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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第2章 南部救出作戦
21/33

20 ヴァール湖での戦い(下)

 次々とサファリンが低い姿勢で陸地へと上がってくる。それぞれが獲物を持って、コタロウ達、侵入者を睨みつけてくる。


 最初に動いたのは、カズタカだった。彼はサファギンに一気に間合いを詰めると、左手で相手の槍を掴み、右手で正拳を相手の腹部に真っ直ぐ突いた。うめき声と共にサファギンがうずくまる。そのまま両手を放して上段から、かかと落としを見舞う。鈍い音が鳴り、サファギンは地べたへと這いつくばった。

 近くにいたサファギンの槍が、カズタカの右腕に当たるが、特許技術により強化された太く鋼のような剛腕に突き刺さる事はなかった。掌底を当てて槍をへし折る。そのまま、蹴りをサファギンの脇腹に入れると、湖まで吹っ飛んでいった。


 さすがは、黒帯持ちの空手部だ。多少鍛えてるとは云え、コタロウとは身体能力だけでも雲泥の差がある。ショウが強気になる理由を改めて実感させられる。



 ユキもそれに習い、苦無を構えてサファギンに踊りかかっていた。素早いだけではなく、軟体動物のようにぬるりとした動きに翻弄され、サファギンの槍は的外れな方向へと突き出される。瞬く間に相手の背後に周むと、2本の苦無を急所へと突き立てる。

 鍛冶屋で特注で造ってもらった苦無を振るうのは初めてだったが、ダガーよりも手に馴染みやすい。それに、忍びの武器という事で、特許技術の効果が働いているのかもしれない。ユキは、形から入るのは大事だな、と倒れこむサファギンを横目に実感する。

 忍びを、ああも嫌っていた自分が、その卓越した動きに快感を覚えているのに一瞬戸惑うが、苦無を両手で十時に交差させて少し微笑みながら、次のサファギンへと構えた。



 コタロウも刀を握り、集中してユウトの剣をイメージする。そして、大きく構えて、これから演じる舞台を意識する。視線に入るサファギンは2体。今まで見ていたサファギンの動きを意識しながら、一足一刀の間合いまで詰める。サファギンも、ゴブリンと同じで、攻撃パターンにレパートリーはない。まっすぐ放たれた三つ又槍は、コタロウの肩の少し上を空振りする。力を込めて、上段から斬り込むと、首の付け根から相手を斬り裂く。青色の血液を吹き出しながら倒れこむサファギンを避けて、降りかかってくるもう一体の槍を刀で受ける。そのまま刀を滑らせて、間合いを取る。

 戦闘の恐怖は忘れる。

 これは殺陣なのだ。芝居の1シーンに過ぎない。

 刀をぶらりと降り下げ、相手を誘う。奇声をあげながら、サファギンが槍を突き出す。イメージ通りだ。

 摺り足で半歩下がると、突き出された槍はコタロウには僅かに届かない。

 コタロウは、そのまま懐に入り、サファギンの身体に向け、下段から刀を振り上げた。

 

 

 コタロウ達が前面で戦っている間に、サツキが指先から生み出したのは、ぼわぁっと燃えたぎる火の玉だ。目標を定めて式を算定すると、火の玉は直進するわけではなく、大きく弧を描いて標的の腹部を貫いた。炎が上がり、すぐにサファギンの体内の水分を蒸発させていく。そのまま、火の玉は、直角に次々とサファギンを貫いていった。



 気が付くと、両足で地に立っているサファギンの姿はなくなっていた。岸辺に上がっていないサファギンもいるかも知れないが、ここにある死体の数だけでも30体近い。

「林を抜けて、騎士団の方へ向かおうか。カズタカ君、ここは任せていい?」

 カズタカが頷く。口数は少ないが、頼れる男だ。戦闘力だけでなく、判断力もあるようだ。コタロウが言うよりも早く、ハルカの前に立ちって周囲を警戒していた。

 ここは大丈夫だろう。2人を置いて、林へと歩を進める。



 騎士団と打ち合わせをした小島の地図を確認し、林を進んでいく。えら呼吸だけでなく、その口ばしから肺呼吸も出来るサファギンは両生類である。その襲撃に備え、周囲を警戒しながら歩く。



 開けた場所に小さな池があった。そこにも5体のサファギンが泳いでいたが、こちらに気が付くと、獲物を構え出した。


「ケイタ君!」

 ここまでの道中、魔術式を計算していたサツキが叫ぶと、風の球が2つ現れた。まわりの落ち葉を巻き上げなから、地面から少し高い位置で留まる。ケイタは頷くと、助走をつけて、その球を思い切り右足で蹴り放った。

 圧勝された風の球は、池で立ち泳ぎしていたサファギンの上半身に勢い良く当たると、そのまま破裂する。距離を計算しないで済む為に、サツキは次々と風の魔術式を解いていく。サツキに創り出された風のサッカーボール達は、ケイタに次々と蹴り放たれ、その全てがサファギンの身体に命中していく。池の水が勢いよく飛び乱れる。


 かなりの球数を蹴り終えてから、池の先を見ると5体全てのサファギンが地上に打ち上げられて白目を向けながら倒れこんでいた。

 思わず、ユキが拍手をする。

「ナイスシュートです、ケイタ先輩」

「まあ、桜乃丘の黄金の左足と言えば、俺の事だからな」

「あれ?今、右足で蹴ってましたよね?」

 

  

 そのまま、何体かのサファギンを倒しながら、林の中を進んでいく。島の反対側に抜けると、騎士団がサファギンの集団と戦っていた。

 騎士団5人に対して、サファギンは10体。少し苦戦している様子だ。

 ユキと目を合わせ、刀を鞘から抜く。

 こちらに気がついたサファギンが襲いかかって来るが、正面をユキに任せて、背後から斬り捨てる。


「しかし、本当に良く斬れる刀だな」

 ケイタが感心の声をあげる。

「うん。ロコ爺には感謝しないとね」

 初代皇帝ヒロアキの持っていた刀のレプリカだと聞いていたが、その斬れ味は業物と呼ばれる域にあるだろう。

 研ぎ澄まされた地がねの肌や刃文は美しく、漆塗りの鞘も高級感があり、刀身を守る為だけの道具ではなく芸術品としても完成されたようなフォルムを持つ。

 コタロウがこうして前線で戦えるのも、正直この刀のおかげだと思う。

 

 ユキは既に次の標的に向かって駆け出していた。後を追い、刀を振るう。ゴブリンやサファギンなら、一振りで斬り裂いてしまうその斬れ味だけを見ても、他の武器とは比べられない。 

 本物の日本刀を今まで見たことはなかったが、どこの鍛冶屋が打った代物なのだろうか、興味が沸いてきた。



 ケイタも得意のキックで、サファギンを蹴り飛ばす。サファギン相手を脚力だけで倒していく。彼もロコ爺から、それなりの武器を貰っていたが、結局一度使っただけで、自分には蹴りの方が向いている事に気が付いた。コタロウ達のいう特許技術が、自分にはそれなのだ。脚力は強化され、狙った先に相手を蹴り飛ばす事が出来る。見た目のかっこいい戦い方でこそないが、実際にそれでケイタは傭兵ギルド<チェリーブロッサム>で戦ってきたのだ。

 傭兵ギルドの戦いは、コタロウ達が考えているよりもずっと厳しい戦いが多い。それに戦いに慣れてきたとはいえ、運動部達も所詮は現代高校生なのだ。生まれた時から魔物が日常的に存在するこの世界の戦士とは、心構えが大きく違う。精神的な部分は身体能力の差だけでは、決して埋める事は出来ない。それでもショウやケイタは、コタロウ達に対して弱音を吐いたりはしない。そんな事をしたら、おそらくギリギリでつながっている今の状況が一転するかもしれない。みんな怖くて帰りたくて仕方が無いのだ。

 


 コタロウ達が合流してから、わずか数分でサファギンの群れは全滅した。騎士団がいる手前なので、サツキの魔術式は使わなかったが、その圧倒さにイワンも舌を巻く。

「さすが、ユウト隊長の仲間達だ。俺達とは次元が違うな」

 それは、コタロウ達の能力がこの異世界限定で上がっているからなのだが、素直に誉められると悪い気はしなくなってくる。


 既に50体以上のサファギンは倒していた。そのまま、騎士団と一緒に小島の中を歩き回り、残ったサファギンを狩り続ける。1時間もしない間に、小島にいたサファギン達は全て骸になっていった。





 紅の塔の最上階。リカは、魔水晶と呼ばれる魔道具を用いて、その戦いを観察していた。水晶には、刀を振りかざすコタロウの姿が映っている。

 彼女がコタロウに初めて会った時には、既に剣道を辞めていた。彼がこうやって真剣な表情で何かに取り組んでいるのを見るのは初めてかも知れない。演劇には興味がなかったし、コタロウの舞台は観た事もない。そもそもコタロウが演劇部に入ったのは、リカと別れたからだ。


 コタロウ。彼を玩具として扱って、好き勝手に振り回したが、一人の男として、それなりに彼を愛していたのは事実だ。校内だけでなく、多くの社会人とも交際経験を持ったリカであったが、自分から告白したのは彼だけだった。それゆえに、彼との別れ方はかなり衝撃的なものとなったが。

 

「魔王になる、って言っても、春までこの街に篭りぱなしというのも、暇なものね」

 リカがぼそっと呟くと、部屋の隅で本を読んでいたマサトがケタケタと笑う。

「昨日、大見得切ったばかりなのに、もう飽きたのか?ケケケ、いいぜ、今からでも一緒に頭を下げて、『私たちが間違ってました。どうか、一緒に元の世界に帰る方法を探しましょう』って嘆願でもしようか?」

 マサトの似てないモノマネに、冗談と鼻で笑う。他に帰る方法はあるのかも知れないが、リカにとって元の世界に帰りたいという願望はあまり無い。

 帰宅部であるにも関わらず、帰りたい家など彼女にはとっくの昔から無いのだ。


「順調に魔力は集まっているさ。なに、あと一週間もすれば、アンタは魔物使いの法具を使えるようになるさ」

 魔物使い。何千、何万体もの魔物を従えられた人間は歴史上存在しない。その第一号にリカが挑むというのだ。

 悪女、色魔、男たらしと噂され続けてきた彼女だが、それだけの魔物を従えられるかどうかは分からない。失敗すれば、どうなるかも分からない。

 だけど、それでも良い。

 彼女にとって他人なんてどうでもいいのと同じように、自分なんてどうでもいいのだ。


 魔水晶に映るコタロウの勇姿を見て、微笑む。

「せっかくですもの、楽しくしたいものね」

 面白そうだから、という理由でリカについたマサトにもそれは同感だ。マサトは男性の中でも、この街で唯一リカの誘惑に引っかからない程に、歪んだ神経の持ち主だった。

 腰まで伸びきった細い黒髪。結われずに垂らした不揃いの髪に縁取られた、細い輪郭。すっきりとした顎。背筋がピンと伸びて姿勢がいいせいだろう、大きく膨らんだ胸元も異性からはかなり魅力的な曲線と映える。見れば見るほど、整った容姿をしている。

 マサトとしては、その体に興味はなかったが、たしかに男性を虜にし続けるだけの事はある。

「暇というのは撤回するわ。私も、魔王となるべく自分を磨くとするわ」

 それはどういう意味なのだろう、とマサトは首をかしげる。

 リカは笑みを浮かべながら、魔水晶をマサトに返すと、階段を下へと降りて行った。


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