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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第1章 新しい日常
11/33

11 変わってゆく日常

 北門の防衛が終わったのと程なくして、全ての門での魔物の撤収が確認された。あれだけの戦闘が繰り広げられていたのにもかかわらず、クランにもギルドにも死者や重傷者は出なかったらしい。



「痛ったっ」

「筋肉痛なんだから、無理しちゃ駄目だって」

翌朝、騎士団から報告書を作成する為に呼び出しを受けて、コタロウはナナネに付き添ってもらって、駐屯所に向かって歩いていた。

「鍛え直したつもりだったんだけどね。特許技術のせいで、相当筋肉に負担をかけてたみたいだ」

 コタロウはナナネに肩を借りて歩いている状況である。

 最初はマサルに同行をお願いしてたのだが、ナナネに代わってもらったらしい。余計なお世話だが、一人では歩けなかったので、お願いする事にした。

「毎晩ずっと筋トレしてたもんね」

「なんだ、知ってたんだ」

「もちろん。ユキちゃんと2人きりで邪魔しちゃいけないと思ってたから、行かなかったけど」

「あいつはタダの筋肉マニアだ。そういうのは全くないよ」

 地獄のトレーニングメニューの日々を少し回想しただけで、痛んでいる筋肉が更に悲鳴をあげるのが聴こえる。

(大丈夫だ、もう大丈夫だから、落ち着け、俺の細胞達よ)


「ユキ自身、元々結構鍛えてたみたいだし、筋トレが好きなんだろ」

 ユキも倒れるまで戦っていたはずなのに、今朝食堂で会った時も清々しく、今夜も頑張りましょうと言ってきた。

「彼女がトレーニング好きなのと、毎晩付き合ってたのは別だと思うけどな」

「え、なに?筋肉と会話してて聞いてなかった」

 コタロウがキョトンとしていると、ナナネが溜息をつく。

「何でもないから」

 彼女も報われないわね、と心の中で呟く。


「俺の事より、お前こそなんであんな前まで出てきたんだよな」

「あら、あんなにボロボロになっていて偉そうに言えるんだ」

「信用しとけ、って言っただろ」

「信用したから、あそこまで出ていったつもりなんだけど?」

 そう言われると返す言葉がなくなる。


「……ありがとな」

「こちらこそ」

 ナナネがにっこりと微笑む。


(お前を守るって事は中学三年の時に誓った事だから。って、それが言えたら、楽になるんだろうな)


 そんな事を思いながら、コタロウ達は自分達が守ることが出来た街中を肩を寄せ合い、歩いていった。





 それから、一週間が経った。


 立ち上がり早々の活躍をみせたサクラノ組合は、商業ギルドながら街を救った英雄として、町民からの歓迎を大きく受ける事となった。


 九十九荘の食堂を借り上げて、エマを料理長としてオープンした定食屋サクラ食堂は、この世界にはない料理が受けて繁盛している。

「この街は傭兵が外から多く来てる割に、大衆食堂が無かったからさ。もう少し安く出来るんだけど、傭兵はお金持ってるから、儲かるわー」

 と言ったエマの発言も、彼女の調理技術のおかげだ。


 キノサト商会に流しているポーションの販売率も予想外以上に好調だ。独占販売の為、外部からの交渉にはマモルが出向いている。ポーションの輸出を交渉しに来たのに、新商品の開発費用をスポンサーとして払わさせられたギルドもあった。


「こういうのは、最初から舐められたらダメですからね。強気で行きましょう。独占禁止法なんてない世界ですからね。後ろ指を指されるのは、盟主の役目ですから耐えて下さい」

 悪気なく、さらりとキツい事を言うのは、マモルの本性だったのか、交渉技術の悪影響なのかは分からない。


 科学部と工作同好会が始めたラボにもクランの期待が集まる。ハカセは色々と閃くアイディアが多すぎて、手がたりない位らしい。


「今後の課題は、兵器ですね。特に、化学部との共同開発の結果を楽しみにお待ち下さい」

「頼むから、あまりにバランスを崩すような兵器は辞めてくれよ」

この島に人が住めなくなってしまうような事があったら、どんな魔物よりたちが悪い。


 〈チェリーブロッサム〉も魔物の残党狩り狩りの依頼に追われ、ポーションや装備品、食堂での日本食の提供など、今のところはお互い関係はうまく行っている。


 〈サクラノ組合〉は、現在クランアジトとして九十九荘の隣に建っているアパートの一階の一室を借りている。

 先の襲撃により、住居人が急遽引っ越してしまったので、良い条件で借りる事が出来たのだ。 最初の投資資金に使い過ぎて、余裕がなかったが、家賃も月末からで良いという事ですぐ飛びついた。

 売り上げから、クランメンバーにようやく今日、初給料を払う事ができたばかりだ。待ちに待ったまともな現金支給に、メンバーはクラン設立以上の盛り上がりをみせ、我先にと町に買い物に出掛けた。


 コタロウもようやく下着三枚、普段着二枚の洗濯リレーから抜け出せると、服屋を訪ねた。ばったり、数学研究会のサツキに出会った。


「やあ、サツキも服を買いにきたの?」

「え、ええ」

 話してから、彼女は下着を並べて選んでいるところだったと気付く。この街にはもちろん、女性専用下着専門店などはない。一気に気まずくなる。

「じゃあ、俺、替えのズボン見てくるから」

 回れ右をして、そそくさとその場から逃げる。結局、ズボンとシャツを二枚ずつ会計を済ませてから、一度店を出ることにする。店を出たところで、サツキが待っていた。


「えっと、九十九荘まで帰るところ?」

 サツキが頷く。

 仕方ない、下着は今日は諦めるかと肩を落とすと、そのまま2人並んで商店街を歩く。


「そういえば、実戦での魔術式上手くいったんだってね」

「うん、高さの調整が難しかったから、雷式しか試せなかったけど」

「異世界だから、俺でも魔法使えるものかと思ったけど、その計算めちゃくちゃ難しいのな」

 コタロウも、魔法書の式を見せてもらったけど、さっぱり何を書いてあるのか分からなかった。試しに解答だけを読んでみたけど、やはり頭で理解しないと発動しないようだ。

「私でも、とくに後半の定理は前の世界に居た時なら、解けなかったと思う」

「だとすると、この世界の魔法使いはみんなすごい頭が良かったのかな」

 サツキが首を振り、答える。

「おそらく、数式を解く事が必要なのではないと思う。解を導く迄の過程で、何かイメージが頭に入ってくるみたい」

「森羅万象とか宇宙の真理みたいなものを解き明かしているのか」

「流石に、それは厨二病過ぎる発言かと思うけど。魔力を扱う為のイメージが私の場合、この式を解く事で掴めるみたい」

 だとすれば、本当にすごいのは魔法のイメージを数式として変換させたマキナの方だろう。それに、彼女はこの世界の人間には解けない形でそれを残していった。将来、自分と同じ異世界からの来訪者が来る事を予測していたのだろうか。



 九十九荘に着くと、隣のアジトのあるアパートの前にユキが座ってるのが見えた。近づいて、声を掛けようとすると、ユキの手の中に、黒光りする平らな鉄製の爪状の刀を持っているのに気が付く。

「どうしたの、それ?」

「あ、先輩!待っていたんですよ」

 そう言って、両手の刀をクロスさせた。

「苦無、か?」

「ええ、安物のダガーだと締まらなかったので、街の鍛冶屋さんに依頼してたんです。お金が入ったから受け取りに行きました」

 鞘を付けずに刀身そのままなのはあぶない気がしたが、そういうものだろうか。

「やはり、形から入る事は大事ですから」

 ユキはうれしくてたまらないといった様子で、ターンを決めた。彼女のフレアスカートの裾が、花弁のように広がった。思わず、目を逸らしてしまう。

「それより、先輩にお客様ですよ。アジトで待ってもらってます」

「そうか、悪いな。それと、苦無は街中ではちゃんと隠しておけよ」

 苦無なんて忍者みたいだな、と考えながらアジトの扉を開けた。



 アジトとして借りている部屋は、十畳くらいの一間の間取りで、事務机の他にテーブルと椅子が並べてある。クランアジトというと聞こえがいいが、ここに普段いるのはコタロウとマモル位で、経理の事務作業をするのにしか使っていない。

 商業クランとしてやっていくには、経理をやってくれる生徒を探さないといけないとも感じていた。マモルは交渉役だが、金勘定はあまり好きではないようだし、コタロウも苦手だ。エマあたりは、お金にしっかりしてそうなのだが、食堂経営だけで精一杯だろう。


「新聞、か」

 壁に掛かっている壁新聞を見上げ、ショウが尋ねてきた。その一面には手書きながら、先の防衛戦の状況と、騎士団や傭兵ギルド、それにサクラノ組合の活躍ぶりが書かれている。

「うん。写真部と新聞部がまとめてくれてね」

 淹れたばかりのコーヒーカップを手渡ししながら答える。

 街の外にも、キノサト商会のコネで配送時にこの新聞を届けてもらっている。襲撃があった問題をジャーナリストとして取り上げてくれたのだが、クランとしての狙いはそれだけではない。


「部数は多くはないけど、首都や都市のギルドや酒場には飾られるそうだ。他の地方に居るかもしれない生徒の目に止まってくれるといいんだけど」

「ふん。何にしろ、いつまでもこの街で油を売っているわけにはいかないな」

 まだ20人以上の生徒の行方がはっきりしていない。軍資金もメドが立った以上、他の地方都市とも連絡をとっていくべきだろう。


「成程、なかなかにさまになっている表情だな」

 一面の白黒写真には、コタロウが刀を持って構えている姿も写っていた。

「これがお前の特許技術か?騎士団の団員の誰よりも魔物を倒して、魔族に止めを刺したとも聞いたが」

 魔族の出現が確認されたのは、北門だけだったらしい。

「一応、そういう事になるのかな。魔族に止めをさせたのは、俺の力じゃなくても、たまたまだったけど」

「ふん、それでも運動部でもないお前がそれだけの戦果を上げられたとはな。どういうカラクリなんだ?」

 文化部の生徒が近接戦で戦えるとは思ってもいなかったのだろう。


「中学まで、一応剣道をやっていてね」

 ほう、と驚かれる。

「ならば、最初から運動部班の魔物狩りに参加すれば良かっただろうに」

「うん、そうなんだろうけど」

 自信がなかった。刀を扱えると言っても、昔の話だ。特許技術に気付かなかったら、きっと役にはたてなかっただろう。

 コタロウの特許技術は、演技がそのまま自身の能力に反映される。剣道の心得があった事もあり、一番身近だった剣道家のユウトを演じたが、槍の名士を研究して演じれば、それなりに扱えるとも思う。


「ショウ君だって、ピッチングでかなりの魔物を倒したって聞いたけど」

特許技術は、文化部だけの特権ではない。その効果は運動部の場合、実践面で大きく影響をうけるはずだ。

「この球をもとの世界でも投げられたら、メジャーでも一生食べていけるんだろうがな」

 甲子園投手だったショウは、特許技術により、針に糸を通す位のコントロールで鉄球でも時速160キロで投げる事が出来る。バッターでもある為に、棍棒等の鈍器を振りまわす事も得意だが、貴重な中距離攻撃要員だ。移動砲台として立ち回る事が増えた。もちろん、接近してきた魔物にはフルスイングをお見舞いするらしい。

 

「残党狩りは終わったって話だよね?」

「ああ、 ここから周辺の村全ての圏内までの魔物の壊滅は一度確認できた。暫くしたら、またそれなりに湧いてくるだろうがな」

 町を襲わずに撤収した魔物達はほかの町を襲うかもと懸念したが、それはなかったようだ。

「これは余所者の俺たちが考える事ではないのだろうが、騎士団より上の連中が、この状況をどう見ているかが、今は気になるな」

 ショウは少し不吉な事を口にした。


「これからも何かが起きるもしれない、って事?」

「ヒロアキ皇帝の統治以来、この島は多少の魔物の被害はあったとは言え、比較的平和だったんだろう。 俺たちがこの異世界に来た事と、魔物の出現が増えた事、今回のような大襲撃があった事、全てが無関係とは思えないな」

 そう言われて、コタロウも初めて気が付く。そうだとするならば、これから先もコタロウ達がこの世界の騒動に巻き込まれる事もありえる話だ。

 思わず、頭を抱え込む。


「当面は平和である事を祈るしかないのだが。なぁ、コタロウ。ひとつ聞きたいんだが、いいか?」

「ああ。何?」

「ナナネの事なんだが。彼女、その、元気に、してるか?」

 珍しくショウが長居していると思ったら、そういう事かと頭を掻く。

「ああ。今はすっかりね。その……ショウ君にはしばらく会いたくはないみたいだけど」

「そうか。それなら、良かった」


 誰にでも過ちを犯す事はある。ショウが取った行動は最低極まりない事であったとはいえ、今更コタロウが何か言える言葉出来ない。崩れた人間関係をとりもどす為に、彼は彼なりの誠意を示し続けなければならないだろう。

 恋人同士になれる事はなかったとしても、好きな人に嫌われる程苦しいものはないはずだ。

 

 気まずい雰囲気になり、何か他の話題を、と考えていた時、ドアをノックする音が聞こえた。振り向くと扉を開けて、騎士団の団長が入ってきた。

「失礼するよ。おお、ショウ殿も一緒にいたのか、ちょうど良かった」

 何が丁度良かったのだろう。コタロウが知る限り、騎士団がこのアジトまで来たのは初めてだ。

「なに、帝国首都からの郵便だよ」

 そう言いながら、手にしていた羊皮紙の紐を解く。


「〈サクラノ組合〉盟主コタロウ殿並びに、〈チェリーブロッサム〉ギルドマスター・ショウ殿、両名に帝国軍令部副司令代理より辞令を申し上げる」

 汗が額をつたり、緊張感が高まる。

「……えーと、何だこれは暗号か?」

どうやら読めないらしい。


「貸してくれないか」

 ショウが立ち上がり、羊皮紙を取り上げる。その文章は漢字と平仮名で書かれいた為、騎士団の人間には読めなかったのだろう。目をひそめながら、ショウはそれを読み上げる。


「無事でなりよりだ。こちらの方でも体制が整ったので首都まで一度来てくれないか」

 一息ついてから、最後の署名を読み上げる。


「帝国軍司令部・副司令代理……ユウト」

 これにて、第1章は終わりです。

 ご都合主義過ぎるところはありますが、今後も付き合っていただければ嬉しいです。

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