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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第2章 南部救出作戦
22/33

21 軍議

「……以上が、商業クラン〈サクラノ組合〉盟主コタロウによる現場報告です」


 エヴォルヴの首都プロメイア、島全土における軍司令部の会議室。ユウトの報告に、緊急会議と集められた軍の上層部は、その表情に苦渋の色を浮かべる。

 ミカが本気で攻めてくるつもりというコタロウの判断を信じるのならば、事態は相当由々しい。

 元々問題児であったミカについては、圧力が職員室側からかかっていた事と、一部の女子からの恋愛沙汰のトラブルの苦情を除き、実質的な校内での被害があがらなかった為、ユウトとしても今まで黙認していた。面識はあったが、彼女の内面はユウトには分からない。


「魔王軍は、春に攻めてくるといったな」

「はい。信憑性はあるか断言出来ませんが」

「こちらから攻め入る事は簡単には出来ないだろうな。向こうは街の住民全員が人質になっているのだから」

「アシャネー遺跡の結界装置を破壊するのにも、相当な戦力が必要になるだろう」

「アシャネー遺跡は、魔物の巣窟だからな。結界の外の魔物の出現を魔王が制限させていたとしても、現状存在する魔物の数は変わらないのだろう」

「それに冬の時期の進軍は、軍の士気にも影響するだろうな」


 統一国家としてエヴォルヴが誕生して以来200年の間、大規模な遠征戦闘は行われていない。軍と云っても、ユウトのいた国の自衛隊の様なものなのだ。

 ヴァデンは、島で最も古い歴史を誇る都市だ。高い城壁を持って、2つの塔と貴族の館、市街地全てをそっくり防衛する城塞都市である。防衛に徹すれば、首都プロメイアと同様に、多くの騎士や傭兵から自らを守る事ができるだろう。

「かと言って、魔王が魔物を率いて攻めてくるのを指を咥えて待つしかないのか?」

 話は堂々巡りになる。数人の軍官が頭をかきむしると、軍議には押し殺したかのような沈黙が流れる。


「ユウト副司令、君の意見を聴かせてくれないか」

「はい。魔王の言葉を真実と仮定するならば、魔力により魔物が抑えられている事になります。魔物の集団の出現がなくなるのであれば、地域に散らばっている騎士団、傭兵ギルドを首都に集約させて、魔王軍との全面戦争に備えるべきかと進言します」

「魔王の言った言葉が正しいのならな。そもそも、クラン盟主とは言え、コタロウという男の証言が正しいのかも疑問はある」

「コタロウは、魔王を自分達の仲間だった人間だと証言しております。虚言であるならば、そのような自らの首を苦しめるような報告はしないでしょう」

「そこだよ、ユウト副司令。問題は、首謀者が異世界から来た者だという所だ」

 やはり、そう来たか。ユウトの副司令に対して不満を覚えている上層部の人間は少なくない。今、話をしている王室の監察官と称するこの男もそうだ。


「首謀者の1人です。魔王には確かに私の同僚であったミカという異世界の人間が務めていますが、彼女以外は、ほとんどが南部地方都市ヴァデンの貴族だと報告した通りです。その中には、特等貴族であるヘンケル氏の存在も確認されております」

 王族の末裔である特等貴族の名に、どよめきの声が上がる。そのヘンケル自身もミカに操られている可能性は高いのだが、そこまでは報告していない。王室側の陰謀である可能性を匂わせなければ、ユウトの立場も危うい状況だ。

「私としましては、魔王が身内であるという事を真摯に受け止め、帝国軍司令部の責務を果たす所存であります」

 監視役ではなく、円テーブルの正面にすわるアメリア女帝を真っ直ぐ見つめて、発言をする。彼女は、この軍議が始まってから、一言も発する事もなく、会議の流れに耳を傾けているだけだ。


「それは、当然であろう。なに、この場でユウト殿にどうこう言う話ではない。状況が把握出来ただけでも前進したのだ」

 騎士団長のガデルも立ち上がり、発言をする。

「こちらから攻めるにしろ、守りを固めるにしろ、戦の準備はしなければならないだろうな」

 ガデルが同意を伺うと、軍司令部の総司令は頷いた。地位としては、ガデルは現場のトップである騎士団長より、総司令の方が上になる。総司令のセドは、初老になるガデルより若い。40代半ば頃であろうか。細っそりとしたその身体には、かつて武人であった貫禄は残っていない。周囲からは、静かなるセドと呼ばれ、感情の起伏が少なく、口数も多くはない。しかしながら、隊を率いていた頃の実績から軍内部での支持は厚く、騎士団制度から司令部を立ち上げた男だ。セドは10年前のある遠征で片足をなくしている為、義足だ。少しぎこちなく立ち上がり、アメリア女帝に一礼をしてから口を開く。


「皆様承知の通り、ここにいるユウト副司令は市民からの人望も厚い男です。彼の元で義勇軍を集い、魔王軍との全面衝突に備え、軍事強化及び指揮体制の見直しを図りたいと思いますが、宜しいでしょうか?」

「構いません。ユウトがこの異世界に召喚されたあの日から、こういった事態は覚悟していたわ」

 アメリア女帝も、軍議の指針を定めるべく、立ち上がった。

「かつて、ヒロアキ初代皇帝が戦乱の世を治めたように、今が時代の流れの節目なのでしょう。下手に魔王軍を刺激しない様に、各クラン、ギルドにもヴァデン付近への立ち入り規制を敷くようにして下さい。魔王への接触は、帝国側の外交官のみとします」

 外交官。統一国家となり、島の外部との交流がない、この島でそれがどれ程のネゴシエーションが出来るのか、不安に思うが、その方針で考えるしかないだろう。交渉をしようにも、ヴァデンの貴族達はともかく、魔王ミカの狙いは、領地や金銭、外交的なものとは別にある。

「それと、首都の防衛強化ですね。今年度の残りの予算はそちらにまわすようにします」

 もし、万を超える魔物の大群が押し寄せてくるような事があれば、どれ程耐えきれるか、答えに窮する。それに、補給も備えなくてはならないだろう。




 軍議はその後も今後の対応についての話し合いが続いたが、軍の方針はセド総司令の最初の発言の通りだ。ユウトは、義勇軍の編成を担当する事となった。

 義勇軍を募ると云っても、果たして平和に慣れ続けてきたこの国の国民のどれ程が、出会ってもいない脅威に立ち向かい、賛同してくれるのだろう。


「やるべき事は多いが、まずはナルダグの街の生徒の全員には、ここ首都プロメイアまで引越してもらいたい」

 ユウトは、副司令室でコタロウにそう告げた。義勇兵として受け入れる訳ではなく、今後の事を考えて同じ街に居た方が良いのは最初から考えていた事だ。もちろん、戦闘の際には傭兵ギルドだけでなく、コタロウ達も戦場に立つ事になるだろうが。それに、西の都市にいる生徒たちにもすぐにでも招集をかけるつもりだ。


「そうだね。クランや請け負ってるギルドの仕事もあるし、食堂もすぐには閉められないだろうけど、一ヶ月以内にはこっちに移れる様に段取りするよ」

 ポーションを流している〈キノサト組合〉へはこちらからも流通ルートは取れるだろう。順調に売り上げを伸ばしている九十九荘のサクラ食堂をたたむ事になるが、首都の方が顧客数が多いから、エマからの反感は買わないで済むだろう。傭兵ギルド〈チェリーブロッサム〉にしても、あの街での仕事はかなり減ってきていると聞く。


「魔王軍とはおそらく、全面戦争になる。かなりの兵力を消耗しても、結果は全く分からない」

 ミカは余計な犠牲を無くしたいと言っていた。

 しかし、騎士だって、傭兵だって、人間だ。彼らだって、戦いたくて戦う訳ではないし、死にたくて死ぬ訳ではない。先日の襲撃戦の様に、死者が出なかったような奇跡は考えられないだろう。

 彼女はそれについてどう思っているのだろうか。

 死ぬのが、軍人ならば、それは仕方ないと本気で割り切っているのだろうか。


「ヴァデンには、お前に行ってもらって良かったと思うよ。まあ、色々と辛いとは思うけど」

 ユウトが遠慮しがちに話してくる。

「心配しなくても、あいつの事はとっくに割り切ってるよ。むしろ、ミカの事だから、まあ魔王なんて無茶な事をしても不思議じゃないな、なんて思ってきた位だ」

「魔物を操る、か。お前はそういう常識じゃ考えられないところに惹かれたのか?」

「覚えてないな。ただ、あいつのああいう自由奔放なところは嫌いじゃなかったな」

「お前が最初に付き合うのは、ナナネだと思ってたけど?」

「あの頃のナナネにはお前がいただろうよ」

「別に付き合ってた訳じゃないのは、コタロウだって知ってるだろう」

 付き合ってはいなかった。しかし、彼女の隣にいれたのは、コタロウではなく、ユウトだ。

 今でこそ、こうしてまた仲良く話をしているが、あの頃は気まずくて話すらしていなかった。

 そうやって思い返せば、何でナナネはユウトと付き合わなかったのかな、なんて馬鹿な考えも浮かんでくる。まさかショウの影があったからなんて事はあるまい。当時からしても、お似合いのカップルだったはずだ。

 かと言って、コタロウも別にやけになってミカと付き合っていた訳ではない。


「ミカは、ミカでいい所があったんだよ」

 それは一瞬でも彼女の心に触れた事のあるコタロウだから言える言葉だ。最悪の彼女である事は撤回するつもりはないが、それも事実なのだ。

「ま、そうだろうな。彼女の家庭環境位なら僕も知ってるつもりだしな」

 生徒会長をやっていると、知りたくもない生徒の情報は色々と入ってくるのだろう。


「それでも、魔王なんてのはフォローしきれないよ」

 コタロウは頭をかきながら、呟く。

「魔王を倒すには勇者がいるよな?」

 ユウトがボソッと言った投げかけには答えられずに、バルコニーから街の外を見る。広大な草原が広がった先に、ミカのいるヴァデンがあるはずだ。もう彼女は魔王になっているのだろうか。

 比較的穏やかな気候らしいが、11月も終わりになると、だいぶ涼しくなってきた。春の訪れまで4ヶ月。

 その戦いの先に、彼女の云う通り、元の世界へ戻れる希望があるのなら、それを信じるしかない。

 第2章は以上になります。次章は、サブキャラ中心の日常パートでストーリーを進めていきます。


 お気に入り登録、誤字脱字の指摘をしてくださった方、そしてここまで読んでくださった皆様方、ありがとうございます。今後も暇つぶしに読んでいただければ幸いです。




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