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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第3章 それぞれの日常
26/33

25 サッカー部ケイタの軟派な一日

 サッカー部、ケイタ。高校3年生。

 血液型は、O型。

 ナンパ師の父親を超えるべく、全ての女性を愛する事をモットーとしている。


 首都プロメイアへの引越し日当日。

 ショウから〈サクラノ組合〉への用事を頼まれて、ケイタは九十九荘の扉を開いた。馴染みの顔が並ぶ中で、ユキの姿を見つけて声をかける。

「ユキちゃん、これコタロウに渡しておいてもらえるかな?」

 持っていた小袋を手渡す。袋に入っているのは、おそらく金貨だろう。ショウには、直接コタロウに渡すように言われていた気がしたが、引越しの最中で忙しいだろうから構わないだろうと勝手に判断する。

「うちのショウから、何かの代金らしい」

 頼まれておいてなんだが忘れてしまった。ショウも俺に頼んでいる時点で、そこまでの正確性は求めていないだろうしな、と勝手に言い聞かせる。

「分かりました」

「宜しくね。引越しはどう?」

 ケイタはユキの隣の椅子に腰掛けてから尋ねた。

「荷物はまとまってますから。今は馬車が着くのを待つだけです」

 引越し業者というものはこの世界にはいない。馬車が来ても、運び出すのは自分達だ。

「向こうでは私たち、同じ建物みたいですね」

「ショウが勝手に俺たちはここ、文化部班はそこ、って分けたみたいだしね。チームワークの事を考えたら、その方が健全でしょ」

「ケイタさんと一つ屋根の下は、健全なのでしょうか?」

「いい質問ですねぇ!」

 池上彰ばりに答えてみたが、回答に困る。

「まあ、ケイタ君は紳士だから、そういった心配はないと思いますよ」

 確証は全くないけど、と心の中で付け足す。

「確かに、軽いですけど、直接手を出したりはしないのは分かりますよ」

 ユキが軽く微笑む。

「そうそう」

「ただ、新しく住む事になるところは昔の旅館を改修して使う事になるみたいでして」

「ふむふむ」

「共同浴場が出来るみたいなんですよね」

「!!!!!」

「勿論、男女は別です。とは言っても壁一枚間仕切りをした状態ですので、覗きとか不安になる女子もいるみたいです」

「そ、そうだろう、ね……」

「大丈夫でしょうか?」

「し、心配は、いらないよ、ユキ君。そうだ、怪しい男子生徒がいないかは、俺が女子の入浴中ずっと男湯の方で見張っててあげよう!」

「……いや、それはそれでやめて下さい」

 引かれてしまった。

「それなら、男女の入浴時間は分ける様にした方がいいだろうね。男子は自分達の入浴時間以外は立ち入り禁止の措置をとるとか」

「そうですね。さすが、ケイタ先輩です。コタロウ先輩にも話しておきますね」

「うん。是非そうしてくれ」

 でないと、危険過ぎる。修学旅行のノリが毎日続いてしまうような事になったら、紳士の仮面を被り続けられるのか自信がない。

「あら、ケイタ君。サボってて平気なの?」

 声をかけられ、振り返るとナナネが階段を上から降りてきていた。

「やあ、ナナネちゃん。手伝う事はない?」

「あるけど、ケイタ君だって、自分のギルドだって引越しがあるでしょう?大丈夫よ」

 そうだった。

 考えなしにそう言ってしまったが、ショウからは用事を済ませたらすぐに戻って来いとか言われていた事を思い出す。

 帰ろうかと立ち上がってから、ナナネの髪型に気が付く。

「あれ?前髪切ったんだね」

「え、うん。切ったと言っても昨夜に少しだけ」

「じゃあ、戻るから、男手が必要になったら呼んでね」

 手を振って、九十九荘を後にする。

 ケイタが出て行った後にユキはナナネに近づいて、顔を覗く。

「ナナネ先輩、前髪切ったんですか?」

「前髪が少し伸びてたところを整えた位なんだけどね」

 自分でも切る前と、後ではどこを切ったのか分からない程度だ。

「ケイタ先輩、この前に私が昼食を食べそこねて、体重が500g一時的に減ってた時も、昨日より痩せてるから食べないと、って注意してきましたよ」

「恐ろしい子……!」

 彼にとっては乙女の秘密なんぞ丸裸同然なのかもしれない。何という、はた迷惑な能力を持った紳士なのだろう。



 そんなナナネ達の驚愕はつゆ知らず、ケイタは大通りを引き返して歩いていた。朝早い時間だったが、すれ違う人の数は多い。

 少し離れた先で人だまりができているのが目に映る。近づいていき中を覗き込むと、体格の大きな2人組の男達にハーフエルフの少女が絡まれていた。

「一度ならまだしも二度も窃盗を働くとは、いい度胸だな」

 男の1人が少女の胸ぐらを掴む。スリの疑いをかけられているのだろうか。


「お前が、俺が腰掛けていた袋を奪ったのは分かってるんだよ」

「何の事か分かりません」

 少女は目を合わせずに首を振った。

 相手の顔を確認しないで、行動を起こしたのは自分のミスであったが、証拠が見つからなければ解放されるはずだと考える。

 男は空いている腕を振り上げた。

「しらばっくれてるんじゃねーよ!」

 そのまま、拳を握り締めて振り下ろす。

 目を瞑り、堪えようとする。すぐに衝撃音がするが、殴られた感覚はない。

 恐る恐る目を開くと、男の拳を見知らぬ男が、片手で受け止めていた。

「どういう事情か知らないが、女の子に手を上げるなんて男のする事じゃないな」

 拳を離して、少女の間に割り込んで入ってくる。

「誰だ、あんた?余所者には関係ないだろ」

「女の子が殴られそうになってるのを見過ごせなくてね」

「こいつはな、先週に続いて俺から金銭を二度も盗んだんだぞ!」

「だったら、騎士団に裁いてもらえばいいだろう?何故そうしないんだ」

 ぐっと男達が言葉を詰まらせる。

 前の時もそうだったが、やはりこの兄弟は騎士団に堂々と行けない事情があるらしい、とエルフの少女は心の底で微笑んだ。


「ここでこいつをひん剥いてやれば、そんな手間は省けるんだよ!」

「賞金稼ぎのザンギ兄弟をたて続けにコケにして、ただで済むと思うなよ」

「兄貴、やってしまおうよ」

 ザンギ兄弟が揃って構えを取る。この前とは違い、今日の兄弟は武器を持っている。兄と呼ばれた男が、腰にぶら下げた斧を取り出した。

「お嬢さんは下がってて」

 ケイタはそう言うと、ザンギ兄弟に近づく。

「街中でそんな物騒な物を取り出すとはね。街の治安を任せられている〈チェリーブロッサム〉ギルドとして相手をしてやるよ」


 ザンギ兄弟の兄が襲いかかるが否や、華麗に躱して、脇にまわる。足払いをしてから姿勢を崩させると、持っていた斧を足ではたいた。もう一方の足で斧の刃の背中を蹴り上げると、目の前の店の木柱に突き刺さった。

 兄弟の兄が体勢を崩したまま、体を振り回しケイタを殴ろうと拳を向けてくる。それをかわして、上半身が下がっている所に頭突きをした。

 ミッドフィルダーであるケイタの熟練されたヘディングをもろに受けて、苦痛の表情を浮かべながら頭を抑える。

「なめんじゃねえ!」

 兄弟の弟が、ケイタに持っていた棍棒を背中に当てた。ケイタは激痛を感じながらも振り向いて、相手の腿に蹴りを入れる。

 そのまま、兄弟から逃げるように距離をとる。通りを走り、果物屋の前で止まる。振り返ると、姿勢を戻した兄弟2人がそれを追って走り出していた。

 すぐに、果物屋の店頭に並べてあるヤシの実のような殻を手に取り、軽く放り投げた。空中で落下しているヤシの実の予測落下地点を追いかけ、先頭を走るザンギ兄弟の兄に向かってシュートを決める。

 カーブを描きながら、ヤシの実は兄の上半身に直撃する。あまりの速さに受け止めきれずに、ザンギ兄弟の兄はそのまま倒れこむ。

 その後ろを走っていたザンギ兄弟の弟に対して、ケイタは正面から走って向かう。弟は、それを迎え撃つべく、棍棒を構えた。

 しかし、すぐにその表情に焦りが生まれる。自分に向かってまっすぐに走ってくる男の足元に先ほど兄を倒したヤシの実が見えたからだ。蹴りながら走ってきているようだが、どういうつもりなのだろうか。恐怖に煽られ、後ろを向いて逃げ出す弟の背中に向かって、ケイタはドリブルを続けていたヤシの実を蹴りあげた。



 あっという間の攻防に目を奪われて、エルフの少女は逃げるのが遅れてしまっていた。慌てて、ケイタのいる反対方向に走って逃げる。大通りを抜けて、脇道に入った所で、少女は息を整えた。


「お嬢ちゃん、怪我がなくてなによりだ」

 いつの間にか追いつかれていたのか。少女のすぐ横にケイタの姿が現れた。

「す、すみません。その、怖くて、逃げ出してしまいました」

 慌てて頭を下げる。頭の中ではこの場を上手く逃げる事を

「まあ、あいつらが武器を持って襲いかかってきたのは自業自得だとしてもさ」

 ケイタは真っ直ぐに少女の目を見つめながら言葉を続ける。

「盗んだものは返さないと」

 視線を逸らす事は出来ない。

「私じゃないと言ってるじゃないですか」

 心臓がばくばくと音をたてているのが分かる。

「身体の隅々までしらべてもらってもいいですよ?」

 絶対にばれない自信はある。脱がされて証明出来たところで涙を流せば、どの男はそれで謝ってくる。

「じゃあ、悪いけど」

 ケイタは一瞬戸惑ったが、少女の肩に手をかけた。


 

 そのまま手を後ろにまわし、後ろ髪を持ち上げるように引っ張る。すると、ぼとっと音をたてて小袋が地面に落ちた。

「なっ……!」

 そのまま髪の毛を顔の前までまわして、引っこ抜く。彼女の坊主頭が露わになる。

 ケイタは落ちてきた小袋を拾い上げると中身の金貨を取り出した。

 もう隠し通す事は出来ない。


「まさか盗んでいた所を見られていたなんて思わなかったわ」

「え?俺が君を見かけたのは、既に兄弟が絡んでいた時からだけど」

「だったら、どうして真っ先に気付いたの?」

 エルフ族の髪の毛は、金色に輝く高価な物だ。切ったり抜いたとしても、その輝きは損なわれる事はない。大罪を犯して身売りに投げ出されるようなエルフがいたとしても、その髪を粗末に触ったりはしない。エルフの、それも女性の髪に触る事自体、恐れ多いのだ。だからこそ、自前の髪で作ったカツラは、見破られない。その長くて量のある髪の毛のボリュームを後ろにまわしてある為に、外からみても違和感のないようにセットしてある。ましてや、今日の盗んだ金貨は3枚だ。外観からは、その膨らみに気付かない自信があった。


「そんなのは、君の髪を見れば分かるよ」

 ケイタはそう言うと、ぼさぼさになったカツラの毛を丁寧に手ぐして整えた。

「女の子の髪が生きているか、偽者かなんて俺から見れば分かる。髪は女の子の命でしょ。こんな風に扱ったら駄目だ」

 彼は窃盗よりも、少女が自分の髪の毛を罪の道具として使った事が許せないようだった。

「あんたに言われなくても、分かってるさ。けど、仕方なかったんだ!生きていく為には、」

 エルフの髪は高く売れる。その為に彼女は自分の髪を切ったのだが、ハーフエルフである彼女の髪の毛の相場はエルフの半額程度にしかならなかった。

「だからこそ、生きていく為には強くならないと。これは君の力じゃない、弱さだよ」

 ケイタは手に持っていたカツラをそのまま、少女の頭に被せる。

「俺は君の事を何も知らない。だから、考えるのは君自身だ」

 再び、目をまっすぐに見つめる。

「とりあえず、このお金は俺から兄弟に返しておく。君は、初犯じゃないみたいだし、騎士団に連れて行く事になるんだろうけど」

 その言葉に頷く。ばれてしまった以上は、罪は認める。それに、ケイタの言う通り、自分の犯した罪は自分の弱さであるのだ。



 騎士団の詰所に着き、大部屋で待つ事になる。知り合いらしい騎士団員と話をしていたケイタが少女の所に戻ってくる。

「あのザンギ兄弟って、賞金稼ぎじゃなくて、検挙された窃盗団の残党の一員らしいよ。だからと言って、罪がなくなる事はないけど」

 それでも、罪人としての処罰は軽くなりそうだ。知らない少女の事なのに嬉しそうに笑みをこぼした。

「あの、ありがとうございました」

「え?」

「あの兄弟から助けてくれたのは事実ですし、そのお礼をまだ言ってなかったですから」

 それにケイタはあの場面で、彼女の犯行を暴く事も出来たはずだ。それをしなかったのは、野次馬の、大衆の目を気にしてくれたのかもしれない。

「いえいえ、紳士として当然ですよ」

 ケイタは、いつもの台詞を軽い感じで言うと、その場を後にした。



 ケイタが〈チェリーブロッサム〉の宿屋に戻ると、ショウが怒りを露わにした。

「九十九荘行くだけの用事に、どんだけ時間かかってるんだ。引越しだから、すぐに戻ってくれと頼んだよな!?」

「いやあ、悪い、悪い」

「どうせ、またナンパでもしていたんだろう?」

 水泳部のヨシノリが木箱を運びながら茶々を入れる。

「可愛い女の子がいたら、声をかけるのが礼儀じゃないか!」

「ほう。この忙しい日に、いい度胸だな」

 ショウが指を鳴らすと、ケイタは一目散に自分の荷物を抱えて逃げ出して行った。





 数日後。騎士団から釈放されたハーフエルフの少女は、〈チェリーブロッサム〉のあったアジトの前にいた。近所の住人から彼らが首都に引越した事を聞かされる。

「首都プロメイアか。歩いて行ったら、1週間位かな」

 少女は空を見上げて独り言を洩らした。寒くはなってきたが、まだ歩いて旅を出来る気候だ。

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