26 生徒会書記セツナの大切なひと
生徒会書記、セツナ。高校1年生。
血液型はA型。
好きなものは、クリームシチューとダッフィーのぬいぐるみ。
成績が良く容姿端麗で、誰にでも分け隔てなく接する。よく異性からの告白をされるが、その全てを断わってきている。
「今は、大切な人がいますから。ごめんなさい」
病弱、と言っても、高校入学時には一度に激しい運動を続けなければ、日常生活に支障はない位だ。それが男心をくすぐるポイントになっているらしい。病気を理由に、部活動をパスしていた彼女が生徒会の書記を務めているのは、ユウトからの強い推薦の為である。兄・コタロウの親友であるユウトとは昔から仲良く接してもらっていた。そんなユウトが彼女の欠席時において全面フォローをする事を条件にしてまで、生徒会書記の椅子にセツナを迎えてくれた事には感謝している。
今まで学校行事に縁のなかった彼女が、書記役とは言え、その中心に居場所があるのだから。
セツナは顔を洗ってから、いつものメイド服に着替えた。
そのデザインは、いわゆるフレンチメイドと呼ばれるコスプレ用の丈の短いメイド服とは違い、上品なヴィクトリアンメイドと呼ばれるロングドレスに近い。
腰丈まで伸びた長い髪を後ろで結うと、薄茶色のポニーテールが大きく突き出す。頭にはレース付きのカチューシャ・ホワイトブニムを被せて、準備は整った。底の浅いブーツを履いて、部屋を出る。
セツナがメイド室に着くと、既に同僚の2人が今日の段取りの確認をしていた。いつもなら彼女もそれに交わるのだが、今日は女帝陛下付き添いの日だ。
王室付きメイド6人の誰かが、交代で女帝陛下の行事に一日付き添う。催事である日は必ずメイド長が付くが、それ以外はローテーションを組んでまわしている。
メイド歴の浅いセツナにとっては、今日が最初の付き添い日だ。
セツナは自分の荷物入れから今日の女帝アメリアのスケジュールを取り出して改めて確認する。
午前中は執務室にてデスクワーク、午後はクランとの会合に、西のティニス地方の議員との会談が予定してある。
紅茶を入れてから、女帝アメリアの執務室の扉を叩いた。
失礼します、と声掛けをしてから、中に足を踏み入れる。彼女の体格には不釣り合いな程に大きな椅子に腰掛けながら、アメリアが不機嫌な表情をみせる。
「全くもってくだらないわね、どいつも目先の利益を守る事しか考えないから、この程度の議案を出すのよ」
それでも議案の数が彼女1人で捌くには多いのか、文句を言いながらも承認印を押す。ティーカップを机の上に置くと、セツナに向かって言葉を続ける。
「皇帝制度の一番の欠点は、皇帝1人の権限が強すぎる事よね。私が女帝の任期の間に、それをぶち壊すのが目標だわ」
他の議員が聞いたら大変になりそうな事を平気で言う。このエヴォルヴの世界において、3地方が交代で皇帝を輩出するという制度を取っているとはいえ、民主主義とは程遠い。議会の承認ありきではあるが、1人の皇帝の考えが、政治を大きく変える影響力があるのも事実だ。それに議員には、貴族出身者も多い。
彼女のこういった愚痴は、今に始まった事ではなかった。
デスクワークは1人で篭って行われる事が多い為に、色々とストレスが溜まるのだろう。政治に関与しない、彼女専属の従業員として、メイド達は毎回流すように聞いている。もとより、それに対する回答などアメリアは求めていない。
しかしセツナに対しては、たまに少し具体的な質問をしてくる時があった。異世界の政治について興味はあるようだ。アメリアがそれに対して影響を受ける事はないと思うが、差し支えない程度にしか答えない。それに政治に関してなら、生徒会長のユウトのカテゴリーだ。
「セツナ、午後の会合なんだけどね。〈サクラノ組合〉は貴方と同じ世界のメンバーで構成されているらしいじゃない。少し教えてもらえるかしら」
「どの様な事をお話すればよいでしょうか?」
「彼らが特殊な能力を持って、高い生産性と革新的な商品を開発しているのは首都でも知らない人は少ないわね。私が知りたいのは、どういう人達なのか、という事よ。ユウトも、貴方も、都合の悪い事は言わないでしょうけど、情報は多い方がいいからね」
「分かりました。と言っても、メンバーの一部としか私は面識がありませんが」
そう前置きをしてから、少しでも客観的に言葉を選ぶ。
「〈サクラノ組合〉というのは、私たちの通っていた学校の名前から名付けております。メンバーは、全員文化部という、スポーツや運動よりも文科系の活動を好んでいた集団から構成されています」
「その割には、この前の防衛戦では騎士団顔負けの活躍をしたわね」
「それが、特許技術と称する特殊な能力でしょう。私にはありませんが、戦闘に不向きな彼らでも戦えたのは、そのおかげだと思います。そのメンバーをまとめているのが、盟主であるコタロウ。彼は私の兄です」
そこ迄は知らなかった様子で、アメリアが目を見開く。どちらにしろ、この後の会合で分かる事になるかもしれないのだから、正直に話した方がいいだろう。
「どういう人なのかしら、貴方の兄は?」
「冷めているようにも見えますが、正義感が強く、心の中では熱い男性です。組織のトップとしては優柔不断な所がありますね。優しい所が長所ですが、兄さんの優しさは、一方的で、おせっかいともとれるかもしれません」
「過度の優しさというのはね、人に嫌われたくない、自分が傷つくのを恐れる気持ちの裏返しでもあるわ。貴方の兄はどうなのかしらね」
「兄さんは、傷つく事に怯えたりはしません。むしろ、誰かを守る為なら自分から傷つきに行くタイプです」
胸を張って答える。途中から全く客観的になっていないが、兄の事については譲れない想いがセツナにはある。
「それは、それで変態的な所がある気もするけど……まあ、会うのが少しだけ楽しみになってきたわ」
〈サクラノ組合〉の盟主が、どれ程の男かは分からないが、力のある存在であるには変わりない。野心家であれば陥落させて、手駒にしなければならない。臆病な人間であるならば、操り方は更に広がる。
昼食後の休憩を取り、謁見の間へと足を運ぶ。
アメリアはいまだに慣れていない玉座に腰をおろした。その後ろには同席を許されたセツナが、背を伸ばして立っている。
すぐに扉が開いてコタロウがマモルを連れて姿を現した。赤絨毯に膝をつき、頭を垂れる。
「お初にお目にかかります。〈サクラノ組合〉盟主を務めておりますコタロウと申します。此度はお招きに預かりまして、ありがとうございます」
「エヴォルヴ皇帝のアメリアです。貴方方の活躍と、貢献にはこちらこそ感謝していますわ」
コタロウは面を上げて、アメリアの目を見上げる。
公の場に出る事を懸念していたセツナであったが、杞憂であった様だ。立派に盟主として話しをしている兄にセツナはほっとする。
「早速ではありますが、まずはこちらをお納め下さい」
そう言うと、マモルが持ってた木箱を差し出す。
セツナがそれを受け取りに行き、箱を開くと更に小さな木で出来た箱が入っていた。
箱の表面には、0から9までの数字と、受話器の絵が描いてあるボタンが付いている。
「電話、という私たちの世界にある通信手段です。これを使う事で、遠く離れた相手とも会話をする事が出来ます。使い方は、セツナなら分かるでしょう」
アメリアの所に戻り、木製の携帯電話を手渡す。液晶画面もなく、番号を直接入力して電話だけがつながるシンプルな携帯電話の様だ。
「この電話は、相手の電話番号という決められた一定数の数字を入力すると、電波と呼ばれるエネルギーを経由して相手の電話につながります。まずは、アメリア女帝には、この首都プロメイアでその電波を発信する許可を頂きたいのです。もちろん、人体に害のあるものではありません」
「贈り物と称して、さっそくビジネスの話ですか」
「いえ、違います。こちらの電話は、来るべく魔王軍との戦いに備えるものです。女帝陛下に限らず、すぐに軍や騎士団にも、数を用意する次第です」
アメリアも、魔王軍との戦いは、圧倒的に人間側に不利な戦いになる可能性が高いと見ている。情報戦だけでも優位に立つ為には、この様な道具は重要になるのであろう。
「分かりました。議会の議案に通しますが、すぐに可決となりましょう」
「ありがとうございます」
「魔王軍との戦いの為に、と言いましたね。あなた方のお仲間が魔王軍に属しているという事情があるのでしょうが、貴方が私達に協力する理由は何故でしょうか?」
「と言いますと?」
「正直にお話をしますとね、私たちはあなた方の力が恐いのです。騎士団以上ひ魔物と戦える力を持ち、この様な魔法じみた道具を作れるあなた方の能力を恐れています。魔王軍のお仲間と協力して、私たちを滅ぼす事が出来るのかもしれません」
それは彼女だけの妄想ではない、彼らの力と魔王軍とのつながりを知っている者ならば、誰しもが感じる事だ。
「事実、ヒロアキ皇帝は三ヶ国をひとつにまとめる偉業を成し遂げましたが、それはその力を持って、この世界を征服した事と同じ事です。貴方が、この世界の為に戦うと信じられる根拠は何ですか?」
いざとなれば、裏切れる。所詮は他人の世界なのだから、その敵に寝返られる。
少しの間、沈黙が続く。コタロウとしても、今日この場でそれを問われる迄は想定していなかった。台本、として考えてきたクラン盟主としての顔にも、冷や汗が流れる。
「俺達が今こうして暮らしているのも、この世界の人々に支えられているからです」
少し考えた後、コタロウは立ち上がってから、そう口を開いた。先ほどまでのかしこまった表情ではない。いつもの締まらない様なくだけた表情に、アメリアは眉をひそめる。
「それを裏切る様な真似は出来ません。日本人という俺達の民族は、義に忠実な民族なのです。それを信じて欲しいというのでは、足りないでしょうが」
「そうね」
「ならば、せめて俺の事だけでも信じて欲しい。俺だけは、この国を、エヴォルヴを裏切らない。そして、その為に、これからもセツナを貴方に預けておきます。そうなれば、例え世界中を敵にまわしても、俺は貴方についていきます」
「妹の人質を了承するという事?」
女帝の問いに首を縦に振る。
「貴方が、セツナを奪って逃走するという事も考えられるけど?」
そこでセツナは一歩前に踏み出す。
「ならば、私に終始監視の目をつけてください。牢獄に入れてもらっても構いません。私も、兄さんを信じますから」
「……貴方が、そこまで決意できるのは何故かしら?」
「俺は、誰かに嫌われるのが恐いんです。妹にも、始めて話をした貴方にだって、嫌われたくない。だから、逃げません。自分が傷つくだけで済むのなら、戦います」
「とても、商業クランの頭とは思えない考えね」
「俺達の目標は、あくまで元の世界に帰る事です。商業クランでお金を稼ぎたいとまでは考えてませんよ」
そこまで話をしたところで、アメリアが笑みを浮かべる。
「分かったわ、貴方を信じます。もとより、私達にも貴方達に頼るしか道はないですからね」
「随分とぶっちゃけましたね」
「当たり前の事を隠すつもりはないわ。けれどね、少しだけ貴方を信じられる様になれただけでも、カマをかけたかいがあったわ。皇帝なんかやってるとね、人を信じきる事ができないのよ」
今回の問答も全て、皇帝の立場を考えれば、当然の内容だ。それでも、彼女の本心がこうして垣間見れたという事は、少しは気を許して頂けたのだろう。
「セツナに監視をつけるような事もしないから、安心して頂戴。貴方を信じると言った以上、それなりの礼儀は守るつもりだから」
「ありがとうございます」
それからは、クランの今後の方針として、首都内で店を構える事、魔王軍の襲撃に対してクランからも物資援助が出来る様に開発環境を整えていきたい等の経済的かつ軍事的な話し合いが続いた。どれも、女帝陛下は協力的な考えを示したが、最終的な判断は議会の承認を得る必要がある。やがて扉を叩く音が聞こえて、兵士が入ってくる。そろそろ時間らしい。
「最後にね、この電話という道具。当然、貴方は私の電話番号を知っているのでしょう?」
「ええ。クランでも、製作に関与した数人だけですが」
「電波とやらが、つながる様になったら、すぐに私にかける事。いいわね?」
「それは、つながるかの確認の試験がありますので、やらせて頂きますよ」
「そう。なら、昼間より夜の方がいいわね。昼間は時間をかけられないでしょうから」
「ええ。分かりました」
最後にもう一度、礼をしてから、コタロウとマモルは兵士と共に謁見の間を後にする。
扉が締まると、アメリアはセツナに振り返った。
「中々に面白い時間だったわ。この後の議員との打ち合わせが苦痛に感じそうになりそう」
どうなる事かと肝を冷やした一面もあったが、アメリアはコタロウの事を評価してくれた様だ。最後の電話の下りは気になるところがあったが。
「自慢の兄ですから」
コタロウ達が出て行った扉を見つめながらセツナは思いあぐねる。セツナの知る兄の素顔は、もっと穏やかな性格であった。あれ程までに兄が決意できた真意は何なのだろうか。
数日後の昼間。メイドとしての昼休みの時間に、セツナは兄と一緒に、以前再会した庭に居た。サクラノ組合に対して、議会も協力的な姿勢をとっており、早くもクランとしての評価も高まってきている様子らしい。
「それにしても、アメリア女帝って人はすごいバイタリティだったな。それに、この首都に住んでいる民からの人望も厚いみたいだし」
「やはり兄さんの好みでしたか?」
「ん?ああ、美人なのは間違いないよね。あの金髪なんて、すごい細くて綺麗だったし、スタイルもやっぱり日本人離れしていてかっこいいよね」
「そうですか」
セツナも高校1年生にしては、身長も高く、少し細すぎるが、出ているところを出ているつもりではいたが。それでも、本場の白人の様なファンタジーの世界の人間と比べてしまうと、見劣りしてしまう点を感じていた。
「高嶺の花って感じかな」
「その割には、昨晩は遅くまで電話していたみたいですが?」
「何だか、夜はいつも1人で暇しているみたいだから、付き合ったけど半分以上愚痴を聞かされていただけだぞ」
暇をしているわけではないだろうが、アメリアにとって愚痴はストレス発散の捌け口だ。それに夜も付き合ってくれる存在になれる携帯電話は、彼女にとって一番の贈り物であったのだろう。
深く考える事ではないと思うが、用心するに越した事はないだろう。セツナは考えていた言葉を口にする事にした。
「外泊は厳しいですが、たまにでしたら街内でしたら敷地内から出ていいと許可をもらえました」
「お、じゃあ兄ちゃんが街を案内するよ。美味しい物を食べに行こう」
「じゃあ、来週の日曜日はどうですか?クリスマスですし、兄妹水入らずで食事をしに行きません?」
「ああ、クリスマスか。いつもなら街の雰囲気で分かるけど、こっちにいると忘れちゃうもんだな。そうだな……クリスマスプレゼントも考えておくよ」
「夜には戻らないといけませんが、楽しみにしてますね」
セツナは思い切り笑みを浮かべて、兄の腕を組む。
「私の為なら、世界中を敵に回しても平気なんですよね?」
「つまらない事ほじくりかえすなよ。恥ずかしいだろう」
それは兄妹だからだ、という事は分かっている。
前まではずっと一緒に入れたはずの家庭の時間が、今ではすっかり貴重なものとなってしまった。今こうして甘えている時間ですら、夢のような一時だ。
兄もいい年なのだから、これから先も一緒にいれる事はない。それでも割り切れるほどの大人にはまだならなくていいだろう。
たった2人きりの兄弟なのだから。
今は、私の大切な人なのだから。




