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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第3章 それぞれの日常
24/33

23 書道部ユキの誓い

 書道部、ユキ。高校1年生。

 血液型はO型。

 好きなものは、角が尖っているもの。


 早朝のランニングを終えて、九十九荘に戻ってくる。コタロウからは筋肉マニアと思われているユキであるが、無駄に筋肉がつきすぎるのは女子として抵抗はある。それでも、体を動かす事自体は好きだ。

 少し寒くなってきたが、走るには丁度良い。裏庭に向かい、布タオルで汗を拭き取る。ランニングをしたら、簡単にシャワーを浴びれた頃が懐かしい。

 匂いが薄れたのを確認してから裏口から厨房の倉庫に入ると、籠に入れてあるエプロンの付いた服に着替える。

 ユキの仕事は、普段はサクラノ食堂の手伝いだ。いつも通りに手を洗い、野菜の下仕込みをする。


 ある程度、仕込みを終わった頃、いつもの決まった時間にエマが降りてくる。捌いた野菜をまとめて、まな板に並べてから、バトンタッチして食堂に出る。

 食堂の丸テーブルを水拭きしていると、マモルが上の階から降りてきた。朝の挨拶を交わすと、いつもの窓際の席に腰掛けた。毎朝、羊皮紙で出来たノートを広げて、何か書き込んでいるのが、彼の日課だ。ユキも覗き込んで見た事があるが、お店やギルドの名前を結んで色々な矢印が行ったり来たりしていて、ユキにはよく分からなかったので触れない様にしている。

 テーブルの準備を整えてから、厨房に戻るとエマの朝食メニューが半分くらい完成していた。それらを運んでカウンターに並べる。

 朝食は生徒専用で一般客に開放していないが、最近は<チェリーブロッサム>の生徒も良く利用する様になったので、数がまばらになってしまい、バイキング方式にしている。作りたての匂いに誘われるかのように、ぞろぞろと上の階から生徒が降りてくる。


 ユキは、厨房と食堂の間を何往復もして、食事の皿を運び続ける。一番朝が遅い生徒達のグループが食事を終わったところで、ようやく解放される。洗い物・片付け担当班の生徒達と代わり、エマと一緒に朝食を戴く。

 残り物が中心だが、エマ特製のデザートが毎朝ついてくるので、損した気分はしない。毎朝の事だが、本当に美味しそうに食べるユキの顔を見て、エマが口を開く。


「ユキちゃんさー、今日の昼はお店休む事にしたから、遊びに行っていいよ」

 大きなハムを噛んでいたところに、エマからの突然の連絡事項に驚いて、喉をつまらせそうになる。

「お店、あんなに忙しいのに休んでしまっていいんですか?」

 引っ越しに伴い、サクラノ食堂は今週いっぱいでたたむ事は通知してある。もう食べれなくなってしまう味を惜しんで、この数日は常連客がいつもより押し寄せて、店としてはてんてこ舞いな状態だ。


「だからよ。多めに発注していたんだけど、どうにも仕入れの材料が足りそうにないのよね。最終日になって、材料無くなったんで、お休みします、じゃまずいから。今日は余るの覚悟で買い出しに行くわ」

 サクラノ食堂はクランの経営だが、エマ1人に頼りきっている為に権限は彼女が握っている。仕入れにしても、毎回エマが市場に出向いて、材料をチェックして買い出しをしている。

「私も買い出し手伝いましょうか?」

「発送は業者がやるんだから、手伝える事ないわよ。それに、ユキちゃんには充分働いて貰ってるのだから、休める時に休まないと」

 それを言ったら、エマの方が働き過ぎだとユキは思う。日曜日は定休日という事で休みにしているが、それ以外は朝、昼、晩、毎食ほとんど全ての調理をしているのだ。

 この世界にはないだろうが、労働基準法的にどうなのだろうか。それを前に話したら、

「この程度で根をあげたら、元の世界の24時間経営の飲食チェーン店の社員なんて務まらないわよ。全然ホワイトなもんよ」

 と返された。

 ユキには意味が分からなかったが、笑えないジョークなのだという事はなんとなく察せられた。

「夜の時間は営業するから、それまでは出掛けておいで」

 と、結局追い出される事になった。

 ランニングで着ていた服は汗で濡れていたので、布で出来た黒の装束に着替える。戦闘用に買ったが、動きやすい格好が好きなユキは、普段着にもよく好んでこの格好をしている。

 

 

 いきなり暇を渡されても、すぐにやる事が浮かばず、とりあえず鍛冶屋に足を運ぶ。

 道中、お店の前で買い物をしていた何人かに、声をかけられる。サクラノ食堂でウェイトレスの様な仕事をしている為、贔屓にしてくれている常連客は全員顔なじみである。


 大通りを歩いていると、人だまりができているのが目に入った。すぐに鈍い音が聞こえてきたので、慌てて立ち寄ると、ユキと歳の変わらない位の少女が絡まれていた。相手は、体格の大きな2人組だ。

 溜息をついて、間に割り込む。この街ではすっかり有名になっている日本人顔を見ても、反応がないところをみると、この街の者ではない、冒険者か余所の傭兵ギルドの人間だろうか。


「なんだお前、ケガしたくなかったら、ひっこんでいろ」

 お決まりの三下らしい台詞にうんざりするも、揉めている理由を聞く。

「こいつは、俺たちにぶつかった時に財布を抜き取ったんだよ」

 それを聞いて確認するが、少女は首を振った。よく見ると、耳が少し尖っている。ハーフエルフと呼ばれる種族だろうか。同じ歳位かと思ったが、エルフ族は見た目通りの歳とは限らない。

 顔を殴られたのか、頬が赤く腫れている。

「彼女は否定してますが、気のせいなんじゃないですか?」

「そいつの体をよく調べてみろ。金貨の入った袋が出てくる筈だ」

 失礼します、と言ってハーフエルフの少女の服を一通り触って確認する。

「無いですね」

「そんな訳あるか!確かに、そいつにぶつかる前は俺のポケットに入っていたんだよ」

「落としたんではないですか?」

「それなら、気付くさ。落としたら、金貨が10枚だぞ、音がするだろう」

「それならなおの事、彼女が持っているなら、分かるはずです」

「お前は騎士団か何かか?俺が調べるから、どいてろ」

「私は通りすがりの、この街でお世話になっている人間ですが、それには了承出来ません。あなたの方こそ、見ない顔ですよ」

「ふん。俺達は、賞金首稼ぎのザンギ兄弟だ。盗まれた金貨10枚もな、道中に俺達を襲ってきた盗賊を殺して、騎士団から貰った報酬だ」

「賞金首稼ぎ、ですか。だからと言って、容疑者に過ぎない、いたいけな少女に向かって、一方的に手をあげるのは関心しませんね」

「部外者は引っ込んでろって言ってるだろ」

 ザンギ兄弟の1人が襲いかかってくる。直前でそれを避けると、そのまま姿勢をくずして転んでいった。

「本当に賞金首稼ぎなのですか?」

「なめやがって!」

 兄弟2人で襲いかかる。ユキも手ぶらだが、彼ら相手なら、体術だけで倒すのは簡単だ。構えを取った時に、中学の時に自分が絡まれていた時の風景がフラッシュバックした。コタロウは、ユキを助けにきた時、いっさい手を出さなかった。意識しないまま、ザンギ兄弟の攻撃をかわしていた。

 力で抑え込むのは簡単だ。しかし、それではこの兄弟がやっている事と変わらないのではないか。

 ザンギ兄弟の攻撃をかわし続ける。前後左右から来る打撃を全て避け続け、手は出さない。大の男のパンチだが、当たらなければ脅威ではない。


(コタロウ先輩は、この攻撃を全て受け続けていたんだ)


 今さらながらも、コタロウの勇気には頭があがらない。剣道の腕も武器もあったはずなのに、彼はそれを奮わなかったのだから。

 しばらくの間、兄弟の一方的な攻撃が続いたが、やがて疲れ果てて、向こうから音を上げた。

「終わりですか?公平に判断してもらう為に騎士団の駐屯所まで行きたいと思うのですが」

「はっ。やってられるか。行くぞ」

 野次馬で見ていた街の住民達の視線も、兄弟に対して冷ややかだ。逃げる様にして、兄弟は去って行った。

「なんだったのでしょうか。大丈夫ですか?」

 ハーフエルフの少女を振り返ると、頭を下げられる。

「ありがとうございます。突然絡まれまして、何とお礼を言ったらいいか」

「いえ、そんな気にしないで下さい。ああいうのは見ていて気分が良くない経験があったものですから」

 そう言って、彼女の耳を見つめる。エルフの耳もそうだが、やはり尖っているものには心に惹かれるものがある。じーっと見つめていると、ハーフエルフは耳を手で隠した。

「本当にありがとうございました!それでは、あの、失礼します」

 そう言って、すぐに小走りに去って行く。周りの野次馬の何人から、「さすがユキちゃん!俺たちに出来ない事を平然とやってのける!そこに痺れる、憧れるぅっ!」と、歓声の声があがる。

 ユキも少し恥ずかしくなり、声援に手を振ってから、その場を後にする。



 商店が建ち並ぶ大通りから抜けた先にある鍛冶屋の暖簾をくぐると、斧を叩いていたドワーフ族の主人が顔をあげた。

「やあ、ユキちゃん!丁度良かった」

 そう言ってから、主人が裏の棚から小さな木箱を取り出す。中には、十時型の鉄板に刃を付けた風車型手裏剣が並べられて入っていた。特注で頼んでいた品だ。小躍りして受け取り、お礼を言うと、主人が照れながら手を振った。

「なに、ユキちゃんの頼みとあっては腕を奮うさ。しかし、投擲用の武器と言っても、なかなか命中しないんだがこれでいいのか?」

 ユキは木箱の中から慎重に一本を取り出すと、その尖端を上に構えた。そのまますっと投げ打つと、弧を描いて飛翔し、10メートル程離れた建物の柱の芯に突き刺さった。

「投げ方にコツがあるんですよ。これ単体では殺傷力のない武器ですけど、使い道は多いですから」

 いつもと違う真剣な表情に鍛冶屋の主人は一歩後ろに引いてしまう。ユキはくるりと振り返り、改めてお辞儀をする。

「ありがとうございます。引っ越しに間に合って本当に良かったです」

「ああ、そうだったね。寂しくなるな」

「また在庫が無くなったら、注文しに来ますので、その時は宜しくお願いします」

 手を振って、お店を出る。



 片腕で木箱を抱え、大通りから外れた道を歩く。少し遠回りになるが、時間はいっぱいある。人通りが少ない道を歩きながら、空いた片手で手裏剣に夢中になっていると、ふいに肩を叩かれた。

 反射的に、手裏剣を持った手を振り返しながら、振り向く。相手の喉元に手裏剣の刃を突き立ててから、視線を上に上げると、馴染みの顔がそこにあった。

「ケイタ先輩でしたか。人の気配は感じていましたけど、まさか肩を叩かれると思ってなくて。ごめんなさい」

 喉元数mm手前で止まった手裏剣をすっと引いて、木箱に仕舞う。

 冷や汗が流れているのを感じながら、ケイタは息をつく。少し驚かそうという下心はあったのだが、二度と考えなしに彼女の背後には立つまい、と誓った。

「その格好で手裏剣だなんて、くノ一っぽいね」

 忍びの末裔である事は、祖父からも口止めされているし、ユキとしてもべらべらと話したい内容でもない。

「くノ一?実際のくノ一は、黒装束なんて着ないですし、四方十字型手裏剣のような忍具を持ち歩いたりなんかしないですよ。くノ一の任務は、諜報活動や潜入活動が主です。あからさまな格好や武器なんて持つわけないじゃないですか」

「えーっと、うん、そうだよね。ごめん。くノ一、って響きを使いたくて」

「ケイタ先輩はKYですからね」

「空気読めない?」

勘違い野郎(KY)

「急に言葉遣い悪くなったよ!」

警察呼びますよ?(KY)

「俺なんかした!?」

 やたらと、警察官を呼ばれそうになるのは、定めなのだろうか。

「ケイタ先輩は、そういうキャラ付けなんだってナナネさんから教えてもらいましたから。いじられると、喜ぶ性質だって」

「否定はできないね!」

 何故か親指を立てて答える。

「それで、何の用ですか?」

「さっきコタロウがさ、食堂でユキちゃん探してたから、声かけてあげようと思って」

「それを先に言って下さい」

 ユキは片手に持っていた木箱を地面の上に置く。ケイタが座ってその中を覗くと、手裏剣が幾つも入っている。

「お、すげー。やっぱり忍者みたい。俺も折り紙で手裏剣作っては、よく遊んでいたんだよね」

 ケイタがそう言って、手裏剣を手に取り見上げると、既にユキの姿はそこにはなかった。足音すら聞こえなかったが、九十九荘へと駆けて行ったのか。

「俺が持って帰るって事なのか……」

 ケイタは1人、俯きながら木箱を見つめた。



「ユキ、只今戻りました!」

 九十九荘の扉を開き、中を見渡すがコタロウの姿は何処にもない。中庭を覗くと、コタロウが刀の手入れをしているところだった。隣にはエマが油瓶を持って立っている。ユキに気が付くと、手を振ってくる。

「丁度良かった!ユキ、なんだか上手く油が取れなくてさ」

 呼ばれて、たったっと軽快に刀の前に馳せ参じる。

「食用油だと、この刀には合わないでしょうね。私の部屋に、鉱物性の防錆油がありますから、取って来ます」

 そう言って、すぐにまた裏口の扉に向かって走って行く。その様子を見て、何だか飼い慣れた犬みたいね、とエマは頭の中で犬耳を生やしたユキの姿を想像した。



 ユキに刀の手入れを手伝ってもらうと、コタロウの刀は再び輝きを取り戻した。

 何やらコタロウが見た事もない専用の手入れ箱を持っているが、いつの間に揃えたのだろう。

「今まで見様見真似で手入れしていたんだけど、ユキがいて助かったよ」

「日本刀の手入れは、欠かせないですからね。特にコタロウ先輩の様な業物は、代えが簡単にはきかないですから大事にして下さいよ」

「そうだね、ありがとう。じゃあ、ちょっと出掛けてくるよ」

 コタロウは刀を腰に差すと、立ち上がって手袋をはめる。

「あれ。先輩、手袋なんて持ってましたっけ?」

「ん、ああ、これはこの前ナナネが何かのオマケで貰ったらしいんだけど、大きかったみたいで俺にくれたんだ」

「ナナネ先輩が、ですか」

「寒くなってきたから、丁度良かったよ。じゃあ、行ってくる」

 コタロウを見送ると、ぶるりと、確かに冷えてきているのを肌で感じる。もう冬になるのだ。

 ユキは、裏口から食堂の厨房にはいると、エマが市場に出掛ける支度をしていた。


「エマ先輩、って家庭科部ですよね?」

「何よ、今さら。そうだけど、どうかした?」

「あの、私に、その、マフラーの編み方教えて貰えますか?余った時間に、少しで良いので」

 言葉にしてから、エマにそんな時間がないくらい忙しい事に気が付く。

 しかしエマは、にやりと微笑むと、

「いいわよ。今からでも頑張ればクリスマスに間に合うでしょうし。初心者だと少しきついかも知れないけど、頑張れる?」

 クリスマスの存在をすっかり忘れていた。エヴォルヴにはクリスマスを祝う風習はないだろうが、生徒たちは別だ。

 クリスマスまであと3週間もない。手編みは編んだ事が全くなかったが、頑張るしかない。ユキは頷きながら、ぎゅっと拳を握りしめた。

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