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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第3章 それぞれの日常
23/33

22 吹奏楽部ナナネの二重奏

 吹奏楽部、ナナネ。高校3年生。

 血液型はB型。

 好きなものは管楽器、クラシック音楽、たまにジャズも聴く。


 

 ナナネが九十九荘の扉を開けると、ひんやりとした空気を肌に感じた。暖かい気候が続いていたが、12月に入ってからは流石に寒くなってきた。

 朝早くから水撒きをしている親友の姿を見て、話しかける。

「おはよう、エマ!今日もいい天気ね」

 エマも朝の挨拶を返すと、バケツを仕舞い、ナナネに近づいてきた。

「今日はどうするの?」

「うーん、セッションは午後からだから、午前中は洋服屋さんをまわろうかな?」

「また服?ナナネも飽きないわね」

 ナナネは今、この街の音楽士として働いている。音楽士と云っても、楽団で演奏する訳でなく、ソロで依頼があった場合に演奏をする為に出勤する。完全にオフの日は、他の採取班の生徒達と外に出掛けるが、クランとしても今や生産に使う原材料の大半は他からの輸入でまかなえている為、採取の人手は足りている。

 音楽士の収入は高くはないが、クランからも定期的に給料のようなお金が入ってくる。家賃や、食堂での食費は前と変わらずにクランから払われているので、お金は少しずつ貯まってきている。


 洋服は、女の子の買い物で一番大事なものだ、と説いたところ、

「私は、オシャレしても見せたい相手がいないから」

 と皮肉じみた回答が返ってきた。

「私だって、別に特定の誰かに見せたくて服を買う訳じゃないわよ。首都に引っ越すって話だし、都会ならオシャレは大事でしょ」

「そういや、プロメイアには生徒会長のユウト君もいるんだっけ?なるほどね」

「1人で変な納得しないでよね」

「まあまあ。そういえば、華道部の二年の子も、釣魚部の副部長と付き合ったらしいわよ」

「え、本当?」

 前々から怪しいと噂されていた2人だけあって、今さら驚く事はないが、これでこの二ヶ月あまりで成立したカップルはナナネの知る限り4組目だ。全て、エマからの情報ではあるが。

 狭い街での恋話はあっという間に広がっていくが、その発信は、最近では食堂のママとあだ名を付けられたエマから新聞部のエリカをと押して、街中の生徒に広まる。

 こうやって、バケツを片手に井戸端会議を始める辺り、「ちょっと奥様、聞いた?」と会話を切り出しても違和感がない位最近では所帯染みてきているのは、家庭部の特許技術スキルの悪影響だろうか。


「吊り橋効果じゃないけど、こうやって不安な毎日だと、冴えない男でも良く見えたりするのかしらね」

 釣魚部の副部長の彼に対して失礼とも言える発言にも思えたが、ナナネも同意を示す。

「サバイバルに強い男の人って、こういう時頼りがいあるものね」

「コタロウ君も、以外と頼れる男だったしね」

 と、からかいにかかる。

「ナナネはどうなのよ、いつまで彼氏いない歴=年齢を通してるのよ」

「好きで通してる訳ないじゃない。ラブレターはよく貰ったかもしれないけど、ちゃんとした告白だって、ショウ君以外からされた事ないわ」


 それは、ショウがあれ程までにナナネに振られ続けているのを見て、周りとしては告白しずらくなったせいだろう。中学時代は、コタロウはともかく、スポーツ・成績優秀、容姿端麗のユウトともよく一緒に居た為に、普通の男子生徒から告白される機会も少なかっただろうなというのも、エマには予想がつく。


「それで、生徒会長と演劇部、どっちが本命なのかな?」

「朝っぱらから、道端で話す内容じゃないでしょ!」

 エマは初めて会った時から、ずっとこんな感じだ。フランクなのは好感が持てるが、人の色恋沙汰に好奇心が強すぎて、困ってしまう。ナナネにとって、ユウトもコタロウも大事な長い付き合いの友達なのだ。



 エマからの口撃をかわし続け、朝食を頂いてから街を散歩する。見慣れた風景ではあるが、今でもこうして中世のヨーロッパのような街並みを歩いていると、うっとりと自分に酔ってしまいそうになる。

 大通りを抜けて、路地に入ったカフェに入る。こじんまりとした店構えで、最初は通り過ごしてしまったが、何度か通っている間に迷う事はなくなった。

 扉を開けると、カランカランと鐘の音が鳴り、カウンターの奥で仕込みをしていた茶道部の生徒が、煎れたての紅茶を持って出てくる。


「あら、ナナネ。毎度、悪いわね」

「気にしないでよ。いつも美味しいお茶頂いているんだし。これが頼まれていた曲ね」

 そう言って、ポケットから取り出した小さな小包を渡し、代わりに紅茶のティーカップを受け取る。

 茶道部の生徒が小包を開けて、中からSDカードを取り出す。カウンターテーブルの上の携帯電話に、それを差し込んで操作をすると、壁に飾ってあるスピーカーからクラシックな音楽が流れ始めた。


「私の携帯電話だとポップ系のMP3しか入ってないからね。やっぱりナナネの演奏は店の雰囲気に合うわ」

 ここは元々の喫茶店のオーナーから任されて、彼女が経営代理をしている店だ。高齢の為に店を畳もうと考えたオーナーが、たまたま寄ったサクラノ食堂。そこで茶道部の彼女が煎れたお茶に感動して、彼女が強引に引き抜かれた。しかし、分かりにくい立地にも関わらず、かつてない反響を呼んでいるのは、彼女のお茶の種類と、その美味しさにある。紅茶やコーヒーだけでなく、薬草をブレンドして緑茶や煎茶のような味も再現していて、新しいジャンルが飲める喫茶店としても、街の人々から人気を集めている。


「これも、ナナネの演奏のお陰でもあるんだから」

 生演奏として、サクラノ食堂のディナーショーだけでなく、不定期にここの喫茶店でも演奏に来ていた。それがあまりに受けて、ナナネの演奏を店内で流す事をお願いしたのだ。

「それこそ、仕事なんだから、お互い様でしょ」

 科学部と木工作部の合同開発した木製のスピーカーから、少し音が割れながらも、自分の演奏が軽快に流れている。どうやら録音も問題なさそうだ。

「じゃあ、私は行くね。紅茶ごちそうさま」

 ナナネは礼をすると、買い物をしに路地に出ていった。雲ひとつない快晴な空を見上げて、大きく背伸びをする。



 3店ある洋服屋に立ち寄り、一番良いと思った茶色い毛皮のコートを購入する。可愛いデザインで選びたいが、値札の横に書いてある防御力目安と書かれた数字にもどうしても目がいってしまう。防具でなくても、下着以外の衣類全てに防御力の数字が書かれているのは、洋服選びとしては邪魔になる。


(ファンタジーなのに、この辺りは年頃の女の子向けじゃないわね)

 パン屋で買ったロールパンを広場のベンチで頬張りながら、眉をひそめる。


 ナナネが買った毛皮のコートは、巨大一角兎の毛皮で、防御力目安は、防具屋に並ぶ鋼の鎧とほぼ同程度の性能をコートながら誇っているらしい。戦闘にも使える事も考えて、これにしたが、他にも候補にあげた防御力目安の低いコートより色が気に入っていないのが少し悔しい。

 キャンペーン中らしく、一緒に手袋をもらえたのは嬉しかったが、はめてみると少しサイズが大きかった。


「さて、午後はお仕事、お仕事、と」

 軽い昼食を済ませて、街内の地図を広げながら、ベンチから立ち上がる。



 方向音痴な彼女だが、さすがにこの街の地理にも慣れて来た。目的地である屋敷の場所はすぐに分かった。高級住宅地と呼ばれる一角にあるその屋敷は、建物だけでも九十九荘より広そうだ。

 門を開けて、石畳のアプローチを歩く。屋敷のノッカーを数回叩くと、中から家政婦らしい格好をした中年の女性が出てきた。


「ご依頼頂きました音楽士のナナネです。今日は宜しくお願いします」

 と頭を下げると、家政婦のおばさんは「承知しました」とだけ発して、ナナネを屋敷の中に案内する。本物の家政婦がその台詞を言うと、少し笑いそうになってしまう。


 屋敷の奥の広い洋間に通されると、クイーンサイズ位の大きさのベッドに、痩せこけた老婆がパジャマのままで横たわっていた。家政婦が老婆に近づき、声をかけると、ゆっくりと起き上がり、こちらを見つめる。


「ようこそ、いらっしゃいました。こんな格好でごめんなさいね」

 視線の方向もずれており、焦点も合っていない。すぐに盲目の人なのだと気付いた。

 いいえと答え、鞄からフルートを取りだす。改めて自己紹介をしてから、笛に口をつける。そして、ゆっくりと優しい調べを奏でだした。


 音符一つ一つがキラキラときらめいた美しい宝石の宝石のようだ。老婆は瞳を閉じて、首をゆっくりと軽く振りながら、旋律の流れに身を任せている。優しい曲調ながらも、時に高音域まで広げ、切ない和音を響かせ、ゆっくりと戻っていく。


 老婆は、その曲を聴きながら、自分が昔愛した男の人の姿を思い返していた。騎士団の一員であった彼は、魔物との戦いでその命を落としてしまったが。彼との思い出は今でも彼女の宝箱である。最近はすっかり忘れていた彼の若い頃の顔が脳裏によみがえる。

 

 音楽は五感を刺激させ、脳を活性化させる効果がある。認知の人を対象にした音楽療法と呼ばれる医療法も実際にある。ナナネの演奏は、その演奏技術により、より聞き手の脳への信号をダイレクトに伝える。盲目である老婆は、視覚がない分、聴覚による脳への信号が強い。彼女の脳内では、かつて目の見えていた頃の景色がはっきりと映っていた。



 ナナネの演奏がゆっくりと終わる。気がつくと、老婆は涙を流していた。しわしわの手で優しく拍手をすると、ナナネは一礼をした。


「涙を流してしまって、恥ずかしいわね。見苦しい所を見せてしまったわ」

「そんな事はありませんよ」

 老婆の手招きに応じて、ベッドの横の椅子に腰を下ろす。

「私もね、若い頃は音楽の教師をしていたから、あなたの演奏が良く分かるわ」

 本職の方だったのかと、頭が上がらなくなる。音楽をやっていた人間ならば、音楽を愛する気持ちが強い反面、今の演奏に不備があったら分かるはずだ。ミスはなかったと思うが、不安になる。


「貴方の人なりが伝わってくる素晴らしい演奏でした。ありがとう。昔の事を思い出したわ」

 老婆はベッドの脇に飾ってある写真立てを見つめる。そこには、騎士団の紋章を胸に掲げた中年の男性の姿と、美しい女性が写っていた。その間には男の子が立っている。

「また、戦いが始まるそうじゃない。嫌ね、戦争は私の目だけでなく、主人を奪ってしまったから」

 悲しげにそう俯きながら、写真立てを手に取る。先日、魔物が春に軍を率いて襲撃する可能性があると、軍から正式に発表されていた。軍としては、義勇兵を集い、魔物との全面戦争をする構えであると伝えられている。

「私の息子もね、父の跡を継いで軍人として首都にいるんだけど、あの子も戦いで片足を失ってしまったわ。初代皇帝ヒロアキ様は、人の争いを無くして下さったけど、魔物との戦いはまだ続くのね」

 その戦いをなくす為の魔王軍との戦争なのだが、言葉が出ない。彼女は様々なものを失ってきたのだ。下手な慰めや同情を彼女は求めてはいないだろう。


 立ち上がり、フルートを口にする。

先ほどより力のこもった激しい調べだ。ジャズテイストを散りばめたクラシック調の激しい曲調に引き込まれていく。音楽教師であった彼女も全く初めて聴くメロディ構成だ。吹き終えると、老婆から拍手が鳴り響いた。


「面白い曲ね。最初のとはまるで違うし、吹奏の仕方も別人の様だったわ。あなたは多才なのね」

 別人、という言葉にピクリと反応する。

「多才なんて、そんな。こちらの曲は、私の専門ではないんです。言うならば、二重奏の様なものです」

 それはどういう意味なのか、抽象的過ぎて老婆には分からなかった。


「もっと聴かせてもらえるかしら?」

 老婆の表情は先ほどとは打って変わって、明るい。ナナネは喜んで、と微笑み、演奏を続けた。ジャズミュージシャンであった、自分の亡き母親の姿を思い出しながら。



 夕暮れ。家政婦に屋敷の玄関先まで見送りをしてもらう。

「ありがとうございます。奥様のあの様な笑顔は久しぶりに見た気がします。宜しければ、私からもまたお願いしても宜しいでしょうか?」

 再来週には首都へ引っ越す事になるが、馬車を使えば通える距離だ。ナナネは、こちらこそ宜しくお願いしますと頭を下げて、屋敷を後にする。

 音楽は聴く人に心理的な影響を与えるのはいつもの事だったが、今日は演奏した自分も元気をもらった気がする。



 少し肌寒くなってきたので、午前中に買った毛皮のコートを羽織る。九十九荘に帰ると、クランアジトのあるアパートの部屋から、コタロウが木箱を抱えながら出てきた。


「よう、ナナネ。今帰りか?」

「うん。コタロウはまだ終わらないの?」

 コタロウはここ数日、引っ越しの為の準備に追われているらしく、忙しそうに街中を駆け回っていた。

「こいつをキノサト商会まで運んで終わりだ。なんだよ、暖かそうな格好しているな」

「いいでしょう、おニューなの」

 くるりとその場で一回転回る。そうだ、と言いながら、鞄から手袋を取り出す。

「貰い物なんだけど、サイズ合わないし、あげる」

 コタロウは、サンキューと言って、手袋をはめてサイズを確認すると、直ぐに外してズボンに入れた。

「なによ、つけないの?」

 と、ナナネが不満を漏らすと、

「木箱運んでるって言ったろ。痛んじゃうから、届けた帰りにつけて帰るよ」

 白い息を吐きながらそう言って、木箱を持ち上げる。

「そっか。いってらっしゃい」

 コタロウは重いのか少し辛そうに片手を離し、手を振って返してくる。

 エマに今朝聞かれた「ユウトとコタロウ、どちらが本命?」という質問を思い出す。

「別に、2人を天秤にかけてなんかいないんだけどな」

 誰に話す訳でもなく、ボソッと呟く。ヒュー、っと風が吹き、ぶるりと震える。


 季節はもう冬になる。ナナネは、コタロウの姿が通りを曲がって見えなくなるまで、見送っていた。

3章は一話完結の短編でストーリーを進めていきたいと思います。

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