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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第2章 南部救出作戦
15/33

14 妹

「ふん。それで、あと1人は?」

 ショウにとっては、文化部同士の人間関係について興味はさほどないらしく、話を進める。 

「こちらからは、ヨット部のハルカという女子に頼んである。彼女には昨日から、このヴァールの街の造船工場で今回使う特殊小型帆船の造船を指揮してもらっている」

 この島は、周りを囲む海流の関係で、船を出す事が出来ないらしい。大きな湖が幾つかある為に、そこで漁業は出来るのだが、おかげで造船技術は遅れているようだ。ヴァールの街はその東を海、西に島一番巨大な湖・ヴァール湖に沿った場所にある。

「4日後の正午に、集合するようにしよう」

 1日でも時間は惜しいが、船の造船の時間に、これからの移動時間を考えると、それでも足りない位だ。それに、船と言っても、普通の船では海流のせいで海を渡ることは難しいはずだ。ユウトに何か考えがあるのだろう。

「了解だ。話はこれで終わりでいいか?悪いが、ギルド連合の本部へ寄る用事があるので、俺はここで先に行かせて貰う」

 と言ってショウが部屋から出ていく。

 時間がないと言っても、帰りの馬車の時間までまだしばらくある。コタロウも、その間にセツナに会えないかと、王城へ連絡をとってもらう事にした。



「この後、10分後に休憩時間となりますので、庭にある噴水の前にてお待ち下さい、との事です」

「わざわざ、ありがとうございます」

 連絡をとってもらった衛兵に礼を言って、ユウトを振り向く。

「じゃあ、俺もそろそろ行くね」

 本来なら、話したい事は他にもいっぱいあった。

 しかし、軍人として、生徒会長の頃と変わらずにユウトにしか出来ない事をやってみせている本人を目の前にすると、やはり言葉が出ない。

「ああ。気をつけてな」

「ユウトこそ、無茶ばかりするなよ」

 本来、ユウトは石橋を叩いて渡る慎重な男だ。そんな彼が僅か一ヶ月半で軍の現場では上層部まで登り詰めたのだ。当然、内部からの中傷も強いはずだ。

「集団を見ると仕切りたくなってしまうのが、僕の本能でね。嫌々で軍の指導者になった訳ではないよ。僕には、お前の方が無茶してると思うよ」

 そう思われて当然だろう。ユウトは、「けど、こうしてショウと並んで来れたところが、やはりお前らしいよ」と付け加えた。その言い回しに少し釈然としないまま、コタロウはそのまま部屋を出る。




 司令部のある塔を下り、敷地内を歩く。すぐに、緑あふれる美しく広大な庭が広がる。 

 庭の中心にある噴水の前に、メイド服の後ろ姿が見えた。

「セツナ、セツナなのか?」

 呼び掛けに応えて、セツナが振り向く。

「はい、兄さん。お久しぶりです」


 黒の細い髪は変わらずポニーテールでまとめあげている。傷んだ所もなければ乱れた所も無い。完璧に美しい顔だちに、長いまつげ、弓形に整った濃い眉、薄い桃色の頬、珊瑚色の唇、それに大きな瞳。

 コタロウにとって自慢の妹が、メイド服を着て立っている。

 メイド喫茶の様な安物の素材ではない、裾の長い上品なエプロンドレスを身に纏い、レース付きのホワイトブニムと称されるカチューシャを頭に付けたセツナは、まさに本物のメイドであった。


 世の中の男子は、マザコンかシスコンの2人しかいないとコタロウは考えている。姉か妹がいなければ、ほとんどの男はマザコンになる、いるならば重度軽度の差があれど、まずシスコンとみて間違いない。

 コタロウは、その中でも重度のシスコンランカーだと自負している。

 もし、自分の特許技術が演技技術でなかったのなら、妹愛がそれに当たると考えていただろう。スキル・妹愛技術シスターコンプレックス。自分なら、妹が仲間にいる時にパラメータ大上昇、体力二倍の効果位はある筈だと思う。


「セツナ、元気してたか?少し痩せたんじゃないか?ご飯はきちんと食べてるか?ちゃんと夜は眠れているのか?皇室でイジメにあってないか?歯は毎日磨いているか?」


 抱きしめて、感極まった声ではやしたてる。普段は感情の起伏にそこまで豊かなじゃないコタロウのこの姿を、他のクランメンバーが見たら、目を疑う光景だろう。


「離して下さい、兄さん。肩が痛いです」

 少し苦しそう声をあげ、慌てて手を離す。

「ごめんな。兄ちゃん嬉しくて、つい。お前がここに居るのがもっと早く分かっていたら、もっと早く迎えに来ていたんだけど」

 行方が分からなかった時は、ただユウトを信じて感情を抑えていたが、いざ会ってしまうと、自分を抑えられない。

 セツナは小さい頃から体が弱く、よく熱を出して倒れていた。鍵っ子だった家庭の事情で、小学校からおぶって早退した事が何度もあった。その度に周りの友達からはよくからかわれたものだが、たった1人の兄妹の為だ。コタロウは恥じる事なく、妹の看病に、授業中も、休み時間も走りまわった。

 そんな彼女だが、今はその面影なく、こうして元気にしている。異世界の身体能力向上の影響だろうか、顔色も良い。

「安心して下さい。ここの人たちはみんないい人ばかりで、良くしてもらってますから」

 皇室付けのメイドだ。周りで働いている人もそれなりに、身元も礼儀もしっかりしているのだろう。

 それに、この国のトップで仕事をしているというのは、兄としても誇りに思ってしまう。

「アメリア皇帝、いや女帝と言ったっけか。彼女は、どんな人なんだ?」

 そう言うと、セツナはちょこんと首を傾げた。

「どんな人って言われましても、そうですね。真面目で博識でいて、誰よりも熱い人ですね。女性の皇帝というのは、皇帝の歴史の中でも、アメリア女帝が始めてですので、威厳を保つ為に気を張る事が多いみたいです」

「へー、けど彼女もヒロアキ皇帝の子孫なんだろ?」

「まさか。ヒロアキ皇帝には、ご子息はおられませんよ。マキナ様にもです」

 それは、考えてもいない事だったが、確かに誰もそんな事は教えてくれなかった。

「初代皇帝が子孫を残さずに行方をくらました後、この国の皇帝を3地方が平等に交代で20年の周期毎に代わるように定めたそうです。3地方都市それぞれから、交代で貴族の中から市民選挙によって輩出されます。アメリア女帝は、今回の周期に当たる西の地方都市から選ばれたお方です。王族の子孫という事では、かつてのティニス王国の王族の血筋は引いておりますが」

 ティニス王国、既にヒロアキ皇帝の統治によって亡くなってしまった西のティニス地方にあった王国である。ティニスに限らず、東のアイルス地方、南のロータス地方もかつてあった王国制は廃止されている。

「そういう事情ですから、なおの事、女性だという事で判断されない様に努めているようです」

 女性が政権を握る事は、まだこの世界では歓迎されないようだ。

「それに、若くて、とても美しい方です」

「ほうほう」

 それは、とても大事な事だ。古来より、お姫様、女王様とは絶世の美女であるべきだと相場は決まっている。ファンタジー系の異世界ならば、鉄板どころか、表記の必要すらない決定事項とも言えよう。

「……兄さんの好みのタイプなのかもしれませんね」

「え、何でそう思うんだ?」

 妹の前で、自分の好みの女性像を感じさせるような言動を取る様な愚行はとっていない筈だと、シスコンランカーとして自覚している。


「兄さんの部屋のベッドの下の雑誌がそう物語っていたので、そうだと思ったのですが……」

「ちょっと待て!!それとこれは、全く話が違う!!」

「そうなんですか?てっきり欧米の女性が好みなのかと思ってました」

 そう言って、軽蔑するような目でじっとコタロウを見つめる。

(ジト目は止めてくれ……)


「洋物のブロンド女性と、王族のお姫様を一緒にするな」

 いくら関係ない異世界とはいえ、流石に失礼過ぎるだろうと思う。


「では、どのような女性がタイプなのですか?」

 そう聞かれても対応に困ってしまう。


(ナナネのようなおしとやかで、優しい女性は理想的だし、ユキのような元気いっぱいの女の子も好感が持てる。サツキの様に頭の良い女性にも惹かれる所があるな)


 うーん、と頭を悩ませていると、セツナは少し溜息をついた。

「兄さんの優柔不断な所は変わっていませんね」

「好きな女性と言っても、あんまり恋愛した事がないからな」

「……兄さんの場合は鈍感過ぎますから」

「さっきから、けなされてばかりいる気がするんだが?」

「そんな事ないですよ。とにかく、私のことは大丈夫ですから、安心してください」

 繰り返してそう言われると、コタロウとしても返す言葉に迷ってしまう。


「だけどな、辛くなったらいつでも俺かユウトに言うんだぞ」

「はい、分かってます」

 そう言って、スカートの裾を持ち上げて、ぺこりと頭を下げた。

 その礼をしたメイド服の妹の姿に、コタロウはあっけにとられる。


(俺の妹がこんなにかわいい訳がある!

 ダメだ。ユウトにも、セツナにつまらない男が寄らないよう監視の目を怠らないようにさせなくては。 この可憐さは暴力的過ぎる・・・!)


 本来なら、直ぐにでもサクラノ組合のあるナルダグの街に引っ張ってでも連れて帰りたいところだが、セツナの処遇はアメリア女帝の決裁である。

 そう簡単に自由になれるなら、ユウトがそうしている筈だと考えると、頭を抱えてしまう。


「すぐに帰ってくるから、いい子にしてるんだぞ」

 そう言って、舌を噛みながら堪えつつ、セツナの髪の毛をくしゃくしゃ、と撫でた。



 手を振って、コタロウを見送る。やがてコタロウの姿が、城門の手前で見えなくなると、セツナは肩を落とした。

「相変わらず兄さんは、いつまでも子供扱いしてばっかりなんだから」

 セツナが体が弱かった為に、兄であるコタロウが心配性なのは、妹としても分かる。

 しかし、この異世界エヴォルヴに来てからは、すこぶる体調は優れている。今まで思うように動けなかった体が、自由に動かせる。少し走ったくらいで、すぐに息切れする事もない。生きているという実感を全身で感じられる。

 皇室での仕事も様々なスタッフが配備されている職場なので、忙しいという程でもない。むしろ、それぞれが色々な事を教えてくれるおかげで、セツナの家事や礼儀作法の知識や経験が増えた。

 セツナは、幸せだったのだ。

 少なくても、前の世界の日常よりは、確実に。

 唯一、不安だった兄の無事も確認出来た。元気そうで本当に良かった。

 このままずっと、この世界で暮らすのも悪くはない。むしろ、そっちの方が良いと思える程だ。


 兄に頼りっ放しじゃない世界、兄の重荷にならないこの世界なら。

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