電話の小さな画面とボタンでは、作業効率が下がってしまう。それに、商売人として、他のギルドやクランの商人を前に、計算をする事もある。電卓の信頼性は、この世界の人達には分からない。
マモルは黙々とそろばんを弾き続けるサラの仕草を眺めた。
現代人でも電卓以外にそろばんを使う経理を置く企業や銀行は少なくないらしいが、こうして彼女のスピードを見ていると納得だ。彼女の特許技術による影響なのか、コタロウと2人で時間をかけて行っていた経理処理が嘘のように仕事が捗っている。
バソコンがあれば、鬼に金棒と言った戦果が期待できるが、それは諦めるしかない。科学部のハカセに頼んでも、さすがに無理であろうし。
お互い無言のままで時間が流れていく。
時計をみると14時を過ぎたところだ。
「そろそろ下も落ち着いた位かな?遅くなったけど、お昼食べに行こうか」
「そうですね」
サラは眼鏡の縁をくいと上げて、机の書類を整理し始めた。
マモルとサラは同学年なのだが、何故かサラは敬語を使う。マモルだけではなく、後輩のユキ達にも敬語だそうだ。
サクラノ食堂に降りると、まだ席はほとんど満席に近い状態だ。空いているテーブルを見つけて席に着く。程なく、オーダー用紙を手にコタロウがやって来た。
「お疲れ様です。大繁盛ですね」
文句を言ってた割にはこの状況を見て、少し自重した様だ。
「これでもようやく落ち着いてきたよ。明日の担当増やせるか聞いてみて貰える?」
「そうですね。駄目だったら私が入りますよ」
新しくオープンしたサクラノ食堂のウェイトレスの制服は、エマの手作りである。マモルは少し短めのフリル付きのスカートをはいたサラを想像してみる。レンズなしの眼鏡をつけて、普段はだぼったいジャージの様な服装をしているが、サラも美少女の部類に入るはずだ。それは、健全な男子生徒としても是非興味がある。
ランチタイムの定食を注文してから、雑談を始める。
「流石に首都と呼ばれるだけあって、色々な人種がいるね」
西洋人の様な白人に黄色人種である日本人ないると、ナルダグの街では目立っていたが、ここでは普通の人間よりもドワーフやエルフ、獣人族と呼ばれる兎の様な耳をした女性や、カバの様な顔をした巨体等バラエティ豊かな人種が目立つ。
「ここにいる人達も若い人が多いですね」
この世界には高齢化社会といった問題はないようだ。経済を発展させていく伸び代は充分にあるだろう。
「そういえば、昨日メール頂いた会場探しの件ですが。今度の日曜日はどうでしょうか?」
女帝陛下との謁見の翌日、すぐにアンテナ設置の許可がおりた。既に首都内での殆どのエリアをアンテナの電波がカバーしている。無線同好会のタケシが新しく強化したアンテナはショートメールが送れるようになった。
〈サクラノ組合〉と〈チェリーブロッサム〉やユウト達全員での忘年会の幹事を任されたマモルとサラは、その会場探しをしなければならなくなった。さすがにサクラノ食堂では入りきらないので、どこかもう少し広いお店を予約したいのだが、引越したばかりで当てがない。
マモルは頭の中のスケジュール帳を広げて確認をする。
「あーごめん。今度の日曜日は駄目だ。キノサト商会との立食パーティーでナルダグの街へ行かないと。その次の日曜日はどう?」
「来週の日曜日ですか……いいですよ」
「じゃあ、午後は空けておいてね」
そこまで話したところで丁度、曲が切り替わる。元の世界での懐メロから、季節感のあるクリスマスソングが流れ出した。よく流れていそうな定番の歌だ。今年もそんな時期かと、想いにふける。この世界の住人には、何のことか分からない歌詞が続くが、クリスマスはすぐそこなのだ。
(ってクリスマス!? 来週の日曜日って言えば24日じゃないか)
気付いてから、サラを見つめる。彼女は分かっていたのか、口を閉じて明後日の方向を見ている。
どうしよう、日取りをずらすべきか。年末に向けて忙しくなるが、まだ休みを半日位なら合わせられるだろう。
「あの、やっぱりさ」
「きっと君は来ない〜一人きりのクリスマスイブ〜 はい、ランチ定食、お・ま・た・せ」
マモルが口を開いた所に、御盆を持ったケイタが流れている曲を口ずさみながら現れた。
「……ケイタ先輩も、手伝いですか?」
「バイトで週2だけな」
ここのスタッフは、基本女子生徒だけだ。ギルドの仕事の方が稼げるのは明らかだから、きっと下心があるのだろう。
「こっちの世界だと、制服女子がいないからな。ここは貴重なミニスカ分を補給できるオアシスなのだよ」
女子生徒がいる前で平然とぶっちゃけ発言をした。
「ある意味、リアルファンタジーの世界って夢がないよな。実際、露出度の高い装備なんて基本防御力ないからって着てくれないし」
気持ちは分かるが、マモルとしてもここでその講義は開かないで欲しい。
「ブレザーにミニスカという女子高生の制服を確立させた先人には是非ともノーベル賞を授与させるべきだと感じるのだが、ディベート同好会のマモル君としてはどう考える?」
「興味ありません。それに、これから食事ですので」
本音は興味深い議題だが、ここは遠慮させて頂く。その続きは今夜にでも、一晩中付き合わせてもらいますが、と心の中で付け足す。
「悪い、つい熱くなってしまった。サラちゃんもごめんね」
サラは聞いてもいない様子で、先に食事を始めていた。
はぁっと溜息をつく。ケイタが去った後も、さっきの話をぶり返す気にはなれなくなってしまった。
仕方ない、とマモルも箸に手を付けた。焼き魚の定食だ。米はこの世界ならではの独特の尖ったタイ米の様な形をしているが、元の世界の味を再現している。最近は化学部と園芸部の開発した醤油や味噌のおかげで、和風テイストの効いた味になっている。馴染みの味に心が落ち着いてくる。
食事を終えて、すぐに2階へと戻る。それぞれ少し休んでから、事務仕事を再開した。マモルは、今後のマーケティング展開の為のプレゼンの作成、サラは見積もりの確認作業だ。
夕方になる頃には、お互いの仕事を終わっていた。
荷物をまとめて、2人で下に降りると、コタロウがまだ注文聞きにまわっていた。明日の補充メンバーは確保できたので、サラがそこに立つ事はとりあえずなさそうだ。店の外から挨拶をして、アジトの建物から歩き出す。
夕方にも関わらず、日が沈むのが早くなってきた。寮への帰路を並んで歩く。
マモルとしても2人きりで帰る事は何度もあったが、話す会話の材料に困らない程、女子とのコミュニケーションに長けていない。討論が好きなのと、これは別だ。むしろ、相手の感情に捉われずに主張を通せる分、ディベートの方がずっと気楽に口が開ける。
「あのさ、ずっと気になっていたんだけどさ」
「何でしょうか?」
こうやって敬語で返されるのも、相手との距離が測りにくい。
「その眼鏡なんだけど、」
また言葉が詰まる。普段の口の軽さが嘘のようだ。
「似合わないですか?」
「そんな事はないよ!えっと、その、無い方が可愛いかなって……」
自分は何を言っているのだろうか。昼間にケイタ先輩に毒された影響に違いない。
「……そうですかね」
それは間違いない。似合う似合わないの話ではなく、レンズがない縁だけの眼鏡なんて見た目が滑稽だ。今まで誰も指摘しなかったのだろうか。
マモルも元の世界では眼鏡をかけていたが、こちらの世界に来てから視力が回復している。入学祝いに祖父から買って貰った物だから、部屋で大事に閉まっている。
その後は、結局また会話もないまま寮まで歩いて行った。
翌朝。マモルは、階段を昇ってクランアジトの扉を開ける。
「おはようございます」とマモルより先に出勤していたサラは、いつも通りにレンズなしの眼鏡をつけていた。
何故か、眼鏡を外している彼女を期待していた自分が恥ずかしくなる。そして、昨日の一日で彼女を意識してしまっている自分に気がつく。
これは、淡い恋心なのだろうか。それとも、思春期の男子が仲良くなった女子に対して思い描いてしまうような、一時的な気持ちの昂ぶりなのか。
これだから彼女いない暦=の男子は、と頭を掻きながら、朝の挨拶を返した。




