第6話
このお話はシュウの視点です。
「お使いかい?」
「ミサおばあちゃん、夕飯の買い出しなんだ」
アオとの喧嘩から数週間が経ち、僕はミサおばあちゃんとも仲良くなった。
おばあちゃんは銭湯の前をほうきで掃いてる。
「偉いねぇ、アオ達は?」
「仕事に行った」
「そうかい。シュウ、今時間はあるの?」
「うん、まぁ……」
予定より買い物が早く終わったので暇を持て余していたところだった。
「良いものあげるから、お入り」
おばあちゃんに連れられて中に入る。床はひんやりして歩き疲れた足に気持ち良い。
「コーヒー牛乳。賞味期限前だから心配ないよ」
「ありがとう」
初めて飲んだそれは甘くて美味しかった。
「また遊びにおいで」
「うん、またね!」
少しおしゃべりをした後、僕は自分の家に帰った。
「あの子はまだ血の臭いがない。仕事を知らない証拠さね」
小さくおばあちゃんが呟いていたのを僕は知らなかった。
「まだ誰も帰ってないんだ」
前もって渡されてる合鍵を使って扉を開けた。
「ひ……っ!」
誰もいないと思っていた僕の目の前に、真っ赤な血が床に一面広がっていた。
「誰か、いるの?」
駄目だ、声が震えて思うように大声が出ない。
僕は血の跡が奥の部屋に向かってるのを見付けてそこへそっと忍び寄る。
心臓の音がやけにうるさかった。周りに聞こえちゃうんじゃないかと思うくらい。
「あ……」
部屋にいたのは見たことのない男の背中だった。
青みがかったくせっ毛の黒い髪に体格はかなり大柄。カイさんの二人分くらいに見える。
「だれ……?」
驚きと焦りの入り混じった物凄い形相でこちらを振り向く。
「お前も運び屋か」
僕は水分が全部なくなるくらい体中から冷や汗が出た。それほど相手は恐かったんだ。
「どうなんだ、早く答えろ」
男の手には血まみれの包丁。よく見れば利腕の袖が切れて、かなりの量の血が滲んでいる。
「ちが……、僕は一緒に住んでるだけで」
口の中が渇いて上手くしゃべれない。
「同居人か、それならお前も同罪だ!」
気が狂ったかのように髪を振り乱し、一直線に僕のところに向かってくる男。
「……っ!」
恐怖に震えて足が動かない。声も奥に引っ込んでしまった。
殺される。そう思った瞬間、弾けるような音が後ろから聞こえた。
白煙が見える。変わった匂いが鼻についた。
「ぐあ……っ!」
男が倒れた。口からは血が流れ、痛そうに腹を抱えて。そこからはボタボタと血が落ちていた。
撃たれたんだ、僕がそう気付くまで数秒かかった。
「此処で死んでたまるか……!」
苦々しげに呟いたが、男は膝から崩れ落ちて呼吸を止めた。
「あ……っ、う……」
腰が抜けて尻餅をついた。男の血がこちらに向かって流れてきて、慌てて僕はあとずさる。
そして何かにぶつかった。
振り向くべきなんだろう。でも今振り向いたら、これまでの生活が壊れる気がした。
後ろにいる人の匂いを僕はよく知ってるから。
「……大丈夫、か」
僕は膝を抱えて顔を埋めた。
悲しいことに、僕の予想は間違ってない。それはいつも僕を支えてくれる大切な仲間だ。
「ねぇ、どうして……?」
後ろに立っている人物に背を向けたまま尋ねる。面と向かって話す勇気が僕にはなかった。
それどころか、頭が混乱して言葉に詰まる。相手は何も答えてはくれない。
カタン、と固い何かが落ちる音を聞いた。きっと、それで男を殺したんだ。
「答えてよ、アオ……」
読んで下さってありがとうございます。
次回はアオ目線で書きます。シュウが買い物に行ってる間に起こっていたところから始まります。




