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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第1章 新しい日常
10/33

10 一瞬の英雄

「少しは休ませてくれってば!」

コタロウが渾身の力でリザードマンを斬り捨ててから、叫んだ。

「一度、下がりますか?」

 同じく、この、群れの最後のゴブリンを相手にし終わったユキが声をあげる。

 次のゴブリンの群れまで少し距離がある。

 魔物達がグループ毎で動いてくれているおかげで助かっている。一度に視界に入る全ての魔物が襲いかかってきたら、なす術もないだろう。

「いや、大丈夫。今下がったら、後方の負担が更に厳しくなると思う」

「それはそうですけど、」

「『お前だけでも下がってくれ』なんて事も言わないさ」

 そう言って、腰袋からポーションを取り出す。5つ持っていたのだが、これが最後の1つだ。

 体力回復を売りにしているが、立て続けに何本も飲んでると、さすがに効果は薄れるらしい。もはや、気休め位にしかなってないが。

 リボビタンなんとかもユ○ケルも1日1本までだったという事を思い出す。

「傷は負ってなくても、お互い体力は限界のはずだ。半分飲んで」

 持っていた最後のポーションを半分まで飲んでから、ユキに向かって投げる。

 放られたポーションをキャッチしてから、はっと赤くなる。

「え、これって間接キスじゃ……」

 しかし、コタロウの耳には届いていない。幾らか体力を取り戻したらしく、次のゴブリンに向かって駆け出していた。

 ユキも、ぐっと拳を握って一気にそのポーションを飲み干した。

 彼女にとっても、もはやポーションの効果は薄れているはずだが、身体に元気が湧いてくるのが分かる。

 コタロウが自分を信頼してくれるなら、こんなところで止まっている訳にはいかない。




 気がつくと乱戦になっていた。

 ゴブリンやガーコイル、リザードなどと言った魔物相手に初めて戦場に挑む<サクラノ組合>は、怯みながらも懸命に立ち向かっていた。

 押されるままに劣勢だった状況も既に変化しつつある。ようやく騎士団の応援も到着して、他の門の護衛にまわっていたギルドの傭兵達も少しずつだが集まってきていた。


 どれ位の時間が経ったのだろうか。

 コタロウの体力もさすがに限界が近づいていた。数え切れないゴブリンの死体の上で刀を杖代わりにしてかろうじて立っている。


「筋トレの効果、出てます?」

 ユキも疲労しているのだろう、少し足がもたついている様子だ。

「ああ。ユキのおかげで、何とかまだ倒れずに立ってられるよ」

 彼女のスパルタ教育のおかげで、コタロウは今や現役の剣道部員と比べても違和感のない位の身体つきになっている。


「とりあえずは、後はあいつだけか」

「親玉って奴でしょうか?」 


 少し前からずっとこちらを見ながら動かない魔物が居た。

 

「おそらく、あれが、魔族(デーモン)と呼ばれる魔物じゃないかな」

 文芸部のヒロトが図書館で調べた書物の中に魔物についてまとめた図鑑があった。それには今回戦ったゴブリンやリザードマンの外観のイラストや特徴も書かれていた。そして、そこにはマゾク・デーモンと称される魔物の外観が描かれていた。

 顔つきはゴブリンと似ているが、ごうごうと燃えるような赤い毛に宝石のような青い目、身長もゴブリンよりも遥かに高い。細身だが、引き締まった筋肉が際立っている。何より。身に纏っている貫禄が、他の魔物とは明らかに一線を凌駕している。

 その書物には、数は少なく希少な魔物だが、極めて高い知性を持つ戦士であると書かれていた。


 引き連れていたゴブリン達が全滅したからなのか、ようやくこちらに向かってくる。


 まっすぐと刀を構えながら、脇目でユキを確認する。彼女は、既に先制をすべく、駆け出していた。 


 魔族の背後にまわり、苦無に見立てたダガーの斬撃を背中に4発たて続けに入れる。しかし、効いているのか分からない。そのまま振り向き、ユキに対して拳を振りまわす。それを避けながら、今度は腕に向かってダガーを突きつける。


(やはり、硬い……)


 ゴブリンの肌とは違い、刃が弾かれる。元々、採取時に護衛用に渡されていたダガーだけあって、その斬れ味は決して鋭いものではない。そんな刃でゴブリンを何体も斬り倒してきたのだ、刃こぼれもしている。


(ならば……!)


 魔族が再度、拳を振り下ろす。刹那、ユキは黒髪を棚光らせると、魔族は逆さまのままユキの後ろへと飛んでいった。受け身を取れずにそのまま背中から落ちていき、衝撃音が鳴る。


「先輩、早く!」


 コタロウもそれをずっと見守っていた訳ではい。

 一太刀入れるタイミングを見計らっていたコタロウは、未だ起き上がれずにいる魔族に走り寄る。この状況なら避けようがない。

 刀を振り上げ、一気に相手の胸元に突き刺そうとする。


 その瞬間、起き上がろうとしていた魔族のその青く輝く目から、光が漏れ出す。

 あっという間に、真っ青でまばゆい光に包まれ、目が眩む。

 思わず目を背け、攻撃が止まってしまう。すぐに光が収まってきたが、目の前には魔物が起き上がっていた。距離を取るより早く、ゴブリンのそれより遥かに大きな爪が刃となって空を裂く。

 その余りに速い斬撃に対して、目がまだ慣れていない状況では避け切れない。


「ぐはっ!」


 左肩を斬られた。

 逃げるように、距離を取る。魔族は光を放った能力で疲れたのか、すぐには追ってこなかった。

 試合の時には感じた事のない痛覚を覚える。握力が弱まり、肩から流れた血が鎧の下を伝っていくのが分かる。

 握った刀身が震え、考えないようにしていた死への恐怖が一気に身体を支配する。


 ユキが再び、魔族に襲いかかっているのが見える。だけど、身体が固くなって動かない。敵の攻撃をかわす度に数発の斬撃を入れる。

 しかし、ユキの攻撃は確実なダメージを与えられてないようだ。言葉を発しない魔族の口元が緩んでいる。


(やはり、私では無理か)


 覚悟をせざるを得ない。それでもユキは再び合気道の投げをかける。今度は受け身を取られて、直ぐに立ち上がってくる。


 自分が時間稼ぎしか出来ない事に気付く。それもいつまで凌げるのか。ポーションは既に尽きている。コタロウの傷を癒すことも出来ないし、ユキも重傷を負ったら最後だ。

 それに、少しずつだが自分の動きが悪くなってきているのが分かる。いつまでも攻撃をかわし続けるのも難しいだろう。


 コタロウはまだ刀を構えられずにいた。初めての実戦の最中で、その恐怖に打ち勝てずにいた。

 頭では分かっていても、体が動かない。

 

 ♪♪♪


 その時、静かに音色が耳に入ってきた。


 コタロウが振り向くと、斜め後ろの方でナナネがフルートを奏でているのが見える。


(あいつ、何でこんな前まで出てきたんだ!?)


 きっと自分を助けにきてくれたのだろう。この曲は前にも聴いた事がある。コタロウが剣道部の件で落ち込んでいた時にナナネが吹いてくれた楽曲だ。


 魔族はその音色に誘われるようにナナネにゆっくりと近づいていく。


(ナナネを助ける、みたいな格好をつけておいて、少し斬られただけで情けないな、コタロウ)


 曲に乗って、心の中でユウトの声が聞こえる。

 いや、いまは自分がユウトを演じているのだから、やはり自分の声なのか。


(そんなんだから、お前はナナネを守れなかったんだよ)


 あの日の俺は、ユキを助けたのだろう。

 しかし、あの日、守ろうとしたナナネの事は、守れなかった。


 優しいメロディが続いていたが、途中から激しい曲調に変わっていく。

 それを合図のように、ユキが、ナナネに近づいていく魔族に対して、その背後に飛びかかる。

 魔族は、その刃が届く直前で振り向くと、その黒い左腕でダガーを弾き返した。そのまま右の拳がユキのわき腹を直撃し、そのまま吹っ飛んでいく。着地の直前で、半回転して両脚で着地したが、さすがに力尽きて膝を落とす。


 その光景を一緒に見ているかのように、ユウトの声がささやく。


(やっぱり俺じゃないと、駄目なんだろ?)

(違う)

(本当の俺なら、守れる。偽者のお前では、彼女を守れない)

(違う)

(だって、お前は、あの日から何も変わってないじゃないか) 

(違う、違う!俺だって、今度こそ……!)


 サクラノ同盟を立ち上げたのだって、本当は彼女の為だ。

 他の過程や結果はどうあれ、文化部班を巻き込んだ事には変わらない。

 だからこそ、クランのみんなを、ユキを、そしてナナネを最後まで守らないといけない。


 今度こそ……ナナネを守る……


(それは、ユウトの役じゃない。俺は、彼女を救える英雄<ヒーロー>を、一瞬だけでもいい、演じなくてはならない!)


 魔族が近づいていく中でも、ナナネは演奏の手を止めない。

 曲は最後のサビに入り、更に過激な音色へと移り変わる。

 コタロウは身体の奥から力が湧いてくるのを感じていた。


「うおぉぉぉぉ!!!」 

 大地を踏み潰す勢いで走り、数秒で間合いを自分の攻撃が届く範囲まで詰める。

 魔族もすぐさまに振り返り、コタロウに向かってその大きな爪を振り下ろす。

 避けきれず、その斬撃は右腕をかする。痛みをこらえて胴を狙うが、かわされてしまう。自分の刀の速度は、ユキのそれとは比べ物にならないくらい遅い。

 舌を巻く思いで二撃三撃と連続して斬りかかる。刀が決まれば、それなりにダメージを与えられるはずだ。

 それを分かっているのか、距離をとられかわされてしまう。


(届かない、が……!)


 振り斬ると見せて、手頸を返して突きに転じた。更に、手頸の筋肉だけでそれを投げ放つ。

 放たれた刀は、きれいな軌跡を描きながら、すぐに魔族の左胸を貫いた。


 -----倒した!

 

 ガッツポーズをとって、魔族を見つめる。

 しかし、魔族はそのまま倒れ伏せる事なく、不動のまま立っていた。

 目が合う。やはり何も考えていないかのような、静かな瞳。時がゆっくり流れているかのような錯覚を覚える。

 やがて、魔族はゆっくりと自分の胸に刺さっている刀に手をかけた。そしてそのまま、すっと刀を抜くと、血しぶきのシャワーが舞い上がった。


「な……!?」

 意味が分からず放心しているコタロウに向かって、魔族が抜いた刀を、そのまま真っ直ぐ投げてくる。

 はっと気付いて、跳躍して一足飛びに身体を翻す。刀はそのまま一瞬前まで自分が立っていた地面へと突き刺さった。


(魔族の心臓は左胸ではないのか……)


 自分の住んでいた世界の常識が通用しない事は分かっていたつもりでいた。

 ましてや、相手は魔物の類だ。

 少し考えれば、分かったはずだ。


 地面に突き刺さった刀を抜き、再び構えを取る。魔族の左胸から流れる血は既に収まっていた。

 効いているのは間違いはないと思う。しかし、どうすればいいと自問自答したところで、間違いに気付く。


(いや、俺は戦士でも勇者でもない。俺は、役者なのだから……)


 それを演じればいい。自分が演じるのは、この魔族を倒す英雄だ。 


(正義によって、悪は倒される。 ありがちなハッピーエンドだ。 お前は、俺の反撃を受けて、ここで倒される筋書きだ)


 確実に、相手が倒れるまでの流れをイメージする。

 難しいが、観客(ナナネ)を魅せる為には最高に派手で格好の良い倒し方を思い描く。

 これは普通の戦闘ではない、殺陣だと信じ込む。だからこそ、あえて派手な見せ場を狙う必要がある。

 相手にも、それを演じされられる程の演技だ。

 それは、役者の領域を超えているだろう。けど、それを演じられなければ、彼女を守れない。


 再度、魔族に対して斬りかかる。

 魔族はそれを受けようと再び、爪を広げた。

 刀を下段から振り上げる。魔族はそれをかわし、反撃に出る。


「やめろ!」


 魔族の目は大きく見開く。焦点が合っていない。攻撃の動きも遅く感じる。

 それでも避け切れず鎧をかすったが、そのまま後ろへとまわり、刀を振り上げる。


 そのまま、首の背後へと腕を振り下す。魔族は、まるでここを狙うんだと言わんばかりの姿勢で止まっている。

 自分の演出通りに、他の役者が動いてくれているかのような錯覚を覚える。


 風を切るその刃は、狙った場所に吸い込まれ、勢いそのまま魔族の首をはねた。


 それと同時にナナネの演奏も終了した。


 やがて、体は塔のように垂直に崩れ、ばたりと倒れる。


 その姿を確認したと同時に、コタロウもその場で倒れこむ。 

 ナナネがコタロウの名前を叫びながら、すぐに駆け寄ついた時には意識は失っていた。


 やはり魔族が魔物の大将だったのか。

 その後暫くで物見塔の放送部から後方の魔物集団がそのまま撤退した旨のアナウンスが入る。

 深追いも出来る事なく、皆、疲労困憊でそのまま地べたに座り込む。


 こうして、サクラノ組合の長く、始めての戦いは幕を閉じたのだった。

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